前だけを…

 

第壱拾弐話   奇跡の価値は


 

>シンジ

「「「「「ミサトさん、昇進おめでとう!!」」」」」

 

パンパンパンッ

 

「あ、ありがと、みんな」

 皆の手から放たれたクラッカーの紙吹雪に、ミサトさんは苦笑しながら言った。

「な〜に謙遜してんのよ、ミサト。アタシ達が祝ってあげなきゃ祝ってくれるような人もいないんだから、精々楽しみなさい!」

「アスカ……それ、本当に祝ってるの?」

 仁王立ちしたアスカの余りのセリフにミユウがタラリと汗を流す。

「葛城三佐、昇進おめでとうございます!」

「いやぁ、ホンマめでたいのぅ」

「鈴原! 料理ばっかり食べてないの!」

 敬礼付きでミサトさんに祝辞を言うケンスケに、ひたすらパーティの料理をがっつくトウジ。

 委員長はトウジの世話を焼いている……けど、トウジに料理を食わないでいろというのは無理だと思う。

 

 ミサトさんは昨日付けで一尉から三佐へと昇進した。

 理由は使徒戦の功績が認められて、だそうだ。

 まずそれに気付いたのはマナ。

 やはり戦自という軍事組織にいただけあって、ミサトさんの階級章が変わった事に真っ先に気付いた(もっとも僕や綾波、アスカもNERVという軍事組織に所属してるけれど気付かなかった)。

 そして今日、皆でささやかだが昇進パーティを開く事になったのだ。

 

「だいたいミサトはね、唯でさえ女として欠陥ありまくりなんだから、これを期にもうちょっと大人になりなさいよ」

「なんですって! そう言うアスカこそ人の事は言えないんじゃない?」

 アスカとミサトさんは口喧嘩しながらも、年の離れた仲の良い姉妹のように楽しそうにしている。

 たぶん、この二人はドイツで会った頃からこの調子なんだろう。

 性格、似てるしね。

「今日は無礼講よー♪」

「ちょ、ちょっと霧島さん! いくら無礼講だからって中学生がお酒飲んじゃ駄目!」

「もー、いいんちょはお堅いんだから。ねー、鈴原君?」

「ん? おお、そうやな。霧島の言う通りや」

「……す〜ず〜は〜ら!」

 その隣ではマナとトウジと委員長がじゃれている。

 お気楽思考のマナとトウジ相手じゃ、委員長心労溜まりそうだな………。

 合掌(※ 止めに入って自分の心労を貯める気はない)

 

ピンポーン

 

 僕が追加の料理を持って来ようと席を立った時、チャイムの音が鳴った。

 エプロン姿のまま、扉を開けるとそこにいたのは白衣姿の女性と無精髭の男性―――リツコさんと加持さんだ。

 なんでもいいけれど、私服でも白衣なんですね、リツコさん。

 恐らくNERVから直接来たんだろうけど、白衣ぐらい脱いでくればいいのに。

「よお、シンジ君」

「シンジ君、こんにちは」

「加持さん、リツコさん。ミサトさんなら中で既に出来上がりつつありますから、遠慮なく入っちゃってください」

 僕がそう言うと加持さんは軽く肩を竦め、リツコさんに至っては完全に呆れ顔だ。

 いくら昇進パーティでも中学生しか居ない中、アルコールを飲んでいたのだから当然といえば当然だろう。

 まあ、そこがミサトさんなのだが。

 加持さんとリツコさんはそれを予期していたのか、僕の手元にビニール袋を手渡してくる。

 中身は………ビールとつまみだ。

「あ、ありがとうございます。もう少ししたら買出しに行かなきゃ駄目かなって思ってたんですよ」

「やれやれ……葛城はもうそんなに飲んでるのか」

「無様ね」

 僕は加持さんとリツコさんの分も見越してちゃんと3人分買ってきていたのだけれど。

 ……深くは問うまい。

「とにかく上がってください。ミサトさんが潰れちゃう前に」

「ああ」

 

 

 

「なぁ〜によ、加持〜! あんたが何でここにいるのよぅ〜」

「おいおい葛城……ちょっと飲みすぎじゃないか?」

「うっさいわね〜。あ〜たしの勝手でしょ!」

 加持さんを見た途端、ミサトさんの機嫌は急降下して絡み始めていた。

 う〜ん、なんで喧嘩するかな。

 仲良いと思ったのに。

 そう隣にいたミユウに呟いたら『鈍感』と言われた。

 何故?

「碇君、紅茶飲む?」

「うん、貰うよ。ありがと、綾波」

 僕の逆隣に座っていた綾波が手持ち無沙汰だったのか、僕のカップに紅茶を注いでいる。

 最近の綾波はずいぶん社交的になってきているが、やっぱりまだ経験が足りないのか元の性格なのか、僕達家族以外が絡むと話題に入っていけないようだ。

 だからこうした騒がしいパーティでは、どうしても綾波は浮き気味になってしまう。

 そこら辺のフォローを忘れていたのはまずかったな。

「美味しいよ、綾波。煎れ方上手になったね」

「そ、そう(ポッ)」

 紅茶を一口飲んで感想を言うと、綾波は頬を赤く染めた。

 僕はそんな綾波の様子を見てにっこり笑いながら、残りの紅茶を口に付けていると―――いつの間にか周りの人全員が僕達に注目していた。

 トウジとケンスケに至っては『いやーんな感じ』のポーズで固まってるし。

 ……僕、何かした?

 首を捻っていると再びミユウが『鈍感』と呟いた。だから何故に?

 何で注目されているかは判らなかったが……ミサトさんが僕の方を見てにやにやと笑っていたので(いつものからかいの前兆だ)僕は、

「え、えっと、もう少し料理作ってきますね」

 と言って一目散にキッチンに戦略的後退した。

 

 

 

「ふう、とりあえずこれぐらいあればいいかな」

 数々の料理―――大半はミサトさん達のつまみだが―――をササッと作った僕は額の汗を拭った。

 さあ、早く持っていかなくちゃ。

「ちょっといいかしら」

 突如背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはリツコさんが立っていた。

「どうしたんですか? お酒の飲みすぎならミサトさん用の薬が……」

「ほとんど飲んでいないから、薬は遠慮しとくわ」

「それじゃあ……なんですか?」

 意図が読めず困惑する僕に、ふふふとリツコさんは小さく笑った。

「仲、良いのね」

「……は? 誰とですか?」

「皆よ。レイもアスカもあなたのお友達とも」

「は、はあ……」

 リツコさんが何が言いたいのかまったく判らず、僕は生返事しか返せなかった。

 そんな僕にリツコさんは舐める様な視線を向けながら、口を開いた。

「本当、以前のあなたからは考えられないわね」

「っ!?」

 絶句する僕にリツコさんは……妖艶な笑みを浮かべる。

 その目は僕の一挙一動を逃すまいと見つめてくる。

 これは………!

「ミユウちゃん……と言ったかしら。あなたが変わったのはあの子と何か関係でもあるのかしらね」

「何が……言いたいんですか?」

「大したことではないわ。ただ、彼女とあなたがどこでいつ会ったのか興味があって……ね」

 その言葉にゾクリと背筋を冷たい物が走った。

 ドクンと心臓が跳ねるのを必死に抑えながら、僕は平静を装った。

「別に。普通に会ったんですよ」

「ふふ……答えになってないわよ」

 駄目だ。

 リツコさん相手じゃ……言葉で煙に巻くのは無理だ。

 こうなったら……。

「リツコさん、僕には質問「質問、尋問等に関する拒否権がある……とでも?」

 言葉を被せるように言われ、僕は立ち尽くした。

 リツコさんの視線が、僕を射抜くように鋭くなる。

 押し負けちゃ……駄目だ!

「……そうですよ。しっかりとした契約の元交わされた拒否権が」

「ええ、そう。あなたには拒否権がある。だから、私は独り言を呟いただけ。あなたは別に答える必要はない」

 一息でそう言うと、リツコさんはニタリと―――唇の端を吊り上げた。

「だけど、参考になったわ。あなたの拒否権を使うタイミングがね」

「なっ!」

 今度こそ、僕は動揺を隠せず声を上げてしまった。

 それを見たリツコさんがさらに皮肉げに唇を歪ませる。

 ………しまった!

 僕はまんまと誘導尋問に引っかかったのだ。

「ふふふ、今日はこれぐらいかしらね……また、お話しましょうね。次は如月ミユウちゃんや碇サキちゃんも交えて」

「……………待って下さい」

 

 

 

>碇家・キッチン

 遂に尻尾を掴んだ。

 そうリツコは笑みと共に思った。

 確かにまだ完全に掴んだ訳ではないが、今までのように完全にはぐらかされる事はもうないだろう。

 どんな強固な精神を持っていようと、一度崩された壁は再び同じように戻らない。

 彼は自分で認めたのだ。

 如月ミユウこそ、自分の鍵であることを。

「ふふふ、今日はこれぐらいかしらね……また、お話しましょうね。次は如月ミユウちゃんや碇サキちゃんも交えて」

 リツコは余裕の笑みを浮かべてくるりと後ろを向いた。

 そう、今日の所はこれでいい。

 あとはゆっくりと聞きだし、調べて行けばいいのだから。

 その為の方法は、いくらでもある。

「……………待って下さい」

 その時だった。

 背後からくぐもった彼の声が聞こえる。

 リツコは勝利者の余裕を持ちながら振り返り―――

 

 凍りついた。

 

「僕はどうでもいい」

 

 そう呟く彼は俯き、リツコを見てはいない。

 だが、それなのに―――

 リツコの体は震えていた。

 

「だけど……」

 

 リツコの理性や知性は自分に言い聞かせる。

 自分は勝利者なのだ。怯える必要などない。これは負け犬の遠吠えだ。

 しかし、その一方で本能がそれを否定していた。

 

「僕の……家族に手を出したら、許さない」

 

 彼が顔を上げる。

 鋭く重くどこまでも深いその眼光に、ヒッと小さく息を呑みリツコは理解した。

 これはあの人―――ゲンドウと同じ物だ。

 いや、違う。

 下手をすればあの人よりも………。

 リツコは彼から漏れ出る威圧感に呑まれていた。

 彼は覚悟を決めている。

 妻に会いたいが為にあんな狂った計画を打ち立てたあの人よりも、深い深い覚悟を。

 

「シンちゃ〜ん、なにやってるの〜? 早くえびちゅのお代わり〜」

 居間から聞こえてきた親友の間抜けな呼び声に、キッチンを充満していた威圧感が解ける。

 彼はテーブルに置いてあったビールとつまみを持つと、リツコの横を通り過ぎて行った。

 リツコはその場にへたり込みながら、親友に数年ぶりに感謝した。

 

 

 

>アスカ

 昨日からシンジの様子がおかしい。

 どうも雰囲気がピリピリしているというか………笑顔がぎこちない。

 普段がのほほんとし過ぎている感があるので、余計に目立つ。

 現に今も―――

『シンちゃ〜ん、また調子が上がってるわよ』

『……そうですか』

 ミサトからの軽いお褒めの言葉もこの程度。

 いや、前からシンジは実験の結果など気にしていないが、当たり障りのない程度には喜んで見せていた。

 いつもシンジにべったりで何も考えてないようなミユウ達でさえ、戸惑っているようだ。

 実験途中のレイも気になるようで、シンジの方をちらちらと見ている。

(まったく、実験に集中しなさいよね………)

 ―――と、そこまで考えて苦笑した。

 さっきからずっとシンジの事を考えて………いや、心配しているのはこのアタシも同じだ。

 いつからこうなってしまったのだろう?

 シンジにシンクロ率で負けていると言うのに―――気にならない。

 以前のアタシなら考えられない、信じられない事だろう。

 前はいつだって、心の奥で叫んでいた。

 

 ―――アタシは一番じゃなきゃいけないのよ。

 ―――アタシは誰にも負けない。

 ―――だから、アタシを見て。

 

 一番になる事を諦めた訳じゃない。

 いずれ、シンジだって追い抜いてみせる。

 だけど、今の生活も、こんな状況も

 悪くない。

 

『アスカ、集中して』

 

 ハーモニスクが乱れたのだろう、リツコからの叱責が飛んでくる。

 いけない、集中しなくちゃ。

 しかし、アタシの視線は隣で機嫌悪そうに集中しているシンジと、それをチラチラ横目で見るレイ、それに外で心配そうに見守っているミユウ達を見て―――微笑んだ。

 他人の心配なんて出来るアタシ。

 他人の心配なんてしている奴ら。

 少し前のアタシなら邪魔でしかない出来事。

 でも

 

「悪くない……」

 

 LCLの中でそっと呟いた。

 

 

 

>ミユウ

「全員シンクロ率、ハーモニスク共に更新よん♪」

「……そうですか」

 シンジ君達がエントリープラグから降りてくるなり、ミサトさんが激励をかける。

 でも、シンジ君は何かずっと考え事をしていて反応薄いし、レイはずっとそのシンジ君を気にして無反応だ。

 ひくくっと思わず唇を引き攣らせるミサトさんだったが、他の二人とは打って変わって非常にご機嫌なアスカが一歩前に出て腰を手に当てる。

「そ、当然よね。で、ミサト………全員成績が上がったんだから、保護者としてはご褒美ぐらい当然あるわよねぇ?」

「え゛? マジ?」

「マジもマジ。大マジよ。昨日はミサトの昇進祝いでアタシ達が奢ったんだから、今度はぱーっとミサトが奢ってよね」

「い、いや……給料日ぃ……まだなんだけどぉ……」

「サキ! マナ! 今のうちに食べたい物考えときなさい! 今日はミサトの奢りよ!」

 小声になってツンツンと両手の人差し指を合わせるミサトさんを無視して、アスカは非情にもうちのお気楽&食いしん坊コンビに声を掛ける。

「わーい! 奢り奢りー♪ ボク、お寿司食べたーい♪」

「んじゃさー、回らない・・・・奴行こうよー」

 当然のように二人は容赦なかった。

 表情を青ざめさせてサキちゃん達を説得しようとするミサトさんに、くっくっとシンジ君が笑いを堪えていた。

 

 

 

>インド洋上空・衛星軌道上

 『それ』はゆったりと空に浮かんでいた。

 『それ』が何故ここに存在しているかは、『それ』本人にもわからなかった。

 だが、一つだけ言えるとすれば、『それ』は迷っていなかった。

 ただ、事を成すだけ。

 『それ』は自分の一部を引き離し、これから向かう『そこ』に向かって解き放った。

 

 

 

>ミユウ

「ミサト! 使徒が現れたってホント!?」

 真っ先にNERV作戦室に飛び込んだアスカが、奥のテーブルで何やら論議していたミサトさん達に向かって叫ぶ。

 アスカの叫びに答えたのはミサトさんではなく、白衣姿のリツコさんだった。

「ええ、二分前にインド洋上空に突然現れたわ。これよ」

 リツコさんの言葉と共にスクリーンに映像が映される。

 

ピッ

 

「げ……」

 まずそんな声を思わず上げたのはアスカだ。

 当然と言えば、当然だろう。

 毎度の事とはいえ、使徒の非常識な姿形には呆れる物がある。

「へ〜、粘土細工みたいね〜」

 ポツリと呟いたマナの言葉通り、まるで幼稚園児が粘土細工で固めたかのような非生物的な形をしていた。

 一番近いのはピカソの絵だろうか?

「まったく使徒ってのはこんなんしかいないワケ?」

「まったくね。けど、今回ふざけてるのは外見だけじゃないのよ」

 アスカの愚痴にミサトさんが平常時には絶対見せないような真剣な表情で忠告する。

 すぐにモニターの映像が切り替わり、使徒が変化し始める。

 光のような物を身に纏い、それが徐々に凝縮していったかと思うと………放たれた。

 即座に地上の映像に切り替わり―――光が爆発を生み、地上に大きなクレーターを作った。

「これは二発目の映像。一度目は大きくはずして太平洋だったけど、今回は確実に軌道修正してかなり近くに落ちている………次はここに来るわね」

「………これはATフィールド?」

 リツコさんの説明にずっと黙っていたシンジ君が口を開く。

 それを見たリツコさんはふふふと怪しげな笑みをシンジ君に向けた。

「ええ、おそらく自分の体の一部をATフィールドに包み、落下のエネルギーもプラスして弾丸に……って所かしらね」

「と言う事はまさか……」

「そう、次に来るのは一部ではなく、本体ごとと言う事よ」

「それで、ミサトさん作戦は?」

 まるで面白がるように笑うリツコさんから視線を逸らし、シンジ君はミサトさんに目を向ける。

 自然と皆の視線もミサトさんに集まり、しばしの沈黙の後、ミサトさんは口を開いた。

「………手で受け止めるのよ」

 

 

 

>NERV・作戦指令室

 今回のミサトが立てた作戦。

 それははっきり言って作戦などと言える物ではなかった。

 衛星軌道上から落下してくると予測される使徒を、エヴァ三体のATフィールドで受け止める。

 そう、エヴァ三体・・のATフィールドで受け止めなければならないのだ。

 第三新東京市全域とまではいかなくても、MAGIで絞り込んでも絞りきれないほどの大範囲。

 

 使徒落下予想地点が外れてしまえばアウト。

 予想範囲内でも、間に合わなければもちろんアウト

 そしてその時、エヴァが三体揃わなくてもアウト。

 例え揃ったとしても、使徒のATフィールドの負荷が機体強度を上回ってしまってもやはりアウト。

 

 ミサトの使徒への復讐心が打ち立てた、正に万に一つの作戦なのだ。

 MAGIが全会一致で撤退を推奨しているほどに、この作戦の成功率は低い。

 ミサト曰く、『奇跡は起してこそ価値がある』だそうだ。

 さあ、シンジ君。

 あなたはどんな『奇跡』を見せてくれるのかしらね?

 リツコは内心の期待を―――いや、自分の好奇心を満たしてくれる歓喜を隠し切れなかった。

 

 

 

>アスカ

「どうして!? どうしてシンジ君!?」

 シンジの一言にミユウが絶叫する。

 シンジの言葉、それは―――

「『逃げろ』だなんてふざけないで! シンジ君達を置いて逃げられるわけないでしょ!!」

「そうだよ、おにいちゃん……ボク達だけ、逃げられるわけ無いよ」

「シンジィ! わたし達、『家族』なんでしょ!? だったら!」

 ミユウの叫びに、泣きそうなサキ。それにマナの悲痛な訴え。

 その全部を、シンジはいつもの優しげな表情で受け止めた。

「家族だからこそ、ミユウ達には避難して欲しいんだ」

「でもっっ!!」

「でも……はないよ」

 ポンと優しく、ミユウ達の肩を抱いていくシンジ。

「それにマンションに置いてきたペンペンやワン吉達も、ミユウ達に連れて行って欲しいんだ」

 シンジの言葉にミユウ達は黙り込んで俯いた。

 卑怯な言葉だ。

 そう言えば、ミユウ達は駄々を捏ねてここにいる事は出来ない。

 シンジの顔はどこも緊張した様子はなく、ただいつものように笑うだけだ。

「どうせ避難って言ったって、ちょっとの間だからさ。みんな、頼むよ」

 だから、ミユウ達は唇を噛み締めながらも―――それを拒否できなかった。

「……絶対……絶対帰ってきてね……」

「……もちろんだよ」

 去っていくミユウ達の背中がドアで閉じられるまで、シンジは笑顔を崩さなかった。

 

 

 

「……ごめん」

「いきなり何謝ってんのよ」

 エヴァのケージに向かうエレベーターの中、シンジがいきなりそんな事を呟いた。

 今、ここにいるのはチルドレンのアタシとシンジ、それにレイだけだ。

「本当ならアスカや綾波も……」

「『本当ならアスカや綾波も避難して欲しいんだけど』なんてほざくんじゃないでしょうね?」

 ギロッと半ば本気で殺意を込めながら睨みつける。

 だけどシンジは……やはり、笑うだけだ。

 男の癖に、どこか儚げに。

「言っとくけど、これはアンタだけの戦いじゃないんだからね。アタシやレイの戦いでもあるのよ」

「………あーちゃんの言う通り」

「誰があーちゃんよ!? このバカレイ!!」

「………バカじゃない」

「うっさい! 人が真面目な話してる時に混ぜっ返すんじゃない! このバカバカバカ!!」

「………バカバカ連呼しないで」

 ぶっと……アタシ達の様子を見守っていたシンジが吹き出した。

 ふっ、やっぱり、こいつにはいつもの馬鹿な雰囲気の中にいるのが一番の特効薬ね。

 もっとも、アタシもいつの間にか馬鹿の中の一員になってるのが、ちょっと嫌だけど。

 ………まあ、それも悪くない。

 そうと決まったら……トコトン馬鹿になってやろう、このアタシも。

「アンタのやりたいことは!?」

「な、なんだよ、いきなり……」

「いいから答える! アンタのやりたいことは!?」

「ミユウ達を、今を、守る事だ」

 予想通りの答えにニヤリと笑みを返すと、今度は後ろにボーっと突っ立ってる青頭に声を掛ける。

「バカレイ! アンタのやりたい事は!?」

「……碇君と家族を守る」

 レイの答えにぐりぐり乱暴に頭を撫でてやる(非常に迷惑そうだったが)。

 そして、すーっと大きくアタシは息を吸い込んだ。

 

 さあ、ここが馬鹿の成りどころ・・・・・・・・だ。

 アタシの目的はただ一つ―――この馬鹿ドモを

 どこまでも頭悪く、いつもニコニコヘラヘラ笑ってるこの馬鹿ドモを

 いつまでも、見ていたい。

 

「アタシはっ! とっととあの空の上にいる不細工へち倒して、日本の『スシ』って奴を食べてみたい!」

 

 その為なら、このアタシが同じ馬鹿になるのも

 悪くない。

 

 

 

>シンジ

 僕は初号機のエントリープラグの中で笑みを漏らしていた。

 先ほどのミユウ達を安心させる為の笑顔ではなく、純粋に心の底から笑いたい気分だった。

 アスカが僕を元気付けようと、ああ言った事は分かってる。

 アスカにしては非常に分かりやすく、不器用な気の使い方だった。

 だけど―――気付かされた。

 僕は、独りで戦っているんじゃなかった。

 今まで自分がどんなに馬鹿な考えを持っていたか、強制的にこれでもかというぐらいに気が付かされた。

 僕には、こんなにも心配し、一緒に戦ってくれる仲間がいたんじゃないか。

 

 エヴァのパイロットの綾波やアスカだけじゃない。

 今頃遠くで僕達を心配してくれているであろうミユウ達だっている。

 

『シンちゃん、作戦開始10分前よ。準備はいい?』

「はい」

 

 ―――と。

 プシュッと軽い音を立てて、モニターの中の発令所に人影達が現れた。

 それを見て僕は思わず、目を見開いた。

 

「なっ、なんでっ……!?」

『あはは……来ちゃいました』

『おにいちゃ〜ん♪』

『やっほー、シンジー♪』

 そこには避難していた筈のミユウ達があった。

『クワワー♪』

『ワンワンッ!』

 きっちり、ペンペンとワン吉を連れて。

 してやったりと言わんばかりの笑顔を振りまき、ミユウ達は発令所のど真ん中に陣取った。

『あははははは、やるわねミユウ!』

『………グッ』

 アスカが大笑いし、綾波が似合わぬ動作で親指を立てる。

 ああ、作戦前の緊迫感が台無しだ。

 ミサトさんは怒るとかそういう次元を通り越して、真っ白になっている。

 父さんと副司令がいないから良いものの、普段なら唯じゃ済まないだろう。

「使徒、高度二万メートルを切りました!」

 マヤさんの報告にミサトさんは苦い顔をする。

 ミユウ達を追い出すにしても、もう時間がないからだ。

「ちっ……ミユウちゃん達、大人しくしてるのよ。三人とも、準備は良い?」

「OK、ミサト。いつでもいいわ」

「「はい」」

「いい? 高度一万メートルまでは使徒の落下地点を計算して誘導するわ。それから先は肉眼で捕らえて使徒の下に回り込んで」

「「「了解」」」

 

 

 

 まだ、落ちてくる使徒はカメラでは捉えられない。

 こうしている間にも刻一刻と使徒は近づいている事だろう。

 だけど、怖くなかった。

 いつもの様に、負けるかもしれない不安も、それによって失う恐怖も、僕は感じなかった。

 独りじゃないから。

 きっと、上手く行くと確信できたから。

 

「使徒、高度一万メートルを切りました!」

 

 ピピッと使徒がカメラに表示される。

 ―――GO!

 

ドンッ

 初号機が、零号機が、弐号機が―――衝撃音を伴って、ソニックブームを放ちながら駆け出す。

 建物の間をすり抜けるようにして、飛び越えて、踏み台にして、三機が使徒へ向かって行く。

 一番早く着くのは―――僕!

 視界一杯に広がる使徒の下に滑り込み、僕は高らかに叫ぶ。

 

「ATフィールド全開っ!」

 

 エヴァの数倍もある巨大な使徒を初号機のATフィールドが受け止める。

 あまりの衝撃に機体がギシギシと歪み、初号機の筋肉が悲鳴を上げる。

 落下エネルギーに耐えられなかった地面が、初号機を中心にクレーターを作った。

「ぐ、ぐぅぅぅぅ!」

 シンクロによって全身が痛い……痛いが……まるで負ける気がしなかった。

 だって、僕には感じられていた。

 アスカと綾波の気配が。

 二人のATフィールドを、すぐ傍に感んじていたんだ。

 

「「フィールド全開っ!」」

 

 僕のATフィールドを二人のATフィールドが支えるように現れる。

 ATフィールドを通して、二人の気持ちが流れ込んでくる。

 

 碇君を、守る。助ける。それが私に今出来る事。私がしなくてはいけない事。

 アタシの……やっと見つけたアタシの場所を、絶対に奪わせないっ!

 

 さあ、叫んでやろう。ぶつけてやろう。

 僕の、僕達の、ココロを―――!

 

 三枚のフィールドが一点に収束していく。

 

「「「でりゃあああああああ!!」」」

 

 

 

 

 

>シンジ

「寿司……新鮮な魚介類を飯の上に置き、食するという日本特有の料理………」

「わ、悪かったわよ! でもしょうがないでしょ! 使徒が来た所為でお店が閉まってたんだから!」

 ボソリと呟いた綾波の嫌味に、素ラーメンをすすっていたミサトさんが喚く。

 が、誰もその弁明を聞こうとせず、爽やかに無視して屋台のラーメンを食べていた。

 普通なら注意する所だが、寿司が屋台のラーメンになったのでは如何ともしがたい。

 食べ物の恨みは怖いのだ。

 

「アスカさ〜ん。チャーシュー頂戴〜♪ わーい、貰ったー♪」

「あ、コラ、バカマナ! 他人の了承も得ずにチャーシュー持ってくんじゃないわよっ!」

「ふふふー、隙を見せるのが悪いのよー。碇家の家訓で、隙を見せたらご飯抜きなんだからー♪」

「さらっと嘘ぶっこくんじゃないわよっ! っていうか、あんた碇じゃないでしょがっ!」

「碇家に居候の身としては、家訓に従わないわけにはいかなくて………もう一枚貰いー♪」

「させるかぁー!」

 などと箸と箸で掴み合いをやっている、行儀の悪いアスカ&マナや、

「ねえ、レイ。それ……美味しい?」

「………鼻血が出そう」

「だよねぇ……そんなにニンニクかけちゃうんだもん………」

「……ミユウ、お裾分け」

「わわっ、こっちに移さないでよっ。私のはトンコツラーメンなんだからぁ!」

 仲が良さそうにニンニクをお互いの盆に移しあうミユウ&レイ。

「クワ、クワワー♪」(※訳「くえぇ、バターコーンラーメン美味しいです〜♪」)

「ワンワンッ♪」

「むー、こっちの味噌ラーメンも美味しいよっ♪ ペンペン、ワン吉君、一口ずつ交換しようねっ♪」

「クワー♪」(※訳「はいですー♪」)

「ワンッ♪」

 種族の壁を乗り越えて会話しているサキ&ペンペン&ワン吉トリオ。

 

 

「平和だなぁ……」

 騒がしい皆やその隅でいじけているミサトさんを眺めながら、僕は醤油ラーメンをずずーっとすするのだった。

 

 

 


<BACK> <INDEX> <NEXT>




アクセス解析 SEO/SEO対策