カシャァ

 カーテンを大きく開くと日の光が部屋を照らす。

 うむ、いい天気だ。

 久しぶりにこんな時間に目が覚めたな。

 ………たまには襲撃が来る前に下に行ってるか。

 

 

タンタンタン

 一階に降りて来ると何故か軽快な包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる。

「………ユウか?」

 珍しい、あいつがうちで朝食作ってるなんて何年ぶりだ?

 ユウの家の朝食はパン派である。

 たまにうちで朝食を取る時もパンで済ますという徹底振りだ。

 おかげで俺の家でも包丁を使う様な本格的料理―――ご飯にお味噌汁などという和食の定番朝食は滅多に見ない。

 だったら自分で作れと思わないでもないが、朝わざわざ料理などをして疲れる気にもならない。

 ………まあ、つまりは面倒なんだが。

「そうか……今日は久々のご飯が付いた朝飯か………」

 何気に心躍らせながらキッチンに向かう。

 親父や母さんが生きてた頃は毎食ちゃんとした和食だったので、基本的にはそちらの方が好きだ。

 よしよし、ナイスだユウ。普段はやらないなでなでなんかしてやるからな。

 ひょいとキッチンを覗き込み―――絶句した。

「あ、早いですね。もう起きたんですか?」

「て………てめえ何人様の家に勝手に上がりこんやがる!? ミッシー!」

 そう。

 キッチンに立っていたのは幼馴染のユウではなく、へっぽこ妖精ミッシーだった。

 

 


 

勇者様と魔王様

〜 そして愉快な下僕供 〜

 


 

「勝手に上がり込んでなんかないですよ。ゼン様の祖父さんに挨拶してちゃんと玄関から入ってきました〜」

「あ、あのクソジジイ………」

 トレーナーにジーンズと言うこの前俺が貸した格好の上にエプロン(何故かひよこ柄)を着けて料理しているミッシーの言葉に、俺は脱力してその場にしゃがみこんだ。

「ほら、朝食出来ましたから席についてください」

「って、何当然のように促がしてるんだ! ゥオラッ!」

べごんっ

「きあっ………」

 俺の放った高速デコピン(ほとんどパンチと同速で手を突き出しながら、デコピンを放つ荒業)に額を押さえてうずくまるミッシー。

 不死身超人うにゃにゃーじゃないからな。手加減だ。

「ひ、額に穴がー、穴が空くぅぅぅ〜〜!」

「何をデコピンで如きで大げさな」

「で、でもなんかここ、へっこんでる様な気が………」

「気のせいだ」

 キッパリと言い放ってやるとミッシーは涙目で立ち上がる。

「それで、妖精の国だか光の者の里だか知らんが、俺とはもう関わりのないお伽の故郷に帰ったお前がここにいるんだ?」

「一時帰って荷物取ってくるって言っただけじゃないですかぁ………」

 前のあの忌わしい事件から既に2週間が経過している。

 俺の勇者とやらの力とユウの魔王としての力は………いまだ、封印されずにそのままだ。

「認めん。さっさと帰れ。俺に用事はもうないだろ」

 その言葉の通り、こいつは俺に用事はもうない筈だった。

 元々『勇者』である俺を覚醒させようとしていた理由は『魔王』を倒す為だったのだが、運良くというか運悪くというかそれがユウだった為、現在は拳で説得して『力』は決して振るわないと約束させている。

「そ、そんなことありません! ゼン様は光の者の希望の星なんですから、私が従者として身の回りのお世話を………」

「いらん、荷物まとめてとっとと帰れ」

「そんなぁ………この前少しだったら手伝ってくれるって言ったじゃないですかぁ………」

「………ん、んなもん破棄だ! 言葉の綾だ!」

 『この前』。

 その言葉でミッシーとしてしまった『前回の事故』を思い出し、顔を思わず真っ赤になって怒鳴る。

 言ったミッシー自身も思い出したのか、ほんのりと顔を赤く染めている。

 俺の言葉に口を不満げなミッシーだったが………やがてポツリと呟いた。

「男の責任………」

「うっ……」

「私のふぁーすときす………」

「お、お前の方からしてきたんだろがっ!!」

「やれって言ったのはゼン様の方ですよぉ」

「知らん! 帰れ!」

 ただでさえ、前回のでユウが機嫌悪くしてるっていうのに、ここでミッシーの従者宣言を認めたらどうなるか、正直ぞっとしない。

 ちなみにこの2週間、うにゃ〜うにゃ〜と不機嫌な様子で俺の周りを盛りのついた猫………ごほん、もとい威嚇する猫のように周りをうろうろするのだ。

 学校だろうが、家だろうがその調子だからかなり参っている。

「ほっほっほ、ゼンよ。男は責任を取らんといかんぜよ」

「のわっ!!」

「きゃっ」

 いつの間に何処から沸いたのか、クソジジイ―――俺の祖父の如月ゼンジロウが食卓でミッシーが作った朝食の味噌汁をすすっていた。

「てめっ、このクソジジイ! 俺の味噌汁………じゃなくて、何言ってやがる!」

「話を聞いた限りじゃ、おぬしがそちらのお嬢さんを傷物にしたと聞こえたんじゃがなぁ………」

「んな事しとらんわっ!!」

「そうなんです……ゼン様が私の唇を……うっうっ……」

「お前も泣き真似すんな!!」

「ほっほっほ」

 ………こ、こいつら、勇者の剣でまとめて吹っ飛ばしたろうか。

 俺が拳をフルフルと震わせていると、ジジイが味噌汁を飲み終わりミッシーに向き直る。

「合格じゃ」

「あ、ありがとうございます!」

「何がだーーーーー!?」

「ふむ、ゼンの身の回りの世話をしたいと言っておったな?」

「はいっ」

「合格じゃからして、住み込み家政婦でもやるとよかろう」

「ありがとうございます〜〜、お爺様〜〜〜♪」

「勝手に話を進めるんじゃねぇ、クソジジイ!!」

ぶんっ

 ジジイに向かって放った俺の蹴りは宙を切り―――

「落ち着きがないのぅ……食事のときは落ち着かんといかんぜよ」

ドゴンッッッッ

 何をされたかも認識できず、俺の体は宙を舞った。

 ち、ちくしょう………。

 

 

 

 

 

「うにゃ〜」

「うぅ〜」

「うにゃぁ〜〜」

「うぅぅ〜〜」

 俺が目を覚ますと、一番最初に耳に入ってきたのはそんな声だった。

 ………なんだ?

 なかなか回復しない視力と、うまく動いてくれない頭で一生懸命考える。

「うにゃにゃぁ〜〜〜」

「ううぅぅ〜〜〜」

 まるで……縄張り争いしてる猫の様な二つの呻き声。

 って、猫?

 それって、まさか………。

 声のする方にごろんと頭を傾ける。

 ぼんやりとした視界に写ったのは―――睨み合う制服姿のユウと未だにエプロン姿のままのミッシー。

 いつ取っ組み合いの喧嘩になってもおかしくないほど険悪な雰囲気だ。

「なにやってんだ、お前ら………」

「あ、ゼンちゃん」

「ゼン様」

 二人は俺が起きたのを見て呼びかけ、再びお互いをキッと睨み付ける。

 ………いや、二人ともいつもがいつもだからほとんど怖くないんだけどな。

「ゼンちゃん、なんでこの子がいるのっ!」

「いや、勝手に…」

「私はゼン様の従者! これからここで住み込みでお仕えするんです!」

「だからそれは…」

「うにゃー! ゼンちゃんのお世話はわたしがするの!」

「お前ら、人の話聞けっつーの………」

 なにやら両者共に俺の世話係を巡って争っているようだ。

 俺としては、ユウはともかくミッシーの従者宣言を認めた気はないんだが。

「魔王のあなたにゼン様のお世話が出来るなんて思いません! 成敗します!」

「ゼンちゃんのお世話はこれからわたしがずーっとずーっとやるんだもん! あなたこそここから叩き出すよ!」

「あー、二人とも……それぐらいにして……」

「魔王としての力はゼン様に止められてるんですよね? それで戦闘訓練(一応)を積んでる私に勝てると思ってるんですか!?」

「わたしが勝つもんっ!」

 駄目だ、全然聞いてない。

「おい、ミッシー」

「待っててくださいゼン様! 今すぐに魔王を成敗してお食事の用意をしますから!」

「いや、そうじゃなくてだな………」

「うおりゃー!」

「にゃーーー!」

 ミッシーは気合と共にユウに向かって突進し、ユウはその場で身構える。

「………見た目はそんなでも、ユウの奴強いんだが」

どごんっ

 俺の呟きを証明するようにミッシーの身体が軽やかに宙を舞った。

 ここほど人が良く空を飛ぶ居間は他にないだろう、多分。

 

 

 

 

 

「にゃんにゃんにゃー♪」

「もうちょっと落ち着いて食え」

「勝利の後のご飯は美味しいんだもんっ♪」

「………ミッシーの作った料理だけどな」

「うぅ……こんな筈じゃ………」

 俺とユウが食卓について朝食を取っている背後では、ミノムシの如く縄でグルグル巻きに縛られて転がされてる妖精(サイズ大)が一人。

 特に解いてやろうとは思わない。いやだって、後でそこら辺に捨ててくるのに面倒がなくていいし。

「うぅ……ゼン様といい、魔王といい、なんで『力』も使わず素手でそんなに強いんですかぁ……」

「勇者と魔王だからだろ」

 素気無く答える俺。

 真の理由はあのクソジジイにしごかれた為だというのは言うまでもない。

 第一、ユウの奴も俺にあっさりやられて弱いように見えるが、それはずっと一緒にいるユウの動きを覚えているからさくっと撃退できるだけで弱いわけではない。

 実際、ユウと互角の実力を持つ別人と戦ったら俺でも少々苦戦するだろう。

「それにゼン様も冷たすぎますよぉ……助けてくれたっていいじゃないですかぁ………」

「お前の味方になったつもりはない」

 もぐもぐとご飯を咀嚼しながら、ミッシーの泣き言をバッサリ切り捨てる。

「そうだよっ! ゼンちゃんはわたしのだよねー♪」

げしっ

ぐりぐり

 自慢げに俺の腕に縋り付いてきたユウを椅子から蹴り落とし、その背中を踏みつけてちょいとばかり踵でえぐってやる。

「ユウの物になった覚えもない」

「ゼンちゃん、蹴るのはいいけど踏まないで〜!」

 蹴られるのはいいのか、おい。

「まあいい。そんな所に転がってないでそろそろ学校行くぞ、ユウ」

「ゼンちゃん……横暴……」

「恨むなら、横暴な幼馴染を持った自分の運命を恨め」

 ぶつぶつ言いながらも、ユウは慣れた様子で制服に付いた埃を払いながら立ち上がる。

 ふむ、今日は歩いても十分間に合いそうな時間帯だな。

「ゼ、ゼン様ー! 行くなら私の縄解いてから行ってください〜!」

 鞄を引っ掴んで学校に行く準備をし始める俺達を見たミッシーは、ミノムシになったままゴロゴロと床を転がりながら悲痛な訴えを上げる。

 そんな哀れな光景を見たユウは、俺の腕を取りながらミッシーに向かって『ベー』と舌を出す。

 ……意外と冷酷だな、ユウ。

「さっ、行こうゼンちゃん♪」

「おう」

「ゼ、ゼン様ー!!」

 後ろから余りに哀れなミッシーの絶叫が聞こえてきたので、俺はドアを潜ってからひょいと顔だけ出し、

「………お前、小さくなりゃ縄解けるだろ」

「あ」

バタン

 自分の本来の姿も忘れていた間抜け面を拝んだ俺は、『ばーか』と小さく呟いて学校に向かうのだった。

 

 

 

「そういや、ユウ」

「なにー?」

 いつもは全力疾走で駆け抜ける登校ルートをゆっくり歩きながら、俺はユウに声を掛ける。

 別に毎日毎日遅刻寸前で走っているわけじゃない。

 1ヶ月に………2、3回ぐらいは歩いて登校する。うん、普通だ。

「ミイ姉は元気にしてるか?」

「うん。お姉ちゃん、いつも通り家で元気に暴れてるよ」

「まあ………何よりだ」

 俺は苦笑しながら、ユウの言葉を噛み締める。

 ミイ姉、お姉ちゃん―――俺達の言ったこの人物は、ユウの姉の事だ。

 俺達より二つ上で先輩に当たるのだが、今は事情があって学校を長期休学している。

 最近会いに行ってなかったので、様子を聞いたのだが………あの人がそう簡単に変わる訳なかった。

「たまには会いに来てあげてね。お姉ちゃん、ただでさえ暇してるんだから」

「嫌だ。ミイ姉の被害に会うのはお前一人で十分だ」

「えぇ〜、ゼンちゃんやっぱり横暴〜」

 俺の即答にぶーぶー文句を垂れるが、右から左へと聞き流す。

 別にこのまま無視シカトしていてもいいのだが、ミイ姉にある事ない事吹き込まれてもまずいので話題の転換に図る。

「今日の1時間目なんだっけか?」

「えーとー………確か、体育の筈だよ」

「ほー、体育」

 体育か、男子はサッカーだったな。

 たまにはスポーツも悪くないな。

 面倒臭がり屋の俺としてはかなり珍しくやる気が出た。

 サッカーは嫌いじゃない。

 頭を使えば極力動かないようにしていても、チャンスが回ってくるという素晴らしいスポーツだ。

 俺が楽しみにしているのを感じ取ったのか、ユウは笑顔を浮かべたが……すぐに苦笑いになった。

「わたしはちょっと憂鬱だよ」

「は?」

 ―――今なんと言った?(数歩あとずさる)

 あのお気楽極楽ノーテンキ馬鹿のユウが、いつも頭の上にヒマワリが咲いてるんじゃないかと思うぐらいテンションの高いユウが、(両手を天に仰いで)

 憂鬱だと!?(驚愕のポーズ)

「うにゃ〜、ゼンちゃんわたしのこと馬鹿にしてる?」

 思わず道のど真ん中でパフォーマンスしてしまったが、ユウの恨めしそうな視線に正気に戻る。

「いや、そんなことはない。ユウが『憂鬱』なんて難しい言葉を使った事に驚いてたり驚いてなかったり」

「………やっぱり馬鹿にしてる〜」

 これ以上やるとあとが怖そうなので、表情を普通に戻してポンポンと頭を軽く叩いてやる。

 不満気だったユウの顔が、だんだん緩んできた所を見計らって次の言葉を放つ。

「それにしても、ユウが体育を憂鬱なんてどうしたんだ? お前も身体動かすの好きだろ?」

「うん、そうなんだけど………」

 何を躊躇っているのか分からないが、一度言葉を濁らせ………ポツリと呟いた。

「……身体検査」

「身体検査?」

「うん、今日の体育の時間、女子は身体検査」

 ああ、そういや昨日学校でそんなような事酒井の奴が言ってたな。

 確か覗くチャンスだのなんだの。

 俺は興味ないけどな。

「身体検査なんて最高じゃねえか。楽できて」

「ゼンちゃんじゃないんだから、楽できて最高なんて思わないよ〜」

「………それで、なんで憂鬱なんだ?」

 さらっとむかつく事を抜かすユウだが、ここで殴ってしまうと話が進まないので先を促す。

 ユウは何故か視線を逸らして頬を赤く染めると、小さな声で呟いた。

「………たいじゅう」

「はい? もっとはっきり喋れよ」

「体重!」

「………ああ、そういうことか」

 ようやく理解できた。

 こいつは不分相応にも体重の心配などしているのだ。

「あのなぁ……」

「うぅぅ、ゼンちゃんにはこの気持ちわかんないもん! 女の子にとって命と同じくらい重要な問題なんだから!」

「いや、その割には朝飯しっかりバクバク食ってたじゃねえか」

「忘れてたの!」

 命と同じぐらい大事な問題を忘れるな。

 珍しく真っ赤になって怒鳴るユウに、俺は呆れかえってコメカミを揉み解した。

「痩せすぎてるぐらいなんだから、ちょっとぐらい増えた方が逆にいいだろ」

「どんなに痩せても痩せすぎってことないの!」

「いつもお前を抱いている俺が保障してやる。大丈夫だ、軽いぞ」

 猫掴み(首根っ子を摘んで持ち上げる)したり、アイアンクローで持ち上げたりしてる俺にはユウの体重ぐらい把握している。

ボンッ

 ―――と、ユウがいきなり顔から煙を吹いて真っ赤になった。

 風邪か?

「だだだだ、抱いてるって」

「………抱いてるだろ?」

「にゃにゃにゃ、にゃあああああ〜〜〜!」

 バタバタと両手を振って空気を掻き回し始める。

 風邪じゃなくて、怪しげなウイルスにでも感染したか?

「ゼゼゼゼゼ、ゼンちゃん!」

「なんだ?」

「なんだじゃないよ! こんな所でそんな………」

「そんな?」

「ゼンちゃんの馬鹿ーーーー!!」

 他人様に誤解されそうな叫びを上げながら、ユウは走り去った。

 ………だから一体どうしたんだっつーの。

 

 

 

 ユウに置いて行かれてしまった俺はゆっくりのんびり学校へ向かう事にした。

 なんせ、せっかく歩いても間に合う時間帯、思う存分爽やかな朝を満喫するのだ。

 

「あーーー!」

 

 ―――と、その爽やかな朝をぶち壊す大声が真横から聞こえてきた。

 うむ、ここはひとつ……。

スタスタスタ

「ちょっと、逃げるなー!」

 ちっ、何事も無かった様に流せないか。

 仕方ないのでくるっと後ろを向くと、そこにはオカッパ頭でうちの制服を着た小さな女の子。

 その頭の上に燦然と輝く大きく真っ赤なリボンがちゃーみんぐ。

「今日も元気そうで何よりだな、ミニーマウス」

「誰がミニーマウスよー!」

 ミニーマウス(?)はじたばたと暴れながら抗議してくる。

 その手には小さな身体に似合わない大きな棒―――木刀が握られているため、中々見られる光景ではない。

 いや、こいつの知り合いなら良く見られる光景なんだが。

「やい、如月ゼン! 今日こそはユウ先輩に代わって引導を渡してやるんだから!」

「先輩も何も……お前の方がユウより年上だろ」

「細かい事はいいのー!」

じたばたじたばた

 で、この暴れているミニーマウスだが、実はユウの後輩―――学年は俺達より一つ上だが、部活の後輩である。

 まあ、ただ単にユウの方が部活に入ったのが先だったと言う訳だ。

 ―――ちなみに部活とは、あの道場破り同好会の事だ。

「ミニーマウス、頼むから俺の爽やかな朝を壊さないでくれ」

「ミニーマウス言うなー! あたしには葉月ミキって名前があるんだから! 先輩を敬え一年坊ー!」

「どっからどう見てもお前の方が年下で、ミニーマウスに見えるけどな」

「うるさーい!」

じたばたじたばた

 横から見ても縦から見ても小学生にしか見えないその姿。

 そして大きな耳に見える大きなリボン。

 ちょろちょろと動き、ネズミを思わせるその仕草。

 それがこの葉月を構成する全てだ。略してミニーマウス。

 親しい人間からはミニーと呼ばれているのに、何故か俺に言われるのは徹底的に嫌がるのだ。

 まあ、親しいと言うよりは天敵だしな(俺の方から見たら雑魚だけど)。

「ここでお前と会うのは珍しいな。家はこっちなのか?」

「え、うん。すぐそこ………って、なんでいきなり世間話に持ち込むのー!」

 

ズバッ

ひょい

ズバズバッ

ひょいひょい

ズバズバズバズバズバズバッ

ひょいひょいひょいひょいひょいひょい

 

 顔を真っ赤にして、いきなり手に持った木刀で切り付けてくる。

 左に半歩ずれて避けてやるとムキになって何度も殴りかかってくるが、あいにくこの程度では当たってやれない。

 やがて疲れたのか、木刀を杖にしてぜーはーぜーはーと肩で息をする。

「なんで当たんないのよー!」

 と、葉月はまたじたばたし始める。余計に疲れるぞ、おい。

「だから、いつも言ってるだろ」

「あうっ」

 ひょいと木刀を取り上げてやると、『返して〜返して〜』とぴょんぴょん飛び跳ねる。

 俺は170cm、対して葉月は脅威の140cm未満。

 30cmの差は如何ともしがたがった。

「だからな、確かにお前の剣は鋭いが馬鹿正直に真っ直ぐ打ち込んで来たら、小学生でも避わせるんだよ」

「無理だと思う……」

「まず、俺に一撃入れたかったら剣道以外の技を覚えてこい。じゃなかったら、もう少し身長伸ばせ」

「伸ばせるなら苦労しないわー!」

 正論である。

 だが、俺は何も嘘を付いていない。

 いくらこいつが女子剣道部のエース(道場破り同好会と兼部)で技術があると言っても、この体格では限界がある。

 だから俺に勝ちたかったら体格をもっと付けるか、さらなる技術(剣道以外の)を身に付けるしか方法はないのだ。

 ぱこんと葉月の頭に木刀を落として返してやる。

「はぐっ」

 痛かったのかしばらく蹲っていたが、やがて木刀を掴み元気に立ち上がった。

 

「今度こそー!」

「脇が甘い!」

どべしゃっ

 

「いやあー!」

「踏み込みが遅い!」

ずべしっ

 

「くそぅー!」

「やけくそになるな! ただでさえ馬鹿一直線な剣が大馬鹿一直線になってるぞ!」

べちこんっ

 

 

「ふっ、初等部を卒業してからまた来い」

「お前より年上だぁ……」

 俺の勝ち台詞に、地面に這い蹲りながら反論する葉月。

 負け犬の遠吠えだな。

 などと心優しい俺が指導してやって気分を良くしていると―――

 

キーンコーンカーンコーン

 

「………をう」

「………あう」

 もちろん予鈴のチャイムが鳴ってからじゃ、間に合う距離ではなかった。

 

 

 

 ―――で、時は飛んで昼休み。

「如月、お前大和さんになんかしたのか?」

 チャイムが鳴って授業が終わり、顔を上げて目を擦っていると(授業中寝ていた)後ろの席の酒井がそんな事を言ってくる。

「なんでそう思う?」

「いつも一緒に来るお前らが別々に登校して来たし、何より朝から一言も喋ってないじゃないか」

 件のユウだが、いつもは呼ばなくても来るくせに、今日は教室からさっさと姿を消していた。

「確かにその通りだが、ユウがいきなり暴走しただけで俺は知らん」

「暴走するような事したんじゃないのか? 例えばぁ………」

 酒井はニヤリと怪しく笑うと、

「如月が大和さんを遂におそガンッ!

 馬鹿は裏拳を鼻面にまともに喰らい、床に頭から倒れこんだ。

 まったく、俺の友人を何年もやってるくせに学習能力が著しく欠如している奴だ。

「馬鹿言うな馬鹿。いくらお前が馬鹿でも俺があいつを襲いやしない事なんて分かるだろ馬鹿」

「じょ、冗談でふぅ……」

「冗談か。それならいい」

 寛大に許してやったのに、何故か酒井は恨めしげな顔で見てくる。

 もう一発顔に蹴りでもぶち込まなきゃ分からないらしいな。

 俺が椅子から立ち上がり、酒井が机と椅子で防御体制を取った時、いきなりガラガラッと遠慮無しに―――というか、手加減抜きの全力で教室の扉が開け放たれる。

 扉を開け放った人物は大きく息を吸い、叫んだ。

「如月ゼンーーーー!」

「いきなり叫ぶなこのボケナスがぁぁぁぁーーー!!」

 ズガンッッと俺の学生鞄が葉月の額に直撃する。

 俺の全力で投げ放たれたその鞄は、ミニーマウス如き一撃で粉砕する。

「お、おい……如月、あれ2年のミニー先輩だろ……いいのかよ」

「全然構わん」

「構えーーー!」

 ガバッと起き上がりながら叫ぶ葉月。

 ちっ、手加減が過ぎたか(手加減なんてしてない)

「ミニーマウス! てめえ人様の教室下級生の教室に来るなり何を叫びやがる! つーか、お前丈夫すぎだろ!?」

「用があるから呼んだだけだー! それにあんたと付き合ってたらみんな丈夫になるっ!」

「そりゃどういう意味だ……って酒井、何頷いてやがる?」

 葉月の台詞(後半)に酒井が涙を流しながら頷いている。

 とりあえず、酒井は後で滅殺するとして、まずは葉月の方からだ。

「用ってなんだ?」

「そうだ! こんな事してる場合じゃなかった! 先輩が大変だから早く来て!」

「先輩って………ユウの事か?」

「そう!」

「……いや、別に何があったか知らんが、ユウなら大丈夫だろ」

 あの不死身超人うにゃにゃーなら、間違えて屋上から落っこちても死なないだろうし。

 大抵の事ならあのユウ狂いの変態共道場破り同好会がカバーするだろう。

「だけど大変なの! ユウ先輩が―――」

 そう、普通なら心配する必要は一ミリもなかった。

 良くも悪くもユウ(の実力)を信頼していたのだから。

「元祖ムエタイ部が逆恨みして果たし状送ってきて―――」

 逆恨み?

 襲撃されたのは逆恨みなんかじゃないだろ……だって最初に襲撃掛けたの道場破り同好会おまえらなんだから……。

「そしたら、ユウ先輩が変な銃を取り出して暴れてるのー!」

ドゴンッッ

 思わず俺は机にヘッドバットをかまして、ヒビを入れてしまった。

 

 

 

「どこだボケユウーーーーーーーー!!!」

 葉月の台詞を聞いた俺は迷わず三階の窓から飛び降りて、空に向かって咆哮した。

 約束破りには死。

 というか、俺の普通で平穏な日々を乱す者には、例え幼馴染でも死あるのみだ。

 幸い、ユウの場所は叫ぶまでも無くあっさり見つかった。

 中庭の方から紅い光がしゅばしゅば飛んでいるので当たり前だが。

 中庭ごと俺の剣の力で吹き飛ばしたい衝動に駆られたが、俺まで力を見せたのでは本末転倒なのでぐっと堪えて走る。

「あ、ゼンちゃーん♪」

 俺が現場に辿り着くと、大馬鹿野郎は笑顔でぶんぶんと手を振って来た。

 片手にはしっかり例の魔王の銃が握られており、その周りには焦土と化した中庭と黒焦げになった犠牲者達が。

「このスペシャルドアホがぁぁぁぁ!!」

ガスンッ

 俺は駆けつけたその足で、助走を付けたままユウの顔面へ飛び蹴りを喰らわせる。

ごろんごろん、ぼてっ

 ユウはきっちり三回転ほど地面を転がると、うつ伏せに地面に突っ伏した。

 が、すぐに顔をあげると批難の声を上げてくる。

「ゼンちゃん、痛いよぉ。何するのー?」

「何するのじゃないわたわけっ! こんな所でなんて物使いやがるっ!」

「えぇ〜、たまに使わないと腕鈍っちゃうよ。わたし、他に銃なんて持ってないし」

「銃の腕なんぞ永遠に鈍らせとけっ! このアホッ!」

「ゼンちゃん……もしかして怒ってる?」

「見て分かれっ! 約束破ったんだから当たり前だろがっ!」

 中庭焦がした事や雑魚達を炭にしたことはともかく、約束を破った事自体が許せん。

「え、約束守ってるよ?」

「思いっきり力いっぱい銃使ってるだろが!?」

「だから、ゼンちゃんには銃使わないって」

「俺限定じゃなくて銃自体使うなーーーーっ!」

 ……そうか、こいつは良くも悪くも俺の性格を把握しているんだった。

 つまりユウは、いつも通り俺に被害が及ばなければ全然OKだと思ったのだろう。

 他の事なら確かに他人なんてまったく一切どうでもいいが、今回の事に限っては別だ。

 なんせ、力の事がばれたら平穏な人生を歩むと言う、壮大な俺の野望が崩れてしまうからだ。

「とにかく、それしまえ。ミニーマウス他一同が迷惑している」

「ミニーマウス言うなー!」

 外野が何やらじたばたしているが、問題ない。

「……ゼンちゃん、怒ってる?」

 再び同じ質問をユウがしてくる。

 が、さっきまでの調子ではなく、怯えたように。

 涙ぐみ、嫌われたくないといった子供のように。

 俺はその顔を見て怒る気を無くし、ポンとユウの頭に手を置いた。

「怒ってない。だから、しまえ。な?」

「………うん」

しゅるるる、ぽんっ

 銃はユウの手の中でみるみる内に小さくなり、小さな音を立てて消えた。

「おら、さっさと飯行くぞ。お前の所為で貴重な昼休みが半分潰れたからな」

「うん♪」

 

 

 

後編へ続く


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