前だけを…

 

第伍話   レイ、心の向こうに


 

>シンジ

 ……………………報告。

 ドアノブ3つ、クッション2つに茶碗とコップそれぞれ3つずつ。箸五膳に スプーン4本。それと服6枚。

 後、玄関の扉に壁数カ所、椅子二つ…………etc。

 以上がゲームセンターの一件から三日間でサキが壊した物だ。

「ごめんなさい……………おとうさん…………。また、壊しちゃった………」

 今回、サキが泣きそうになって持ってきたのはテレビのリモコンだった。 リモコンは無残に潰されて中身が出ている。

「サキ、謝らなくてもいいよ。わざとじゃないんだろ?」

「ごめんなさい……………アニメに夢中になっちゃって…………ぐずっ………」

 この前の『パンチングマシーンフッ飛ばしちゃったよ』事件の後から、サキは 何故か腕力が滅茶苦茶強くなっていた。

 正確に言えば腕力だけではなく、身体能力全てが常識はずれなほど上がっていた。

 そのため力の加減が出来なく、物を壊しまくってしまっているという訳だ。

「仕方がないよ。ちょっとずつ力の加減を覚えていこうね」

 サキの頭を撫でてやる。

「うん………がんばるっ!」

 サキは顔を上げて笑顔で返事をした。

「ただ……………」

「ただ?」

「ちゃんと力加減が上手く行くようになるまで、ペンペンを撫でたり抱いたり しちゃダメだよ。死んじゃうから」

「………………む〜」

 

 

 

「おにいちゃん!次はお魚さんねっ♪」

「わ、わかった…………」

 夕食時、僕は物凄いプレッシャーに晒されていた。

ぱくっ

 僕がサキに焼き魚を自分の箸でつまんで食べさせる。 いわゆる『は〜い、あ〜ん♪』というお約束のヤツだ。

 サキは食べる時に箸を折ってしまうので、それまで僕が食べさせる事になった (いつもの涙ぐんだ目で見つめられ、ほぼ強制的に)。

「おいし〜♪」

「は、ははは………それは良かった…………」

 目の前に座っているミユウから強烈な視線が飛んでくる。いや、もうこれは視線ではなく『死線』だ。

「仲が良くっていいわね〜〜〜〜♪」

 ミサトさんがニヤニヤしながら言ってくる。ミサトさんにはサキのことが言えないので、 手に怪我をしたから箸を持てないという言い訳をしている。

ボキィ

 ミユウの手の中の箸が音をたてて折れる。………別にミユウまで怪力になったわけではない。

(ミユウ……………何をそんなに怒ってるんだよ。サキ、食べられないんだから仕方ないだろ………)

「シンジ君、ご飯とお箸お代わり」

 ミユウがにこやかに(目は笑ってない)茶碗と折れた箸を突き出してくる。

「は、はい」

 冷や汗を流しつつ、気付かない振りをして新しい箸とご飯を渡す。

「そ、そうだ、綾波。明日零号機の再起動実験だったよね!」

 話を逸らそうと綾波に話を振る。

「ええ」

「その、上手く行くと良いね」

「今度は大丈夫よ。リツコも初号機の起動データがあるから成功するって言ってたし」

 ミサトさんが缶ビール(えびちゅ)を片手に気楽にのたまう。

「そうですね。……………綾波?」

 綾波は何故か、顔を伏せている。

「……………?」

 綾波はその後、ずっと俯いたままだった。

 

 

 

「綾波、どうかしたの?」

 夕食後、ミサトさんが帰り、サキとミユウも自分の部屋に帰ったのを見計らって綾波に話しかけた。

「さっきからなんか様子が変だけど………」

 綾波はゆっくりと僕の瞳を見つめる。

「碇君、あなたは………………………あなたは、何故私に構うの?」

 

 

 

>レイ

「碇君、あなたは………………………あなたは、何故私に構うの?」

 聞いた。

 私が碇君と会ってから、ずっと聞きたいと思っていた事。

「何故って………僕達家族じゃ………」

「……………何故、私を家族にしたの?あなたは私の事何も知らなかったのに」

 そう、何も無い私に家族という絆をくれた碇君。

 あなたは何故、私に絆をくれたの?

「……………………知ってると思うけど、僕の家族って小さい頃にバラバラになったんだ」

 碇君の家族………………碇司令に…………碇ユイ…………。

「母さんは死んじゃって、父さんとはずっと離れて暮らしてて…………………」

 碇君はじっと私を見つめながらゆっくりと言葉を紡いでいく。

「預けられた叔父さんの家でも半ば邪魔者扱いでね、はっきり言って家族なんて物じゃなかった」

(……………)

「けど、ついこの前ミユウと出会ったんだ」

「…………………ミユウに?」

「うん」

 驚いた。碇君とミユウは昔からの知り合いだと思っていたから。

「それで聞いたんだ……………第三新東京市に……………父さんの所に妹がいるって事」

「…………………?」

 妹?碇君は何を言ってるの?碇司令の子供は碇君だけのはず………。

「それが……………綾波だよ」

「!!…………何を言っているの?」

「綾波は……………母さんから生まれたんだろ?それだったら、僕の妹って事になるじゃないか」

「!?」

 何故、何故その事を碇君が知っているの?

 何故ミユウがその事を碇君に教えられるの?

 それに……………

「私は…………妹ではないわ………。私は人間ですら………ないもの………」

「そんなことないよ、綾波。

 綾波は物を食べて美味しいと感じられる。

 僕達といて楽しいと感じられる。

 物を考えて悩む事だって出来る。

 人間の形をもって、心があればそれは人間だよ……………」

「私はエヴァから生まれた者……………ATフィールドを張れるわ」

「関係無いよ。ATフィールドなんか、ヒトだったら誰でも持っている物なんだしね。 それに……………サキはあの通り常識はずれの怪力の持ち主で元使徒だけど、 綾波はサキの事を人間だと認めない?」

「そんな事……………ない……………」

 碇君は私の否定の言葉ににっこりと笑う。

「その、サキを………人を思いやれる心を持ってるのが一番の証拠だよ」

 私ニンゲンなの?

 ニンゲンになってもいいの?

 あなたはニンゲンと認めてくれるの?

「第三に来てから、僕は今、凄く幸せなんだ。ミユウがいて、サキがいて、 ミサトさんがいて、ペンペンがいて……………そして、綾波がいて…………」

 碇君はすっと私に手を差し出した。

「綾波……………これからも家族になっていてくれるかな?」

こくっ

 うなずいて、碇君の手を掴む。

「ありがとう、綾波」

「…………………碇君…………私も……………ありが…とう………」

 ありがとう。

 感謝の言葉。

 初めての言葉。

 その言葉は…………とても暖かった。

 

 

 

>シンジ

 次の日の朝、昨晩の事をミユウに言うと物凄く不機嫌になった。

「私に何の相談もなく話しちゃうなんて〜っ!もうシンジ君は私の事なんか どうでも良いのねっ!!」

「ご、ごめん。でも、ミユウの事話したわけじゃ………」

「違うっ!……………私、ちっともシンジ君に頼りにされてない?」

 泣きそうな顔をして上目使いに僕を見てくる。

(はうっ、可愛い……………じゃなくって!)

「そんな事無い、頼りにしてるよ」

「シンジ君はどうせ、娘のサキちゃんや妹のレイの方が良いんでしょ ………私は所詮、他人だもんね………」

「ち、違うよっ!それにミユウは他人なんかじゃないよ!!」

 そう叫んだ瞬間、ミユウがバッと顔を覗きこんでくる。

「本当?私他人じゃないなら、シンジ君の何……………?」

「え!?」

 僕は思いきり地雷を踏んだような気がした。

(もしかして……………僕、誘導されてた?)

 そうだとしたら、ミユウは僕に何を言わせたいのだろう?

ごくり

 僕はつばを飲み込んだ。何を言わせたいのかは分からないがハッキリしている事は、 次のセリフを間違えれば踵落としが待っているという事だ。

(サキッ!綾波っ!どっちでも良いから僕を助けてよ!)

 現在サキと綾波は一緒にシャワーを浴びている(サキがシャワーを壊すと困るので)。

 僕の願いはどちらにも届きそうに無かった。

「ミ、ミユウは僕の…………」

「僕の!?」

がちゃっ

「シンちゃん、レイいる〜?」

「あ、ミサトさんだ!!はいっ!今行きますっ!」

 ダッシュで玄関に向かう。

(ミサトさん、ありがとう)

 僕は心の中で激しくミサトさんに感謝した。

「何ですか?綾波なら、今サキとシャワー浴びてますけど」

「あ、そうなの。じゃ、シンジ君、これ後で渡しといて」

 そういって差し出したのは、僕と綾波のIDカードだった。

「前のIDカードはもう失効しちゃってるからね」

「はい、分かりました」

「それじゃあ、朝食にでも有り付きましょうかね〜♪」

「どうぞ」

 苦笑しつつ、ミサトさんを通そうとする。

「おじゃましま……………」

ピタッ

 ミサトさんが目を見開き靴を脱ごうとした体勢のまま固まる。 その視線は僕の後ろに注がれているようだ。

「どうかした……………」

ギシッ

 僕は後ろを振り向いたとたん、石の様に完全に固まった。

「葛城一尉……………何の用ですか?」

「あ、あや、あや、あや、綾波〜っ!?」

 綾波は僕の後ろに立っていた……………バスタオル一枚で。

「碇君…………………何?」

 綾波が不思議そうに首をかしげる。どうやら、シャワーに入ってる時にミサトさんの 声がしたので途中で出てきたようだ。

「服っ!服着てっ!!」

「何故?……………まだ、シャワー途中」

ドドドドドドッ

「シンジく〜〜〜〜〜〜んっ!!」

 ミユウが叫びながら廊下を爆走してくる。

「ミユウ、これは違うんだっ!誤解………」

「ばかーーーーーーーーーーっ!!」

ゴスッ

 僕は結局痛い目を見る事になった。

 今回は真空跳び膝蹴りだったけど………。

 

 

 

>ミユウ

「ひ、酷いよ、ミユウ……………」

「ご、ごめんなさい」

 氷で顎を冷やしているシンジ君を見ていると、さすがにやりすぎたって思う。

「ミユってらんぼーだよね〜」

 ここぞとばかりにサキちゃんが言ってくる。

「ううっ」

 言い返せない。前にも同じ事を言われたことがあったから。

「気にしないでいいよ……………だけど、もう少し自粛してね…………… こっちの身がもたないから…………」

「あうぅっ」

 シンジ君は私からレイへ視線を向ける。

「それから、綾波。裸でうろついちゃダメだよ」

「バスタオルを着ていたわ」

「バスタオル姿もダメ!先に言っておくけど下着姿もダメだからね」

「………………わかったわ」

 シンジ君の言葉にうなずくレイ。

「ほら、さっさと食べないと時間無くなっちゃうわよ〜♪」

 ミサトさんが自分一人とっととご飯を食べながら(いつもの通りビール片手に)、言ってくる。

「そうですね。綾波、再起動実験は学校終わってからで間に合うんだよね?」

「ええ」

「じゃあ、一緒にいけるね」

「ええ」

 嬉しそうに相槌をうつレイ。

(面白くないっ!もうっ!)

「レイ、ボクも行くからね〜♪」

「わ、私も行くっ!」

「……………ええ」

 声のトーンが落ちたような気がするのは、多分気のせいではない。

「あ、そうそう。これ、ミユウちゃんにサキちゃんのIDカード」

 ミサトさんが私とサキちゃんにIDカードを手渡す。

「今のままじゃ、シンちゃんかレイがいないと発令所入れないもんね〜」

「ありがとうございます」

「わ〜い、ボクが写ってるよ〜♪」

 サキちゃんはIDカードに自分の写真がついているのが嬉しいらしい。

「じゃ、そろそろ食べようか」

「「「「「いただきま〜す!」」」」」

「クワ〜〜♪」

 シンジ君の号令で私達は朝食を取り始めた。

 

 

 

>レイ

「レイ」

 零号機ケイジ前で待機していると碇司令が話しかけてきた。

「今日は再起動実験だな」

「……………」

「不安か?」

「……………いえ」

 碇司令の言葉に暖かさは無い。

 だって、この言葉は私にかけられた言葉ではないから。

「そうか。それならば、いい」

 碇司令は背中を向けて去っていく。

「私は……………もう、あなたの人形じゃない」

 そう、碇君達と一緒に歩く人間だから。

 

 

 

『これより零号機再起動実験を行なう』

『レイ、準備はいい?』

「はい」

『第一次接続開始』

 私はエヴァに乗る。

『主電源コンタクト』

 碇司令のためではなく、

『稼動電圧臨界点を突破!』

 無に帰るためでもなく、

『フォーマットをフェイズ2に移行!』

 碇君と一緒に戦うため。

『パイロット零号機と接続開始』

 碇君の言っていた『幸せ』を、

『パルス及びハーモニクス正常。シンクロ問題無し』

 ミユウやサキを……………私の『家族』を、

『オールナーブリンク終了。中枢神経素子に異常なし』

 守るために。

『1から2590までのリストクリア』

 私は、

『絶対境界線まであと2.5…1.7…1.2…1.0…0.8…0.6…0.4…0.3…0.2…0.1…』

 エヴァに乗る。

『ボーダーラインクリア。零号機起動しました!』

 私の意思で。

 

 

 

>シンジ

「零号機起動しました!」

 オペレーター、伊吹マヤさんの声が響き渡る。

(ふう、成功したみたいだな………。良かった………)

 綾波はエントリープラグの中で精神統一するように目を瞑っている。

「引き続き連動実験に入ります」

プルルルルルル

ガチャ

「碇、未確認飛行物体がここに接近中だ。おそらく、第5の使徒だろう」

 通信を受け取った冬月副指令が振り向き、父さんに報告する。

(使徒っ!?)

「テスト中断!総員第一種警戒体制!」

「零号機はこのまま使わないのか?」

「まだ、戦闘には耐えん。初号機は?」

「380秒で準備できます」

「よし、出撃だ!」

 父さんが僕の方を向く前に、すでに僕は初号機のケイジに向かって走り出していた。

 

 

 

「………………何ですか、あれ?」

『………………非常識極まりないわね』

 僕のうめくような疑問の声にリツコさんも呆れた顔で呟く。

 使徒の外見を一言で言うと『青いクリスタルでできた正八面体』だ。

「あれ本当に生物なんですか?」

『………否定はしないわ』

 曲がりなりにも前の二体の使徒は生物の形をしていたが、今回のは完全に鉱物としか見えない。

『目標は芦ノ湖上空へ侵入!』

『エヴァ初号機発進完了!』

 僕は操縦桿を握り、ぐっとGに対して身構える。

『エヴァ初号機発進!!』

 初号機は凄い勢いで撃ち出された。

 

 

 

>ネルフ本部発令所

「目標内部に高エネルギー反応!」

「な、なんですって!?」

 報告を聞き、ミサトは驚愕の声を上げる。

「周円部を加速!収束していきますっ!」

「まさか、加粒子砲!?」

がこんっ

 初号機が地上へと上がる。

「だめっ!シンちゃん避けてっ!!」

 

 

 

>シンジ

『だめっ!シンちゃん避けてっ!!』

「えっ?」

カッ

 光。

ドパゥッ

 装甲ビルが一瞬で溶け落ちる。

「っ!?」

 光は一直線に初号機へ伸びてきた。

「うわああああああああああっ!!!!」

 

 

 


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