………やっぱりこいつは疫病神だ。

 

「ゼ、ゼン様ーー!」

「全員、動くなっ! 指一本でも動かしたら、こいつの命は無いぞ!」

「あ、あうっ!?」

 

 見捨てたい。

 でも……

 

「そういう訳にもいかない……か」

 

 もう、俺は関わってしまったから。

 この疫病神を、俺の―――と認めてしまったから。

 

 


 

勇者様と魔王様

〜 妖精家政婦は見た 〜

 


 

 

「ってなわけで、ぶっ飛べ! 如月無刀流奥義惨殺至高脚ーーー!!」

「ほげぇぇっっ!?」

 自分でも良く分からない秘技を繰り出すと、目の前にいたチンピラーズAが軽やかに捻りを加えつつ空中飛行を披露した。

 人類はどこまで重力に逆らえるか、生身で実証して見せた奴は残念ながら電柱にぶち当たってその生涯の記録を閉じた。

 

「ふ、お前ら丁度良いタイミングで現れたな。10点やろう」

「なっ、なっ、なっ……」

「………(ガクガクブルブル)」

 チンピラーズB&C―――つまり、いつものチンピラルックの巨乳とデクノボウは真っ青な顔で後退りした。

 まあ、いきなり仲間を一瞬で血祭りに上げられたのだから、さもありなん。

 震える指先を俺に向け、巨乳が俺に何か言おうとしているが言葉になっていない。

 そんな二人に……俺は青い空を見上げ、その向こうにある筈の何かを見据えながら呟いた。

「―――今日はな、弁当の筈だったんだ」

「「………は?」」

「ユウが妙に張り切ってて、言ったんだ。『明日の俺の昼食は任せろ』と」

 見上げた空は、雲も少なく快晴と呼ばれていいほどに晴れていた。

 俺は、手に入れられなかった、失われた物の大きさにぐぐっと涙を呑んだ。

「なのに、スコンと見事に忘れやがった。弁当だったゆえに今日は財布も持ってきていない。……俺の昼食を返せっ!」

「「な、なんじゃそらーーー!?」」

「つーわけで、お前らの財布は有り難く頂く」

「………ゆ、勇者が犯罪行為に走っていいと思っているのかい!?」

 俺の瞳から、限りなく本気の色を感じ取ったのだろう。

 巨乳が一歩、二歩とさらに後退りながら喚いてくる。

 だが、無駄なんだ。そんな戯言俺には―――いや、お前らには適用されない訳がある。

「なあ、俺、前にミッシーに聞いたことがあるんだ」

「な、何を……?」

「ミッシー達『光の者』、お前達『闇の者』―――どっちも、世間にばれちゃいけないらしいな」

「「…………」」

 

 俺の台詞に、みるみる顔を蒼白にしていくチンピラーズ(-1)。

 そう、昔―――と言っても一ヶ月ほどしか経っていないが―――ミッシーに聞いた話によると、『光の者』も『闇の者』もその存在を表に出す訳にはいかないらしい。

 それはそうだ、どっちが正義か悪か知らないが、到底公共に出てこれるほど清潔な組織には見えない。

 なんせ道のど真ん中で凶器を振り回すような連中だ、その存在を国家の犬に悟られたらあっさり御用になってしまうだろう。

 それゆえに両者とも『一族の掟』とやらで、身元や正体がばれないよう公共施設―――病院や警察に接触してはならない、という決まり事があるらしい。

 つまり、だ。

 

「知ってるか? 犯罪は発覚した時初めて有効になるんだ」

「勇者の台詞じゃないーーーー!!」

 

 当たり前だ。

 俺は勇者なんて恥ずかしい者になった覚えは一欠けらもない。

 

 

 

 

「そういや、見たこと無いな」

「はい? 何か言いましたか、ゼン様?」

「いや、だからさ……」

 食器洗いに精を出しているミッシーに、俺はゲーム雑誌から目を離しながら疑問を口にした。

 ミッシーは不思議そうに目をパチパチと瞬かせ、手をエプロンで拭いて俺の方を向く。

 大した事じゃないんだが……まあ、気になる。

 今日チンピラーズに奢ってもらった昼食を思い出しながら、適当に言った。

「お前達以外に光の者と闇の者……だったよな? とにかく、そいつら目にした事無いなって」

「ああ………」

 キュッと蛇口の水を止め、指を口に当てて数瞬考えに浸るミッシー。

「だって、みんな用事が無いと里から一歩も出ないですもん。……闇の者は知りませんけど」

「里ってお前の言ってたお伽の国だよな?」

「……いえ、お伽の国とは一言も」

「要約すると、全員揃って閉鎖的な田舎者だから村から一歩も出ないって事だな」

「…………うぅ、言い返せないぃ。閉鎖的なのは事実ですし」

 ま、そんな所か。

 どうせ闇の者の方も似たようなものだろう。

 なんだかんだ大騒ぎした『勇者』『魔王』騒動の時もミッシー、チンピラーズ、妖精♂しか来なかったし。

 ……もしかしたら、本気でド田舎なのかも知れんな。

 ま、俺の日常さえ侵してくれなきゃ、何でもいいが。

 ミッシーは、る〜と涙を流しながら部屋の隅でのの字を書いている。

 ったく、んな事でいちいちいじけるなよ。

「そんなことより飯」

「そんなこと扱いですかぁ……?」

「だったら飯」

「うぅ、言葉を変えれば良いって物でも……」

「とにかく飯」

「………分かりました」

 何故か非常にやるせない表情でミッシーが台所へ消えていった。

 ……下痢でもしてるのか?

 

 

 

ピンポンピンポンピンポンピンポン

「はいはい……ったく、どこのどいつだ。非常識な」

 せわしなく乱打されるチャイムに、俺は眉間に皺を寄せて玄関に向かった。

 最近はミッシーのおかげでセールスの類に応対する必要がなかったのだが、今ミッシーは料理中だ。そんな時ぐらい俺が出るべきだろう。

 ………つーか、最近ミッシーにおんぶに抱っこだな。

 今度、何かしら礼をするべきか?

 柄にもなく、礼の為の計画―――闇の者100人斬り、抹消計画etc―――を考えているとさらにチャイムの音の感覚が短くなる。

 おお、考えてる場合じゃなく、出なくちゃな。

 

ガチャ

「ゼンちゃんゼンちゃん、お昼はごめんね〜。お詫びに夕食作ってあげるよ〜」

「いらん。帰れ」

ヒュバンッ! ベチンッ

「ふみゃっ!?」

 即座に閉められたドアに反応できず、鼻を打ったのか板一枚向こうから猫が潰れたような鳴き声。

 ドアの初速が軽く100km/hを超えていた気がしないでもないが、今更そんな物で怪我する奴でもないし。

 ズルズルとドアの向こうで崩れ落ちる気配を察した俺はくるりと背中を向け、

「さて、飯、飯」

 

ドカァァァァァァンッ

 

「うにゃーっ! ……って、あれ? ゼンちゃん?」

 紅い光で無残に吹き飛んだドアを踏みしめながら、とぼけた台詞をかましてユウのアホが入ってくる。

 俺はそれを、残骸と化したドアのから聞き、右手に蒼い光を収束させながら決意した。

 この無差別暴発型魔王娘、今日という今日は絶対に息の根止めてやる。

 

 最近、家政婦のポイントが激増し、幼馴染のポイントが激減しているのを実感する俺だった。

 

 

 

 

「ゼ、ゼンちゃぁぁん……許してよぉ……」

「うるさい、しばらくそこで頭冷やしてろ」

「うにゃ〜、頭が冷える前に血が上っちゃうよぉ〜」

「知るか、馬鹿たれ。その状態で棒手裏剣の的にされないだけ感謝しろ」

「うにゃぁ……」

 心底悲しそうに鳴き声が庭から響いてくるが、俺はそれを意識からシャットダウンして居間に戻った。

 まったく、誰が玄関のドア直すと思ってるんだ。

「あの〜、ゼン様? 何かあったんでしょうか?」

 夕食のエビフライを食卓に並べていたミッシーが不思議そうに問いかけてくる。

 台所からでは散発的に放たれた蒼い光が見えなかったのだろう。

「いや、なんでもない」

「は、はあ……?」

「それより、エビフライか。美味そうだな」

「あ、はい♪ 今日はスーパーで安売りをしていたので♪」

 俺が席に付いて料理の事に触れると、ミッシーはそれまでの疑問を吹き飛ばし、嬉々として俺に説明を始める。

 曰く、ここのスーパーは品質はいいのだが安売りをあまりしないだの。

 曰く、今日は衣の付き具合が上手くいっただの。

 ………庭の幼馴染を思うと、何故かとても空が恋しくなった。

「ミッシー」

「はい?」

「一生俺の飯を作ってくれ」

「はい、もちろんで……………ええええええっ!?

 俺内部の好感度が振り切ったので告白イベント俺の言葉を受け、今まで機嫌が良さそうにニコニコ話をしていたミッシーがいきなり喉が裂けそうな勢いで叫ぶ。

 瞳孔が開き、息が乱れ、頬と言わず顔全体が紅潮し………何か俺、悪い事言ったか?

「え、だ、だって、ゆ、勇者様にはあの魔王が……あ、え!? なんで、私に……ええ!?」

「とりあえず、落ち着け」

ビシッ

「あうっ……あ、あれ? 私は何を……」

 斜め四十五度の角度でチョップを叩き込むと、電化製品並には耐久性があったのか正常に動き始めるミッシー。

「落ち着いたか?」

「え、あ………(ボッ)」

 が、俺の顔を見た途端、再び顔が一瞬で真っ赤になってしまう。

 むぅ、駄目か……電化製品より、回復力リカバーは悪いらしい。

「一体何を慌ててるんだ?」

「慌てますよっ! ……だって……いきなり……あんなこと」

 俯いたままぶつぶつと何やら呟くミッシー。

「……何か不満か?」

「い、いえっ! 不満だなんてそんなこと微塵もありませんっ!」

「そうか。じゃあ、とにかく飯早く作ってくれよ。腹減った」

「………はい♪」

 ………ミッシーの反応が良く分からないんだがとりあえず流して飯を要求すると、ミッシーは嬉しそうに返事をして台所へ帰っていった。

 『ふふ、ふふふふふ……♪』と、堪え切れない様な感じで笑みを零しながら、スキップを踏んで去っていくミッシーの後姿に俺は首を傾げた。

 うーむ、一体全体どうしたんだ?

 

きゅぃーん

 ―――庭の方から、何かを溜める音・・・・・・・が聞こえてきた。

 

「ゼンちゃんのド馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 直後、リビングは窓を突き破ってきた紅い光に容赦なく飲み込まれるのであった。

 ……おい、俺が一体何をした?

 

 

 

「っつぅ………さすがに一日に何度もアレで吹っ飛ばされると堪えるな……」

「だ、大丈夫ですか? ゼン様」

 身体のあちこちに巻かれた包帯をさすりながら、うめく。

 それを見て、いつものメイド服ではなくワイシャツにジーンズと言うラフな格好に身を包み、

 手提げ袋片手に隣を歩いているミッシーが心配そうに聞いてくる。

 正直俺自身も良く無事だったと不思議でならない。

 なんせユウの奴、例の銃を庭からリビングに向かってこれでもかと言う位乱発しやがった。

 これでも自分の丈夫さに自信はあるが、不死身超人うにゃにゃーやらクラスメートの変態酒井に比べるとやはり劣る―――っていうか、あいつらと人間ホモ・サピエンスを比べる自体間違っている。

 俺は『ああ』と一言呟いて、一応無事だと意思表示するが……痛い、きつい、だるい、頭がガンガンする。

 怪我だけでもきついのに、玄関やリビングの片づけをしたのだから当然だ。

 まあ、大半はミッシーがやったわけだが。

「しかし……吊るされた仕返しにリビングごと絨毯爆撃してくるとは……」

 ぐりぐりとコメカミを揉み解しながら―――不快感が取れるどころか、頭が痛んだだけの行為だった―――溜息を吐いていると、ミッシーが恐る恐るといった感じで聞いてきた。

「あの………もしかして、原因に気づいてません?」

「いや、俺もまさかそんなに恨まれてるとは……」

 さすがにテロに走るとは思いも寄らなかった。

「いえ、そうではなく……」

「は?」

 俺が怪訝そうな表情を浮かべると、何故かミッシーが肩を落としながら大きく溜息を吐く。

 言いたい事をまったく理解できない俺に、ミッシーが俺の顔の前にピンと人差し指を立てて、

「ゼン様。まず、先ほど私に何を言いました?」

「へ? ……『一生飯作ってくれ』って言った事を言ってるのか?」

「その通りです。では、次にあの魔王はなんと言ってました?」

 魔王―――ユウが?

 えーと……

「『ゼンちゃんの馬鹿。外道。女ったらし』」

 そんな事を叫びながら、リビングを俺ごと壊滅させやがったのだあいつは。

「……その台詞に対してのご感想は?」

「言いがかりも甚だしい。第一、俺があいつを吊るしたのも玄関ふっ飛ばしたからだ」

 次に顔見せたら、銃も取り出せないように全身ぐるぐる巻きにして池に放り込んでやる。

「……あんまりにも哀れで声が出ません」

「いや、哀れんで貰わなくても良いが」

「………ゼン様にじゃありません」

 じゃあ、誰にだよ?

 結局、何が言いたいのか一ミリも分からなかったが、ミッシーは『話はこれで終わり』とばかりに視線を前に向けた。

 二人ともなんとなく沈黙に包まれていたが、数分ほど無言で歩いているとミッシーがほんのりと顔を紅く染める。

 唐突に何かを思い立ったかのように上目使いに見上げてくると―――ユウより2cmほど背は高いがそれでも俺との身長差は10cmある―――ススッと俺に近づき、服の裾を摘んだ。

「………ミッシー?」

「……ミ、ミシリア

「あん?」

「ミシリアって、呼んでください」

 ミシリア―――ミッシーの本名。

 反射的に『んな恥ずかしいことできるかっ!』と叫びかけ………ミッシーと目が合った。

 緑色の前髪に隠れた翡翠の瞳。

 それが真摯に、しかも若干潤んだ瞳で俺を見つめていた。

「あ……ああ」

「ほんとですかっ!?」

 あぐっ! し、しまった! 何頷いてる俺!?

 撤回しようとするが、既にその瞳は嬉々とした輝きを灯しており、

「……恥ずいから、知り合いのいない時だけな」

 女々しくそう付け加えることしかできなかった。

 

 

 

「おい、ミッシー。終わったか?」

「……………」

「……ミシリア、終わったか?」

「あと、五分ほどだそうです♪」

 本屋で適当に雑誌を物色し終わった後、椅子に座っていたミッシー―――ミシリアに声を掛けた。

 なんでまあ、こー……名前呼んだだけで嬉しそうに出来るんだ?

「何? キャッシュは使わないのか?」

「いえ、今故障中だそうなので」

「あー、なるほど」

 確かに隅にある機械、キャッシュディスペンサーには『大規模サーバーダウンにより故障中』と書かれた紙が貼り付けてあった。

 

 怪我をしている俺が外に来た理由だが、醤油が切れたので買い出し……の付き合いだ。

 最初はミッシー、じゃなかったミシリアが一人で来ようとしていたのだが、あいにく財布の中にお札が一枚も入っていなかったのだ。

 さすがに醤油の一つぐらいなら買う金はあるが(俺の財布もあるし)、他にもついでに買っておきたい物があるらしい。

 つまり、銀行から金を下ろさなくてはいけない、が………ミシリアに通帳とカードを任せてなかったからな。

 さすがにそれまで任せるのはまずいし―――という判断だったのだけれど。

 

 ああ、悪かったな! 今のさっきで恥ずかしかったんだよっ!

 

「ゼン様? 空中に向かって何してるんですか?」

「……ちょいとばかり、ストレス発散をな」

「?」

 

 まあ、そんなこんなでミシリアと雑談―――お互いの幼少ガキの頃なんかの話―――をしていると、ようやく俺達の番が回ってきた。

「あ、私が行って来ますので座ってて下さい」

 俺が立ち上がろうとすると、やんわりミシリアが押しとどめた。

 いや、別に座ってても退屈なだけなんだが………。

 だが、ミシリアは機嫌よさそうに鼻歌などを歌いながらさっさと受付窓口へ行ってしまった。

「まあ、いいか……」

 それにしても………うーむ、望んでいた平凡で平和な日常がこんな所に転がっているとは。

 いきなり襲撃してくる幼馴染とか、木刀片手に襲い掛かってくるミニーマウスとか、嫉妬に狂った某同好会とか。

 ―――どうして、俺の日常はこうも波乱万丈なのだろうか? 謎だ。

 と、自分の人生について真剣に疑問を抱いているとミシリアが窓口から戻ってきた。

「あの、ゼン様……」

「ん? 終わったのか?」

「いえ、それが………窓口で預金を下ろすには印鑑がいるそうで……」

「……そうなのか?」

「はい……どうしましょう?」

 むぅ、そういえば、窓口で金なんて下ろしたことなかったからな。

 印鑑か……家に取りに帰るのは面倒だし、かといって金を下ろさないと買い物もできない。

「ゼン君、はい」

「おお、サンキュ。ミシリア、パス」

 横手から差し出された判子を受け取り、そのまま流すようにミシリアへ手渡す。

 受け取ったミシリアは困惑した表情を浮かべた。

「は? あの……」

「早く下ろして来いよ」

「早くしないと銀行閉まるよ」

「そうだ、幻の言うとおりだぞ。銀行は3時まで―――ってどこから沸いた幻!?

「ゼン君、ナイスツッコミ」

 いつも通りの無表情のままビッと親指を立ててくる幻。

 俺に全く気配を悟らせずに現れるのもいつも通りと言えば、いつも通りなのだが―――。

「なんでお前がうちの印鑑持ってるんだ!?」

「まぼろーちゃん・ザ・まじっく」

「手品だろうが魔法だろうが普通に犯罪だろがっ!」

「……まぼろーちゃん・イン・まじっく?」

「変わってねーしっ!?」

「うっかり」

「うっかりなんだっ!? 実は英語弱いだろ、お前!」

 一通り叫び終えてから……大きく息を吐いた。

 こいつの理不尽に何を突っ込んでも、何を悩んでも無駄だ。まさに気力の浪費に過ぎない。

「あ、あのー……ゼン様? こちらの方は……」

 ああ、そうか。ミシリアと幻は初対面だったか。

 幻は色んな意味で有名人だし、知り合って以来何度も家に遊びに来ている―――いつもチャイムすら鳴らさずに家の中に突如現れている―――ので、どうも俺の関係者に幻を知らない奴がいない、もといいなかったので思わずミシリアに紹介を忘れてしまったのだ。

 ……いや、幻の登場にミシリアの存在が頭からすっ飛んでいたのが一番の原因だが。

「クラスメートの幻だ」

「クラス……メート?」

 俺の最低限の紹介に、ミシリアはなにやら値踏みするように幻をじーっと見つめる。

 対し、幻の方もどこに焦点をあわせているか分からない瞳で、ミシリアに視線を向ける。

「………」

「………」

 ミシリアの翡翠のような眼。幻の水晶のような眼。

 ただでさえどちらも日系ではいない瞳な上、幻の西洋人形じみた造形にミシリアの緑の髪。

 見事に日本人に見えない二人―――しかも美形―――が見詰め合っていれば、周りの視線を浴びる事必死である。

 しかも、両名ともなぜか緊迫とした雰囲気に包まれている。

「ゼン君」

「な、なんだよ?」

「この人」

「あ、ああ。うちの家政婦のミシリアだ。通称ミッシー」

 ミシリアから視線を外さずに問う幻に、俺が端的に答えるとなぜか驚いた顔で振り向いてくる(といっても、ほんのわずかに瞳孔が開いただけだが)。

「二人は愛称で呼び合う仲?」

「は、はぁ?」

「例えばミッシーとゼンたん」

「『たん』って何だ!? 『たん』って!!」

「家政婦、と言うことは一緒に住んでて二人は幸せらぶらぶファイヤー……」

「ちゃうわっ!!」 

 住み込みで働いてると言ってもいないのに断定かっ!

 ……まあ、一緒に住んでるのは事実だが。

「ら、らぶらぶファイヤー……」

「ミシリアも真っ赤になるなっ!」

「ラブラブー、二人はラブラブー」

「表情変えずに事実無根な歌を歌うな幻っ!」

 

 

 

 無限ツッコミ地獄から抜け出せたのは、銀行員(窓口)の引きつった呼び声だった。

 そりゃあ、待たせて置いてこんな騒ぎを起こしていたんだから、声の一つや二つ引きつるだろう。

 とりあえず、俺はミシリアと幻の頭に拳骨を落とし黙らせてから、預金の引き下ろしを行った。

 非常に銀行員と周りの客の視線が痛かったのだけ言っておく。

「……ゼン様ぁ、濡れ衣です。私が騒いだわけじゃないのに」

「まぼろーちゃんのこと、ぶった」

「黙れ」

 椅子に仲良く二人並んで座るボケどもに、ゴキゴキ指を鳴らして黙らせる。

 ったく、これがユウや葉月なんかだったら、脳天にカカト落とし喰らわせてる所なんだから感謝しろ。

「さっさと買うもん買って帰るぞ。視線が痛い」

 せっかくの『平和な日常、俺は平凡だ』気分が台無しだ。

 

 最近思うのだが、どうにも俺の知り合いには一人だとそうでもないのに二人以上になると騒がしくなるやつが多い。

 ユウしかり、ミシリアしかり、幻しかり、葉月しかり。

 まあ、例外にミイ姉なんかがいるが………あれは例外中の例外だ。

 葉月の奴は、あれで意外と二人になると大人しくなる事が多い。最初に襲撃を掛けてきても、一度相手してやると割と普通になるからな。

 ……見事に女ばかりなのは気のせいか?

 

 腕時計で時間を確認すると、既に14:55。

 あともう少し騒いでいたら、金も下ろせず追い出される所だった。

「行くぞ、ミッシー」

「ぅ………はい」

 わざとミシリアと呼ばず、『ミッシー』を強調するとがっくりと肩を落として後を着いてくる。

 何故か幻は俺の隣だ……もしかして着いてくる気か?

 銀行の自動ドアをくぐり、向こう側から歩いてきた男を半歩横に避けて外に出る。

 ―――と

 

「う、動くなっ!」

パンパンッ

「きゃあああっ!?」

 

 背後から……いや、銀行の中から、男の叫び声と火薬の炸裂音。

 そして女の悲鳴。

 嫌な予感―――こう、日常から非日常に滑り込むような、そんな空気。

 普段なら迷わずこのままダッシュで走り去るんだが、あいにく非常に聞き覚えのある悲鳴だった。

 なので、嫌々ながら振り向く。

「金を出せぇっ!」

 そこにいたのは先ほどすれ違った男。帽子にサングラス、そしてマスクという怪しげな格好。

 右手には手の中に納まるほど小さな拳銃が握られており………一番注目すべき点は首に左腕を回して捕らえている、メイド服の女

「ゼ、ゼン様ーーー!」

「全員、動くなっ! 指一本でも動かしたら、こいつの命は無いぞ!」

「あ、あうっ!?」

パンパンッ

 再び天井に向かって発砲。

 天井に複数の穴が空き、銀行職員や客の悲鳴が響き渡る。

 ………。

「どうしたの、ゼン君。ぽんぽん痛い?」

「腹じゃなくて、頭が痛ぇ……」

 思わず頭を抱えてその場にしゃがみこむ。のんきな幻の声がむかつく。

 どーして俺の周りの人間は、どいつもこいつも迷惑掛けやがるんだ!

 いっその事俺の事を知ってる奴が誰もいない土地にでも引っ越してやろうか。

 

「ゼン様ぁ……」

「早く金を用意しろっ! この鞄に詰められるだけ全部つめるんだ!」

 

 泣きそうなミシリアの声。

 やかましい男の声。

 時折散発的に放たれる、銃声。

 銃声が鳴り響くと、客の悲鳴に混じって―――『ひっ』と小さな怯えた声が聞こえる。

 

 とっとと見捨てて、帰って昼寝したい。

 こんな面倒な事、非日常的な事に首を突っ込んでいるほど俺は暇じゃない。

 ―――でも。

 俺はもう、あいつを、この疫病神を

 自分の―――家族として、認めてしまったから。

 もう、失わない。

 ああ、失うのは二度とゴメンだ。

 だから―――

 

「おい、そこの今時小学生だってやらないようなベタな犯罪犯してる、すっとこどっこい」

「……な」

「さっさとそいつから手を離して失せろ。目障りだ」

 犯人は呆然と俺を―――悠然と近づいてくる俺を見ている。

 距離が残り5mといった所で正気に戻ったのか慌ててミッシーに銃を突きつける。

「こいつが目に入らないのか! ガキは引っ込んでろ!」

「あん? ……ったく、これだから安易に犯罪に走る馬鹿は」

 やれやれと大きく肩をすくめて見せる。

「どうせ、借金だかなんだかに追われてこんな事したんだろうが、もうちょっと賢く生きれないのか? 脳みその0.1%でも稼動してたら割に合わない犯罪だって分かるだろうに」

 少しでも正常な思考があれば分かる事だ。

 銀行強盗なんてものが日本で成功した例は数少ない。

 金を奪って逃走出来たとしても、それこそ2、3日中に警察に捕まるのが落ちだ。

「うるせぇ! ぐだぐだ言うとこの女ぶち殺すぞ!」

「あぅ……」

 男はぐっと銃口をミシリアの頬に乱暴に押し付ける。

 ミシリアは鉄の塊を顔に押し付けられ、小さく苦痛の声を上げる。

 

 プチン―――と俺のどこかが切れた。

 

「―――」

「近づくなと言ったぞ! お、おい! 聞いてるのか!?」

「………選べ」

 一歩、二歩と無造作に近づいていく。

 男は俺に何かを怒鳴り散らすが―――正直、聞こえない。

 耳から声は入ってくるのだが、今の俺には雑音としか捉えられなかった。

 ぐつぐつと、何かが俺の中で煮立っている。

「1、死ぬほど痛い攻撃で病院送りになる。2、死んだ方がマシな攻撃で病院送りになる。3、殺して下さいと頼みたくなるような攻撃で病院送りになる。さあ、どれだ?」

「き、貴様っ……!」

 ミシリアから銃を放し、俺に銃口を向けようとした瞬間―――

 

 如月流『縮』

 

 話していた先ほどから、散々引き絞っていた全身の筋肉が―――感情を抑える代わりにぶち切れる寸前まで引き絞っていた筋肉が―――解き放たれる。

 引き金を引く所か反応すらさせず、残像を引いて男の目前に出現する。

 銃を持っていた腕を掴み、空いた逆の拳を男の額に添えて、俺は心の底から笑みを浮かべてやった。

「4、痛みすら感じない攻撃で棺桶送りに、決まりだっ!」

ゴガンッ

 近距離で爆発が起こったかのように、男の頭が後方に弾かれる。

 頭が後方に吹き飛ぶだけではその運動エネルギーは中和できず、男の身体がグルリと上下に反転―――コマのように回って後頭部が床に激しく叩きつけられる。

 それでもまだ男に掛かった衝撃は相殺されず、壊れた人形のように何回転も床の上を転がり……ようやく止まった。

「お前をあの世に送った技は、如月無刀流の奥義『震破』だ。冥土の土産に覚えておけ」

 状況が理解できず、立ち尽くしているミシリアの脇で決め台詞。

 すると、隅に避難していた幻がトコトコと歩いてきて、裏拳でぽすっと俺の胸を叩いた。

「死んでない」

「……あ、あれは、きっぱり死んだような」

 たらりと冷や汗を浮かべてうめくミシリアに、俺は向き直った。

 沈黙。

「で……大丈夫か?」

「え、あ……は、はい!」

「そうか、それは良かった」

 ミシリアは翡翠の瞳に涙を浮かべ、俺に一歩近づく。

 目の前でお互い向き合い、そっと俺の胸に寄りかかった。

 俺はそんなミシリアの頭に手をかざし、

「ありがとうございます、ゼンさゴスッま゛っ!?

「てめえはなぁ……」

 ミシリアの脳天に容赦なく振り下ろした手刀の形から、そのままアイアンクローへと自然に移行する。

「何を人質になんかなってんだ、ボケッッ!」

「ひあああああああ!? か、顔がミシミシ言ってますぅぅぅ!」

「お前は戦闘訓練受けたって言ってなかったか!? それをノコノコ捕まりやがって、このノロマ! それ以前に妖精に戻れば危険なく逃げられただろうがぁぁぁぁ!!」

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃっ!!」

 

 

 

「くすん……何も本気でやらなくてもいいのに……」

「馬鹿たれ、本気でやるなら潰している」

「ゼン君、前にやってた」

「ああ、ちょっと生意気な上級生がいてな。こう、ぶしっと」

「ほ、ほんとですか!?」

「冗談」

「冗談だ」

「………」

 

 俺とミシリア、ついでに幻は調味料を近くの商店街で購入して帰宅している途中だった。

 幻はうちで飯を食べていくそうだ。

 拒否してもおそらく知らない間に食べているだろうから、無駄な事はしない主義だ。

 

 結局あれからほどなくして、犯人は警察に引き取られていった。

 もちろん、即死………ではなく、一応生きている範疇には入っていた。

 まあ、それ以上は知らん。

 こちらが過剰防衛で捕まる心配はおそらくないだろう。

 なんと言っても向こうは銃器を持っていたしな。

 

 俺にやられた頭が痛むのか、ミシリアは未だに頭をさすっている。

 ま、俺にしんぱ……迷惑掛けた代償としては、安い方だ。我慢してもらおう。

 

「ゼン君」

「なんだ?」

「……ミッシーちゃんのこと、好き?」

 幻のいきなりな発言に、俺とミシリアは揃ってズドンッと頭を1m半の位置から地面へ垂直落下させる。

 つまり、こけた訳だが。

「な、なんでやねんっ!」

「ゼン君、関西人?」

「違うっ!」

「……ゼン君、関東人?」

「その通りだが、今度は論点が違うわっ!」

 っていうか、最初から論点が違うというか、幻とまともに会話している事自体間違ってるというか……。

 むぅ、混乱してるな、俺。

「いきなりなんだ、幻……その質問は」

「……」

「ボケはいらないからな」

「……ゼン君のいじわる」

 先手を打って、口を開きかけた幻に釘を刺す。

 幻は最初拗ねたように口を尖らせていたが、やがていつもの表情に戻ると、呟いた。

「……聞きたかったから」

「答えになってないぞ」

「………」

 結局答えず不機嫌そうに―――表情は何一つ変わらなかったが、何故か俺にはそう思えた―――足を速めて、前の方に歩いていってしまった。

 幻の背中を眺めながら、訳が分からず頭を掻いていると、ミシリアが溜息をついた。

 『やっぱり、あの人もですか』、という言葉とともに。

 ―――何がやっぱりなんだ?

 あいにく、俺にはさっぱり意味が分からなかった。

 

 

 

 

 

 ……………。

バサッ

 隣から、おそらくミシリアが買い物袋を落としただろう音が聞こえる。

 俺の足元をゴロゴロと先ほどかった醤油が転がっていく。

 醤油の瓶は、こつんと俺の家の成れの果てにぶつかって止まった。

 半壊、いや、4分の3壊。

 どうにか原型を保って建っているが、まるで爆撃機に空襲でも食らったかのように屋根が吹っ飛んでいた。

 壁に無数の穴が空き、中からは強烈な紅い光が散発的に発射されている。

 つまり、居やがる。

 

 ブッチンと、軽やかな音を立てて俺のなにかが切れた。

「ふは、ふははははははは」

 俺の口からは笑いが漏れ出していた。

 視界の隅で、何故か顔を真っ青にしたミシリアと幻が離れていく。

 おいおい、ミシリアどころか幻まで顔を青くしてどうしたんだ?

 俺は笑ってるぞ。笑ってる。ああ、笑っている。

 おかしいな、俺の中にあるものは笑いなんてものじゃ決してないのに。

 ミシリアが人質に取られた時の数十倍のモノが俺の中に渦巻いて―――

 

 俺の右手に蒼い光となって、集まった。

 

「ユウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻から受け取った印鑑なのだが、後日、瓦礫と化した家からちゃんと同じ印鑑が・・・・・見つかった・・・・・

 ……幻、偽造も犯罪だ。

 

 

 

 

 

 

おまけ


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