前だけを…

 

第九話   瞬間、心、重ねて  後編


 

>シンジ

 やっと、家に帰ってきた僕を待ち受けていたのは三人の家族だった。

 迎えてくれるのは嬉しいけど………何故、僕は三人に囲まれて正座させられているのだろう?

(ちなみにミサトさんと惣流さんは、後ろでひきつった顔で僕達を見ている)

 

「シンジ君………説明してくれるよね?」

 にっこりと満面の笑みを浮かべてミユウが僕の顔をじっと見つめる。

 何故か、目は笑ってないが。

 

「おにいちゃん………ボクも聞きたいな♪」

 いつもと変わらぬ調子………いや、いつもよりややハイテンションなサキ。

 何故か、サキが手を置いていた壁にベキャッという音と共に穴が空いたが。

 

「碇君………私も説明してほしい」

 レオタード姿の綾波はうっすらと笑みを浮かべている。

 何故か、その綺麗な笑みを見ると背筋に悪寒が走ったが。

 

「え、えっと………何を説明すればいいのかな?僕がネルフの実験場からいなくなった事?それとも………」

 僕は引きつった笑顔を貼り付けながら、相手の意図を確認する。

 僕の生存本能は緊急信号を発している―――

『このままではいけない、なんとか機嫌をとれ。さもなくば命はない』

 と。

 

「もちろん、この茶髪の可愛い女の子の事よ」

 ミユウがソファで寝ているマナを指差しながら、可愛いにイントネーションを置いて答える。

「そそそその、マナは………」

「「「マナ?」」」

「へえ〜、呼び捨てだなんてずいぶん親しい仲みたいね〜。ねえ、サキちゃん」

「そうみたいだね〜。ミユ」

「私は名前で呼ばれてないのに私は名前で呼ばれてないのに私は名前で呼ばれてないのに………」

 三人はあくまでにこやかに会話している(もっとも約一名は呪詛の言葉を吐いているが)

「違うって!!第一、マナとは今日会ったばっかりで………」

「ん………う〜ん………?」

 僕が三人に弁解をしていると、マナが目をこすりながら身体を起こした。

 マナはぼーっとした表情できょろきょろと周りを見回して、僕と目が会う。

「あ………」

 僕の顔を見て、彼女は納得したような表情になる。

 どうやら寝ぼけていたようだが、僕を見て今日のことを思い出したのだろう。

「よかった、マナ………君からも」

 『君からも説明して』と言う前にマナはにこっと笑って、

「おはよ、ご主人様♪」

 ・

 ・

 ・

ドゴスッ、バキィィ、メキャメキャ、ガスッ、ザクッ

「冗談だよ………って誰も聞いてないね……………」

 マナのその呟きを最後に僕の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 ミユウ達と暮らすようになってから、気絶ばっかりしてるような気がする………。

 絶対に身体に良くないよなぁ………。

「痛い………」

「ほ、ほら、痛いって事は生きてるって事だしっ! 死ぬほどの怪我って、痛み感じないものだからっ!」

 後ろ頭に大きい汗を浮かべつつ、訳のわからない言い訳をするミユウ。

 ……………ミユウ、フォローになってないよ。

 しかもさっき殴られた瞬間、痛み感じてなかったし。

「シンちゃん? そろそろ、今日何していたか聞いて良いかしら?」

 さっきからずっと引きっぱなしだったミサトさんが遠慮がちに話し掛けてくる。

「はい」

 苦笑いしながらミサトさんの方に向き直る。

「マナ、あの事話すよ?」

「………うん」

 僕がマナを確認の意を込めて視線を送ると、マナはこくりと頷いた。

「実は、彼女―――マナを助けてたんです」

「「「「「はあ?」」」」」

 端的な僕の答えに全員(惣流さんまでもが)怪訝そうな声を上げる。

「ちょっと説明が足りなかったですね。マナは戦自の脱走兵で、偶然会った僕が手助けして第三まで逃げてきました」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよサード!! 脱走兵って、そんな奴ここに連れてきてどういうつもりよっ!」

 惣流さんは僕の説明を聞くなり、バンとテーブルを叩いて立ち上がる。

「どういうつもりって、ただ単に助けただけだよ」

「なっ!? 助けただけって、スパイとかだったらどうする気よっ!!」

「アスカ、静かにしなさい」

「だって、ミサト!!」

「いいから、黙って座りなさい。これは命令よ」

「くっ、わかったわよ!」

 悔しそうな顔をしてドスンと不機嫌そうに座る惣流さん。

「シンジ君。アスカのセリフじゃないけど、どういうつもり? あなたならスパイの危険性は分かっているはずでしょ?」

「……………彼女は僕のことを何も知りません。スパイの危険性は」

「演技の可能性だってある………分かってて言っているわね?」

 僕の言い訳を一刀両断するミサトさん。

「確かに分かっています……………でも、僕はマナを信用します」

「……………本気なの、シンジ君?」

「はい」

 

……………

……………

……………

 

「わかったわ、信用しましょう」

 少しの沈黙の後、ミサトさんはそう答えた。

「ありがとうございます、ミサトさん」

「ミサト!? 何トチ狂ってんのよ!?」

 惣流さんがミサトさんに向かって非難の声を上げると、ミサトさんは困った顔をして肩をすくめる。

「だって、シンちゃんって意外と強情なのよ。どうせ、あたしが何言った所で変わるわけじゃないしね」

 ミサトさんはそれだけ言うと、僕を真剣な目で見つめてくる。

「でも、ネルフがそこのマナちゃんをスパイと判断して拘束に来ても、あたしはどうする事もできないわ………」

「大丈夫です。僕が何とかします」

「アンタ、バカァ!? アンタごときにどうこう出来るわけないじゃない!!」

 僕の言葉に惣流さんが噛み付いてくる。

「………大丈夫だよ。父さんに………碇司令に直接交渉するから」

「なっ!? ……………くっ、親の七光り利用してスパイを庇うわけっ!? アンタ最低ね!」

「…………………そうかもね」

 自嘲気味に呟く。

 確かに惣流さんの言う通り、親の七光りを使う僕は最低かもしれない。

 でも―――――

「僕は使えるものは何でも使う………それが大切な物を守るためだったら」

「っ!? ………………か、勝手にしなさいよっ!!」

 惣流さんは顔を真っ赤にしながら叫ぶと、家から飛び出していった。

 

 

 

>アスカ

 最低よ、最低!!

 サードもミサトもファーストも、みんなみんなみんなみんなっ!!

 

ゴスッ

 

 アタシは部屋を飛び出し、マンションの壁を殴りつける。

 

 澄ました顔でアタシを馬鹿にしてるファーストなんてだいっ嫌い!!

 親の七光りなんて卑怯な物を使うサードも!

 そして、それを庇うミサトも!!

 みんなみんな、だいっ嫌い!!

 そして―――――

 

『僕は使えるものは何でも使う………それが大切な物を守るためだったら』

 『あの瞳』で―――使徒を倒した時の強い意志を灯した『あの瞳』で―――呟いたサード………。

 アタシはその瞬間、サードに怯んでしまっていた。

 

 こんな弱いアタシなんていらない!

 アタシは強くて賢い、天才セカンドチルドレンなんだからっ!!

 

 

 

>シンジ

ピッ

「ふう………」

 父さんとの交渉を終えた僕は携帯の通話を切り、額に手をやって座り込んだ。

 

 もう………これ以上の交渉は無理だろうな………

 マナの件は何とかなったがそろそろ、エヴァのパイロットを条件に頼みごとをするのも限界だろう。

 

 それにしても、父さんは………何を考えているんだろう………。

 父さんは………少し、僕に甘い気がする。

 たかが、子供だとたかをくくっているのか……それとも………。

 

「駄目だな………判断を下すには父さんの事を知らなさすぎる」

 ぱんぱんっと軽くズボンのお尻の部分をはたいて立ち上がる。

 

 もしかしたら………父さんと和解できるのかもしれないな………。

 だけど………ミユウの言っていた人類補完計画………。

 そんな物に手を出している父さんはやっぱり………。

 

「シンジ君……………大丈夫?」

「ミユウ………」

 顔を上げると、中腰になったミユウが心配そうに僕を見ている。

 

ぐいっ

 

「あっ」

 僕はミユウの手をとって引き寄せた。

 

 

 

>ミユウ

ドキドキ

 ど、どうしよう………

 シ、シンジ君に抱きしめられちゃった………

「あの、シンジ君?」

「ミユウ………お願い、少しの間だけこうさせてて………」

 

ぐっ

 

 私の身体を抱きしめるシンジ君の腕に力がこもる。

「シンジ君………?」

 シンジ君は震えていた。

 まるで、何かに耐えるように。

「大丈夫だよ、シンジ君。………私はシンジ君のそばにいる。何があっても絶対に」

 シンジ君の髪に触れ、そっと撫でる。

「……………」

「……………」

 私達は無言で体温を感じあう。

 シンジ君は安心したのか、だんだんと身体からその震えを消していった。

「………ありがと、ミユウ」

 シンジ君は私の耳元でそう呟くと、腕から力を抜き私から離れようとした。

 

ぎゅっ

 

 この腕の中から出るのが勿体無くて、反射的に抱きしめてしまう。

「………ミユウ?」

「そ、その……………迷惑じゃなかったら、もうちょっとこのままでいたいなぁって………」

「えっ!? う、うん、いいけど………」

 私は真っ赤になりながら、シンジ君の胸に顔を押し付ける。

(はう………シンジ君の匂いだ………)

 ………私は少しトリップしてしまい、約10分ほどこの体勢でいた。

 

 

 

>マナ

「シンジがエヴァのパイロット………」

「うん、そーだよ♪ すっごくかっこいいんだからっ♪」

 サキ(呼び捨てで良いと本人が言った)がえっへんとばかりに胸を張る。

 シンジがよりによって、エヴァのパイロット?

 この時ほどわたしは運命というか、宿命というか、そういう物を感じたことはなかった。

「む〜、それにしてもおにいちゃん遅いよ〜」

「……………ミユウも遅い」

 サキとその隣に座っている青銀の髪をした女の人が不満げに、シンジの部屋(たぶん)の方を見る。

 それにしても、一体この人達(さっきシンジの部屋に入っていった黒髪の女の娘も含めて)シンジの何なんだろう?

 なんか、シンジと一緒に住んでるみたいだし。

 このサキって娘はシンジの妹だろうけど、あとの二人はどう考えても兄妹って訳じゃ無さそうだし…………。

 まさかまさか、恋人じゃないでしょうね………。

 

トコトコ………

 

 ぐるぐるといろんなことを考えているうちにシンジ(ともう一人)がリビングに戻ってくる。

「あれ? ミサトさんは?」

「………葛城一尉なら帰ったわ」

「ふ〜ん、じゃあ話は明日で良いか………」

 ミサトさんというのは、たぶんさっきの唯一居た大人の女の人だろう。

「マナ。………なんとかなったよ」

「え? なんとかなったって………、わたしがここに居て大丈夫なの? さっきの会話でもスパイとか言ってたのに………」

「うん、平気だよ。ただ………」

「ただ?」

 やっぱり、まずい事があったみたいね………。

「マナの立場、僕の護衛って事になっちゃったけど」

「へ?」

 ………護衛?

「戦自からの出向って形になるみたい。まあ、あくまで形のみだから戦自 はなんにも関与してないし、関与する事もできないけどね」

「それってつまり………」

「………もう、マナは自由ってことだよ」

 シンジがにっこり笑ってわたしに告げる。

 自由………わたしが自由?

 自由、もう自由なのわたし………?

 わたしはあそこに戻らなくていいの?

「うっ………」

「マナ、どうしたの!?」

 突然俯いたわたしにびっくりしたシンジが肩を掴む。

「ひっく…ひっく……シンジィ〜〜!!」

「わっ!?」

「シンジ、ありがとう……本当にありがとう………」

「マナ………」

 

 

 

>シンジ

 マナは僕の胸の中で静かに泣いた。

 今まで我慢したものを吐き出すように………

 

 と、ここで終われば綺麗だったんだろうけど。

 

ギロッ×3

 

 あうっ、すっかり忘れてた………。

『ふ〜ん、シンジ君………私の次はこのマナちゃんなのね………』

『ご、誤解だよっ! ほら、この場合はしょうがないじゃないか………』

 マナを抱きしめながら、ミユウとアイコンタクトで話す僕。

 あうう………ミユウの目が殺気でギラギラしてる………。

 ちらっとサキと綾波の方も見るが………

『ずるいよ〜ずるいよ〜』

『ずるい………』

 はあ………。

 この後、一時間近くかけてみんなの機嫌取りをする僕だった。

 ………疲れてるのに。

 

 

 

>ミユウ

「〜〜〜♪〜〜〜♪」

「ふわぁぁぁ………おはよ、シンジ君」

 私はあくびを噛み殺してから、鼻歌を歌いつつ朝食を作っているシンジ君に挨拶をする。

「おはよう、ミユウ」

「ミユ、おはよーーっ♪ 今日はボクが起こさなくても起きたんだねっ♪」

 先に席についていたサキちゃんも嫌味と一緒に返してくる。

 う〜ん………それにしても、サキちゃんなんでこんなに朝強いかな………?

 毎朝毎朝、私より絶対に早く起きてるし………。

 

※サキがシンジと一緒に寝ている事実に、ミユウは気付いていません(笑)

 

「あれ? レイは?」

 そういえば、サキちゃんと同じく私が起きてくる頃には朝食の席に着いてるレイがいなかった。

「そういえばそうだね………サキ、綾波とマナの様子見てきてくれる?」

「は〜いっ♪」

 

タッタッタッタッ

 

 サキちゃんは元気に(こんな朝っぱらなのに)レイ達の部屋に走っていった。

 ちなみにマナさんはレイの部屋に引き取られる事になっていたりする。

「ミユウ。そういえばさ、昨日綾波レオタード着てたよね。あんな服、綾波持ってなかったはずだけどミサトさんの?」

「うん、日本人は形から入るものだってミサトさんが」

「何を形から入るの?」

「何をって……………」

 シンジ君は一旦手を止め、不思議そうな顔をして首を傾げる。

 って、まさか……………。

「もしかして、シンジ君………ミサトさんから何も聞いてないの?」

「聞くって何かあったの?」

「だから、今、使徒が攻めてきてる真っ最中とか………」

「へえ〜、使徒が攻めてきてる真っ最中……………え゛?

 ギシッと笑みを凍りつかせるシンジ君。

「ほ、ほんとっ!?」

「ほんと。ほら、昨日惣流さんが来てたでしょ。あれって対使徒戦の特訓してたんだよ?」

「よ、よりによってたった一日空けた隙に攻めてくるなんて………」

 シンジ君は頭を抱え込んで苦悩している。

「あはは………確かにバッドタイミングだったね………」

「………はあ、ミユウ。昨日何があったか教えてくれる?」

「うん。昨日放課後に使徒が来たんだけど―――――」

 

 

 

>ネルフ・赤木研究所

「シンジ君が戻ってきた!?」

 リツコはミサトからかかってきた電話の内容に驚きの声を上げる。

『そ。だから、保安部の方に連絡して捜索打ち切っておいて』

「………ミサト。何故戻ってきた時点で連絡しなかったの?」

『うっ……ごめん、ちょ〜〜っち忘れてて………』

「忘れててじゃないわよ。………まったく、本来なら減給どころか、懲罰処分ものよ?」

『だから、謝ってんじゃない。それはともかく、シンジ君が戻ってきてくれてホント助かったわ〜〜。 レイとアスカの訓練風景を見てると胃に穴が空きそうで………』

「ストレス如きでミサトの胃に穴が開くわけないでしょ? ………まあ、冗談はともかく。 ミサト、ユニゾン作戦にシンジ君を使う気?」

『もちろんよ。アスカには悪いけど、シンジ君とレイなら相性ばっちりでしょうしね』

「無理よ」

『ええっ!? なんでよっ!?』

「初号機の方が完全に直ってないのよ。例えパイロット同士でユニゾンできても、エヴァ同士で出来なかったら意味がないわ」

『ちょ、ちょっと何とかできないの? まだ使徒が攻めてくるまで6日間あるんでしょ?』

「無理ね。初号機の神経接続の狂いはリハビリのように少しづつやっていくしかない ………そして、ユニゾンにその神経接続の狂いは致命的ね―――――」

 

 

 

>シンジ

「―――――というわけなの」

「……………分裂した使徒に、綾波と惣流さんのユニゾンか」

 シンジ君、思いっきり顔ひきつらせてるね……………当たり前だけど。

 たぶん昨日作戦を聞いた時の私と同じ考えに、シンジ君も達しているのだろう。

 そう………修理が完璧ではない初号機では、この作戦には参加できないという事実に。

「……………」

「……………」

「「はあ………」」

 思わず顔を見合わせてユニゾンしてしまった。

 

トコトコトコトコ

 

「……サキ、嫌い」

「サキ、もうちょっとまともな起こし方して………」

「さっさと起きない二人が悪いんだよっ!」

 あ、3人が来たみたい。でも、なんか喧嘩してるけど。

 たぶん、いつもの私と同じ起こし方したんだね………。

「あ、おはよう。綾波、マナ」

「シンジ、おはよっ♪ ………………あっ!」

 

ドタドタドタドタ

 

 何かを思い出したかのように、頭を押さえていきなり走り出すマナさん。

 隣でシンジ君が訳も分からずぼーぜんとしている。

「………どうしたんだろ?」

 はあ………やっぱり、鈍いんだね………。

 マナさんは起き抜けで乱れた髪を直しに行ったのに………、そんな事も気づいてないみたいだし………。

 あ、もちろん私は毎日ちゃんと、シンジ君に会う前に梳かしてるよ。

「レイ、今日は遅かったね?」

「………マナさんに襲われたから」

「レイさ〜んっ! 人聞き悪い事言わないでよ〜っ!」

 レイの言葉に洗面所からマナさんの声が聞こえてくる。

 洗面所からレイの声が良く聞こえたね………。

 ていうか、『襲われた』って何してたんだろ?

 

ピンポーン

がちゃ

 

「おっじゃましま〜す♪」

 チャイム、ドアを開ける音、そしてミサトさんの声がほとんど隙間を開けずに 連続して玄関から聞こえてくる。

 それにしてもミサトさん、だんだん遠慮がなくなってきてるね………。

「いらっしゃい、ミサトさん、惣流さん」

 シンジ君がにっこりと笑って挨拶する。

「今日もご馳走になるわね〜♪」

「………邪魔するわ」

 惣流さんはそっぽを向きながらも一応ちゃんと返事を返してくる。

 昨日あんな事あったぱかりで、顔合わせにくいのも確かよね………。

「さ、二人とも。もうすぐ朝食できるから座っててくださいね」

 あはは………シンジ君は気にしてないみたいだけど。

 

 

 

「う、うそ………これ、シンジが作ったの………?」

 マナさんが食卓に並ぶ純和食な料理の数々に呆然としている。

「ふ、ふんっ! これぐらい出来て当然よねっ!」

 惣流さんが傍目にも分かるほど、うろたえながら強がっている。

 二人とも………男のシンジ君がこんなに料理が出来るのを見て、危機感覚えてるみたい………。

 うう、私もその気持ちすっごく分かるよ………。

 

ぱくっ

 

「「う゛」」

 マナさんと惣流さんは箸を口に咥えたポーズで固まる。

「どうしたの? もしかして口に合わなかった?」

「こ、こんなの反則よぉ………」

 マナさんは質問に答えず、だくだくと涙を流しながらも箸を進めている。

「くっ、アンタ嫌味!? 嫌味なのね!?」

 ………あ、惣流さんキレた。

「嫌味?」

 シンジ君は惣流さんの言っている事が分からずに首を傾げている。

「あー、はいはい落ち着いて。アスカ、レイ。食べ終わったらすぐに訓練始めるから さっさと食べちゃいなさい」

「わかったわよ………」

「……………」

 レイの方は言われるまでもなく、黙々とマイペースに食べていた。

 

 

 

 音楽の流れる中、二人のレオタードを着た少女が軽やかに踊る。

 片方は着いてこれるものならついてこいと言わんばかりのスピードで。

 もう片方はあくまでマイペースで。

 二人に合わせようとする意思は微塵も感じられなかった。

「「「「……………」」」」

 あんまりといえば、あんまりな訓練風景に私達はそろって黙りこんだ。

「いけー♪ そこだー♪」

 ………サキちゃんは面白がっているけど。

「二人とも、一旦止めなさい!!」

 ミサトさんの怒声と同時に音楽も止められる。

「………あなたたち、ふざけるのもいいかげんにしなさい!」

「ファーストが悪いのよ! こいつ、アタシにまったく着いてこられないんだから!」

「………あなたが音楽も聴かずに飛ばしすぎるから」

「なんですってぇ! アンタ、アタシが音を外して踊ってるって言うワケ!?」

「………事実だから」

「コロスッ! 今すぐコロスッ!!」

 

ゴスッ ゴツン

 

 1発目の『ゴスッ』はミサトさんが拳を惣流さんの頭に振り下ろした音、 2発めの『ゴツン』はシンジ君がレイの頭を軽く殴った音だ。

「いったぁ…………何するのよ! ミサト!」

「……………碇君、痛い」

 二人は涙目になりながら批難の声を上げるが、ミサトさんとシンジ君のきつい視線に 黙り込んだ。

「シンちゃん。レイの説得頼めるかしら?」

「はい」

 ミサトさんの言葉にシンジ君は頷くと、レイの首根っこを掴んでずるずると引きずっていく。

「………碇君、私は悪くないの」

「いいから、こっちにおいでっ!」

 レイの言い訳にシンジ君は聞く耳を持たず、自分の部屋まで引きずって行きピシャンとドアを閉めた。

「アスカ」

「………なによ、アタシは完璧にやってるわ! あいつが言ったみたいに音なんて外してないわよっ!」

「………ええ、そうね」

「だったら、アタシが怒られる必要ないじゃない!!」

「この訓練はダンスをうまく踊る事が目的じゃないわ。どれだけパートナーと合わせられるかが重要なのよ?」

「知らないわよ、そんな事! ファーストが完璧に踊れないのが悪いんじゃない!  アタシは何にも悪くないっ!」

 惣流さんはそう叫ぶと部屋を走って出て行ってしまった。

「アスカ! ………ったく、この状況どうしろっつーのよ………」

 ミサトさんは苦々しい表情で、惣流さんの走り去った後を見ている。

「………ミユウちゃん、あたしはネルフの方に行って来るから」

「………ユニゾン作戦、やめるんですか?」

「いえ………でも、こんな状態じゃ他にも手を考えとかないといけないからね………」

「そうですか………」

 本気で前途多難だね………。

 

 

 

>シンジ

「わかったね、綾波。惣流さんと相性合わないのは分かるけど、少しは協力しないと………」

「……………はい」

 僕に怒られて、随分落ち込んだ様子で正座している綾波。

 

ぽむっ

 

 綾波の頭に手を置く。

「ごめん、綾波。ちょっと言い過ぎたよ」

「………碇君は悪くない」

「……ありがと、綾波。それじゃあ、特訓再開しなくちゃね。僕も出来る限り手伝うからさ」

「ええ」

 綾波は嬉しそうに微笑を浮かべる。

 う〜ん………何回見ても綾波の笑顔って綺麗だよなぁ………。

 ミユウやサキの笑顔も可愛いんだけど、なんていうかミユウ達が『太陽』なら綾波は『月』って感じがするんだよな。

 

ダダダダダダ

ガチャッ

 

 部屋の外から、誰かが外に飛び出していく音が聞こえる。たぶん、惣流さんだろう。

「綾波。僕、惣流さんを追いかけるから綾波はリビングに行ってて」

「………碇君がセカンドを説得するの?」

「『説得』? 違うよ」

 僕がそう言うと、綾波は不思議そうな顔をして首を傾げる。

「『頼み』に行くんだよ」

 

 

 

>アスカ

「はあ…はあ…はあ………」

 アタシは公園で頭から水を被っていた。

 

 なんでっ! なんでなのよっ!

 悪いのはファーストなのに!

 アタシは完璧なのに!

 

 アタシが歯をくいしばって怒りを堪えていると、背後に人の気配がした。

「惣流さん………」

 ばっ、と振り向くとそこにいたのはサードチルドレンだった。

「なによっ、アンタ! アタシを笑いに来たワケ!?」

「そんなんじゃないよ」

 サードはゆっくりと首を横に振る。

「だったら何なのよ!?」

「ただ………僕は君に協力して欲しいんだ」

「はあっ!? 協力!?」

 

ガバッ

 

「ア、アンタ、一体何を………」

 アタシは絶句した。

 いきなりサードは地面に這いつくばって―――――つまり、アタシに向かって土下座したのだ。

「惣流さん! この通りだっ! 綾波に………綾波に協力してあげてくれ!」

「なっ………」

「僕は今回、初号機が壊れているからユニゾン作戦には参加できないんだっ! だからお願いっ!」

「ふんっ、つまりアタシは今回限りの助っ人扱いってワケ!? ふざけんじゃないわよ!!」

 アタシは激怒して、サードに怒鳴り散らす。

「聞いて、惣流さん」

 サードは頭を上げて、アタシを見つめる。

「うっ………」

 ―――――まただ。

 また、あの『瞳』だ。

 アタシはまたその瞳に呑まれて、何も出来なくなった。

 怒鳴り散らす事も。

 目を背ける事すらも。

「使徒に負けたら、全てが終わっちゃうんだ」

「い、いまさら何いってんのよ………アンタだって使徒に負けたら人類が 滅亡する事ぐらいチルドレンになった時から覚悟の上でしょ………」

「僕はそんな覚悟なんて絶対にしないっ!! 絶対にそんなことにはさせやしないっ!」

「っ!?」

 アタシがなんとか搾り出した言葉に、サードは物凄い迫力で怒鳴り返してくる。

「でも、僕は人類なんて二の次なんだ」

「に、二の次って………」

「僕は僕の家族を守りたいから戦う。………ただ、それだけなんだ」

 サードはそこまで言うと言葉を一旦切る。

 そして―――――

 

ドカァッ

 

 地面を思い切り殴りつける。

 さっきまでのアタシのように鬱憤を―――悔しさを晴らすために。

「なのにっ………今回、僕は足手まといだ………」

「………だから、アタシに勝てって言うの………?」

「違うよ………君に頼みたい事は、綾波を助けて欲しいんだ」

 綾波………ファースト。

「綾波は僕の『家族』の一人なんだよ………使徒に勝っても綾波が死んだら何の意味も無いんだ」

「……………」

 サードは半分泣きそうになっている。

 

 はんっ、家族?

 どうせ他人同士でしょ?

 所詮ごっこ遊びじゃない。

 でも―――――

 

「お願いだ………綾波に手を貸して………守ってくれ………」

 

 こいつの気持ちは―――

 こいつの考え方は―――

 悪くない。

 

「……………いいわよ」

「えっ………」

「『えっ』じゃないわよ! 協力してあげるっていってんのよっ!」

「あ、ありがとう、惣流さん!」

「一つだけ条件があるわ」

「え、何? なんでも聞くよっ!」

「使徒戦までの一週間、アタシの食事、アンタが全部作るのよ」

「うん、わかった!」

 そう言って笑ったサードの―――シンジの顔は、初めて捻じ曲がらずにアタシの心に届いた。

 

 

 

>マナ

「はあ〜………」

「どうしたの? マナさん?」

 居間で座っていたわたしは大きく溜息をついた。

 その様子を見たミユウさんがわたしに心配そうに聞いてくる。

「わたしだけ、なんか蚊帳の外だなーって………」

 さっきのやりとりもよく分からなかったし………。

「そんなこと、ないよ………。私とサキちゃんも……… ううん、エヴァのパイロットの三人以外、みんな当事者じゃないんだから………」

「……………」

 ミユウさんの台詞に返す言葉も無く沈黙してしまう。

「あーっ!! もうっ!!」

 いきなり、サキが叫びながら立ち上がる。

「ボク達が暗くなってもしょうがないじゃんっ! こんな風にしてたら、 おにいちゃん達まで暗くなっちゃうよっ!」

 そう叫ぶなり、サキは止まっていた音楽をスタートさせる。

「ちょ、ちょっと、サキちゃん!?」

「ほらっ、ミユもマナも踊ろーよっ♪」

「ええっ!? わたしも!?」

 サキはわたしとミユウさんの腕を取って立ち上がらせる。

「体動かせば、嫌な事なんて『ぽぽいのぽい』だよっ♪」

「………そうねっ♪ ミユウさん踊ろっ♪」

「マナさんまでっ!?」

 急に乗り気になったわたしにミユウさんは目を剥く。

「うんっ、マナ分かってる〜♪ れっつだんし〜んぐ♪」

 そして、踊りだすわたし達。

「………もう、しょうがないなぁ」

 苦笑しながらミユウさんも踊りだす。

「………私も」

 何時来たのか、レイさんも加わっていた。

 

 

 

>シンジ

♪〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜♪

「ただいま〜………あれ?」

 僕の家のドアを開くと、中から音楽が聞こえてくる。

「………綾波が一人で練習してるのかな?」

「知らないわよ。ほら、さっさと入んなさいよ」

 後ろでやる気になってくれた惣流さんが急かす。

「あ、ごめん」

 中に入っていくと―――――

「「「おかえり〜〜〜〜♪」」」

「………おかえり」

「「……………」」

 みんなが踊っていた。

「ほらっ、おにいちゃんも踊ろうよっ♪」

「そうそうっ♪ 結構楽しいよっ、シンジ♪」

「シンジ君も踊って〜〜〜………」

 サキ、マナ、ミユウが踊りながら僕を誘ってくる(ミユウは苦笑しながら踊っているけど)。

 そして、綾波が惣流さんの方に近づいていく(踊りながら)

「………踊りましょう、セカンド」

「アンタね………」

 呆然とした顔で踊っている綾波を見ていた惣流さんだったが、思い直した様に表情を一転させる。

「アタシの名前は『アスカ』よっ! 分かったわね、『レイ』!」

 惣流さんが胸をはって綾波に大声で告げる。

「………わかったわ、アスカ。だから、踊りましょう」

「………さらっと流したわね」

 眉間に皺を寄せながら―――でも、どこか嬉しそうに―――惣流さんも踊り始める。

「おにいちゃんも早く〜〜〜!」

「わかったって」

 サキに急かされて、僕はみんなの踊りの輪の中に飛び込んでいく。

♪〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜♪

 みんな楽しそうに踊っている。

 サキとマナは一緒に手を組んで、本当に楽しそうに笑いながら。

 綾波は淡々と。でも、綾波なりに楽しんで。

 惣流さんは悪態をつきながらも、とびっきりの笑顔で。

 そして、ミユウも―――――

「シンジ君っ♪」

 ミユウが僕に向かって、手を伸ばす。

「ミユウ………」

 僕はその手を取って踊りだした。

 

 

 

>コンフォートマンション・碇家玄関前

(はあ〜………結局、ユニゾンしかないわけね………)

 ネルフから帰還したミサトは、何の案も浮かんでいなかった。

 その残りひとつしかない選択肢すらも、実は自分の案では無い。

 ミサトは、無力感に襲われていた。

 

ピッ、ガチャン

♪〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜♪

 

「………なんとか、訓練は再開したみたいね」

 ドアを開けた途端、リビングから音楽が<流れてくるのを聞いたミサトは安堵の溜息をつく。

「どれどれ、どんな調子………」

 そっとリビングを覗きこんだミサトは自分の目を疑った。

 レイだけではなく、シンジやミユウ、サキ、それにスパイ呼ばわりしていたはずのマナ。

 その全員とアスカが楽しそうに笑いながら踊っていたのだから。

「ほえっ!?」

 

ズルッ

ベチン

 

 サキが足を滑らして、絨毯に顔を突っ込む。

「まったくなにやってんのよ………」

 アスカは苦笑しながら倒れたサキに手を差し伸べる。

「見た目通りにドジね、アンタ」

「む〜〜〜〜〜っ」

「子供っぽいし」

「む〜〜〜〜〜っ」

 絨毯の上に這いつくばったまま、サキは抗議の声を上げ続ける。

「ボク、『アンタ』って名前じゃなくてサキだし、子供っぽくないもんっ」

「悪かったわ、サキ。でも、子供っぽいっていうのは事実だからどうしようもないわね」

「む〜〜〜〜〜っ、いいもんっ! そんなこというなら、そーりゅさんの事『あーちゃん』って呼ぶもんっ!  これであーちゃんも子供っぽい人の仲間入りだよっ!」

「ちょ、『あーちゃん』って何よっ!?」

「ボクもう決めちゃったも〜ん♪」

 サキはそう言い放つとぱたぱたと逃げ出す。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

ぽむっ

 

そんなアスカの両肩に手が置かれる―――右肩はマナ、左肩はレイだ。

「よろしくー♪ あーちゃん♪」

「………よろしく、あーちゃん」

「マナ、綾波………もう決定済みなんだね。僕もあーちゃんって呼んだ方がいいのかな?」

「シンジ君まで流されないでよ………」

「あんたらねーーーーー!!」

 そんな様子を見ていたミサトはそっとリビングの入り口から離れた。

「………また、シンちゃんに助けられちゃったわね」

 苦笑いと共にそんなコメントを残して。

 

 

 

>シンジ

 2日間―――――

 結局それが、綾波とアスカ(って呼べって強制された)の二人がユニゾンを完璧にするまでかかった時間だ。

 3日目に準備は完全に整い、使徒再襲来を待たず逆に使徒殲滅作戦を実行。

 念のため、僕も初号機で待機していたのだけど………。

 そんな必要がなかったのは言うまでも無い。

 

「3日で倒しちゃったけど、ちゃんと一週間食事作ってよねっ!」

 これがアスカの勝利後のお言葉だ。

 

 もちろん一週間どころか、これからずっと作る羽目になるのも―――――やっぱり、言うまでも無い事だ。

 

 

 


<BACK> <INDEX> <NEXT>




アクセス解析 SEO/SEO対策