「如月! 朗報だ!」

「―――は?」

 

 ユウと葉月(勝手に着いてきた)との昼食を済まし、教室に帰ってくるなり酒井の奴がいきなりそんな事を言ってきた。

 俺の横ではユウが首を傾げている。

 ユウをちらっと見た酒井は俺の首に腕を掛けて、高速で廊下に移動する。

「なんだよ?」

「しっ、声が大きい。大和さんに聞こえたらどうする」

「ユウに聞かれちゃまずいような内容なのかよ?」

「―――如月、今日の一時間目、女子が何をしていたかは前に言ったな?」

「まさか……盗撮したから写真買えとか言わないだろうな」

 そうだとしたら、友人として粛清しておかなければならないだろう。

 その後ゆっくり写真は奪って………げふんげふん。

「まだしてない」

「まだかよっ!」

「そう、『まだ』だ」

「………何が言いたい? 俺は午後の授業まで遅刻する気はないぞ」

「チッチッチ、そう慌てるな」

 酒井が気取った仕草で、指を横に振る。

 なんかむかつくし、蹴ってさっさと行くか。

「ま、待て! 今すぐ言います! 言わせて下さい!」

 俺の不穏な考えを雰囲気から読み取ったのか、酒井は慌てて待ったを掛ける。

「ならさっさと言え」

「女子の身体検査、まだやってないらしいんだよ」

「………一時間目じゃなかったのか?」

「それがなんでも保険の先生の都合で、放課後に回されたらしいんだよ」

「………で?」

「で? じゃないっ! こんなGOOD情報聞いたのにそれだけかっ! 男ならやることがあるだろう!」

「つまり俺に覗きに付き合えと」

「そのとぅおり!!」

「一人で逝け」

 俺が即答してやると、酷くショックを受けた様子で酒井は一歩二歩と後退りする。

 ふるふると震える指先で俺を指しながら一言。

「お……お前、大和さんの熱烈なアプローチを断ってると思ったら……ホ(ピー)だったのかぁぁ!?」

如月無刀流奥義………砕破ぁぁぁぁ!!!

 

 


 

勇者様と魔王様

〜 そして愉快な下僕供 〜

 


 

 

 光陰矢の如し。

 あっと言う間に放課後だ。

 決して授業風景を描写するのが面倒なのではない。

 

「良し行くぞ! 如月!」

 鋼鉄の扉も平気で破壊する威力でぶっ飛ばしてやったと言うのに、元気良く酒井が叫ぶ。

 まあさすがにユウのようにはいかず、包帯と絆創膏だらけだが。

「仕方ないな……」

 俺も渋々立ち上がる。

 こんな奴でも一応親友だ。警察のお世話になるような事―――例えば盗撮とか―――をしようとしたら止めなければならない。

 既にうちのクラスの女子は保健室に向かったようで、俺達のいる教室は野郎しかいない。

 酒井は落ち着かない様子で保健室への道を歩き出す。

「で、どこからやる(覗く)んだ?」

 先導する酒井に俺が聞くと、奴はキランと無駄に歯を光らせる。

「保健室の間取りは把握済みだ。覗くポイントは決まっているけど、それより警備の把握が先だな」

「警備っておい……いくらなんでも、んな事わざわざする奇特な奴いるわけないだろ」

「甘い。如月甘いぞ。アレを見ろ」

 保健室へもう少しといった所で、酒井は足を止めて廊下を指差す。

 俺は酒井の指差す方向を素直に見て―――呻いた。

 げ、あれは………。

「ど、道場破り同好会……」

「そうだ。大和さんのファンクラブだ」

 保健室へ続く廊下の至る所に見覚えのある顔―――蹴った事のある顔とも言う―――がうろうろしている。

 あいつらは間違いなく、ユウの同好会に所属する変態どもだ。

「道場破り同好会の連中はユウのシンパだからな……警備なんてシチメンドクサイ事も引き受けるって事か………」

 しかも腕前はそこそこの連中が揃っているから、警備にはうってつけだろう。

 逆に警備が覗き犯に化ける危険性もあるが、お互いがお互いを監視しているので問題もない筈だしな。

「あいつら数だけはいるから厄介だな……突破する方法は考えてあるのか?」

「もちろんオレの計画に抜かりはない!」

「……計画って何?」

「完璧にして崇高なる計画だ!」

「崇高なの?」

「そう、崇高だ!!」

 ―――ちょっと待て。

 酒井は気付かず叫んでいるが、俺は途中から喋ってない。

 なのに酒井と受け答えしてるこの声は………?

 俺は後ろをブンと振り向くが、誰もいない。

 気のせいか?

 けどしっかり酒井も受け答えしてるし……。

 そう思い、視線を前に戻すと―――細く長い眉とぱっちり大きな水色の水晶の様な瞳―――つまりは顔の(というか目付近の)ドアップ。

「にょわあああああ!?」

 心の底から絶叫を上げて俺は飛び下がる。

 ―――が、『顔』は俺が飛び下がったと同じだけ前に出てきた。

 つまりまだドアップ。

「やっほー」

「な、な、な……」

「菜っ葉?」

「しりとりじゃない!」

「残念」

 『顔』は眉をごく僅かだけ寄せてそう言うと、三歩ほど下がった。

 ようやく全身像が見え―――俺は安堵の息を吐いた。

「………よう、幻」

「うん、私まぼろーちゃん」

 まぼろーちゃんと名乗ったそいつは髪の長い……というか膝下までウェーブの髪がきているという髪お化けのような少女。

 ふわふわとした髪質で長いのと相まって、背後から見たら髪が移動しているようにしか見えないだろう。

 一応、うちのクラスの女子だ。

「……お前、たまにはマトモに出て来い」

「マトモ。中国四千年の出現法」

「嘘吐け!!」

「うん、嘘」

 表情一つ変えないで、冗談を言うな。頼むから。

 

 かなりの変わり者が集まっているうちのクラスだが、こいつはその中でもトップクラスの変わり者だ。

 見た目もかなり変わっているが、中身はそれに輪を掛けて変わっている。

 まず、こいつが教室の扉を開けるとか、向こうの廊下から歩いてくるなどの普通の手段で現れたのを見たことがない。

 振り向けばそこにいる。

 ホラー映画のキャッチコピーみたいだ。

 

「幻、ここでなにやってるんだ?」

「女子の皆で服を脱いで色々するの」

「ぶはぁ!!」

「ただの身体検査を恐ろしく怪しい言い回しするな!」

 幻の台詞を聞いた酒井が鼻血を噴出しながらバタリと倒れたが、馬鹿は放って置くに限る。

 

 俺がさっきから呼んでいる幻というのは、いわゆるあだ名で本名ではない。

 本名は―――知らない。

 というか、判らないのだ。

 これは俺がアホだとか、クラスメイトの名前も覚えないトンチキだとか、そういうのではない。

 なんせ、学校全ての女子の名前・住所・電話番号を把握している酒井のアホにも判らないのだ。

 幻というあだ名ですら、俺が付けた仮の物でしかない。

 知り合いは『まぼろさん』(どちらかというとこっちがあだ名)と呼び、親しい女子は『まぼろーちゃん』と呼ぶ。

 教師が出席を取る時ですらそう呼ぶのだ。

 まったくもって怪談だった。

 

「『計画』聞かせて」

「……別にお前に聞かせるようなことじゃねえって」

「覗き計画」

「知ってるじゃねえかっっ!」

「私は何でも知っている〜♪」

 やはり無表情で歌う幻。

 とりあえずぐわしっと幻の頭を掴んで保健室の方に追いやる。

「遅れるぞ、行け」

「……ゼン君も一緒に」

「行けるかっ!」

「覗き、頑張って」

「しないっ!」

 いや、するけど。

 幻は何度か俺の方を振り返ったが、保健室の方に去っていった。

 覗きの事を知られてしまったが―――女子の(常識の)規格外のあいつだったら大丈夫だろう、たぶん。

「そろそろ起きろ酒井、行くぞ」

「お、おうぅぅ……」

 

 

 

 一度下駄箱まで行って靴を回収すると、俺達は裏庭まで来ていた。

 やっと起き上がった酒井は、鼻息荒く保健室の窓がある方角を見つめる。

 

「裏庭の方も道場破り同好会の奴がうろうろしてるが………どうするんだ?」

ポム

 質問した俺に、何故か酒井は肩を叩いてくる。

「出番だ、如月」

「……一体俺に何をしろと?」

「あいつらを蹴散らすなんて朝飯前だろ?」

「アホかっ! 覗きの警備蹴散らしたら、『覗きします』って全力で叫んでるようなもんだろがっ!!」

「あら不思議、こんな所に覆面が……」

「自分でしてこいっ! この大馬鹿野郎!」

 懐から覆面を取り出して掲げる馬鹿を、警備に向かって蹴り飛ばす。

 警備の数人を巻き込んで倒れる馬鹿。

 

『なんだなんだ!?』『あっ、こいつブラックリストに載っている一年の酒井だぞ』『逃げたぞ、ひっ捕らえろ!』

 

 非常に楽しい事になった。

 覆面を被って(何故に今更被る?)逃走する酒井に、それを追っていく警備達。

 ―――警備が丸々いなくなってしまった。

「作戦成功?」

 だが、ここからどうしろと言うのだ。

 あくまで俺は酒井の付き添いであって、俺自身が覗きたかったわけじゃ………。

 

 

 窓。

 この窓とカーテンの向こうに保健室、女子達の群れがっ!

「って、なんで来てる俺!?」

 ばれるとまずいので小声で自己ツッコミをする俺。

 男の本能とは恐ろしい、いつの間にかここに立っていた。

「ごほん………まあ、せっかくだ。ちょっとだけちょっとだけ」

 昔の偉い人も言っていた。

 据え膳食わぬは男の恥。

 ―――殺気!?

ビュンッ

 反射的に横っ飛びすると、少し前まで俺の身体があった空間に拳が通り過ぎる。

「やはり来たか、如月!」

「お前は………」

 胴着(袴)を着たイカツイ男が、拳を突き出した構えで俺を睨みつけてくる。

 角刈りの頭に血管がムキムキと浮かんでいる。

「この変質者め! 貴様が大和会長の麗しい肌を狙ってくると思って見張っていたら………案の定だ!」

「お前は………」

「なんだ! 申し開きがあるなら言ってみろ! 冥土の土産に聞いてやる!」

「………誰だっけ?」

ずしゃあああ

 お約束のボケに律儀に反応して地面を滑る角刈りの男子。

「き、貴様ぁぁ! このオレを忘れたというのかぁぁ!」

「冗談だ………えーと、山田タロウ君?」

「田中イチローだぁぁぁ!!」

「そうそう田中だ。似たようなもんだろ」

「大違いだ!!」

 田中ジロー(まだ間違っている)、こいつは道場破り同好会の副会長で、ユウシンパの連中の中でも頭に当たる奴だ。

 前々から葉月と同じく俺を良く襲撃しに来るんだが………実力こそあるが、同じ葉月と違って筋があまり宜しくない。

 おそらく、空手・ムエタイ・テコンドーと無節操に齧っているのが良くないのだろう。

 ある意味葉月とは正反対の輩だ。

 何事も中途半端は良くないって事だな、うん。

「山田ジロー、あんまり騒ぐな。見つかる」

「だから俺は田中イチローだ! それにこそこそと覗き見など男として恥ずかしいとは思わないのかっ!」

「………お前こそ、覗くつもりだったんだろ?」

 ぎくっと判りやすい効果音を上げながら、山田が顔を引き攣らせる。

 『なななな、何を言うんだ、如月!』などと言っているが、カメラなんて持っているので目的は一目瞭然だ。

 ―――というか、盗撮は犯罪だ。

(※ 覗きもです)

「お、お前がどんなハッタリを言おうが勝手だが……」

「いや、事実だろ」

「オレは覗き犯など許しはしない!」

「だったら自分を先になんとかしろよ」

「五月蝿い! 行くぞげしっ

ぐーりぐーりっ

 蹴り転がして、顔面を靴底で踏みにじってやるとすぐに動かなくなる山田。

 悲鳴すら上げられず、気絶か………何も格闘技をやってない酒井ですら、この程度なら元気に活動するというのに、情けない奴。

 

「………さてと」

 

 左見て、右見て、後ろ見て、上見て、下見て………おっけい!

 誰もいない事を確認した俺は、ゆっくり保健室の窓に手を掛ける。

 ん、カギが開いてる?

 そうか、酒井の奴辺りが事前に空けといたんだな……良くやった。

 

カラカラ

 

 軽い音を立てる窓。

 ドキドキと高鳴る心臓を押さえながら、慎重に開いていく。

 

 あと少し…あと少し………。

 俺の脳裏に浮かんだ想像上の女体は―――ユ

 

ひょい

 

「ーーーーっ!?(ぱくぱく)」

「やっほー」

 カーテンと窓の間に入り込んで来た影。

 そして、本日二度目のドアップ。

 絶句して間抜けに口をぱくぱくと開け閉めする俺。

 ―――で、何故か薄いキャミソール姿の幻。

 

「ま、ま、ま、ま……」

 透き通った布地の向こうに見える膨らみと赤い蕾がせくしーでGOOD。

 ……じゃなくて。

「マントヒヒ?」

 同じボケを二度繰り返すなっ!!

 というツッコミを寸での所で飲み込む。

「し、しりとりじゃなんですよ、ま、まぼろさん」

「お菓子?」

「そっ……」

 そりゃマーボロだろっ!?

 今度こそ出掛かったツッコミを必死で噛み締め飲み込む。

 い、今叫んだり、こやつの機嫌を損ねるのは死に限りなく近づくんだ。

 我慢だ、我慢しろ俺。

「………」

「………」

 無言で見詰め合う俺と幻。

 何か言えっ、何とか誤魔化せっ、何としても切り抜けるんだ俺っ!

 

「い、良いお天気ですなぁ……」

 

 馬鹿か俺はーーーー!!

 自分で死にたくなる一瞬。

 生まれて初めて俺はそんなモノを体験した。

「晴天。湿度10%未満………良好♪」

 だが、相手も只者じゃなかった。

(き、機嫌良さげだ……無表情は変わらないが今の台詞で確かに機嫌よくなったぞ、おい………)

 色んな意味で戦慄する俺に、幻は(おそらく)機嫌良さそうに話し掛けてくる。

「晴れは好き?」

「す、好きと言えば好きだが……」

「そう、私も好き。雲があるとナイス」

「そ、そうだな……ソフトクリームの形してるとナイスだな……」

「得した気分」

 かたや下着姿、かたや覗き見の真っ最中で謎会話を繰り広げる俺達。

 良く見ると、幻の頬がほんのわずか―――こうやって顔を近距離でじっと見ていないと判らないぐらい―――に紅潮している。

 まさか………話に興奮しているのか?

 つーか、この会話で?

 

「ねーねー、まぼろーちゃん。カーテン被って何してるのー?」

 

ぎくぎくっ!

 そんな不毛な会話を打ち切ったのはカーテンの向こう、保健室側から聞こえてきた声。

 ―――しかも最悪な事に、死ぬほど聞き覚えのある声だ。

「お話中」

「お話?」

「ぷー、ぷー」

「うにゃあ……それは電話中だよ」

「うっかり」

 カーテン越しに話すユウと幻。

 俺はと言うと硬直して、身体が動かない。

 に、逃げなくては……!

「それでお話って誰としてるの?」

 ユウの質問に背筋を凍らせる。

 ―――頼む! 幻! 見逃してくれ!

 必死に目で幻に訴える。

「……えっと」

 滅茶苦茶珍しく、幻が言い澱む。俺内部の幻の評価が10UPした(ミニーマウスより上)。

 今だ! 逃げるなら今しかない!

「もしかして、そこに誰かいるの?」

 まずい!? 間に合わない!?

 

カシャッ

 

「………うにゃああああああ!?」

 ユウの絶叫を尻目に俺は走り出した。

 ―――上手くいってくれっ!

田中君・・・ーーー!?」

 続いて聞こえてきたユウの声に、俺はニヤリと笑った。

 山田を背に担いで走りながら。

 如月一刀・無刀流奥義の一つ、『傀儡』。

 本来は倒した敵の背後に周り、敵の身体を盾にしつつ操って他の敵を殲滅するという一対多数戦専用の技なのだが。

 この様に人の目から自分の姿を隠す事も出来るのだ。

 ユウの目にはまるで白目を向いた山田が、後ろ向きに全力疾走で逃げているように見えるだろう。

 身代わりありがとう、山田君。

 

 

 

 もちろん山田君は、後日停学処分に処せられた。

 南無南無。

 

 

 

「うにゃぁ、田中君が覗きするような人だったなんて………ゼンちゃん、聞いてる?」

「おお、聞いてるぞ。普段真面目そうにしてる奴ほど、油断ならないもんだな。うん」

「ほんとだね」

 ユウ内部で山田の株、大暴落中。

 恨むなら、俺に一撃でやられるような弱い自分を恨んでくれ山田君。

 副会長に覗かれたというショックで、今日は部活に顔を出さなかったユウと俺は下校していた。

「如月ゼンより悪い奴だー!」

「……どういう意味だ、葉月」

 何故か、葉月も俺達にくっついて下校していた。

 どうせ、こいつはユウが来ないので一緒に帰る事にしたんだろうが。

 良く考えたらこいつも副会長なんだよな。

 同じ副会長が覗きを働いたんじゃ、やっぱりそれなりにショックか。

 恐らく葉月内部でも山田の株は暴落中だろう。

 合掌。

 

 夕焼けの空をぼんやりと眺めながら聞き返す。

 地面には俺達3人の影が長く伸びている。

 たまにはユウ達と帰るのも良いもんだ―――などと和んでいると、

 

 ―――殺気!?

 

 俺が反射的に立ち止まると、ガズンッと木刀がコンクリートの地面に突き刺さった。

「あ、失敗〜」

 と、同時に聞こえてくるのほほんとした声。

 ……………………。

 

「ふにゃぁ? ゼンちゃん、どうしたの?」

「どうしたのじゃないわ、この馬鹿ちんがぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あ、あううう!? ゼンちゃん、首、首絞まってるぅ!」

「おんどれは人がゆったり和んでる所に何をぶち込みやがるっ!!」

「ミニーちゃんから借りた木刀」

「そんな事を聞いてるんじゃないわ木刀でコンクリート割るな人に借りてまで俺の小さな幸せを叩き壊すなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ユウの首根っこを両手で絞めながら絶叫。

 結局こうなるのか、畜生。

 どれもこれもユウに『襲撃』の行動原因を植え込んだ、あのクソジジイの所為だ。

 絶対にいつか息の音止めてやるっ、絶対だっ。

 心の奥底に、もう何度目になるか判らない誓いを刻み込む。

 

 俺がグルグルうずまきおめめのユウを地面にぼとりと落とし、葉月に視線を向けると―――別に何の気負いもなく視線を向けただけなのだが―――びくっと身体を震わせた。

「あ、あの………如月ゼン?」

「お前も俺の小さな幸せを壊すのか?」

「お、お前の幸せなんて知らな………」

「お前も俺の小さな幸せを壊すのか?」

「べ、別にそんなつもりあるようなないような………」

「お前も俺の小さな幸せを壊すのか?」

「壊さない、壊さないからその怖い顔やめて〜〜!」

 何故か怯えてぷるぷると地面に蹲る葉月。

 俺はその葉月の肩をポンと優しく叩き、

「さあ、帰ろう。小さな幸せを求める同士よ」

「う、うぅ……ユウ先輩、ごめんなさい……あたしは裏切ったとか抜け駆けとかそんなんでなく、如月ゼンに脅されて」

「行くよな?」

「し、しょうがないなー、如月ゼンはっ。良し、一緒に帰ってやろう」

「………言い方がむかつくが、まあいい」

 俺の幸せを壊そうとした愚か者はそのまま放置し、ミニーマウスを引き連れ帰宅する俺だった。

 

 

 

「ゼンちゃん、酷いよ。わたしを置いて先に帰っちゃうなんて」

 ミッシーが煎れた紅茶を飲んで(意外に美味い)素敵な夕方の一時を過ごしていると、廊下からドタバタ無粋な声が聞こえてきた。

 ちなみに葉月は家が俺の下校ルートの途中にあったのでそこで別れた。

 葉月の家は意外と大きかったのだけ、明記しておく。ぶるじょあがっ

「ミッシー、お代わり」

「はい、ゼン様」

「なっ………なんでわたしを無視して、よりによってその子に話しかけるのー!」

「なあ、ユウ。俺は気付いたんだ」

「何に?」

 

「懲りずに毎度襲撃してくる幼馴染より、無害で家事をやってくれる他人メイドの方が断然マシだ」

 

「がーんっ」

「ゼ、ゼン様……私を認めてくれるんですねっ?」

 ショックを受けて真っ白になるユウと、感動で涙で頬を濡らすミッシー。

 ミッシーの方に俺はひらひらと手を無造作に振ってやり、

「まあ、認めてやる。今日からお前はうちのメイドだ」

「あ、ありがとうございます!」

 今朝あれほど渋っていたのに何故認めたかと言うと、ミッシーがいることによって、俺にメリットこそあれリスクが全く存在しない事に気付いたからだ。

 つまり、無償で面倒な家事をやってくれてるなら死ぬほど便利じゃないかっ!

 と、まあそういう事だ。びば、ミッシー。

 俺内部、ミッシーポイント急上昇中。

「そ、そんな……ゼンちゃぁぁん………」

「ふっ、見ましたか! これが私とゼン様の師従の絆です!」

 がっくりと膝を付いてうなだれるユウと、胸をこれでもかと言うぐらい張って(それなりにあるし)威張るミッシーの図。

 まさに勝者と敗者の図だった。

 だけど、家政婦メイドと雇用主との間に絆なんて物は存在するのか?

 謎だ。

「魔王はさっさと家に帰りなさい!」

「う〜、う〜」

ズズー

 うむ、紅茶が美味い。

「「ゼンちゃん(様)、一人で他人事の様に紅茶飲んでないで(下さい)!」」

「いや……だって、これ美味いぞ?(ぽりぽり)」

「関係ないよっ! っていうか、お菓子まで食べ始めないでよ〜!」

「そうです、ゼン様! はっきりこの魔王に言ってやってください! お前なんか不要だと!」

「えっ………」

 『お前なんか不要』という言葉に、目に見えてユウが不安そうな、今にも泣き出しそうな表情をする。

 俺はそんなユウを見て―――溜息を付くと、はっきり言ってやった。

「馬鹿ユウ」

「え? え?」

「大馬鹿、何不安そうな顔してんだよ。まさか、本当に不要だとでも言うと思ったのか?」

「………ゼンちゃん」

「第一だな、飯作ってくれるってだけで傍に居させられるほど、俺は神経細くないんだよ」

 さきほどのミッシー家政婦便利計画はともかく。げふんげふん。

「今日の飯、久しぶりにユウが作ってくれよ」

「う……うんっ♪」

 柄にもないことを言った所為か、顔に血液が上っているのを感じた俺は誤魔化すようにミッシーの方を振り返り、

「いいよな、ミッシー」

「………ゼン様がそうおっしゃるのなら文句はありません」

 そう言う割には、滅茶苦茶不満げみっしー。

「す、すぐに作ってくるね! 今日はゼンちゃんの好物ばっかり作るからっ!」

 

バタバタバタ

 

 バタバタとキッチンに走っていくユウを見送った俺とミッシーは、顔を見合せた。

 ミッシーは俺の顔を見て苦笑し、

「ゼン様、優しいですね」

「変な事抜かすと池に簀巻きにしてたたっこむぞこの野郎」

「はい、気を付けます」

 クスクスと笑うミッシー。

 む、むかつく……。

 ―――俺が本気で池に叩き込こむ手筈を考えていると、ふっとミッシーは笑うのを止めた。

「ゼン様」

「……なんだよ? 給料ならジジイに請求しろ」

「いえ、そうではなく………先ほどの言葉は私も当てはまりますよね?」

「あ?」

「『飯作ってくれるってだけで傍に居させられるほど、俺は神経細くない』」

 ぶはっっっ!

 俺が紅茶を吹き出して咳き込んでるのを見たミッシーは、再びにっこりと笑う。

「それでは、私もお料理の手伝いをしてきます。なんせ作ってるのは魔王ですから毒でも入れられたらコトですからねー」

「て、てめ……待て……」

「失礼しま〜す」

 俺の制止を振り切り、ささっとキッチンに引っ込んでしまった。

 ぐ、ぐそう……。

 とりあえず、俺はテーブルに広がった紅茶をふき取ろうとティッシュを探し―――

 

「二股は鬼畜ぞぇ」

「ク、クソジジイ!?」

「駄目じゃな。背後からの接近に気付かないとは……世が世なら、何度死んでいる事か」

「お前が特殊すぎるんだよっ!」

 声を大にして言いたい。つーか、言った、叫んだ。

 この怪物ジジイの気配を読めるぐらいの実力の持ち主なんぞ、三千世界、どこを探しても居ないぞ。

「それより………てめえ、どこから聞いてた?」

「はて? 何の事じゃ?」

「すっ呆けんじゃねえ! ミッシーとの会話の事だ!」

 及びその前のユウとの事も。

「おお、その事ぞぇ? 安心せい、聞いてはおらん」

「そ、それならいいんだけどな………」

「お主が『飯作ってくれるってだけで傍に居させられるほど、俺は神経細くない』とユウお嬢ちゃんとミシリアお嬢ちゃんにプロポーズした事しか」

「しっかり聞いてるじゃねえかっ! しかも最初から! つーか、プロポーズなんぞしとらんわぁぁぁぁぁ!!」

「怒りやすいのはカルシウムが不足気味の証拠じゃ。今からお嫁さん達の所に行って、めにゅーに小魚を追加して貰うがいい。ほっほっほ」

「殺すっ!!」

 

 

 

 

 

 ―――――で、当然のように勝てなかったわけで。

 しかも気絶したおかげで、ユウ&ミッシーの合作料理も食い逃した。

 ガッデム。

 

 

 

続く


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