前だけを…

 

第壱拾壱話   静止した闇の中で 前編


 

 第三使徒戦

 オーナインシステムと呼ばれたエヴァンゲリオン初号機に初搭乗し、62,7%という高シンクロ率で起動に成功する。

 戦闘中にシンクロ率を100%オーバーまで上昇させ、第三使徒を一撃で撃破する。

 

 第四使徒戦

 前回から二週間、シンクロ率を72,5%まで安定させる。

 民間人二名を作戦中にエントリープラグ内に入れるというアクシデントに、一旦はシンクロ率を下げるが直後に150%オーバーのシンクロ率を見せる。

 その際、音速を超える使徒の鞭を視認し、さらにそれを短いプログレッシブナイフで切り払った事は特筆に価する。

 後日、ナイフにATフィールドを纏わせていた事が判明。

 

 第五使徒戦

 使徒の砲撃を受け、半ば大破した初号機で50,3%の安定したシンクロ率を見せる。

 ファーストチルドレン綾波レイが搭乗する零号機と共にヤシマ作戦を決行し、使徒の撃破を成功させる。

 注目すべきはこの作戦で見せた加粒子砲を受け止める強力なATフィールド、そして攻撃への転用。

 おそらく初号機以外の二機ではこの力を出せないだろうと推測する。

 シンクロ率は三度上昇し、その数値は200%を超えていた。

 

 第六使徒戦

 セカンドチルドレンである惣流・アスカ・ラングレーと弐号機によるタンデム搭乗をする。

 当初はほとんどシンクロできていなかったのだが、戦闘が始まるとセカンドチルドレンから操縦を奪うようにシンクロし、使徒を撃破した。

 数値こそ120%程度だったが、それは慣れない弐号機の為だと推測される。

 

 

 以上のことから、サードチルドレン碇シンジが他のチルドレンとは違う何かを持っているのは明確である。

 

 

 

>NERV・赤木研究所

「ふぅ………」

 リツコは溜息を付き、自分のPCの電源を落とした。

 部下のマヤが頑張ってくれている為、現在珍しく急ぎの仕事はない。

 だからこそ前々から気になっていた事をまとめていたのだが………。

「異常すぎる………」

 そう呟いてから口の中がカラカラに乾燥していた事に気がついたリツコは、冷めたコーヒーを口にする。

 

 そう、彼は異常すぎた。

 一見ただの少年にしか見えない彼だったが、一度その戦闘記録を紐解けば異常なデータしか見つからないのだ。

 そして、彼の振るう初号機の力以外にも判らない事がある。

 

 以前の彼の報告書、監視記録には全く存在しなかった『如月ミユウ』『碇サキ』、二人の少女だ。

 当初はスパイかとも思ったが―――それはない、と今ではそう判断していた。

 他の組織と連絡を取っている様子が全くないと言うのも理由の一つだが、何より彼女らの彼を見る目がスパイなどではないとリツコの勘が告げていた。

 科学者としての見解などではない、女の勘だ。

 まるでミサトの様な思考ね、とリツコは苦笑した。

 

こぽこぽ

 

 新たなコーヒーを愛用のカップに注ぎながら、リツコはさらに考えを進めていく。

 

 彼女らはいつ、彼と知り合ったのだろうか。

 ここに来る前の彼は間違いなくNERVの監視下にいた。

 監視の目を誤魔化して彼女らと会う、それは絶対に不可能だ。

 

 ならば、ここに来てから知り合った?

 しかし、それもありえない。

 人が知り合うのにはきっかけという物が必要であり、MAGIで調べても情報がなかった―――つまり、第三新東京市に住んでいなかった二人の少女が彼と交流を交わすのは不可能に限りなく近い。

 第一、今でこそかなり長い間一緒に住んでいるだろうが、そんな会ったばかりの浅い付き合いで一緒に住み始める訳はない。

 

「矛盾ね………以前からの付き合いならNERVの監視が見逃す筈はない、かと言ってここに来てからの知り合いでもない………まるで降って沸いたように現れている………」

 『如月ミユウ』、彼女が確認されたのは彼と第三新東京市へ来る電車に乗り込んだ所からだ。

 『碇サキ』、彼女は第三使徒戦の次の日、彼のマンションに入っていく所を保安部の人間が確認している。

「彼を調べるより―――彼女達を調べた方が早いかもしれないわね」

 リツコはそう判断し、とりあえず彼女達が現れた数日の監視カメラの記録をチェックしようとして、再びPC(MAGIの端末機)の電源のスイッチに手を伸ばし―――――。

 

ぷつん

フッ

 

「………私の所為じゃないわよね?」

 スイッチを押したと同時に部屋が暗闇に包まれ、呆然と呟いた。

 

 

 

>アスカ

 日もだいぶ傾いてきたある放課後、NERVまでの道程をアタシはいつものメンバー(−2)で歩いていた。

 −2された人物は厄介な事にストッパー役の二人だったが、二人が追いつくまでの辛抱だ。

「たこたこ〜♪ やきやき〜♪ たこやきろくんろ〜る♪♪♪」

 前を歩くサキはたこ焼きが入った袋を手に、今にもお空へ飛んで行きそうなほど舞い上がっていた。

 たこ焼き三箱程度でそこまで幸せになれるんだから、ほんっと扱いやすい奴よね。

「うぅ、お腹すいたー。……サキ〜、ちょっとたこ焼き分けてよ〜」

「やだよっ。マナが自分で買えばいいじゃん」

「小遣いなんて一週間前にもう使い切ったわよー」

「………自業自得。けど、サキもけち」

「「レ〜イ〜?」」

「はいはい、アンタ達さっさと行くわよ」

 黒い頭と茶色い頭と青い頭をぺしんぺしんぺしんと叩いて、アタシは先に促した。

 どうしてこいつらは、このテンションをいつも保っていられるんだろうか?

 日本に来てからそれなりに長い付き合いになるが、はっきり言ってアタシには着いていけない物を感じる。

「シンジのノリだったら判らない事もないんだけどね………」

 やや疲れて溜息を付きながら後ろを振り向いたが、日直のミユウとそれに付き合っているシンジがアタシ達に追いつくわけもない。

「サキちゅわ〜〜〜ん、ね、一口だけでいいから」

「やっ! マナ、一箱分を一口で食べそうだもんっ」

「ぎくっ」

「………碇君」

 相変わらず馬鹿な会話を繰り広げるサキマナに、ちらっちらっと何度も後ろを振り返るレイ。

 馬鹿コンビはともかく、レイはシンジがいなくて寂しいのだろう。

 まあ………馬鹿コンビにしたって、シンジがいなくて寂しいのは変わらないだろうけど。

 

 たまになんでシンジがここまでモテるか考える時がある。

 そりゃ同年代の連中に比べれば良い顔してるし、性格も良い。家事も勉強も出来る。

 ………って、悪い所ないじゃない。

 無理に挙げるとすれば、超怒級の鈍感くらいだ。

 アタシだってあいつの事は良い奴だとは思うけど………恋愛対象にはならないと思う、たぶん。

 初めてみた自分より家族を大切にする奴。

 今までアタシの周りにいた人間は(アタシ自身も含めて)、自分の事しか考えていなかった。

 なのにシンジは―――いや、こいつらは欺瞞や偽善などではなく、心の底から家族を想っている。

 だからアタシは、多少疲れてもこいつらと付き合ってるのが好きなんだ。

 

 ワイワイと騒ぐ三人組を眺めながら、そんなガラにも無い事を思う。

「あー、シンジ早く来ないかなー。そしたらサキけっちーに頼らなくても、奢ってくれるのにー」

「む〜、ボクサキけっちーなんかじゃないもんっ! それにおにいちゃんはマナじゃなくて、ボクに奢ってくれるよっ」

「………ニンニクラーメン、チャーシュー抜き」

「「はい?」」

「………言ってみたかっただけ(ぽっ)」

 見ていてほんと飽きない連中だ。

 いつかこの子供連中がシンジの心を掴む時が来るんだろうか?

 例えばサキ辺りがシンジと付き合い始めたらと想像してみる。

 

『おにいちゃ〜ん、たこ焼き美味しいねっ♪』

『ほら、サキ。口の周りにソース付いてるよ(ふきふき)』

『んぅ、ありがとおにいちゃん♪』

 

 今現在と全く変わらなかった。

「あーちゃん、さっきからぶつぶつなんか呟いて……どうしたの?」

「うきゃあっ!?」

 いきなり目の前にどアップで現れたサキの顔に、悲鳴を上げながら飛びあがる。

「………暑さでおかしくなった?」

「誰がよっ!」

 ビシッと同時にアタシを指差してくる三人。

 あー、もうなんでこいつらはこういう時だけ息が合うんだか。

「何でも良いからさっさと行きましょ………」

「もう、着いてるんだけどー」

 と、マナが言った通り、NERVのゲートが目の前にあった。

 ………気付かないほどアタシは深く妄想考え込んでた?

「じ、じゃあ、とっとと入るわよ」

 自分の頬が赤く染まるのを感じながら、アタシは照れ隠しにカードリーダーにIDカードを通し―――。

 ………え?

 スッスッと何度もIDカードを往復させる。

 が、ゲートどころか、カードリーダー自体に反応なし。

「まったく! 壊れてんじゃないの!?」

 ゲシゲシと蹴りを入れるがこれまた反応なし。むかつく。

「こっちから入れば良ろしいのにー。アスカさんは野蛮ねー。おほほほー」

 何故かお嬢様口調でマナが隣のゲートに自分のIDカードを通し、入ろうとして。

 

がんっ

 

「あうぅぅぅ、こっちも故障してるなら故障してるって言ってくれればいいのにぃー」

 開かなかった鋼鉄のゲートに頭をぶつけて蹲るマナ。

 人をおちょくる暇があったら、前見て歩けとアタシは言いたい。

「じゃ、さらにその隣にちゃれんじー」

 そう言ってサキもIDカードを別のゲートに通すけど、やっぱり反応無し。

 一体……何がどうなってるのよ?

「………停電」

 今まで黙っていたレイがポツリと呟きながら、後方にあった信号機を指差す。

 ………なるほど、確かに信号機のランプが消えてるわ。

「む〜、電気がないぐらいで動かないなんてこんじょー・・・・・足りないよっ」

「まったくね〜」

 バカサキマナは放っておこう。

 レイに視線を向けると、鞄に手を入れごそごそと探っている。

 そうか、緊急時マニュアルね!

 アタシも自分の鞄を開け、中を探る。

 ん〜、おかしいわね………確かここに入れといたと思ったんだけど………。

 そうこうしている間にレイがマニュアルを取り出し、中にサッと目を通すと歩き出す。

 アタシはマニュアルを探すのを諦めて、レイの後を追いかける。

「レイ、どうするのよ?」

「………パイロットは緊急時エヴァのケージに待機。指示を待つ事」

「緊急時って、停電してるだけじゃないのー?」

 さらに後ろについて来たマナがひょいとアタシ達の間に顔を出す。

 レイが説明する気がないのを見て、アタシは渋々口を開く。

「NERV本部の電力施設は正・副・予備の3つも用意されてて、通常だったら停電なんて数分で直っちゃうのよ」

「む〜? つまりどういうこと?」

「だから………もう停電が起こってから数分は経ってる。つまり、通常じゃない事態・・・・・・・・が起こってるってことよ」

 アタシの説明に、マナとサキは揃って眉を潜めた。

 

 

 

>ミユウ

「ごめんね、シンジ君。付き合ってもらっちゃって」

「はは、いいって。まあ思ったより時間食っちゃったけど」

 シンジ君はそう言って微笑むと、席に深く腰を沈めた。

 私はシンジ君の隣に座り、ちょっぴりドキドキしていた。

「………二人でこうやってると、初めてこの街に来た時の事思い出すね」

「あはは、あの時は電車で今はバスだけどね♪」

 

ブォォォォォ

 

 普段、バスは使わず歩きでNERVまで行くのだけれど、今日は私の日直に付き合って遅れてしまった為、私とシンジ君はバスに乗っていた。

「サキ達、ちゃんと着いてるかな………寄り道や買い食いしてなきゃいいけど………」

 シンジ君は天井を見ながら、そんな事を呟いている。

 心配性というか、根っからの主夫というか………。

「もうちょっと子離れしてもいいんじゃない?」

「いや、子離れって………」

 私が苦笑してそう言うと、シンジ君も苦笑いした。

 ―――と。

 

キキィッ!

 

「きゃっ!?」

「うわっ!?」

 いきなりの急ブレーキに思わずシンジ君の胸の中に倒れこむ。

 わ、わわっ、どうしようっ。

 少々パニックになっていると、シンジ君が私を腕に抱きかかえながら起き上がる。

「ミユウ、大丈夫?」

「う、うん」

「お、お客さん、すみません! 怪我はありませんか!?」

 車両の前の方から運転手さんが慌てて飛んでくる。

「はい、なんとか………一体どうしたんですか?」

「それが、急に信号が消えてしまいまして………」

「信号が?」

 運転手さんの言葉に私とシンジ君は窓の外を見る。

 確かに言葉通り信号が消えている―――それも一つではなく、少なくとも視界にある信号機全てのランプが消えていた。

 周りでは他の車が立ち往生している。信号無しで車を走らせるのは危険すぎるからだ。

「停電ですかねぇ……すみません、お客様。復旧するまで少々お待たせする事になると思います」

「あ、いえ、いいですよ」

 人の良さそうな運転手さんが自分が原因でもないのに頭を下げ、それを見たシンジ君が愛想笑いを浮かべた。

 ………あ。

「ねえ、シンジ君」

「え、何?」

「確か前にレイが言ってなかったっけ? 正・福・予備の電源がどうとか………」

「ああ。第三新東京市はNERVで自家発電してて、正・副・予備の三つの電源で成り立ってるって奴だろ?」

「だったらおかしくない? この状況………」

「………そうだね」

「もしかして、使徒かも……」

 私がそう言うと、シンジ君はかぶりを振る。

「いや………使徒とは何か違う気がする」

 確かに停電させるだけの使徒って言うのもなんだかなと思う。

 ………でも、停電すればエヴァは動かずNERVも機能しない、非常に有効的な手段だ。

「どっちにしてもNERVに急いだ方がいいな」

「うん」

「あの〜………NERVに行くんですか?」

「「はい?」」

 今まで気まずげに私達のやり取りを見ていた運転手さんが、恐る恐るといった感じでそう話しかけてきた。

 

 

 

>シンジ

キキキィーーーーーー!

 

「到着しましたよ、お客様」

「あ、ありがとうございますぅ………」

 隣の座席でぐったりしながらミユウがなんとかお礼を口にする。

 かくいう僕もぐったりな上に吐き気もたっぷりだ。

「運転……ご上手なんですね………」

 口調が思わず必要以上に丁寧になる。

 バスの巨体でミサトさんも真っ青な運転をされれば当然だ。

「いやぁ、昔取った杵柄って奴ですよ」

 運転手さんがにこにこしながら照れ笑いする。

 どういう杵柄を取れば、渋滞している街中を事故らず爆走できるんだろうか?

 でもまあ、最寄のNERVの入り口に早く着けたのは確かだ。

 感謝しておこう。

「それじゃあ僕達行きますね。………えっとお代は」

「ああ、いいですよ。私達の安全を守ってくれてるパイロットからお代なんて取れませんよ」

「―――え?」

 僕が目を見開いて止まると、運転手さんは笑ってこういった。

「息子がね、あなたと同じ学校の中学生なんですよ。だからあのロボットのパイロットが中学生だと言う事は知っていました………反応を見た限りじゃ当たっていたようですね」

 ………つまり、鎌を掛けられて見事に引っかかったのか。

「陳腐な事しか言えないですが………頑張って下さいね」

 運転手さんの笑顔に押されるように僕達はバスを降りた。

 そして、走り去るバスを呆然と見ながら僕は呟いた。

「なんだか、嬉しい………かな?」

 自分の行動がこの街を守れているという事に少しだけ、顔が綻んだ。

 

 

 

>ミユウ

カツーン、カツーン

「うう、暗いぃ………」

「停電だしね………」

 シンジ君の腕にしがみつきながら、暗闇を進む私。

 NERVに無事に着いたのはよかったけど、停電の所為で正規のルートが使えず、手動でも開く緊急用の扉から中に入っていた。

 シンジ君の手には懐中電灯(緊急用の入り口に設置されていた)が握られていて、真っ暗な通路を照らしていた。

「えーと………こっちだな」

 緊急用のマニュアルを読みながら、シンジ君が左の道を照らす。

 マニュアルには地図が付いていて、発令所やケージまでの道が載っているのだ。

 ただし、情報が漏れるのを防ぐために途中まで。

 ………つまり、途中からは自分の記憶でいかなくてはならないのだけれど、幸いシンジ君は覚えてるみたい。

 私は………あまり道を覚えるのは得意じゃないとだけ言っておく。

「ミユウって暗闇駄目なんだ?」

「駄目って訳じゃ……………うう、ごめん。やっぱ駄目」

 どれくらい駄目かというと、せっかくシンジ君にしがみついてるのを楽しむ余裕がないぐらいだ。

 ………もったない。

 ―――しばらく歩くと、通路の突き当たりまで来る。

「あ、また扉か……ミユウ、下がって」

「う、うん」

 シンジ君は私に懐中電灯を渡すと、扉の隣にあるハンドルを両手で回し始める。

「くっ……」

 ギリギリと鈍い音を立てながらハンドルが回る。

 さきほどから幾つもこのタイプの扉を潜っているけど、どれもかなり硬いみたい。

 かなり疲れそうなので私も代わろうとしたのだけれど、やんわり断られてしまった。

 

ギギギギ………

 

 耳障りのする鈍い音を立てて、扉が開いていく。

 一人が通れるほどの隙間が開いた所で、シンジ君はハンドルを回す手を止めた。

「電気がないだけでこうも不便だとはなぁ………」

「ほんと、コンピューター制御も良し悪しだね」

 ぼやくシンジ君に苦笑しながら私は同意する。

 NERVが誇る次世代型スーパーコンピューターMAGIとはいえ、電気が切れたら唯の鉄の塊でしかない。

 電気が無ければリニアやエレベーターはもちろん、扉一つも開かないのだから。

 

フッ

 

「え?」

「ちょ、ちょっとシンジ君! 暗くしないでよぉ!」

「いや、いきなり勝手に……電池切れかな?」

「嘘〜〜!?」

 非常灯が灯っているおかげで、真っ暗とまではいかないもののかなり薄暗くなってしまった。

 シンジ君がカチカチとスイッチをいじるけれど、ライトは付かない様だ。

「シ、シンジ君〜」

「ミユウ、落ち着いて。周りが見えない訳じゃないだろ?」

「でも暗い〜!」

 半泣き………というか、3/4ぐらい泣きが入る私。

「きっと他にも設置してある懐中電灯あるよ。ほら、行こう」

「うん………」

 私はシンジ君の腕に顔を埋め、ゆっくりと歩き出し………三歩歩いたところでシンジ君がいきなり立ち止まった。

「どうしたの?」

「前………光が近づいてくる………」

 シンジ君の言葉に顔を上げると、通路の先を光の筋が幾本も動いている。

 NERVの保安部かな?

 助かったぁ………。

「おおーーい! 要救助者はここですよーーー!」

「ミユウ! 待てっ!!」

「………えっ?」

 シンジ君の制止の声は遅く。

 走り寄ってきた人影はライトが付いた小銃を構え、黒いピッタリとしたウェットスーツを身に付けていた。

「逃げるんだ!! 保安部じゃない!!」

 

 

 

>NERV・発令所

「ダメです。予備回線繋がりません!」

「生き残ってる回線は!?」

「全部で1.2%! 2567番からの旧回線だけです!」

 発令所ではオペレーター達の報告の声が飛び交っていた。

 その場で指揮すべき作戦部長と技術部長は不在で、指揮は副指令の冬月が取っていた。

「生き残っている電源は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ、最優先だ!」

「しかし、それでは全館の生命維持と移動に支障が生じますが……」

「構わん、急げ!」

 オペレーターと副指令の声が交錯する中、薄暗くなった発令所は慌しく動き始めた。

 手は物凄いスピードでキーボードを叩きながら、メインオペレーターの一人、伊吹マヤは心配そうに呟く。

「先輩、どうしたんだろう………こんな事が起こってるのに発令所に来ないなんて………」

「マヤちゃん、そう心配することはないって」

 その隣で手は素早く動かしながら、同じくメインオペレーターの青葉シゲルが安心させるようにそう言った。

「でも………」

「赤木博士ならどんな事態に遭遇したって冷静に対処できるさ………葛城さんじゃないんだから」

「……そうですね」

 青葉の余計な補足にマヤはくすっと笑う。

 そんな話をしながらも、二人の手は止まる所かスピードすら落とさない。

 基本的にNERVのスタッフは優秀なのである………技術は。

 数分後、青葉が額に流れる汗を拭いながら、ぼやいた。

「なんか、暑くなってないか?」

「電気が止まってる所為で、空気の循環も止まってますからね。温度も上がりますよ」

「これからきっつい仕事になりそうだってのになぁ………」

「でも……」

 マヤは上段の司令席を見上ると、表情を輝かせる。

「司令達はさすがですね。暑そうな素振りも見せないで」

「あんな暑そうな格好してるのにさすがだよなー」

「見習わなきゃいけませんよね」

 オペレーター二人が感心しているのを他所に、上段の司令席の二人は、

「ぬるいな………」

「ああ、もう少し氷の量を増やすか………」

 部下達から見えない巧妙な所で、バケツの中の氷水に足を浸して涼をとっていた。

 

 

 

>シンジ

パパパパパン

「止まれ!!」

 背後から銃声と叫び声が飛んでくる。

 足元には銃弾が弾け、床に穴を開けて行く。

「くぅっ! ミユウ、そこを右だ!」

「うんっ!」

 通路を右に曲がり、足が棒になるまで走り続ける。

 

タタタタッ

 

「はあっ…はあっ………」

 二人の走る音と呼吸音………背後からも走る音が響いてきている。

「くっ! なんでこんな所にっ………」

 どうするっ……どうするっ………!

 このままじゃ近い内に追いつかれる!

 僕はもちろん、隣を走っているミユウもそろそろ限界だ。

 とてもじゃないが、大人に勝てるような走力も体力も僕達は持っていない。

 ………いや、僕だけが持っていないのか。

「はあ…はあ……ミユウ、二手に分かれよう……そうすればまだ逃げ切れる確率が高くなるっ……」

「ダメッ! シンジ君っ……私だけ逃げられないっ……逃げたくないっ!」

「………はあっ……はあっ……くっ……」

 ミユウは、いとも簡単に僕の考えを見透かす。

 追ってきているあの集団はたぶん、僕―――サードチルドレンを捕らえる為に動いている特殊部隊だろう。

 でなければ、こんな直線の通路で銃弾が一発も当たらない訳はない。

 なので二手に逃げれば、僕だけを追ってくると思ったのだけど……。

 ―――ダメだ。ミユウは絶対に納得してくれそうにない。

「「あっ―――――」」

 僕達は足を止める―――止めざるを得なかった。

 僕達の前には青いビニールカバーに包まれた大量のコンテナ。

 行き止まりだなんてっ……。

 

タッタッタッタッ

 

 目の前が絶望に眩む僕達の耳に、後方から走ってくる複数の足音が聞こえて来る。

「シンジ君。とりあえず、コンテナの陰に……」

「………うん」

 一際大きなコンテナの影に隠れる僕達だったが、当然ながら追っ手が見逃してくれるわけは無かった。

「………追いかけっこはここまでだ。サードチルドレン、私達と共に来てもらおうか」

 

「―――――はあ」

 コンテナの陰に座り込みながら、息を大きく吐く。

 ここで捕まれば、おそらくもうここには帰って来れないだろう。

 それどころか、下手をすれば二度と日の目も拝めない所へ連れて行かれる。

 だけど………ここで逆らった所でどうにかなる訳ではない。

 

「………銃で武装した特殊工作員プロが2人か」

 

 ちらっとコンテナの陰から相手の人数を数える。

 数は同じだが、素手の中学生二人が勝てる相手ではない。

 逆らって相手を怒らせるより、大人しく投降してミユウの安全を頼み込んだ方がいいのではないか―――――

 僕がそんな事を考えて俯いていると、ミユウが涙目で顔を近づけてくる。

「シンジ君のバカッ! こんな事で諦めてどうするのっ! シンジ君がいなくなったらサキちゃんは、レイは、マナは………私はどうすればいいのよぉっ!!」

 ―――ああ、そうだ。本当に僕はバカだ。

 使徒もまだ全部倒してないのに、ミユウ達を置いて僕はどこに行くつもりだったんだ。

「ごめん、ミユウ………僕がバカだった」

「シンジ君っ……」

 コツンと額をくっ付け、瞳を閉じる。

 そう、諦めたらダメなんだ。なんとか……しなくちゃ………。

「サードチルドレンとその同行者、両手を挙げてあと10秒数える間にそこを出てくるんだ。10秒数えても出てこなかった場合、そこの荷物ごと蜂の巣になってもらう」

 落ち着け。ああ言ってるのはただの脅しだ。

 相手の目的はあくまで僕の捕獲………抹殺が目的なら、先ほど廊下を走っていた時に射殺されていたはずだ。

「………そうだ」

「シンジ君、どうしたの?」

「悪いけど僕の賭けに付き合ってくれるかな?」

 訝しげなミユウに僕はにっこりと笑いかけた。

 

 

 

>NERV・通路

 戦自の特殊工作員達は作戦の成功を確信していた。

 予定通り、NERVの正・副・予備のブレーカーを手際良く落とし、今はこうしてあくまでサブであったチルドレンの捕獲という目的まで果たせたのだから。

 チルドレンの護衛はこの暗闇の中、はぐれたのか最初から付いていないのか存在しなかった。

 一緒にいるのは友人と思わしき、制服姿の女子中学生一人。

 そして、既に袋小路に追い込んだ―――

 いくら訓練を受けた特殊部隊とは言え、油断しても仕方がなかっただろう。

 

バッ

ダダダダダダッ

 

 突如コンテナの影から人が飛び出し、一直線に向かってくる。

 が、戦自の特殊工作員達は銃の引き金を引けなかった。

「なっ……なにっ!?」

 飛び出してきた二つの人影は青いビニールシートを頭から被っていたのだ。

 これではどちらがサードチルドレンか判らない上に、狙いも付けられない。

 うっかりでチルドレンを殺す訳には行かないのだ。

 ………工作員達は一瞬戸惑い動きを止め―――その一瞬が致命傷となった。

 

バサァッ

 

 二枚のビニールシートが投げつけられ、視界が遮られる。

 工作員の一人が慌てて手でシートを振り払い………目前まで迫った少女の顔を見た。

「如月無刀流蹴術―――双刃!」

 

ガッ、ゴスゥッ

 

 ミユウの右の回し蹴りが工作員の顎に入り、ガクンと膝が落ちかけた所で勢いを殺さず逆の後ろ回し蹴りが側頭部にHITする。

 呻き声を上げる間もなく、工作員は壁にぶち当たって昏倒した。

「こ、このガキッ………」

 

ゴッ

 

 そのミユウに銃口を向けたもう一人の工作員にシンジが懐中電灯を投げつける。

「うわあああああ!!」

 頭に懐中電灯が直撃し、よろめいた工作員にシンジがタックルする。

 体格の無い中学生とはいえ、助走を十分に付けたシンジのタックルに懐中電灯が当たった衝撃でよろめいていた工作員は押し倒される。

 倒れた衝撃で工作員の手から銃が離れる。工作員は慌てて拾おうと手を伸ばしたが、シンジの手の方が先に拳銃を掴んだ。

 

チャキッ

 

 倒れたままの自分に向けて、シンジが銃を構えるのを見て工作員は動きを止める。

(サードチルドレンとはいえ、たかが中学生………使徒は撃てても、人を撃てる覚悟が出来ているわけが無い………)

 そう考え、反撃の機会を窺う工作員だったが―――――その考えはあまかった。

 

パンッ

 

「ぐあっっ!!」

 シンジの何の躊躇いもなく放った銃弾が、工作員の右足を貫く。

 そして、苦悶の声を上げる工作員の額にゴリッと銃口を押し付ける。

「………別働隊はいるのかっ!!」

「な、何のことだ………」

「言え!! でないと僕はお前を………殺す!」

 恫喝するシンジの瞳に映るはっきりとした意思。

 それは―――――殺意。

「…………い、いる。あと三つ」

「その三隊はどこにいる?」

 この引き金は軽いぞと言わんばかりにさらに銃を押し付けるシンジ。

「い、一隊は北のルートを通ってエヴァンゲリオンの格納庫に……後の二隊は副と予備の電源を切ってS−1のルートを通り撤退している筈だ……」

「やっぱりこの停電はお前達の仕業か………ミユウ」

「は、はい!」

 工作員を脅している低い声のまま名前を呼ばれ、ミユウは反射的に背筋を伸ばしながら返事をする。

「これ、もらうよ」

「え?」

 

シュルッ

 

 ミユウが何かを反応する前にシンジの手が、ミユウの制服のリボンをほどいて抜き去る。

 当然胸元が空き、ミユウは顔を真っ赤にしながらシャツを掻き合せる。

「シ、シンジ君! なにを………」

 ミユウが文句を言おうとシンジに視線を戻すと、工作員をうつ伏せにして後ろ手にリボンで手首を縛るシンジの姿。

 シンジはしっかり縛れた事を確認すると二人の工作員から通信機やナイフ、予備の銃を取り上げていく。

「あ、なんだ……ロープ代わりにしたの……」

 ミユウは顔を真っ赤にしたまま、シンジに聞こえないように小さな声で呟いた。

 

 

 


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