「よっ、シオリちゃん! 今日も可愛いね〜♪」

「今日の夕食はうちの魚でどうだい!?」

「豚コマ150g? はいはい、こっちはおまけね」

「お買い物かい? あ、だったらうちのこれ、持っててよ。ああ、いつもうちをご贔屓にしてくれる御礼だよ」

 

「は、はう……ありがとうございます〜」

 

 そろそろカラスが鳴くから帰りたくなるような夕方。

 シオリは大量の荷物を抱えて、ふらふらと商店街を歩いていた。

 当初は肉ジャガの材料をだけを買う予定だったのだが、行く店行く店全てでなんらかの『おまけ』を持たされる上、買ってもいない所ですら余り物を押し付ける―――もとい、プレゼントしてくれるので、既に搭載量はシオリの限界を超している。

 それでも律儀にお礼を言って、また今度買いに行こう、と思うのだから立派である。

「は〜……今度からはシンジがいる時に来ようっと……」

 むろん、シンジがいればこれぐらいの量は問題にならないのだろうが―――如何せん、ここまで『おまけ』を激しく貰えるのはシオリ一人の時だけである。

 理由は推して知るべし。

 

 さて、何故普段はコバンザメのようにシオリから離れないシスコンシンジがいないのかというと、全然深くない理由がある。

 それは……

「シンジも選挙委員なんて、やらなければ良いのに……」

 委員会―――もちろん、一学期の途中からの転校生である双子に割り当てられている係はない。いや、正確にはなかった。

 が、なんの因果か生徒会長を決める選挙の管理委員にシンジがなってしまったのだ。

 ―――シオリは気付かなかったが、クラスの男子生徒のやっかみによってシンジが神輿に上げられたという裏の事情がある。

 まあ、とにもかくにも、今日の放課後は委員会の集まりがあってシンジはいない。

 もちろんシンジはそんな物サボろうとしたのだが、同じ委員会のメンバーにして1年の後輩である女子生徒に無理矢理連れて行かれた。

「………」

 一年の女子に腕を組まれて(アームロックとも言う)へらへらと(シオリ主観)委員会に向かうシンジの姿を思い出したシオリは、不快そうにピクンと眉を一瞬跳ね上げる。

 心なしドスドスと(実際には一生懸命地面を蹴ってもベタンベタンという音しか鳴らないのだが)乱暴に足音を立てながら歩くシオリ。

 既に重い荷物など思考の範疇外だった。

 ―――その時である。

 

「ふんふんふんふんふんふん、ふんふんふんふんふっふふーん♪」

 前方から鼻歌―――ベートヴェン作曲、『第九』交響曲が夕暮れで真っ赤に染まった空に響き渡る。

 やがて、一通り歌い終えると………手摺りに座っていた『彼』は顔をシオリに向けた。

「歌はいいねぇ……歌は心を潤してくれる。歌はリリンの生み出した文化の極みだよ」

 『彼』は突き抜けるようなアカルティックスマイルを浮かべ、言った。

「そうは思わないかい? ………碇シオリ・・・さん?」

 

 

 そこには呆然と―――ベタンベタンと相変わらず無理矢理乱暴な音を立てながら歩くシオリの背中を―――呆然と眺める銀髪の『彼』の姿があった。

 今のシオリは音や周りの風景すら思考の範疇外だった。

 

 

 


 

『ボク』達二人の協奏曲
                        CONCERTO

 

第伍話   ボクが怒った理由ワケ

 


 

 

「碇先輩〜……いい加減諦めて仕事しましょうよ〜」

「いやだっ! 強制労働断固反対っっ!! それが日本を腐らせる原因だという事が何故わからないっっっ!」

「そんな共○党の右翼みたいな事言ってないでさっさと終わらせましょうよ……そっちの方が結果的に早く終わりますって」

「今即座に止めれば、そっちの方が断然早いっっ!」

 

 第壱中学の一室ではそんな不毛な会話が先ほどからずっと繰り返されていた。

 喚くシンジに、それを宥めすかしつつ自分は書類整理を進ませる女子生徒。

 他の委員会メンバーはそれを呆れつつも、面白そうに傍観していた。

 ……基本的にシオリ以外の話はまったく聞かないシンジに、これだけの会話が出来る下級生に尊敬の念も集まっていたりする。

「ほら、早くやらないといつまで経っても帰れませんよ?」

「いや、帰るっ! 僕はシオリの手作り料理を食べるという使命がっ……」

 遂に我慢しきれなくなったのかガタンッと椅子を蹴って立ち上がるシンジだが……

スッ、ぐきっ、べちっ

 さり気なく差し出された女子生徒の足に躓いて、顔面から地面にへばりついた。

「ねっ、わたしも手伝いますからやりましょう♪」

「ぐ、ぐぅぅぅ……」

 爽やかな笑顔でそう言うと、痛みで悶えているシンジを手早く席へと戻す。

「可愛い子ぶりっ子してるが、普通足引っ掛けるか?」

「それより、まるで何事もなかったかのように流したぞ、おい」

「俺にはあの笑顔が、悪魔の笑顔にしか見えない……」

ギロッ

 好き勝手言っていた委員会メンバーは、女子生徒が睨み付けると一斉に視線を逸らした。

「とにかく先輩、今日は全部終わらせるまで帰しませんからね」

「いや、その……一応放課後学校に残っていて良い時間は6時まで……」

「………委員長?」

「そうだなっ! 今日は徹夜覚悟で頑張ろうじゃないか、みんなっ!」

「「「……おー」」」

 女子生徒の言葉に恐る恐る進言する委員会の委員長だったが、一声呼ばれただけであっさり意見を翻す。

 残りのメンバー男子生徒三人も、投げやりに声を上げた。

「いやだぁぁぁ! 僕は帰るんだぁぁ!」

 シンジの叫びはあっさり全員から無視され、空しく学校に響き渡るのみだった。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね、カヲル君……気付かなくて……」

「……ふっ、いいのさ。どうせ前振りも伏線も思い付きで、シオリさんにまで無視される哀れな僕を慰めてくれなくても」

「いや、そんな悲観的にならなくても……言ってる事も良くわからないし……」

 涙を滝のように流すカヲルに、お茶を出しながら苦笑するシオリ。

 自分の分もお茶を注ぎ、テーブルを挟んだカヲルの向かいに座ると……シオリはおずおずと切り出した。

「その……カヲル君、だよね? ボクの知ってる」

「その通りだよ、君と運命という鎖で結ばれている渚カヲルさ」

「良く分かんないんだけど……カヲル君」

「僕と君のラヴテレパシーって事さ」

「もっと分かんない……」

 微妙に……と言うより、斜め方向に10mはズレた会話を交わす二人。

 初めて会った時もボケた会話をしていた二人なのだから、仕方ないと言えば仕方ない事なのだろう、おそらく。

 カヲルはずずずっとお茶を一飲みで飲み干すと、いつもの笑顔で口を開いた。

「それで、シオリさん。女の子の暮らしはどうだい?」

「あ、うん、最初は大変だったけど今はそんなでも………って、そうだよ! なんでこんな姿なのにボクって分かったのさ!?」

「それより、大変ってどんな事だったんだい? 良ければ話してほしいな」

「え、う、うん……服とか着慣れないし、シンジはすぐボクを着せ替え人形にするし………ってそうじゃないよ! カヲル君!」

 思わずカヲルのペースに流されそうになるシオリだが、バンッとテーブルを叩くとヒートアップする。

過去こっちに来たらいきなり女になっちゃってるしっ、綾波はボクに気付かないしっ、シンジはああ見えてむっつりスケベだしっ……」

 早口で一気に捲し立てるシオリ。

 少々混乱しているのか、いらん事まで口走りながらカヲルに詰め寄る。

 カヲルはそれを笑顔で受け流すと、さり気なくシオリの方のお茶を飲んでゆっくりと……そしてきっぱり言い放った。

「シンジ君がシオリさんになったのは、僕がそうしたからさ」

「え……な、なんの為に!?」

「愛だよ」

「Iーーー!?」

「『私』じゃなくて、愛。L・O・V・E、ラブさ」

 某ジャージ&メガネを思い出させるような台詞を吐きながら、カヲルは微笑んだ。

 カヲルの予定では『告白』という物を受けたリリン、つまりシオリが感動で頬を涙で濡らしながらカヲルの胸に飛び込んでくる筈だったのだが……。

「えっ、そのっ、そんなっ……」

 シオリは真っ赤になると急にモジモジしだす。

 それを見たカヲルは、

(ふっ、予定とは違うけどこれはこれで良いね……萌えって事さ……)

 赤い海で俗世間という人間の知識に晒されたカヲルは、何かに染まっていた。

 が―――

「そんなっ、ボクとシンジをくっ付ける為だったなんて……やだっ、愛なんて、まだ好きともなんとも言われてないしっ。それにそれに、一応ここでは兄妹で本当は同一人物だし……」

 真っ赤になったまま、いやんいやんと頭を振りながら悶えるシオリ。

 それを見たカヲルは、愕然としながら間違いを正す。

「い、いや、別にここのシンジ君とくっつけようとしたんじゃなくて―――」

「え?」

 真っ赤な顔から落胆へと、表情が急落下。

「それじゃあ……どうして?」

「それは……」

「えっ?」

 カヲルはテーブルを乗り越え、ソファに身体を沈めていたシオリの横に座るとくいっと顎に指を添えて持ち上げた。

 シオリは訳も分からず、カヲルの為すがままに呆然と間近にあるカヲルの顔を見つめている。

「僕が、君を………」

 カタンと、テーブルの上の茶碗が横に転がった。

 

 

 

 

 

「―――と、言う訳で、現在生徒会長への立候補が全くこれっぽっちも出ていません」

 ぺしぺしと書類を手の甲で叩きながら、女子生徒が委員長へ報告する。

 その横でシンジが憮然とした表情で、椅子に綱引き用の縄で縛り付けられていた。

 もちろん、何度も逃亡を図るので女子生徒に括り付けられたのだ。

 これでは仕事も出来ないような気がするが、どうせ縛ってなくてもしないので同じである。

「あれ? でも確か……クラスから一人づつ立候補者を出さなくちゃいけないんじゃなかったっけ?」

 三年生の男子生徒が去年、一昨年の選挙を思い出す。

 確かに例年だと推薦なり立候補なりで、クラスから必ず一人は選抜しないといけなかった……のだが、

「今年の春赴任した校長が、今年度から完全立候補制に変えたんですよ。間違いありません」

 去年はまだ小学生だった筈の女子生徒が、きっぱりと断言する。

「はあ? なんでそんな面倒なことを……」

「なんでもとある保護者―――PTA会長からそう進言されたようですね。そうすれば、子供が生徒会長になれる可能性が格段にUPしますから」

「……あ、だけど、立候補者一人もいないんじゃ」

「はい。親が勝手に決めていたらしく、子供の方は嫌がって結局立候補はしないみたいです。でも、選挙の体制は結局そのまま……まったく勝手ですね〜」

 その言葉の内容より、一体どこからそんな情報を入手してくるのかの方が気になったが、賢明にも誰もそこには触れなかった。

「で、このままだと立候補者が出ず、生徒会自体の存在が危うくなっている訳です………判りましたか? 碇先輩」

「早く帰せー!」

「碇先輩も判ったそうなので、みんなでどうにかする方法を考えましょう♪」

 シンジの台詞は軽やかに無視スルーである。

「もう一度候補者を募ってみるってのはどうかな?」

「いやぁ、もう一回やっても結果は一緒でしょう。見る面子は一緒な訳ですし」

「だったら、選挙管理委員会権限で無理矢理指名とか」

「恨まれるから嫌ですよ……それにそんな権限ありません」

 色々な意見は出るものの、決定打になりそうな案が出てこない。

 第一、生徒会長の座に魅力を感じる者がいるのなら、最初の募集の時に名乗り出ているだろう。

 つまり、この会議の目的は『どうにかして嫌がる生徒に生徒会長を押し付けよう』という事に他ならない。

 

「………立候補者がいないなら、この中から出せばいいじゃないか」

 

バッ!

 シンジのボソリと言った一言に全員が一斉に振り向く。

「それだっ!」

「いやぁ、なんで思いつかなかったんだろうなぁ」

「まったくだ。こんな解決案があったなんて」

「灯台下暗し、という奴だな」

 委員長以下4名の男子生徒が口々にシンジの案を褒めちぎる。

 それもその筈、こういった時にこういう案を出す馬鹿の末路は決まっている。

「碇先輩、偉いですね〜♪」

「決まったなら早く解いてよ……早く帰ってシオリの手料理食べなくちゃいけないんだから」

「いえ、まだですよ。先輩には一枚書類書いてもらわなきゃ」

「………書類?」

 シンジが問い返すと、女子生徒はにっこり頷き……目の前に一枚の紙を突き出してきた。

 もちろん、そこに書いてある文字は『立候補応募用紙』

「こういうのは言いだしっぺがやるべき、だよな」

 委員長の言葉に、全員がうんうんと頷いた。

 

 

 

 

 

「リツコ〜、零号機の調子はどう………げっ」

 入り浸り慣れた赤木研究所の扉を開きながら陽気な声を掛けた某作戦部長は、目の前に飛び込んできた惨状に思わず呻き声を発した。

 そこはまさに惨状・・だった。

 いや、修羅場という言葉に置き換えたほうが正しいかもしれない。

 部屋の正面にはこちらにまったく気づいていないのか、一心不乱―――というか、鬼気迫る表情でエセ金髪博士がひたすらキーボードを叩いている。

 その横では『ぽっぽっぽー、はとぽっぽー』と口ずさみながら、博士の助手兼オペレーターがマウスを操作している。

 動いているのはこの二人だけだが、床には無数の技術部所属の職員が倒れており、より一層シュールな雰囲気を醸し出していた。

「リ、リツコ、マヤちゃん……大丈夫?」

ギランッ

 二対の眼光にひぃっっと短く悲鳴を上げる。

 にまーっと口が三日月のように釣り上がるのを見た作戦部長は、『殺ス笑みってこういう事なのね』と少々チビリながら思った。

「何かしら何かしらミサト。用件が余り下らない事だとあなたの脳天をカチ割って、脳みそを猫の脳みそと二身合体させたくなるけど何かしら?」

 既にキャラまで変わっている。

「あ、あのね……零号機の起動はどこまで進んでるかなーって……ひぃぃぃぃぃぃ!!

「あらあらあら、あなたの目は腐っているようね。私達の作業が目に入らないなんてそんな眼は要らないわ。今えぐり出して上げるから念仏でも唱えて震えてなさい」

「あああたしが悪かったから、メスを引っ込めて刺さないで刃を舐めないでーーー!

「判れば刺さないわよ、大げさね」

 そう言って懐にしまったメスの先っちょには、既に血が付いていたりするが余談である。

「それで、本当に何の用? これ以上無駄な時間を使わせるようだったら冗談抜きで骨髄採取するわよ」

「え、ええ……ほら、零号機は人類最後の希望と言ってもいいぐらいでしょ? だから作戦部長の立場として気になって」

 現在NERVには―――いや、世界の何処を探しても活動可能なエヴァは一機も存在しない。

 初号機は未だ修復の目処すら立っておらず、弐号機など前回の使徒の攻撃によって自重で崩れ落ちないのが不思議なほどの損傷率だ。

 そして、今一番活動可能に近いのが、凍結中のエヴァンゲリオン零号機なのである。

「今日の15:00には起動実験可能の予定よ。今は最後の詰め段階ね」

 カタカタとキーボードを打つ手を休ませずに答える技術部長さん。

 その答えに満足したのか、仕事もなく(もちろん、本当はいくらでもある)お気楽な作戦部長さんは安堵の笑みを浮かべた。

「そう、良かったわ……これであの街を闊歩してるクソ使徒や、海辺を徘徊してるクリスタルと魚を殲滅出来るわね」

 第三使徒サキエルは言うに及ばず、第五使徒ラミエル、第六使徒ガギエルも未だ健在である。

 この三体は、NERVや国連軍、戦略自衛隊が手を出さなければ特に行動は起こさず、現在どれも立派な観光名物として一般市民には受け入れられている。

 それどころか、サキエルに至っては『我が街の英雄を守ろうの会』『巨大生命体天然記念物推奨委員会』『らぶりぃサキエル様ファンクラブ』などの民間団体が次々に打ち立てられているほどだ。

「ミサト、あなた暇ならレイとセカンドチルドレンを呼び出して貰えないかしら?」

「へ? 別にいいけど……レイはともかく、なんでアスカまで?」

「あなたね……アスカは世界で唯一エヴァを起動成功させた者なのよ? 彼女抜きに起動実験行うなんて愚の骨頂よ」

「そ、そうね……じゃあ、早速」

 ジャケットの内ポケットから自分の携帯電話を取り出すと、メモリー登録されているアスカの電話に手早く掛ける。

プルルルル、プルルルル

 

 

 

 

 

 惣流・アスカ・ラングレーは不機嫌だった。

 隣に気に入らない人形女―――綾波レイがいるのがまず第一の理由だ。

「………無能」

「誰が無能よ! それはアンタの事でしょ!」

「………」

 ボソリと呟いたかと思うと、次の瞬間にはあさっての方向を向いて無視するのだ。

 アスカは即座に叫び返すが、神経を逆撫でするような無反応。

 これを先ほどから繰り返しているのだから、アスカでなくても頭にくる。

「それに何よ、この部屋! こんなカビが生えそうな所に良く住んでられるわねっ! 神経疑うわ!」

 第二の理由、それは今いる部屋が綾波レイの住居。しかも、下手な牢獄より酷い部屋だと言う事だ。

 風呂やトイレこそあるものの、打ちっ放しの床、剥き出しの壁、スプリングが壊れて弾力がゼロになっているベット―――まったくもって、アスカの神経では耐えられなかった。

 そして、最後にして最大の理由、それは―――

「むきぃぃぃぃ! いつまでここに閉じ込められてればいいのよっ!!」

「………あの使徒が起きてどこかに行くまで

 窓の外には第三使徒サキエルが視界一杯に広がっていた。

 前回、ジャージ&メガネに吹っ飛ばされた二人は互いに寄り添う様に(本人たちにそれを言ったら激怒するだろうが)その場を離れた。

 体力を回復する必要があると感じた二人は、一時的に敵対をやめ、レイの住居である団地まで避難してきたのだが―――

 二人が入っていたのを見計らうようにサキエル、移動して寝直し。

 おそらく寝ぼけていたと推測される。

 ただでさえ、信じられないほどのボロ団地。サキエルが横に転がった振動に耐えられる筈もなく……あえなく一部が崩壊した。

 そう、外に出る為の入り口とそこへ続く廊下や階段が、だ。

 ATフィールドで重力を遮断して窓から出ようにも、サキエル自身に塞がれている―――なので、アスカとレイは不満ながらも共同生活を余儀なくされたのだ。

「くぅぅぅ! いい加減起きてどっか消えなさいよ、このデクノボウ!!」

「……お猿さん、うるさい」

「誰が猿よっ!!」

あなた

「むきぃぃぃぃぃ!!」

 精神を削るストレスの一番の原因は、お互いの存在だろう。

 

 

 

「僕は自由だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あの……先輩? もう少し小さな声で」

「シオリの夕食が僕を待っているぅぅぅぅぅ!!」

 

 聞いてない。聞こえてない。聞こうとしない。

 

 シンジが道のど真ん中でパフォーマンスするのを、女子生徒は溜め息とともに視界から外した。

 立候補用紙を提出(させた)したのまでは良かったが、どう考えても選挙に出馬しそうもなかったので例の妹さんを人質………もとい、協力して貰う為着いてきたのだが、間違いだったかもしれない。否、間違いだった(既に断定)

 しかし、今更引き返してもただ恥ずかしかっただけなので、意地でも協力を取り付けてやる。

 ―――等と、彼女はいき込んでいた。

 そうでも思わないとやってられない。

「あ、ここのマンションですか。広いですね〜。もしかして、先輩の親ってNERVのお偉いさんだったりします?」

「ただいま、シオリーーー!!」

「………先輩、会話しましょうよ」

 既にマンションの階段を爆走しながら登って行ったので無理である。

 

 

 

「カヲル君、お茶おかわりいる?」

「は、はは………もう7杯も頂いているから結構だよ」

「そっか。欲しくなったら遠慮しないで言ってね」

「お茶結構だよ、お茶

 真っ赤な紅葉を頬に貼り付けたカヲルはキッチンに並ぶ夕食―――テーブルいっぱいに並ぶご馳走を食べたかったのだが、シオリは気付いているのかいないのか、反応無し。

 当の本人、シオリの視線は先ほどからキッチンの壁にかけられた時計に向けられており、秒針が動いているのを一秒たりとも見逃していない。

「それにしても……いつもディナーはこんなに量を作っているのかい?」

「ん、そうでもないんだけど………誰かさんすっごく帰り遅いから、思わず……」

 にっこり笑って言うその背後には、ゴゴゴゴゴと何やら瘴気が渦巻いている。

 先ほどシオリに迫った時、ATフィールドを張る暇もないほど素早いビンタを反射的に貰った身としては、理屈抜きにそう感じざる終えなかった。

「………ねえ、カヲル君」

「な、なんだい? シオリさん」

「………妹が料理を作って家で待ってるのに、こんな遅くまで帰って来ない兄の理由ってなんだろうね?」

 さすがのカヲルも『まだ6時を回った所じゃないか』と言えるほど世を儚んでいない

 代わりに『なんだろうね、あはははは』と愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 次の瞬間に『何をおかしいの?』と冷やかに言われて、黙りこくったが。

 

 ―――ああ、人間リリンはこんな精神的重圧プレッシャーに耐えている辛い存在なんだね。

 

 そんな人間的経験値を上げているカヲルを救ったのは、ガチャンッと乱暴に開けられた扉の音だった。

 玄関からキッチンに走ってくる人影………もちろん、シンジだ。

「ただいま、シオ……リ………」

 満面の笑みを浮かべて両手を広げた姿勢のまま、不安定が売りの窓’sMEのようにフリーズする。

 怒りをぶつけるのも忘れてこちらも満面の笑みで迎えようとしていたシオリは、急に止まった兄に『?』と首を傾げる。

 シオリもいいが、シンジもねとばかりに両手の花を気取ろうとしていたカヲルも、シンジの突然の停止に眉を顰める

「き………」

 ようやく再起動したのか、シンジはぷるぷるぷると震える指をカヲルに向け―――

「貴様、人の留守になにやっとんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 右ストレート

「ぎばっ」

 左フック

「がぶっ」

 右アッパー

「ぶあんっ!?」

 どがしゃあああんっ

 

「………はっ、シ、シンジ! 何やってるんだよっ!!」

 シンジの華麗な連続コンボに宙を舞い、数々の料理を巻き込みながらテーブルに突っ込むカヲルの身体。

 突如巻き起こったバイオレンスの嵐に呆然としていたシオリは、慌ててシンジを制止する。

 だが、しかし、普段は絶大な効果を発揮するシオリの声も今のシンジには馬耳東風、まったく届いていなかった。

「殺すっ! 絶対に殺す! 殴って蹴って刺して刻んで切り落として埋めてやるぅぅぅぅ!

「痛い痛い痛い!? シンジ君の愛が痛いっ!?」

「いやあああ! シンジ、落ち着いてぇぇぇぇ!?」

 シンジがこれでもかというぐらい足で顔面を踏みにじり、カヲルがパスタを頭から被ったまま悶絶する。

 シオリは悲鳴をあげながらシンジを後ろから羽交い締めにするが、シンジは構わずカヲルを力の限り踏みつけ続ける。

 ―――そんな狂乱の地獄絵図を一人傍観していた女子生徒は、無事だったシオリの料理を一つ拾い上げ、溜息を大きく付くのだった。

 

「あ、この唐揚げ美味しい……」

 

 

 

 

 

 

―――某老朽団地一室。

「……通れ!(タンッ)」

「ロン(パタン) 大三元、字一色のダブル役満。64000点」

「むきぃぃぃ! アンタさっきから絶対にインチキしてるでしょーーー!!」

「よく分からない……私3人目だから」

「アンタ、それさっきも言ったわよっ!!」

「知らない。それよりさっさと脱いで。箱だから二枚よ」

「脱げばいいんでしょ、脱げばーーー!」

 

 何故二人麻雀をしているのか? しかも何故脱衣麻雀なのか? そもそも何故ここに麻雀があったのか……それは永遠の謎である。

 

 

 

―――某特務機関地下本部。

プルルル、プルルル………

「なんで出ないのよっ!! アスカはともかく、あのレイまで!」

「落ち着きなさい、ミサト」

「おちつけ〜〜!? 落ち着けない落ち着かない落ち着けてたまるかーーーー!!」

「落ち着けっていってるでしょがっっ!!」

 

ぶすっ ←何かが突き刺さる音

ちゅう〜 ←何かが注入される音

ばたん ←何かが倒れる音

 

 ………どこもかしこも、狂乱に見舞われる一夜だった。

 

 

 

続く


次回予告

『僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない』

 遂に襲来した最後の使徒渚カヲル。

『嫌だよっ! ボクはこんなの望んでなんかいなかったっ!!』

 かつて殺した友を前に苦悩するシオリ。

『僕にはそんな事関係ないっ! 自分に出来る事をする、それだけだっ!』

 シンジはシオリを守る為、巨大な敵に敢然と立ち塞がる。

 

 

 そして、シンジを待ち受ける影。

『碇先輩……あなたはもう、逃げられないんですよ』

 

 

次回! 『ボクが泣いた理由ワケ

お楽しみに〜

(この次回予告はあくまでフィクションで、本編とはなんら関係ありません)

 

 

感想、要望、質問、何でもいいのでメール待ってMASS♪

 


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