「で、ユウ。何か申し開きはあるか?」
ペチペチとさかさまになったユウの頬を叩きながらのたまう。
全てが崩れ去った如月家の敷地内で、唯一残っていたのが道場の大黒柱。
そこにユウが両手足を後ろに一まとめで縛られ、エビゾリする形で逆さまに吊るされていた。
いや、俺がやったんだけど。
「……ゼンちゃんが悪いんだもん」
「どこの世界に喧嘩ぐらいで家を崩壊させる馬鹿がいる!」
「う〜、トドメはゼンちゃんが刺したのに〜」
「黙らんかい!」
確かに家屋が真っ二つに割れているのは俺の一撃が原因だが、ユウに言われる筋合いは全くない。
「おら、なんでこんな事やったか言ってみろ!」
「ふひぁー! いひゃいよ、へんひゃ〜ん!」
「言わないと一生ここに吊るすぞ」
「いひゃい〜、はにゃひへ〜!」
口に指を突っ込んで左右に裂いてやると、これが良く伸びる伸びる。
意外と楽しくて、思わず手加減忘れて遊んでしまった。
パチンと離すと、真っ赤になった頬で『う゛〜』と睨んでくる。
「うぅ……唇が切れた気がするよ〜……」
「んなもん舐めれば治る」
「はふっ!? ゼ、ゼンちゃん……舐めればなんて、照れるよぉ」
「アホか、お前はっ!?」
再びうにぃーと伸ばすが、今度はいくらやられても笑顔。
くっ、これだからこのオオボケ幼馴染は……!
というか、肉体的折檻じゃちっとも堪えそうにない。
痛覚は一応通ってるみたいだが、一切怪我しないし、どんなに手痛くぶん殴っても数秒後に涙目で復活するんじゃこっちの方が疲れてしまう。
第一、吊るしたユウをサンドバックにするのも、さすがに嫌だ。
知らない人から見たら、まるで犯罪者だし。
「と、なるとだ。精神的折檻……しかないわけだが……」
精神的ってどうすればいいんだ?
常套手段だと家族や恋人を人質にするのが普通だが、こいつに恋人はいないし、かといっておばさんやミイ姉を人質にするわけにもいかない。
つーか、ミイ姉相手だとこちらが逆にピンチだ。
ん? そうだ。
その時脳裏に浮かんだのは今日のミシリア。
今日は色々あったが(その締めくくりがコレだが)、アレをしたら随分落ち込んでたな。
こいつにも効き目があるかもしれない。
「おい」
「うにゃ〜……ゼンちゃんが謝るまで、わたし絶対謝らないもん」
「………決めた」
「ほえ?」
「お前の呼び名はこれからずーっと『大和』だ!」
「えっ!?」
「もう名前で呼んでやらん! 以上!」
ミシリアの時は名前から愛称に戻しただけだったが、ユウは名前から苗字に降格だ。
まあ、あんまり哀れに落ち込んでたんでミシリアは後で呼んでやるが。
ユウは一週間の刑だ。
「………ゼ、ゼンちゃん?」
「なんだ、大和?」
「……じょ、冗談だよね?」
「冗談じゃないぞ、大和」
良く考えたら、苗字じゃなくて悪口にすれば良かったな。
『天然ボケボケマシーン』とか、『逆噴射式魔王娘』とか、『ペチャパ………いや、これはさすがにやめておこう。ヤヴァイ。
………って、俺は好きな子を苛める小学生か?
いやいや、別に好きとかそういうんじゃなくて。
「………ふ」
俺が脳内会議(紛糾中、後一押しで乱闘が始まる模様)を繰り広げていると、逆さまになっているユウの眼にみるみる内に涙が溜まっていく。
「ふぇ、ふぇぇぇぇぇっ、ふえええええええええんっ!!!」
泣いた。
容赦なく泣いた。
物凄い勢いで泣いた。
ご近所所か、町中に響き渡るんじゃないかというぐらいの声量で、本気泣きした。
ちょっと冷静に今の自分の姿を振り返ってみよう。
15にもなる娘さんを瓦礫の柱に縄で縛り付けて、逆さ吊りにした上泣かす俺。
えーと……
「ま、待て待て待て待て待て待て待て待て!!」
「ふえええええええええええええええん!!」
「お、落ち着け、泣くな。な? ほら、飴玉やるから」
「ふぇぇぇぇぇぇ〜〜! ゼンちゃんが、ゼンちゃんが〜〜〜!!」
「この状況で俺の名前を叫ぶなーーーーーっ!!」
これを目撃されたら、最早近所の噂になるどころか即座に110番物である。
生まれてからこの方、TOP3に入るほど慌てた俺はその場で急に踊りだしたり、『いないいないばー』してみたりしたが、当然ながら泣き止まない。
ユウの周りをぐるぐる三周ほどして、ようやく俺はユウの口を塞げばいいことに気が付いた。
「ふええええええむぐぅ!」
「落ち着け、俺が悪かったから。今だったらラーメン奢るぞ? だ、だから泣き止め」
「ひっぐ……ひっぐ……」
「いいか、今下ろすからな? 騒いだり、泣いたまま逃げ出したりするなよ?」
バサバサッ
俺が必死にユウを説得していると、背後から何かを落としたような物音。
振り返ると、今日の飯をコンビニに買いに行っていたミシリアと幻が呆然と立ち尽くしていた。
何故か二人の表情は驚愕に満ち溢れ、その足元にはコンビニの袋から牛丼がはみ出していた。
「い、良い所で来た、ミシリア、幻。ユウを落ち着かせるの手伝ってくれ」
「………」
「………」
「……二人とも?」
二人は俺の言葉を無視してしゃがみ込むと、無表情で道場の瓦礫をひっくり返し始めた。
い、一体、どうし―――
途中で、思考が停止した。
瓦礫から二人は棒状の物を発掘すると、すらりとソレを抜き放ったのだ。
「……ゼン様」
「ちょ、ちょっと待てぇ!? 刀なんて持ち出してどうする気だ!? しかもそいつは刃落とししてない真剣だぞっ!?」
「愚問です。せめて、潔く私の手に掛かって死んでください」
「お、おおお、お前、勘違いしてる! 何か絶対勘違いしてるぞ! 俺はただ」
「私、魔王に負けるかもしれないという覚悟はありました。でも、まさか縄で縛って無理矢理だなんて……」
「だーーーーかーーーーらーーーー!!」
「……ゼン君」
「幻! お前なら誤解だって分かるよな!? この際、まぼろーちゃんまじっくでもなんでもいいから助けてくれっ!」
「……信じてたのに」
「ま、待たんか、コラ! 何泣きそうな顔してるんだよ!?」
「うぎゃーーーーー!!」