前だけを…

 

第7話   がんばれ女の子


 

>コンフォートマンション702号室・碇家

『祥子、お前の事が好きなんだ!』

『良和君…………私も本当は………』

 碇家、リビングでは一昔前に流行ったようなTVドラマが写っていた。

 そのTVの前では三人の女の子が並んで座り、真剣な表情でそのドラマを見つめていた。

 ミユウ、サキ、レイの三人だ。

 ミユウはペンペンを膝に抱き、頬を少し赤くしながら見ている。

 サキは目を輝かせている。

 レイはいつもの通り無表情だが、その目は真剣だ。

『祥子……………』

『良和君…………』

 TVの中の男女がその距離を縮め、顔を近づけて行く。

 ぐぐっと身を乗り出す三人。

「みんな、おまたせ。ご飯、出来たよ……………って何見てるの?」

 キッチンからシンジが食事を持って、顔を出す。

 シンジが見た時、三人はテレビの目の前まで行って見ている。(シンジには三人が邪魔でテレビが見えない。)

「「「……………」」」

 三人はシンジの問いに答えずテレビを凝視している。

「?」

 シンジが不思議に思い、テレビにもっと近づいて見る。

 が、テレビには『to be continue…』と出ている。どうやら、終わった所らしい。

「みんな、どうかした?」

 テレビは終わったのに動かない三人を不思議に思ったシンジが声をかける。

ぶんっ

 いきなり三人はそんな音が聞えるほどすばやく同時に振り向いた。

「……………三人とも顔真っ赤だよ?」

 シンジの言う通り、三人全員が顔を赤くしている。

「「「…………………」」」

 そして三人は、顔を赤くしたまま黙ってシンジをじーっと見つめた。

「ど、どうしたの………?」

 シンジはあまりの三人から発せられる視線の強さに一歩後ずさりした。

 

 

 

>ミユウ・妄想中

『ミユウ、好きだ!世界中の誰よりも!』

『シンジ君………私もシンジ君の事が世界中の誰よりも………ううん、 宇宙中の誰よりも好きっ!』

 シンジ君は私の顎をそっと掴んで、少し上を向かせる。

『嬉しいよ、ミユウ。………結婚してくれるね』

『はい………シンジ君』

 そして、二人の唇はそっと重なって………

 

 

 

>レイ・妄想中

『綾波………いや、レイ。好きなんだ。結婚してくれ』

『碇君………違う………シンジ』

 シンジと呼ぶとシンジはにっこりと笑った。

『ありがとう………名前で呼んでくれて………好きだよ………』

『………何を言うのよ……』

 シンジはそっと私の唇に口付けをした………

 

 

 

>サキ・妄想中

『僕はサキの事………好きだ』

『おにいちゃん、ホント?』

 そう言ってボクはおにいちゃんの瞳を見つめた。

『本当だよ…………。だから、夕食の前に好きなだけお菓子を食べても良いし、ご飯も5杯以上お代わりしても良いよ。 それに勝手に僕の布団に潜り込んでも良い………というか、僕と一緒に寝てくれるかな………』

『ありがとう、おにいちゃんっ!ボクもおにいちゃんの事、大好きだよっ!』

 ボクはおにいちゃんの首に腕を回してキスをした………

 

 

 

>シンジ

「「「えへへへへ………」」」

 僕は引いた。引きまくった。

 三人は突如顔をだらしなく緩め、にやけ笑いをし始めた(あの綾波もだ)。さらにその視線は虚空を泳いでいる。

「ク、クワーーーーッ!」

 ミユウの膝に乗っていたペンペンも怯えて、僕の足にしがみ付いてきた。

「ペ、ペンペン。ご飯、先に食べてようか………」

「ク、クワ。」

 とりあえず無視しようという考えにペンペンも首を縦に振り、一緒にキッチンへ避難した。

「「「うふふふふ………」」」

 薄気味悪い笑い声はミサトさんが夕食を食べに来ても変わる事は無かった。

 

 

 

「出張?」

 次の日の朝、信じられない事にあのミサトさんが七時頃に家に来た。しかも、 ネルフの制服をピチッと着て。

「そうよ。ちょっと旧東京市まで行って来るから。 もう行かなくちゃいけないから朝食はいらないわ」

 ミサトさんは真面目な表情をしている………が、やっぱりミサトさんだった。

「ミサトさん……………朝食いらないって……………寝過ごしたんですね」

ぎくっ

「あはははは、じゃあ、行ってきまーすっ!」

 ミサトさんは冷や汗を浮かべながら、玄関を飛び出して行った。

「……………逃げたな」

 

 

 

>ミユウ

 今日は日曜日。

 学校はもちろん休み。シンジ君のネルフの訓練もない………ということはっ!

 今、シンジ君はキッチンで朝食の片付けをしている。

(今がチャンスっ!)

「ね、ねえ、シンジ君………」

「ん、何?」

 シンジ君は皿洗いをする手を止めずに聞いてくる。

「その………今日、良い天気だね………」

「ホントだね。洗濯物が良く乾きそうだ」

 シンジ君は中学生とは思えない切り返しをした。

「今日………訓練、休み………だよね………」

「うん。そうだけど?」

どくんどくん

 緊張で私の心臓が勢い良く動いている。

(………言うのよっ!がんばるのよっ!私っ!)

 自分に言い聞かせてから私は顔を真っ赤にして口を開いた。

「あの…………一緒に映画でも行かないっ?」

(言ったっ!言っちゃったっ!)

 シンジ君は手を止め、私の顔をきょとんと見た。

「映画?………そうだね。そうしようか」

「ホ、ホントッ!?」

 あっさりOKを貰い、私は喜びで声が上擦りそうになるのを必死に抑える。

「うん。今、何がやってるんだろ?」

「あ、私、見たいのがあるのっ!」

(やっぱ、デートといったら恋愛物よねっ♪)

「そう?………でも、サキ達にも意見聞かなくちゃね」

 …………………

 …………………

 …………………

「…………………え?」

「サキはやっぱりアクション物かな………。あ、でも、綾波って映画どんなの見るんだろう?」

「おにいちゃん、何の話〜?」

「あ、サキ。今日、映画見に行こうって話してたんだよ」

「えーが?」

「テレビの大きい奴だよ。結構面白いよ」

「テレビの大きい奴!?ねね、早く行こう♪」

「それじゃあ、綾波を呼んでおいで」

「は〜い♪」

「………………どうしたの、ミユウ?そんな所に座りこんで」

ぶちっ

「バカァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

バキィィィィッ

「ぐはっ!」

ガシャァァァァン

 私の怒りの回し蹴りがシンジ君の側頭部にヒットし、シンジ君は 洗い終わった食器に突っ込んで沈黙した。

 

 

 

>シンジ

(………一体僕が何をしたんだろう?)

 僕達は映画(今話題のアクション物)を見終わり、喫茶店で一息ついているところだ。

「私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった」

 何故か朝、回し蹴りを問答無用で入れられてからずっと、ミユウがこの通り ぶつぶつエンドレスで呟いていた。

「あの……………ミユウ?」

ギランッ

「何でも無いです、はい」

 勇気を出して声をかけるが、ミユウの一睨みで勇気はあっさり裸足で逃げ出した。

「私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった私がバカだった 私がバカだった」

 そしてまた始める。

「お、おにいちゃん………ミユに一体何したの〜?」

 サキが心底震えながら、僕に話しかける。

「わ、分からないよ」

(僕は………何もしてないよな………。もしかして僕、嫌われてるのかな?………はあ〜)

 嫌な想像に突き当たる。頭を振ってその考えを打ち消す。

(………とにかく謝ろう。何でもいいから謝ろう)

「ミ………」

ギランッ

(ぐ………………逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ! ………うう、けど怖い………)

 ふと、顔を上げると窓の外に目に入った店があった。

(こ、これだっ!)

 僕はガタンと立ちあがり駆け出す。

「お、おにいちゃん!?」

「サキ、綾波!10分だけミユウをお願い!」

「ひ、酷いよ!!おにいちゃん!!」

「……………これが苦痛というものなのね」

 後ろから悲痛なサキと綾波の訴えが聞えるが、僕はレジで代金を払い、店の外に出た。

 

 

 

>ミユウ

 シンジ君がいなくなってから5分、私は席を立ちあがった。

「ミ、ミユ。どうしたの?」

「……………帰る」

「帰るって………おにいちゃんが………あ、ちょっと!」

 私はサキちゃんの相手をする気力も無く、店を出ていった。

 

 

 

 二時間後、私は夕日に照らされる公園を歩いていた。

 家に帰る気にはなれない。

(………シンジ君を誘えば、サキちゃんとレイだって着いて来るのは当たり前だったのに………。 私、そんな事も考えないでシンジ君にあんな事しちゃった………)

 もう既に怒りは完全に消え、あとに残ったのは激しい後悔だった。

(勝手に喜んで………勝手に怒って………)

 考えれば考えるほど非は自分にあるような気がする。

「シンジ君……………怒ってるかな…………」

「ミユウ、怒ってなんかないよ」

「え………?」

 後ろを振り向く。そこにはシンジ君が肩で息をしながら立っていた。

「はあはあ………良かった…………やっと、見つかった…………」

「………シンジ君」

「ミユウ、今日はゴメン」

 シンジ君は私に頭を下げる。

「えっ!?」

「なんか、怒らせちゃったみたいだったから………」

「そ、そんな!悪いのは私………」

「いや、怒ったのは何か理由があったんだろ?………えっと、ミユウ」

 シンジ君は何故か顔を赤くして私の名前を呼ぶ。

「シンジ君………?」

「あの、その………お詫びっていうか何ていうか………とにかく、はい、これ」

 そう言ってシンジ君は小さな袋を私に差し出した。

「え………これって………」

 袋を開けると、中に入っていたのは小さなネックレスだった。

 凝った装飾、それに青い石……サファイアが夕日に光っていた。

「わ、私にプレゼント………?」

「あ、そ、その……………うん。ミユウに………」

 私の視界がにじむ。

「ずるい………本当にシンジ君、ずるい………」

「………………え?」

「こんなことされたら、涙でちゃうよ………」

 嬉し泣き、ちょっとみっともないかも……。

「あの………許してくれるかな………」

「うん……………じゃあ、私からもプレゼント」

「え?」

チュッ

「ミ、ミユウ!?」

「ホッペに………だけどねっ!」

 シンジ君は真っ赤な顔で慌ててる。そう言う私もきっと真っ赤。

「さ、シンジ君!そろそろ帰ろっ♪」

「ま、待ってよ!ミユウ!」

 この日から私の首には常にサファイアのネックレスがかかっていた。

 

 

 

>シンジ

「あの……………ふ、二人とも落ち着いて…………」

「ミユばっかりずる〜〜〜〜〜〜いっ!ボクにもプレゼント!!」

「……………私にも」

 帰った僕は今度は他の二人に責められる羽目になった。

 

 

 


<BACK> <INDEX> <NEXT>




アクセス解析 SEO/SEO対策