前だけを…

 

第壱拾話   マグマダイバー


 

>ミユウ

「ねね、アスカ。これどう思う?」

「もうちょっと派手でもいいんじゃない? ほら、こっちの真っ赤なやつとか」

「む〜、ボクに合うサイズ、みんな子供っぽいのばっかだよ〜」

「………しょうがないと思う」

 上から順にマナ、アスカ、サキちゃん、レイだ。

 今日、私たちは修学旅行の準備をするため、デパートに買い物に来ていた。

 で、上の言動は―――

「ミユ、ぼ〜っとしてないで水着選びなよっ」

「あ、うん」

 ………と、まあ、そういう訳で水着を選んでいる真っ最中だ。

「はは………」

 そんな私たちを後ろで見物しながら、苦笑しているのはいつものようにシンジ君―――――ではなく、

「これにいつもシンジ君は付き合ってるのか? 彼も苦労しているな……」

 アスカが呼んだ、私達の足兼荷物持ちの加持さんだ。

「も〜、加持さんっ。そんな所にいないでアタシの水着選んで」

「おっと、悪かったな。しかし、いくら俺だって女性の水着はわからないぞ?」

 アスカの言葉に、加持さんは肩を竦めて苦笑する。

 まあ、確かに男の人に水着を聞くのはどうかと私も思う。

「それにしても、今日はどうしてシンジ君がいないんだ?」

 加持さんは煙草を取り出し、口に咥えて火を付けながら質問してきた。

 加持さんの言う通り、今日シンジ君は一緒にいない。

「決まってるよっ♪」

「決まってるわよねっ♪」

 サキちゃんとマナがパンと手を合わせ、声を揃える。

「「おにいちゃん・シンジを水着で誘惑するんだもんね〜〜〜♪」」

「………当日にいきなり見せた方が効果倍増」

 そう言うレイの手には女性雑誌が握られてたりする。

「あはは………まあ、そういうわけです」

 苦笑いを浮かべながら、かくいう私もきっちり水着を3着ほど確保している。

「シンジ君も男冥利に尽きるな」

 加持さんは苦笑いを浮かべたまま、アスカの方に向き直る。

「アスカは、シンジ君に見せないのか?」

「冗談。アタシは加持さんだけだってば〜♪」

 アスカが普段じゃ考えられないほどの猫撫で声で、加持さんの腕にしがみつく。

 私、加持さんってあんまり好きじゃないけど、悪い人ではないんだよね〜。

 アスカの世話焼いて、兄代わりしてるみたいだし………。

 ―――と、急にアスカは静かになると、水着を選んでいる私達の方をちらりと見てのたまった。

「それに………こいつらと同類になるのもなんか嫌だしね」

 おひ。

 

 

 

>シンジ

「はあ、やっぱりですか」

『そうなのよ〜、シンちゃん、ゴメンネ〜』

 受話器の向こうから聞こえてくるミサトさんの声に僕は嘆息した。

「僕は別にいいんですけど………サキ達、結構前から楽しみにしてましたし………残念です」

『アスカやレイはともかく、他の3人は行っても別に問題ないわよ?』

「ミサトさん………あの3人が僕達を置いていくなんて選択肢、選ぶと思いますか?」

『そうなのよね〜』

 電話なので顔は見えないが、ミサトさんが苦笑しているのがありありと浮ぶ。

『修学旅行がもっと近場ならどうにでも出来るのに残念ね〜』

「………それですよ! ミサトさん!」

『は?』

「ちょっと頼まれて欲しい事があるんですけど………」

 

 

 

>ミユウ

「「「「えーーーー!! 修学旅行行っちゃダメーーーーーー!?」」」」

「そっ」

 シンジ君の作った美味しい夕食も全て食べ終わり、まったりとしていた私達にミサトさんは修学旅行禁止を告げてくれた。

「ミサト、どうしてよっ!?」

「戦闘待機よ」

「そんなの聞いて無いわよ!!」

「今、言ったわ」

「誰が決めたのよ! そんなこと!!」

「作戦部長であるこのあたしが決めました」

 アスカの癇癪にも、ミサトさんはビールを片手に受け流していく。

 もしかして、アルコールが良い作用をしてるのかな?

 だったら、戦闘中もビールを飲ませてた方が調子いいんじゃないだろうか?

「おーぼーだよっ!」

「そうよそうよ〜!」

 サキちゃんとマナがアスカの援護をするべく、騒ぎ出す。

 ………騒いでる『だけ』だから、援護になってないような気もするけど。

「………葛城一尉、酷い」

「う゛っ」

 このレイの底冷えするような口調の言葉には、アルコールが入ったミサトさんも受け流せず、冷や汗を流す。

 どうもミサトさんとレイって反りが合わないみたいで、ミサトさんは苦手意識を、レイは嫌悪感(というほど大げさなものじゃないけど)を持っている様だ。

「あのね、アスカ、レイ。あなた達が沖縄へ修学旅行に行っている最中に、 第三新東京市に使徒が攻めて来たらどうするのよ」

「うぐ………それは………」

 ミサトさんの言葉に私達は黙り込んだ。

 そっか……確かに、私達が遊んでる間に使徒が攻めてきてサードインパクトが起こっちゃったら本末転倒だもんね。

「別にミユウちゃんやサキちゃん、マナちゃんは行って構わないんだけど」

「「「嫌です(だよ)っ!」」」

 私達は間髪いれずに拒否する。

 シンジ君が行かない修学旅行なんて行っても楽しいわけなんてない…………ちょっと、残念だけど。

「で、シンジ!! さっきから済ました顔でお茶なんて飲んでるけど、アンタはどっちの味方なのよ!!」

 アスカの言葉に、シンジ君(今まで揉めてた私達を尻目に、ずっとお茶を飲んでいた)は湯飲みをテーブルに置いた。

「ん、だって戦闘待機じゃ仕方が無いしね」

 しーんと全員が沈黙する。

 名実共に、この家での決定権を持ってるのはシンジ君だ。

(※決して一番年上のミサトさんではない(笑))

 そのシンジ君が納得してるんじゃ、私達も納得せざるを得ない。

「む〜、おにいちゃんはボク達としゅーがく旅行行きたくないの〜?」

「そうよ〜、シンジィ〜」

 ………サキちゃんとマナは納得してなかったみたい。

「ごめんね、サキ、マナ」

 が、何も悪くないシンジ君に本当に済まなそうに謝られては、二人は渋々ながら黙り込むしかなかった。

「まったくしょうがないわね」

「………残念」

 アスカとレイのチルドレン二人も先ほどまでの執念(の様に感じられた)を霧散させて、肩を竦める。

「あんたらね………あたしがあれほど言った時は納得しなかったくせに、なんでシンちゃんの一言で納得するのよ……」

 ミサトさんは納得のいかない様子で私達を睨みつけるが、全員まったく気にしてない様だ。

 そんな残念ムードが流れている私達を見たシンジ君は驚くべき提案を出した。

「その代わりと言ったらなんだけど、明後日に僕達だけで旅行に行かない?」

「「「「「えっ!?」」」」」

「シンジ、何行ってんのよ! 戦闘待機で旅行に行けないからさっきあんなに揉めたんでしょ!」

「そうだね。でも沖縄は無理だけど、近場なら問題無いらしいんだ」

 ………はい?

 シンジ君の言葉の意図を理解できないようで、みんな怪訝そうな表情をする。

「はい、そこで一つ問題です。ここ、第三新東京市は以前なんと呼ばれてたでしょう?」

「………神奈川県?」

 レイが小首を傾げて答える。

「うん、確かに綾波の言う通りだね。でも、僕が言いたいのはその中でも『箱根』と呼ばれていた地名なんだ」

 箱根………ってもしかして………。

「もしかして………温泉?」

「そ。ミユウ、正解。箱根はセカンドインパクト以前では温泉街として有名だったからね。ここまで近場ならいざ使徒が現れても、すぐにNERVに来れるし………」

 や、やっぱり。

「ま、沖縄には敵わないけどね。温泉旅行ってのも良いんじゃないかな」

 全員、シンジ君の提案に静まり返っている。

 シンジ君はそういう反応を予測していなかったのか、少々焦って恐る恐る口を開いた。

「あの………気に入らなかった?」

「えらい!」

 アスカがバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。

「ナイスよ、シンジ! どこかの使えない作戦部長とは大違いね!」

「誰が使えない作戦部長よっ!!」

「わーいっ♪ おにいちゃん、ありがと〜〜〜♪」

「温泉かぁ、わたし初めてね〜♪ あ、レイさん温泉行った事ある?」

「………私も無い。楽しみ」

 あはは………もう、みんな大騒ぎね。

 もちろん、私も嬉しいけど♪

「シンちゃ〜ん、みんなが苛めるの〜(泣)」

「みんな、ミサトさんが宿の手配とかしてくれたんだからお礼言って」

 シンジ君が苦笑しながら促したが、全員(アスカを除く)シンジ君に泣きながら縋りつくミサトさんを見て無視した。

 唯一、残ったアスカも、

「はいはい、あんがとさん」

 片手をシュタッと上げて、投げやり気味に答える。

「しくしくしく………」

 ミサトさんはいじけて部屋の隅で、『のの字』を書きながら座り込みを始めてしまった。

「けど、海で泳げないのはちょっと残念かな。水着も買っちゃったし………」

「あ、それなら実は明日ネルフのプール貸切にしたから、泳げるよ」

 私の独り言にシンジ君は答えを返してくる。

「ほんと気が利くわね。どこかの気の利かない作戦部長と違って」

「しくしくしくしく………」

 容赦の無いアスカの言葉に部屋の隅から聞こえてくる泣き声がちょびっと大きくなった。

 どうでもいいけど。

「わーいわーい♪ 明日はプールで明後日は温泉だ〜〜〜♪」

「サキ、やったね〜♪」

 サキちゃんとマナは手を取り合って踊り始める。

 何故か二人揃ってタップダンスだ。

 最近仲の良いサキちゃんとマナだけどあんまりにも呼吸が合いすぎて、たまにネタ合わせやってるんじゃないかと思う時がある。

 実際の所は思考パターンが酷似してるからなんだろうけど。

「………ふふふ、そうよ。あたしには切り札が合ったんだわ」

 あ、ミサトさんが復活した。

「あ・な・た・た・ちぃ〜♪ そう簡単に遊べると思ったら大間違いよ〜♪」

 そう言ってミサトさんはデータディスク(MO)を取り出す。

 そのMOに書いてある題は『第三新東京市第壱中学2年A組、成績表』だ。

「言わなきゃばれないとでも思ったら、大間違いよ〜♪」

「あの、ミサトさん?」

「おほほほほ〜♪」

「ミサトさん!!」

「な〜に、ミユウちゃ〜ん? 今更後悔しても遅いわよ〜?」

 ミサトさんの言い草にピキッと青筋立てながら、私ははっきりと言った。

「そんな物今更見せられても意味無いですよ?」

「ふっふ〜ん。そんな誤魔化してもダメよん♪ えーっとミユウちゃんはあらあら〜社会が弱いのね〜♪ マナちゃんは数学・英語がドボン。 アスカとサキちゃんは全体的に点数が少ないわね〜♪ ………ちっ、シンちゃんとレイは学年1・2位か」

 ミサトさんの成績暴露に―――――私達は全員顔色一つ変えなかった。

「あ、あれ?」

「ミサトさん、私達の保護者誰だか分かってます?」

「え、このあたしでしょ?」

「違います! シンジ君です!」

 がびーんっとショックで固まるミサトさんを無視して私は早口で一気に捲くし立てる。

「シンジ君が悪い成績とった私達を放っておくと思いますか!?答えは否です! テスト受け取ったその日の時点で全員のテストを徴収して成績が上がるようにレイを除く全員に宿題を出してくれました! 私には地理・歴史やその他諸々の本を読んで感想文!アスカには毎日漢字100問・日本語文の朗読10分! サキちゃんとマナには数学・英語の毎日2時間に渡るスパルタ教育ですよ!わかります!? サボったらその日の夕食抜きなんですよ!?飲み物すら禁止なんですから!!」

「わ、わかったからミユウちゃん、落ち着いて………」

 私の剣幕にミサトさんは額に脂汗を流しながら宥める。

 私はテーブルに置いてあったお茶を一飲みすると、ふぅと息をついた。

「と、言うわけで宿題か何かを出そうとしたみたいですけど、もう十分に間に合ってます」

 私の横では、私と同じ被災者(サキちゃん、マナ、アスカ)がうんうんと泣きそうな表情で頷く。

「そんなに厳しかったかな……」

 シンジ君はなにやらショックを受けているようだ。

「そ、そう………じゃあ、慌てて勉強する必要は無いわけね。良かったわね〜、気分良く遊べて〜♪」

「あ、ミサトさん」

 表情を固めたまま愛想笑いをするミサトさんにシンジ君が何かを思い出したかのように話し掛ける。

「な、何かしら?」

 ミサトさんが心持ち引きながら返事をすると、シンジ君はにっこりと笑ってのたまった。

「人に宿題を出す前に、ミサトさんも仕事してくださいね。日向さんに仕事押し付けてばっかりじゃダメですよ。あんまり酷いとエビチュ無しにしますからね」

「は、はい、ごめんなさい(涙)」

 ―――――今日も家でのシンジ君は無敵だった。

 

 

 

>浅間山・地震観測所

「………異常なしっと。はあ、今日も浅間山は元気良く体調も良し。爆発する様子はありませんでした。まる」

 観測員Aはいつも通りのチェックを終えると、背を伸ばしてぼやいた。

「まったく、火口の調査なんかそんな毎日やるもんじゃないよなぁ」

「そう言うなよ。何事も無かったっていうデータを取るのも立派な仕事だぞ」

 相棒の観測員Bが苦笑しながら、宥める。そう言う観測員Bも少しこの仕事に飽きていたが、顔には出さない。

「それより、俺達の仕事は浅間山だけじゃないんだ。とっとと観測機引き上げて次行くぞ、次」

「へいへーい」

 

ピーピーッ

 

 観測機を引き上げようとした観測員達を止めたのは電子音―――異常を知らせる警告音だった。

「な、なんだ!?」

「ん!? お、おい! これ見てみろ!」

 観測員Bが示したデータには正体不明の不気味な影が映っていた。

 火口の溶岩の中である。当然、魚などではありえない。第一、全長数十メートルあり大きすぎる。

 さらに詳しいデータを取ろうとしたが、それよりも早く影は溶岩の中を流されて見失ってしまった。

「ど、どうする?」

「決まってるだろ!!」

 観測員Bは電話を取ると、内線から外線に切り替えた。

「餅は餅屋。こういう異常な物体は、異常な物を扱ってる組織に頼むんだよ!」

 

 

 

>シンジ

ザブーン

 水に飛び込む音が響く。

 僕は端末を操作していた手を止め、後ろのプールに目をやった。

 プールの底を潜水した人影がすーっと音も立てずに進んでいく。

 やがて息が続かなくなったのか、人影はゆっくりと浮上する。

「ぷはぁ! あー、気持ちいい♪」

 顔を出したのは、赤みがかかった金髪の少女―――アスカだ。

 アスカは水面に顔を出すと、僕の方に向かって来てプールの端に掴まった。

「シンジー、アンタ何してるのよ?」

「ん、ちょっと勉強をね」

「アンタ、バカァ? せっかく皆で遊びにきてるのに、水を差さないでよ」

「………『水を差さない』。うん、そんな表現が出来るなんて、勉強の成果が出てるみたいだね。さすが、アスカ」

「まあね〜♪」

 僕が褒めるとアスカは得意そうに水の中で胸を張る。

 話を逸らす事に成功した僕は、アスカが我に帰る前に次なる話題を持ち出す。

「ところで皆は? なんでアスカ一人なの?」

 僕達はいつものメンバーでこのネルフ本部の中に設置された競泳用プールに来て、水着に着替える為一旦更衣室の前で別れたのだけど………。

 僕が水着に着替えてプールの横に置かれたテーブルに着いてから既に30分が経過していた。

 で、やっと来たと思ったらアスカ一人だったのだ。

 僕の質問にアスカは何故か疲れた表情を見せる。

「アイツ等だったら、更衣室で水着を選んでるわよ」

「……………は?」

 予期しない答えに僕は思わず間抜けな声を上げた。

「でも………昨日、水着を部屋に並べて散々悩んでたじゃないか」

「だから今日も引き続き悩んでるんでしょ」

 アスカは手をヒラヒラと振って、面倒臭そうに答える。

「まったく………どの水着でも変わらないだろうに」

 僕がそうぼやくとアスカは目を細め、ジロッと睨んでくる。

「アンタ………朴念仁もいい加減にしなさいよね」

「はい?」

「そんなことより!」

 怪訝そうな声を出すが、アスカは説明する気などないのかプールからザバァと上がり、僕の目の前まで来てビシッと指を突きつける。

 プールから上がったアスカは、真っ赤なビキニで良く似合っていた。

「アンタ、いつまでテーブルに座ってるつもりよ!」

 あう、話題が戻った。

 もうお気づきだとは思うが、僕が皆でプールに来ているのにも関わらず勉強道具(電子端末)を持ってきたのは………

 泳げないからだ。完全無欠に。

 小さい頃のある出来事によって、水が怖くなってしまったのが直接の原因だけど………元来、人の身体っていうのは水に浮くように出来てないからして僕が泳げないのは当然の摂理なのだ。

「なに悟った様な表情してんのよ! 勉強なんて夜すれば十分でしょうが!」

「あ、う……まあ、そうだね………でも、勉強は大事なわけで昼も夜もやるのが一番だと僕は思うんだな、うん」

「はあ? アンタ、ミユウ達と勉強どっちの方が大切なのよ!?」

「う゛」

 それを言われると、言い訳すら吐けなくなる。

 

ダダダダダダダダダダダンッ←踏み切り(笑)

 

「わーーーーーーーーーいっっっ♪」

 

バシャーン

 

 突如物凄い勢いで走ってきた人影が、プールサイドからジャンプし、プールの中程に着水する。

「おにいちゃ〜ん、見てた〜〜〜?」

「サキ〜! プールに走って飛び込まないっ!!」

「む〜、何で〜?」

「滑って転んだら危ないだろ! ただでさえ、プールサイドは水で濡れてるんだからっ!」

「………は〜い」

 そんな僕とサキとのやり取りを黙ってみていたアスカがポツリと呟く。

「あんた達………従兄妹っていうより、まるで親子ね」

「え゛?」

 石の塊になる僕。サキはまったく気にせず、泳いでるけど。

「………何、固まってんのよ? 冗談よ」

「あは、あははははっ! そ、そうだよね! 僕なんて言ったってまだ14だしっ、子供だなんている訳ないしねっ! あはははは!!」

 アスカが胡散臭そうにジロジロ見てくる中、僕はただひたすらに馬鹿笑いするしかなかった。

「シンジく〜〜〜ん!」

「シンジぃ〜〜〜〜!」

 丁度良いタイミングでミユウとマナが僕に向かって手を振りながら駆けてくる。

 僕はアスカの痛い視線から逃れるように、ミユウ達に向き直った。

「は、ははっ………ずいぶん、時間が掛かったね」

「「ちょっとね〜♪」」

 珍しくミユウとマナが声を合わせて、笑っている。

「あれ? 二人ともなんでパーカーなんて着てるの?」

 二人が水着の上から、黄色いパーカーを羽織っている事に気が付いた僕は頭を捻りながら尋ねると、ミユウが苦笑してマナに視線を送る。

「マナがね………」

「シンジ♪ わたし達の水着姿はあなたに一番最初に見て欲しかったから♪」

 マナが顔を少し赤くしながら、そんな恥ずかしいセリフを面と向かって僕に言ってくる。

 僕も少々顔を赤くしながら、なるべく冷静に切り返す。

「マナ………それ、昨日のドラマでやってたセリフだろ?」

「う゛」

「そういうセリフが言いたくなるのは分からないでもないけどね。僕も一応男なんだからそんな誤解されるようなセリフ言っちゃダメだよ」

「「「はあ〜」」」

 僕が優しく諭すように言うと、何故かマナとミユウ、アスカの3人全員が顔を見合わせて大きく溜息を付く。

「な、なんだよ、みんな揃って溜息なんかついて………」

「ま、シンジ君だしね……」

 ミユウが首を横に振りながら、諦めたように力なく呟く。

 なんか僕、馬鹿にされてる?

「き、気を取り直してご開帳〜〜〜♪」

 マナの声と共に、二人はパーカーを脱ぎ捨て―――ようとした所で、無粋な電子音が鳴った。

 プルルルッとテーブルの上に置いてあった携帯電話が鳴ったのだ。

 そして、通常時僕の電話は着メロが設定されていて、こんな電子音が流れる事は例外を一つ除いてまったくない。

 例外、それは―――

「使徒っ………!?」

「……今回ばかりはミサトの言う通り修学旅行に行かなくて良かったわ!」

 アスカが走り出したのを切っ掛けに、僕達は一斉に出口に向かって走り出した。

 

 

 

>サキ

「しくしくしくしく………」

「レイ、もったいぶってプールの底に隠れてるからだよ〜」

「しくしく………碇君を……脅かそうと思ったのに……いないことにすら気付いてもらえなかった………」

「む〜(汗)」

「ぶくぶくぶくぶく(泡)」 

「わあっ! プールに沈んじゃだめだよっ!(汗)」 

 おにいちゃん達が走っていくのを尻目に、ボクはレイを慰めるのに苦労していた。

 

 

 

>ミユウ

「これが使徒?」

 作戦会議室に集まった私達の前には大きなスクリーン。

 そこには色々な情報が映っていたけど、一番大きく表示されていたのは使徒。

 それも胎児の様に丸まった使徒だった。

「ええ、そうよ。今日、浅間山火口で発見されたわ。恐らくこの使徒はまだ成長しきってない―――つまりまだ幼虫かサナギの状態と推測できるわ」

 リツコさんが淡々と事実と推測を織り交ぜて話す。

 シンジ君、レイ、アスカのチルドレン3人はリツコさんの説明を黙って聞きながら、モニターを凝視している。

「火口って………マグマの中って事ですか? そんなのどうやって倒したら………」

 シンジ君が漏らした声に答えたのはミサトさんだった。

「今回の作戦目的は、殲滅じゃなくて捕獲よ」

「「えっ!?」」

 その答えにシンジ君はもちろん、私も驚愕の声を上げてミサトさんを睨みつける。

「え〜、捕獲〜?」

「………」

 アスカは不満の声を上げ、レイは何の反応もしない………というより、何か考えているようだ。

 後ろではサキちゃんとマナが居心地悪そうに黙って座っている。

 まあ、サキちゃんは作戦の事なんて理解できないだろうし、マナは使徒について知らなすぎるからしょうがないけど。

「ミサトさんっ! 使徒を捕獲って……本気ですか!?」

 シンジ君がほとんど悲鳴の様に、声を張り上げる。

 私も同意見だ。使徒を捕獲するなんて考えられない。

 万が一捕獲できたとしても、NERV本部の中で孵化したらどうする気だろう?

「ごめんね、シンちゃん。あたしとしては殲滅の方を推したいんだけど、司令部と技術部の意向でね………」

 ミサトさんはちらっとリツコさんの方に視線を送る。

 ………ミサトさん、作戦責任者ならその責任を他の人に押し付けないで下さい。

「使徒のサンプルはこれからの使徒戦を有利にするためにも必ず必要になるわ」

「だからって………危険すぎますよ!」

 おざなりで簡単な説明をするリツコさんにシンジ君がすかさず噛み付く。

 当たり前だ。あまりにもリスクが大きすぎる。

「これはもう決定事項よ」

「くっ………」

 冷たいリツコさんの言葉に唇を噛み締めるシンジ君。

 そんなやりとりを見ていたアスカは困惑した様子だったが、やがて気を取り直したのか茶化す様に喋りだす。

「何よ、シンジ。びびってんの?」

「っ!!」

 その不用意で考え無しのアスカの言葉にギンッと鋭い視線を叩きつけるシンジ君。

 アスカはそのプレッシャーに耐えられなかったのか、『ひっ』と短い悲鳴を上げて固まる。

「あ………ご、ごめん。アスカ」

 シンジ君は怯えたアスカを見て、瞬時に正気に戻り頭を下げる。

「………わ、悪かったわよ、こっちこそ」

 アスカはバツが悪そうにそっぽを向く。

「ミサトさん、作戦を説明してください」

 会議室の空気がどんよりと重くなってしまったので、シンジ君が先を促す。

 ミサトさんは少々雰囲気に呑まれながらも、説明を始める。

「まず、エヴァ1体がマグマに潜って捕獲を担当してもらいます」

「はいはーいっ、アタシがやりまーすっ!」

 アスカが積極的に手を上げる。

 シンジ君はそんなアスカを見て………自分もゆっくり手を上げる。

「僕が潜ります」

「がっ………シンジ、アンタねぇ! そんなにアタシが信用できない!?」

「………そういう訳じゃないけど」

 そんな二人の言い合いに、パンパンと手を叩いてミサトさんが止めに入る。

「はいはい、揉めてる所悪いけど配置はもう決まってるの」

「えっ、そうなの!?」

「誰が潜るんですか?」

「弐号機よ。理由はえーと………」

「マグマに潜る為のD型装備は試作タイプの零号機や試験タイプの初号機では規格外なのよ」

 ミサトさんが説明に詰まっていると、リツコさんが補助に入って口を開いた。

「そうそう、規格外なの。だから、弐号機が潜行、初号機が火口入り口で待機ね」

「………零号機は?」

 ずっと黙っていたレイがミサトさんに質問する。

 ミサトさんは済まなそうに手を合わせると、

「ゴミン、零号機は本部で待機よ」

「ミサトさん! なんで戦力の出し惜しみなんてするんですかっ!?」

「エヴァが留守の間、本部に他の使徒が来ると困るでしょ?」

「だからってただでさえ少ない戦力を2分割するなんて………」

「司令の指示よ」

 シンジ君を止めたのは、リツコさんの一言だった。

「父さん……の?」

「ええ、そうよ」

「リツコ!」

 ミサトさんは苦々しく、リツコさんを睨みつける。

 どうやらミサトさんはシンジ君たちにそう言った裏の事情を知って欲しくなかったようだ。

「アスカは耐熱プラグスーツを着て30分後に第7ゲージへ」

 リツコさんはそんなミサトさんを無視すると、さっさと言うことだけを言って立ち去ってしまった。

 

 

 

>シンジ

「ちょっと、シンジ!! さっきアタシになんであんなに絡んできたのよ!!」

 リツコさん、それにミサトさんが会議室を退出すると、アスカが僕に文句を付けて来た。

「だから、絡んだわけじゃないって」

「だったらどういう訳よ!?」

 僕が苦笑しながら言い訳するが、アスカは尚も文句を言い続ける。

 観念した僕は正直に答える事にする。

「………こんな無茶苦茶な作戦に参加させて、アスカと綾波を怪我させたくなかったんだよ」

「「「「………はあぁ」」」」

 僕が搾り出すようにそう言うと、アスカ―――それに今のセリフを聞いていた皆は深々と息を吐いた。

「だからって、アンタが危険に合ったら同じでしょが」

 アスカの言葉にみんな『うんうん』と頷く。

 ………。

 僕が押し黙っていると綾波が深刻な表情で重々しく口を開いた。

「浅間山―――どこかで聞いたと思ったら………」

「どうかしたの、綾波?」

「………明日行く、温泉の近く」

「「「「「………はい?」」」」」

 綾波の言う事を理解できなかった僕達は、思わず全員揃って間の抜けた声を出す。

「………使徒を上手く倒さないと、温泉がなくなるの」

「あ、あやなみぃ〜」

 

ゴンッ

 

 全身から力が抜け、会議室の机に頭を落とす。

 みんなも同じ様子で………って、おい。

「な゛!? それは一大事ね!! 捕獲なんて言ってらんないわ!! 隙を見て処分しないと………」

「はいはいっ! マナちゃんの考えとしては、『間違えちゃったー』とか言ってライアットガンぶちかますのが一番だと思います!」

「ボクは捕まえる時に、影でナイフでぶすっと刺しちゃうのが良いと思うよっ」

「………それだったら、最初からN2爆雷で火山ごと焼き払うのが良いと思うの」

「「「さすがにそれは」」」

 ………アスカ、マナ、サキ、綾波が額を突き合せて怪しげな相談を交し合う。

 ミユウがそんな4人を眺めながら、僕の隣に腰を降ろし話し掛けてくる。

「みんな、シンジ君を和まそうとしてあんな馬鹿な事言ってるんだよ?」

「………うん、判ってる」

 

 みんな………ありがとう。

 こんな馬鹿な僕に着いて来てくれて………。

 

「やっぱり決め手はN2をどこからパクって来るかね!」

「「「うんうん」」」

 ・

 ・

 ・

「………もしかしたら、素かもね」

「………それはあんまり判りたくないな」

 僕とミユウは顔を見合わせて苦笑した。

 

 

 

 作戦当日。

 僕とアスカ、それに護衛のマナは浅間山へと来ていた。

 ミユウとサキに本部に残ってもらったのは、危ないのは勿論だけど、綾波が独りになったら寂しいだろうと思ったからだ。

 まあ、もう一つ理由があるけど………こっちは杞憂で済んでくれたらそれで良いんだけどね。

『………シンちゃん! シンちゃん!? 作戦開始するわよ!? 聞いてるの!?』

「あ、はい。分かりました」

 僕は初号機のエントリープラグの中で深呼吸すると(LCLの中なので意味は無いけど)、気持ちを切り替えた。

 もしも心配が杞憂で無くなった時は………ミユウに頼んである、大丈夫だ。

『見て見て、シンジ〜♪』

 通信機からアスカの嬉しそうな声が響く。

 僕が言われた通り、D型装備で今まさにマグマに潜ろうとしている弐号機に視線を移す。

『ジャイアント・エントリー』

 ………足を開いただけじゃん。

 声には出さなかった、怖いから。

 

 

 

>レイ

 心配だ。

 碇君が。

 心配だ。

 アスカが。

「まだ……」

 私は少しづつ動くエレベーターの表示に目をやっている。

 なんだか、イライラする。

 零号機との試験を終わらせた私は、一刻も早くミユウ達が待っているラウンジに行きたかった。

 こんなにも独りの起動実験が心細いものだとは、知らなかった。

 こんなにも独りが寂しいとは、知らなかった。

 

チーンッ

 

 音と共にエレベーターが止まる。

 さあ、ミユウ達が待っているラウンジはもうすぐだ。

 廊下を駆け出す私。

「はあはあ………」

 会いたい………。

 私は少しでも早く、ミユウ達の所に行きたかった。

 少しでも早く、いつもの暖かい所へ戻りたかった。

 だけど、そんな私を嘲笑うかのように黒い影が立ち塞がる。

「レイ」

「っ!!」

 体全体が硬直する。

 目の前に碇司令がいた。

 逃げたい………でも、逃げられない。

「最近、実験に来てないようだな………何を考えている」

「……………」

「シンジに何を吹き込まれた?」

「………う」

「奴は目的の為の駒にすぎん。下らぬ事は考えるな」

「………ち…う……」

 私が小さな声で呟くが、碇司令はまったく気付かない。

「これからダミーの実験を行う。来い」

「……………違う」

 碇司令がピクリと眉を動かす。

「何だと………?」

「………違う、碇君も私もあなたの駒なんかじゃない!!

「な!?」

 私の叫びに碇司令が一瞬驚愕の表情を浮かべるが、すぐに冷徹な顔になる。

「………サードの影響を受けすぎたようだな。交換の時期か………」

 碇司令はそう言うと私の腕を掴む。

「い、嫌………」

 私が恐怖で体を震わせたその瞬間、

 

ガコォォォォン

 

「ぐはぁっ!?」

 凄い音と同時に、一瞬の内に視界から碇司令が消える。

「………」

 呆然と視界を下に下ろすと、碇司令が頭から血を流しながら泡を吹いて気絶していた。

 良く見ると缶ジュースと思われる物が碇司令の隣に落ちている………。

 これが碇司令を………?

「はっ」

 我に帰った私はすぐにその場から逃げ出した。

 

 

 

>ミユウ

「いいコントロールしてるね、サキちゃん」

 サキちゃんが投げた缶ジュース(きっちり中身入り)はきちんと私が指定した場所にクリーンヒットしていた。

「えっへん♪ ボク、凄いでしょ〜♪」

 と、有頂天だったサキちゃんだけど………

「あっ」

「どうしたの?」

「うう〜、ボクのジュース〜〜〜〜」

 泣きそうな顔をして私を見返すサキちゃん。

「はいはい、私が一本買ってあげるわよ」

「わ〜い♪」

 

 

 シンジ君………シンジ君の言ってた通りになっちゃったよ。

 シンジ君の……心配してた通りに………なっちゃったよ。

 

『父さんが綾波に手を出してくるかもしれない………その時はお願い』

 

 シンジ君がお父さんの事、信じたいって思ってたの………私、気付いてた。

 でも………、今回の事でシンジ君は………。

 

 

 

 それから数十分しない内に、使徒の捕獲に失敗、殲滅された事がNERV本部に伝えられた。

 

 

 


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