前だけを…

 

第壱拾壱話   静止した闇の中で 後編


 

>ミユウ

「―――っ! 止まって」

 先頭を走っていたシンジ君が普段では考えられない程低く鋭い声を出して制止する。

 足音を立てないようにすっと曲がり角から顔を出すと、そこには二人の男達が扉をこじ開けようとしていた。

(………何をしているんだろう?)

(あ、エヴァのケイジに向かってるんじゃない?)

 横にいるシンジ君とお互いに聞き逃しそうな小さな声で会話する。

 エヴァのケイジにはいくつもの扉を通らなくてはいけないが、普段ならそこはMAGIが制御している。

 今、男達―――工作員がやっている様に扉をこじ開ければ、数分としないうちにNERV保安部が駆けつけてくる筈だ。

 だけど今現在は停電し、警報などは作動していないだろう。

(どうする? サキちゃん達はいないみたいだしやり過ごす?)

(………いや、ここでなんとか撃退しよう。エヴァに爆弾でも仕掛けられたら厄介だ。それに)

(それに?)

 一旦言葉を区切ると、シンジ君は考えたくないけどといった表情で呟く。

(アスカと綾波はエヴァのケイジに向かおうとするだろうから、鉢合せする可能性がある)

(そうだね………でも、撃退するって言ってもどうやって………)

 先ほどのような賭けをもう一度する気にはなれない。

 今度はこちらも手ぶらではないとはいえ、その手のプロに素人が勝てるとは思えない。

(あれで何とかできないかな?)

 シンジ君が指した先―――工作員の後方に立っている長細いコンテナ。

 長細いと言っても幅は1m程あり、高さに至っては3mはありそうな代物だ。

(………あれをどうするの?)

(いや、あれで押し潰せないかなと………重そうだけど二人掛りでなら何とか)

 私達の隠れている所からほんの3mほどだし、一旦陰に入ってしまえば姿はあちらからは見えない。

 巧くすれば気付かれないだろう。

 ただ………。

(シンジ君………あれ、見た目ほど軽くないよ?)

(えっ、そう?)

(うん、床に食い込んでるみたいだし………下手したら数百キロぐらい重量あるかも)

(あ、ほんとだ………)

 

がきっ

 

「よし、もう少しだ。バールを寄越せ」

 工作員の一人が扉の隙間にバールを差し込もうとしている。

 このままじゃ、あと数分もしない内に開かれる。

 シンジ君は俯いて何かを考えていたようだが………キッと顔を上げた。

(ミユウは逃げて。僕はコレで不意打ちする)

 シンジ君がそう言って懐から取り出したのは、先ほどの工作員から奪った拳銃。

(だ、だめっ……私だけ逃げるなんてそんな……)

 それに………素人のシンジ君じゃ不意打ちとはいえ、はっきり言って勝ち目はゼロだろう。

 そんなことをさせるわけにはいかない。

 シンジ君はかぶりを振り、

(くそっ……サキがいればあんなコンテナの一つや二つ、倒すどころか投げられるんだけど………)

 そのサキちゃんを助ける為にこうして頭を捻ってるんだってば………。

 私は苦笑して―――

(あ………)

 あることに気が付いた。

 いや、思い出した・・・・・

 ………一瞬だけサキちゃん並の怪力を捻り出す方法を。

 

「シンジ君―――私に任せて」

 

 そう呟いて、私はシンジ君が止める隙もなく曲がり角から飛び出していた。

 音も無く、滑る様に通路を走っていく。

 コンテナの陰に隠れ、工作員達の様子を窺う。

 良し………気付いてない。

 シンジ君がこっちに戻って来いと必死に手招きしているが、にっこり微笑む。

 大丈夫だよ。

「すぅー………」

 私はコンテナを前にし、大きく息を吸い込んだ―――。

 

 

 

ぎりぎり

 

 何かを引き絞るような音。

 確かに私の耳にはそれが聞こえていた。

 この方法はあまり身体に良くないからやりたく無いんだけどね。

 

ぎりぎり

 

 この音は………私の身体の筋肉、そして腱が引き絞られている音。

 私の身体が悲鳴を上げている。

 当然だ―――今日、今まで散々走り続けている上に『これ』を使おうとしているのだから。

 一瞬ではなくゆっくりとやっているのだけが、唯一の救いだ。

 

 思い出す―――。

 お父さんに初めてこの技を見せてもらった時の事。

 幼い私にはそれがスーパーマンのように格好よく見えて。

 私もそう在りたいと思った―――小さな頃の思い出―――。

 

ぎりぎり

 

 そして限界まで身体の弦・・・・を引き絞り―――解き放った。

「はあっ!!」

 

 

如月無刀流蹴術

砕破

 

 

ドガンッ

 

 物凄い勢いで叩き込まれた足が、爆発音のような音と共にコンテナを吹き飛ばす。

 比喩表現ではなく、コンテナは工作員めがけて倒れずに吹き飛んで・・・・・・・・・いった。

 

ドゴッ、ガラガラッ、ガシャーーン

 

 音に驚いた工作員が振り向く前にコンテナは二人の男達を弾き飛ばし、さらにドアまでもついでに吹き飛ばして通路を3、4回転した後―――ようやく止まった。

 当然というかなんというか、工作員二名は床に伏したままピクリとも動かない。

 よ、予定とは違ってたけど………結果オーライだよね?

 

ビキッ

 

「うっ……」

 身体―――主に足に走った激痛に私は座り込む。

「ミ、ミユウ!」

 今まで固まっていたシンジ君が私の名を呼びながら駆け寄ってくる。

 シンジ君が私の肩を掴み、再び激痛が走る。

「う…あ…ちょ、ちょっと触らないで………」

「あ、ご、ごめん」

 床にお尻を着いたまま、ゆっくり自分の身体を点検していく。

 筋肉が痙攣、スジもちょっと痛めたみたい……でも、断裂や肉離れは起こしてない。

 ふぅ………『砕破』を使ってあんな無茶をした後遺症としては………軽い方かな?

 

 

 ―――如月無刀流。

 それが私の使う格闘術。

 如月一刀流と無刀流の使い手だった傭兵の父から教え込まれた物で、護身術にと武器の要らない無刀流の方を教えてもらっていたのだ。

 無刀流の技は元々剣技(一刀流)と併用する物で、鍔迫り合いの状態から放てるように蹴術が主体となっている。

 もちろん、拳での技もあるのだが、そう数は多くない。

 そして今使った如月無刀流蹴術『砕破』。

 筋肉と腱を無理矢理引き絞ることによって、通常では考えられない程の速度と威力を持った蹴りを繰り出す技。

 あくまで無理矢理・・・・なので当然身体に負担が掛かり―――こうなるわけだ。

 

 

「大丈夫?」

「うん、なんとか………でも、ちょっとしばらくは歩けないな………」

 あはは、と愛想笑いを浮かべる。

 正直、辛い…というか全身痛いのだけれど。

「だから、シンジ君。先に行って。私は後から………きゃっ!?」

「………置いていけるわけ無いだろ」

 私の言葉の途中でシンジ君は私を半ば無理矢理背負った。

 えへへ………実はちょっと期待してたり………。

 きゅっと首にしがみつくとシンジ君はコンテナによってぶち開けられた扉を通って歩き出す。

「……………」

 シンジ君は途中転がっているコンテナ―――私の足型にへこんだ跡を無言で見下ろす。

「お願いだからさ………さっきの奴は僕に使わないでね」

「………うん」

 さすがに『蹴られる様な事しなければ使わないよ』とは言えなかった。

 

 

 

>NERV・S−1通路

 一方その頃―――当のサキ達4人組。

 

パンパンッ

 

「きゃっ……」

 頭のすぐ上に着弾し、慌ててマナは身体を引っ込める。

「マ、マナ。アンタ銃持ってるんでしょ!? 少しは撃ち返しなさいよ!」

 アスカは必死に身体を小さく丸めながら、メンバーの中で唯一の武器保持者に訴える。

「無茶言わないでよ〜。相手は四人……しかも、挟み撃ちのこの状況でそんなことしようとしたら蜂の巣よ〜」

 即座に泣きを入れるマナ。

 確かに建物の構造上出来てしまった壁の小さな凹凸に四人で隠れているこの状況だ。

 二部隊―――つまりは二人一組、四人の工作員達にうっかり挟み撃ちを喰らった今現在、NERVから支給された九ミリ拳銃一丁で立ち向かうのは無茶と言うより無謀である。

「停電の次は工作員!? なんてついてない日なの!」

「ああ、冷蔵庫の中のワッフル、二個だけじゃなくて三個とも食べておくべきだったー!」

「ア、アンタだったの!? アタシのワッフル食い荒らしたの!?」

「あ、やば」

 ぎゃいのぎゃいのとアスカとマナが不毛な言い合い(現実逃避とも言う)をしている間、残りの二名レイとサキは冷静だった。

 ………というよりは今の状況に飽き始めていた。

(……眠い)

 停電の中、アスカに連れられて半ば無理矢理エヴァのケージに強行軍する事になったと思ったら、工作員に出くわしてこれである。

 いざとなればATフィールドがあるレイは余裕である。

 そしていざ使おうと凹凸の陰から出ようとするとアスカとマナに力づくで止められるのだ。

 そんなこんなで数十分、これでは眠くなるのも当然……とレイは思っている。

(お腹空いたな〜)

 そして、サキ。

 銃弾に当たれば痛い事も下手をすれば死んでしまう事も、TVで『けーじ』や『はんにん』がよく撃たれるので知っている。

 それなのに何故こんなにも余裕なのか?

 それは現実逃避や、TVの中の虚像事で理解できていないのではない。

(どーしてあーちゃんもマナもこんなに騒ぐのかな? けんじゅーも当たらなきゃ痛くないのに)

 サキの瞳には―――回転しながら飛んでくる・・・・・・・・・・・銃弾がはっきりと見えていた・・・・・・・・・・・・・

 はっきり言って避けても怒られない銃弾より、避けたら怒られるシンジの拳骨の方が怖かったりする。

「アンタは〜〜! 吐け〜! アタシのオヤツを返せ〜〜!」

「もう消化しちゃったよ〜〜!」

「……ふわぁ」

「おにいちゃん達どうしたかな〜?」

 ―――シンジ・ミユウペアと違って、銃弾が飛び交う中でもほのぼのした空気が漂っていた。

 

 

 

>NERV・S−1通路/工作員SIDE

パンパンパンッ

ガンガンガンガンッゴスッメキャメキャメキャ

 

 銃をひたすら撃ちながら降伏勧告を発していた(相手はまったく聞いていなかったようだが)工作員達は、いきなり聞こえてきた破砕音(しかも明らかに異常な)に銃を撃つのを止めて顔を見合わせた。

 

メキャメキャバリバリッグシャポイッガシュッガシュッ

 

 まるで………そう、巨大な何かが何かを噛み砕くような音は数分流れ続け―――ふと止まった。

 音が消えた事で正気を取り戻した工作員達は、無線機で意見を交換し、突入して目標チルドレンを抑えることにした。

『3…2…1…GO!』

 マシンガンを構え、目標が隠れていた壁の凹凸に左右から走りよった工作員達の見たものは………。

「な、なんだ…こいつは………」

 工作員の一人が呆然と呟く。

 そこにあったものそれは、壁―――ただし、穴の開いた。

 呆然と立ち尽くす工作員達。

 当然だ、何せ壁の厚さ数メートル。しかも、途中に特殊金属で出来た装甲まで挟んである壁である。

 下手な戦車の装甲より上―――というか、完全にこちらの方が丈夫である。

 それがどんな手段を使えばこうも見事にぶち破れるのだろうか。

 火薬を使った後もない。使ったとしても破れるとも思えない。

 ただ立ち尽くしていた工作員の一人がボソリと呟いた。

「……こいつは力任せにぶち破ってるな。途方もない巨大なヒグマでもいない限り………無理だ」

「ヒグマ? 馬鹿を言うな。どこの馬鹿がそんなデカイ熊を……しかも軍本部で飼う奴がいる」

「しかし……そうとしか考えられない。さっきの音と良い、この破壊跡といい………」

「お、俺聞いた事がある………野生の動物を放ってトラップにする軍がいたって……」

 その言葉にギシッと工作員一同が固まる。

「ば、馬鹿な……こんな街中でそんな物を使う輩が………」

 そこまで言って全員の脳裏をよぎったのは、髭を生やしてグラサンを付けた親父。

 しかも邪悪にニヤリと笑った。

「……………て、撤退するぞ!」

「「「お、おうっ!」」」

 中に入っていかなかったのは幸運だろう。

 ヒグマはいないにしても、壁をぶち抜いた怪力の持ち主は確かにいたのだから。

 

 

 

>サキ

「くしゅんっ」

 

 

 

>発令所

「ハックションッ!」

「どうした碇……風邪か?」

「少し氷の量が多かったらしい……」

 

 

 

>第三新東京市・公道

『げ、現在使徒接近中〜〜〜! 市民の皆様は最寄のシェルターにご避難を………いやぁぁぁ!! 止めて降ろして許してぇぇぇ〜〜!』

『こんな時でも選挙に命を掛けますっ! 柊ナオ! 柊ナオに清き一票をよろしくお願いします!!』

 第三新東京市の道を爆走する一台の選挙カー。

 そのマイクからはウグイス嬢の悲鳴と立候補者の自棄になった叫びが響き渡っていた。

 そんな二人を尻目に後部座席に乗った事の元凶、日向マコト二尉は無常にも運転手に言い放った。

「もっと飛ばして下さい! 緊急事態ですから、NERVが全責任を取ります! 急いで!」

「了解! うぉぉぉーーりゃーーー! 四輪ドリフトォォォォォーーー!」

 

キキィィィィィ

 

 大胆というか、いっそ潔いほど思いっきりハンドルを切る選挙カー雇われ運転手(NERVのお墨付き)。

 車体は中のウグイス嬢と立候補者をシャッフルしながらも、90度の厳しい曲がり角をクリアしていく。

(こんな時に使徒が現れるなんて………早く葛城さんに知らせなきゃ!)

 たまたま用事で本部の外に出ていた日向は、はっきりと使徒の姿を確認していた。

 同僚である青葉が『パターン青! 使徒です!』と叫ぶまでもなく、明らかに使徒だったので日向は泡を食って選挙カーを徴発して本部に向かっているのだ。

 ―――と、順調に公道を爆走していた選挙カーだったが、突如目の前に鉄の柱・・・が突き立った。

 これには日向も目を剥き、ウグイス嬢はさらに甲高い悲鳴を上げ、立候補者は意識を手放した。

「ぬぅ!? 必殺緊急回避!」

 

キキィィィィィ

 

 回避なのに必殺とはこれいかに。

 などというツッコミを入れる余裕もないほど、ギリギリの所でサイドミラーを柱にぶつけて犠牲にしつつ選挙カーは避ける事に成功する。

 自分の身が無事だった事を確認し、日向は後方を振り返り―――驚愕した。

「な………なんだあれは!?」

 この時ばかりは『パターン青! 使徒です!』という確認の声が欲しかった。

 そこにいたのは、十数メートルにも及ぶ巨大な鉄の塊………いや、獣の形をしたロボットに見えたのだから。

 

 

 それを見たのが日向ではなく、赤木博士、もしくは碇家のある少女が見たらこう呟いただろう。

 『トライデント』―――と。

 

 

 

>ミユウ

『現在、使徒接近中! 現在、使徒接近中!』

「マ、マジ………?」

 唐突に上の方(おそらく、上層に位置する所に走っている道路だろう)から拡声器か何かで叫んでいる女性の声が聞こえる。

 その声の内容にシンジ君は一旦足を止め、今までかいていた汗―――私を背負ってずっと走って汗だくになっていた―――とは別の汗を額から流す。

「………シンジ君、体力ずいぶん使っちゃったけど大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ………たぶん」

 思わず私が聞くと、シンジ君が自信なさげにそう呟く。

 あ゛あ゛あ゛、なんでこう毎回バットタイミングで襲ってくるの? 使徒って奴は。

「シンジ君、私を降ろして先に行って」

 しばらくすれば、私も立って歩けるようになるだろう。

 シンジ君には体力を少しでも回復して貰わなきゃ危険だし。

 でも、

「ダメだよ。まだあの工作員達がいたらどうするんだよ」

 当然のようにシンジ君は私を置いていくという選択肢を選んでくれなかった。

 気持ちは嬉しい………だけど………

 

 ―――また私は足手まといだ。

 

 シンジ君は背中の私を背負いなおすと、再び走り出した。

 

 

 

>NERV・第一ケージ

 エヴァンゲリオン初号機が置かれている第一ケージでは、現在まるで働き蟻の様に人が動いていた。

 停止プラグを人の手で引き抜き、エントリープラグを同じく人の手で差し込む。

 電気がない今、本来ほんの数分で終わる筈のその作業は十数倍の苦労と時間を掛けて行われていた。

 そして、その作業にはNERV司令である碇ゲンドウも参加していた。

「よーし、そのままそのまま………今だ引け!」

 整備員の合図と同時に、ゲンドウとその他多数の整備員が一斉にロープを引っ張る。

 ゆっくりとエントリープラグが移動して行き、初号機の首の根元まで移動する。

 

ガンガンッ

 

 その作業を愛用のノートパソコン片手に見ていたマヤは、後方の扉から聞こえてくる異音に気がついた。

 向こうにいる何かがガンガンと何度もその扉を叩いているようだった。

 マヤは首を傾げ、内側からロックされていたドアを開き―――

「うわあっ!?」

「きゃっ!」

 いきなり支えになっていたドアが無くなったのでバランスを崩したのだろう。

 折り重なるように倒れているシンジとミユウを見たマヤは思わず呟いた。

「不潔……」

 

 

 

>シンジ

『いいかい、シンジ君。現在襲来している使徒の情報はほとんど入っていない。精々僕が見た『蜘蛛のような姿をしている』という外見情報だけだ』

 久しぶりの初号機へのエントリー。

 久しぶりの戦闘。

 僕は黙って、車(選挙カーみたいだった)のマイクで叫ぶ日向さんの指示に頷く。

 ………と言っても通信が使えないから、こちらからは向こうに意思を伝える事はできないんだけど。

 今回の出撃はミサトさんやリツコさんが不在で、代わりに日向さんが指揮を執っている。

 でも、通信やレーダー、それに監視カメラの類も停電で使えないのであまり指揮の意味はないのだけれど。

 

『さらに電源ケーブルも使えず、初号機の稼働時間は内部電源の10:00のみ。迅速に使徒を殲滅する事を心がけてくれ』

 かなり無茶な事を言ってくる日向さん。

 でも、本人も分かっているのか、とても済まなさそうだ。

 まあ………ミサトさんの作戦も無茶な作戦ばかりだから、いつも通りといえばいつも通りなんだろうけど。

『零号機と弐号機はまだパイロットが来ていないので出せない。レイちゃんとアスカちゃんが来次第行かせるのでそれまで頑張ってくれ』

 制限時間は10分ジャスト。

 それまでに使徒をなんとかしなくちゃ。

「LCL注水、第一次接続開始、第二次接続開始、簡略起動、シンクロスタート!」

 エントリープラグ内に響く僕の言葉に、初号機が反応して動き出す。

 

 初号機と一体になるこの感覚。

 血の味がするLCL。

 いつになっても―――これは慣れない。

 

『拘束具は力尽くで排除してくれ!』

 日向さんの指示に大きく頷くと(初号機が)、ごちゃごちゃと初号機を拘束する機材を押しのけていく。

 LCLが波打ち、作業員達が慌てて避難していく。

 ふと、視線を日向さん達の方に向けると、少し離れた場所からミユウが不安げにこちらを見ていた。

 ぐっと親指を立てると、ぎこちない笑顔をミユウは向けてくる。

 ミユウの唇が動く。

 その声は聞こえなかったけど、僕には何を言ったのか分かった。

 ―――頑張って、ではない。

 ―――気をつけて、ではない。

 

 ちゃんと帰ってきてね

 

 ミユウの口は、確かにそう動いていた。

 大丈夫、僕はいつだって―――君達の元へ戻ってくる。

 そう、約束したからね。

 

 

 

 横穴をずりずりと匍匐全身していく僕。

 パレットガンを肩に背負い、本来リニアレールで進む出撃口を突き進んでいく。

 本当に不便だな。

 まだ外に出てすらいないというのに、残り時間は7分半。

 使徒と交戦する前に内部電源が切れたら―――冗談じゃない。

「くっ……急がなきゃ………」

 ただでさえ、使徒の正確な位置は掴めていない。

 元来対使徒用の決戦兵器であるエヴァは索敵などに使われるものではなく、レーダーの類は付いていない。

 その面ではMAGIから送られてくるデータなどに頼りっぱなしで………つまり、今現在は肉眼でしか使徒を捉える方法はない訳だ。

 やがて、狭い横穴を這いずり回っていると、縦穴にぶち当たる。

「ここからはロッククライマーの真似事か……きついな……」

 エヴァも飛べれば、楽なんだろうけど。

 慎重に縦穴の壁に足を掛け、両手両足で縦穴をよじ登って行く。

 地上への出口のハッチが徐々に近づいてくる。

 やはり電気がないので開かないが、ATフィールドで破ってしまえば大丈夫だろう。

 ―――その時だった。

 

ドロリ

 

「なっ―――」

 僕は絶句して思わず固まった。

 何故なら突如として発射口のハッチ―――特殊装甲で出来たとても頑丈な―――が音を立てて溶けたのだから。

 そして、その一瞬の動揺が命取りだった。

 

ドバッ

 

 反応する暇もなく、溶けたハッチから大量の液体が初号機に降りかかる。

「ああああぁぁぁぁ!!」

 皮膚が焼けるように熱い―――。

 余りの痛みに意識が朦朧とし、壁に張り付いていた四肢を緩ませた初号機は縦穴を落下していく。

「ぐぅぅ……がああああああっ!!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 僕の意思に反応して、初号機が落下しながらも壁に指と足を突き立てる。

 

ギィィィィィィィィ

 

 初号機の手と足から、壁との摩擦熱で火花をふく。

 全身が焼ける様に熱いが、なんとか縦穴の途中に止まる事に成功した。

 上を見上げるとさらに先程の液体が降って来る―――!

「ATフィールド展開っ!」

 液体が再び初号機に掛かる前に頭上に展開したATフィールドが防ぐ。

 ―――が。

「なにっ!?」

 液体がATフィールドを侵食―――いや、溶かしているのか!?

 ATフィールドにその液体が掛かる度にジリジリとATフィールドは煙をあげて薄くなっていく。

 なんとかATフィールドを強化し、耐えていた僕が液体の向こうを見ようとすると、目に飛び込んできたのは、ハッチ一杯に広がる気持ちの悪い大きな目玉。

「使徒か!?」

 咄嗟に僕は背中に背負っていたパレットガンに手を伸ばし―――。

 そこで初めて、パレットガンを掛けていたベルトしかない事に気がついた。

 お、落とした!?

 身動きがろくに取れない狭い縦穴、武器は無し、NERVの援護も期待できない、内部電源の残り時間は5分を切っている―――。

 ―――なんという悪条件!

 使徒はこちらの都合などまったく気にした様子はなく、その目玉から液体………おそらく消化液を垂らして来る。

 どうするっ! どうしたらいいっ!

 僕が悩んでいる間にも刻一刻とATフィールドは溶かされていく。

 ATフィールドを溶かされるその感触は、まるで僕の心まで溶かしていくような感じだった。

 

 溶かされるのか―――?

 僕はここで―――。

 何も出来ず―――。

 エヴァが動かなくなるまでこのまま―――。

 ミユウ達を守る事も出来ず―――。

 

「………っざけんなぁぁーーーー!」

 

 僕は負けないっ!

 負けられないっ!

 お前なんかにっ!

 やられる訳にはっ!

 

「いかないんだよぉぉーー!」

 

ドクンッ

 

 いつもの―――そして、久しぶりのあの感覚―――。

 全ての細胞が跳ね起きるような―――。

 そんな―――。

 

 ただの光の壁でしかなかったATフィールドが球体に、大きな光り輝く光の玉に育っていく。

 溶解液は、そのATフィールドに触れるだけで―――消滅していく―――。

 

「食らえっ―――!」

 

 消し飛べっ―――!

 降りかかる溶解液も身に纏うATフィールドも―――使徒ごと全て―――!

 

 僕はそれを使徒に向かって解き放った。

 

 

 

>第三新東京市・郊外

 それは光の奔流だった。

 蜘蛛の形をした使徒―――いや、その周辺の地面ごと吹き上げる様な真っ赤な光の奔流。

 使徒は為す術もなくあっという間にその吹き上がった光の奔流に飲み込まれて消えていった。

 殲滅などではない―――完全なる消滅。

 それこそ、肉片一つ残らず。

 

「………あれが、NERVの切り札か」

 それを一台の装甲車の中から見ていた男がそう呟いた。

 装甲車の中では、使徒が光の柱に消える瞬間の映像が写っており―――やがて、大きくなった穴からは一体の紫の鬼が姿を表す。

「なるほどな……化け物に対して化け物をぶつけるという事か………」

 口調は平然と―――しかし、その脅威に身を震わせながら、男は呟いた。

 

 だが、あまりにこの化け物は異質すぎる。

 使徒と呼ばれる化け物が、可愛く見えるほどに―――。

 

 男は小さな四角い箱、通信機を手に取るとスイッチを入れ、低い声で言った。

「二人とも、撤退しろ」

『『了解』』

 通信機の向こうから聞こえた声はくもぐっていたが、確かに少年の声だった。

 その声を確認すると、男は装甲車を走らせその場から走り去る。

 ―――その車には、戦略自衛隊のマークが付いていた。

 

 

 

>シンジ

 使徒を殲滅し、やっとの事で地上に這い上がる。

 そして、這い上がったのとほぼ同時に内部電源が落ちる。

 時間はまだ4分はあった筈だけど、時間を見ると『0:00』と表示されていた。

「ATフィールドで余計に電源を食ったのか………」

 なぜあんな事が出来たのかは分からない。

 ATフィールドでの砲撃。

 今までだって初号機は僕のイメージを全て再現してきた。

 前はATフィールドを刃上に放ち、その手にATフィールドを収束する事も出来た。

 でも、零号機や弐号機―――違う、綾波やアスカにはそこまで真似が出来たことはなかった。

 一体、何がどうなってるんだろう?

 ―――と、電源が切れてぼーっと回収待ちの僕は、遠くを走り去っていく二体の機体を見つけた。

「………なに、あれ?」

 疲れと初号機の力の事に付いて悩んでいた僕はそれを見ても深く考える事はせずに、ただ見送るだけだった。

 なので、気が付かなかった。

 あの二体の機体が、僕が出てくるまでに時間稼ぎをしていてくれた事を―――。

 

 

 

 トライデント。

 その名を僕が知ったのは、それから幾らかの時が経ってからの事だった。

 

 

 

 

 

>NERV・どこかの暗い場所

「ふえ〜〜〜〜んっ、おにいちゃ〜〜〜〜んっ(涙)」

「このバカサキ! 一体全体どうすんのよっっ!」

「む〜〜、ボクバカサキじゃないもんっ!(涙)」

「うるさいわよっ! このバカアホボケのノータリンサキ! 迷子になったのは誰の所為だと思ってるわけぇ!?」

「む〜〜〜〜! 壁壊してにげよーって言ったのはあーちゃんだもんっっ!」

「だからって、壁と壁の間・・・・・を掘り進んでいくバカが何処の世界にいるのよっ!」

「レイィ……わたし達いつになったらシンジの所に帰れるのかなー?(涙)」

「………知らない(涙)」

 

 四人組が司令室に掘り付いたのはその日の深夜だったそうな。

 

 

 

>NERV・赤木研究所

「………無様ね」

 停電で閉じ込められて一連の事件の間出られなくなった博士は、冷たいコーヒーを涙ながらに啜っていた。

 

 

 


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