前だけを…

 

特別編その3   ペンペン、ちぇんじ  後編


 

>シンジ

「シャーペンの芯に赤ペン、それとルーズリーフに一応ノートと………修正液も買っておいたほうが良いかな」

 学校で端末が使用されるようになって10年。それでもペンやノートの需要が消えることはなかった。

 宿題でもノートで提出しなくちゃいけない教科はあるし、中には端末の使用を禁止する教師もいる………まあ、それは大抵古いというか、昔気質の先生ばかりだけど。

 確かに自分の手で書いた方が覚えるというやり方には同意する部分はあるけど、僕としては資源の無駄遣いだと思っている。

 僕が手に取っている文房具を不思議そうにペンペンは眺めていた。

「くぇ〜。これがペンですかー」

 棚に置いてあったシャーペンを一つ取り、蛍光灯に照らしているペンペンに僕は苦笑しながら話し掛ける。

「文房具をみるのは初めて?」

「はいですー。TVでは見た事ありますけど、実物はやっぱり初めて見ましたー」

 うちから出てからというものの、目をまんまるにしっぱなしのペンペンはとても可愛らしくて、思わず笑みがもれてしまった。

「そういえば、ペンペンのいる時間帯に勉強しないからね。ペンの用途は分かる?」

 僕が尋ねると、ペンペンは自信たっぷりに言い放った。

「はいー♪ 書類を作るんですよねー♪」

「え……と、間違いではないんだけどね」

 TVしか情報源の無いペンペンの偏った知識に、僕は再び苦笑い。

「くぇ?」

「ちょっと見ててごらん」

 試し書き用に置かれたノートにシャーペンを走らせる。

 ノートには黒い一本の線が描かれる。

「く、くえっ!? 線が出てきましたー!」

「ペンはね、文字を書いたり、絵を描いたりする為にこうやって線を引く為の物なんだよ」

 サキの簡単な似顔絵(かなりデフォルメされている)を描きながら、僕はペンペンに丁寧に説明する。

「わぁぁ………絵ってこうやって描くんですね〜」

 ペンペンもノートにくるくると丸い線を書いている。

 目を輝かせて、線が新たに引かれる度に『くぇっ!』だの『くぇぇ!?』だの騒いでいる。

 うーん、サキの他にもう一人妹が出来た気分だなぁ。

「ペンペン、気に入ったんだったら、買ってあげようか?」

「くぇっ!? い、良いんですか!?」

「うん、もちろん良いよ。でもシャーペンよりこっちの方が良いかもね」

 そう言って、僕が取ったのは12色のクレヨン。

 絵を描くなら、黒一色のシャーペンよりこっちの方が面白いだろう。

「なんか色も形も違いますよー」

「これはクレヨンっていう、ペンの一種でね。初めての人は大体これ使うかな」

 幼稚園とかでね。

 僕は他に大きなスケッチブックを持つと、値段を確認してからレジで購入する。

「はい、ペンペン」

 僕が包装紙に包まれたクレヨンとスケッチブックを手渡すと、ペンペンはそれを両腕で抱えてうりゅうりゅと瞳を潤ませる。

「くぇぇ………あ、ありがとうございますーー♪」

「喜んでくれたみたいで良かったよ(にこっ)」

「とっても嬉しいです〜♪」

 ペンペンがクレヨンを持ってクルクル踊って、喜びを表現している。

 クスッ………サキみたいだな。二人とも子供だから行動が似てるのかも。

 ………まあ、同じ様な行動を取るマナの存在は忘れるとして。

「あ、そうだ」

「くえ?」

「あ、なんでもないよ。ちょっとここで待っててね」

「はいー」

 ペンペンをその場に待たせておいて、もう一組クレヨン&スケッチブックを購入する。

 ………サキが欲しがりそうだからな。

「じゃ、後は夕食の買い物して帰ろうか?」

「はい♪」

 

 

 

>ハコネ・スペシャル(仮)一階ホール

「むぅ〜〜〜〜、またここに出たよ………(涙)」

 このホールのベンチに座って、犬を連れたポニーテールの少女が訪れた回数を数えている暇人がいたのならこう言うだろう。

 どこかの目印もない山奥じゃあるまいし、いい加減ぐるぐる迷うな、と。

 まあ、実年齢が半年も満たないのこの少女に、保護者無しで迷うなと言うのは酷かもしれないが。

「ワン吉君……どうしよう?」

「ワゥ〜」

「すんっ、帰れば良いって? でも、あーちゃんに『一人で買い物も出来ないの? やっぱり子供ね』って馬鹿にされるよぉ〜」

 こうやって迷っているよりは馬鹿にされた方が遥かにマシに思えるのだが、少女には譲れないラインらしい。

「どうして上には上がれるのに、下には降りられないんだろう?」

 実はこのひらすら大きな建物、三つの棟に分かれていて地下に行く為には、隣のA棟かC棟に行かなくては行けないのだが………前に来た時は、保護者の後ろにくっ付いていただけだったので、そんな事はまったく知らなかったりする。

「む〜」

「クゥン」

「む〜〜」

「クゥゥン」

「む〜〜〜」

「クゥゥゥン」

「ちょっと、君」

 そんあ微笑ましいのか、可哀想なのか良く分からない光景に水を刺したのは『ハコネ・スペシャル(仮)』と書かれた制服を着た中年男性―――つまりは、この店の従業員だった。

「なに?」

「ワン?」

 少女とその頭に乗っている白い犬に同時に首を傾げられ、従業員は少しためらったが職務を果たす事にした。

「君ね、店の中に動物を入れないでくれるかな」

「動物って……ワン吉君のこと?」

「そうそう、そのワン吉君の事。このお店はペットを入れちゃいけないんだ。分かるかな?」

 従業員はその安易なネーミングに苦笑しながら注意を促す。

「むー! ワン吉君はペットじゃなくてボクの友達だもんっ!」

「ちょ、ちょっとそう言う意味じゃなくてね………友達でもなんでも動物を入れちゃいけない決まりになってるんだ(汗)」

「ほへ? 決まり?」

「そう、決まり」

 ようやく事情が飲み込めた少女はたらりと大きな汗を垂らす。

 買い物を済ますまで自分は追い出される訳には行かないのだ。

 少女の頭の中には一時外でワン吉を待たせるとか、先に帰すなんて非人道的(少女主観)な選択肢は無い。

 必死に追い出されない為の方法を考え………閃いた!

「そ、そうだっ! ワン吉君はもーどー犬なんだよっ!」

 

ぱしんっ

 

 そのあんまりといえばあんまりな言い訳に呆れる従業員が何かをする前に、少女の後ろ頭を誰かに軽く叩かれた。

 

 

 

>シンジ

「むぅぅ〜………痛いよ〜、誰〜?(涙)」

「………サキ。僕は嘘を付いてその場逃れする事なんて、教えた覚えはないんだけどね」

 

ビクンッ

 

 肩に白い仔犬をしがみ付かせたサキ―――頭を叩いた衝撃でワン吉が落ちかけたようだ―――が恐る恐る振り向く。

「お、おにいちゃん………」

 

ひょいっ

 

 僕は肩にぶら下がっているワン吉を回収してから、サキを軽く睨みつける。

「サキ」

「ご、ごめんなさい〜」

 怒られる前に先手を打って謝るサキに、僕は溜息を付きながら店員さんの方に向き直った。

「どうもすみませんでした。すぐに帰りますので」

「え、ええ、それならいいんですが。これからは、ペットの持ち込みはやめて下さいね」

「はい」

 店員さんは僕達に軽く注意をすると、仕事に戻っていった。

 と、僕の後ろで縮こまっていたサキがおずおずと話し掛けてくる。

「おにいちゃん………ボク、買い物しないといけないんだけど………」

「買い物?」

 サキが一人で買い物に来るなんて珍しいな。

 いつものスーパーでたこ焼きを買いに行く以外は、大抵誰かに引っ付いてるのに。

「う、うんとね。あーちゃん達が―――」

 

 

 

「へえ………他の皆は何も言わなかったの?」

 一旦デパートから外に出た僕は、サキからほとんどの事情を聞き出した。

「うん、ひかりがちょっと困った顔してた以外は何も言わなかったよ」

「ふぅん」

「ちょ、ちょっと恐いよ。おにいちゃん?」

「いや、サキが恐がる必要はないよ」

 笑顔でにこにこと笑う僕に、何故か怯えた様子のサキ。

 それにしてもミユウ達………特にアスカには困ったもんだ。

 いくらサキの体力や走力がずば抜けてるからって、買い出しを押し付けるなんて。

 夕食抜きかな? いやいや、いっそのこと2・3日ぐらい自給自足してもらうか………?

「む、む〜………」

「く、くぇぇ………」

 考え事をしている僕に、明らかに怯えた視線を送ってくるサキとペンペン。

「二人とも、どうしたの?」

「「な、なんでもないよ(ですー)」」

 両手を突き出し、横にブンブン振るという仕草やセリフまでシンクロさせる二人。

「あれ?」

「くぇ?」

 ―――と、そこまでやっておいて、初めて気がついたという風にお互いが顔を見合わせる。

「君、誰?」

「くえぇ………サキさんまで私のことわからないんですかー?」

「あっ、ご、ごめんねっ。今すぐ思い出すからっ! んー………」

 悲しそうなペンペンに、慌てて頭を悩ますサキ。

 ペンペン………普通判らないってば。

「あっ、もしかしてペンペン?」

「はいですー♪」

 

ズザザザザザッ

 

 思わず地面にヘッドスライディングを敢行する僕に、二人は不思議そうな視線を送ってくる。

「………おにいちゃん、どしたの?」

「シンジさん?」

「な、なんでもないよ………気にしないで」

「「?」」

「ワゥ?」

 僕は腕に抱いていたワン吉を抱きなおしながら、立ち上がる

「よくペンペンだって判ったね、サキ」

「え? だって外見は変わってたけど………んー、雰囲気がそっくりだったから」

 ふ、雰囲気同じだからって……(汗)

「それにペンギンさんのフード被ってたし」

「そっちかい」

「えー、でも普通判るよっ」

「くえぇ、シンジさん、ちょっと鈍いですから」

「うんうん、そうだよねっ」

「ワンッ」

 サキとペンペン(とワン吉)に頷かれ、ちょっぴりショックだった。

 僕の様子など気にせず、サキとペンペンは気が合った様で楽しそうにお喋りを始める。

「ペンペンもおにいちゃんに人間にしてもらったの?」

「くえぇ? サキさんはそうなんですか?」

「うんっ、そうだよっ♪」

 違うってば。それはサキの勘違いで僕は何もしてない(汗)

「くえぇ………羨ましいですー。私なんて原因不明ですからー」

「ペンペンもおにいちゃんに人間にしてもらったんだよ、きっと♪」

「あっ、そういえば、シンジさんのお腹の上でお昼寝してたら人間になれたんでしたー。じゃあ、私もシンジさんに人間にして貰ったんですね♪」

「うんうん、そうだよー♪」

 はあ………もうなんでもいいや。

 僕がワン吉を抱きかかえて、自暴自棄モードに突入していると背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あれ? シンジと碇さんじゃないか?」

「「「え?」」」

「ワン?」

 振り返った先にいたのは大量の紙袋を両手に引っ提げたケンスケだった。

 

 

 

>ハコネ・スペシャル(仮)玄関前

 その日、相田ケンスケがこの巨大総合店に来ていたのは自分の趣味―――つまり、発売したばかりの新しいモデルガンを手に入れにきたのだ。

 他にも欲しかった軍服などいろいろな物をゲットし、ホクホク笑顔(財布の中身は真冬だったが)で店を出た。

 と、店先で騒いでいる3人組を見つけた。

 まず目に入ったのが、オーバー気味に騒ぐお子様二人。

『人間』とか、『原因不明』とか、妙に不自然な単語が聞こえたケンスケは首を捻り―――お子様のうちの一人が自分のクラスメートだと気付いた。

 良く見れば、その傍で何かを悟ったかのように青空を眺めているのは、自分も良く知っている『憧れ』の少年だった。

 いや、別に本人に憧れているのではなく、その少年の状況というか立場に憧れているのだが。

「あれ? シンジと碇さんじゃないか」

 ケンスケが声を掛けると、少年とクラスメートと幼児―――シンジとサキ、それにやっぱり見知らぬ幼児が振り返る。

「ケンスケ?」

「けんすけー?」

「ケンスケさんですー?」

「………別に全員で確認しなくても、俺だよ」

 呆れた口調で言い返しながら、ケンスケは3人の元に歩いていく。

「よお、碇さんと買い物か? シンジ」

「うん、まあ……サキとはここで偶然会ったんだけどね」

「そうそう、ぐうぜん〜」

 同年代の(はずの)男女で来ている割には、デートにまったく見えない二人が言うとさすがのケンスケも納得する。

 ………これが如月だったり、綾波だったり、霧島だったり、惣流だったりした場合は信用しなかったが。

「ケンスケこそ、買い物? トウジは一緒じゃないの?」

「おい、シンジ………お前、俺とトウジをセットで考えてないか?」

「い、いやぁ………あはははは、そんなことないよ」

 そんな事ないといっている割には、目が泳ぎまくっているシンジにケンスケはそっと溜息を付いて俯く。

 ―――視線を下に下げると、真ん丸な目とぶつかった。

「………そういやさっきから疑問に思ってたんだけど、この子誰?」

「え」

「私ですかー?」

「あ、この子はね、ペンギンのペン……」

 

シュバッ!

 

「ぺ、ペンギンさんフードを被ってるこの子は、サキの妹の碇ペンちゃんなんだ!」

「むぐーーっ!」

「……シンジ、碇さんが苦しんでるぞ。離してやったらどうだ?」

 ほとんど電光石火の勢いでサキの口を塞いだシンジに、ケンスケはたらりと汗を流しながら注意する。

 

「くぇぇ………サキさんの妹ですかぁ………」

 

「あ、ごめん。サキ」

「む〜、苦しかったよぉ〜」

 仲良さげにじゃれる二人に内心溜息をつきながら、ケンスケはペンペンの方に再び視線を落とす。

 その真ん丸な黒い瞳にシンジと碇さんほどではないが、似てない事は無いと思った。

「なるほど、碇さんの妹か〜………そういえば、さっきこの子俺の名前呼んでなかったか?」

「気のせい気のせい」

 あははははと苦笑いしながら(大量に脂汗を額に浮かべつつ)、シンジはパタパタと両手を横に振る。

「初めまして、ケンスケさん。サキお姉さんの妹の碇ペンです」

「は、初めまして」

 礼儀正しくお辞儀する3歳児に、ケンスケは少々どもりながら返事を返す。

 

「サキお姉さん………(じーん)」

 

 密かにサキが『お姉さん』と呼ばれたのに感動に浸っていたりする。

「へえ。小さいのに、結構ちゃんとしてるじゃないか」

「ボクの妹だからねっっ♪♪」

 気分を良くしているサキがえっへんとばかりに(無い)胸を張る。

 シンジとケンスケの頭に『サキ(碇さん)より、ちゃんとしてるじゃないか………』という考えがよぎったのはまあ、仕方の無い事だっただろう。

「シンジ、碇さんの妹一枚撮って良いか?」

「え゛?」

 ケンスケが何となく言った言葉にペンペンを後ろに隠してズザザッと後ずさるシンジ。

「ケ、ケンスケ……ペンぺ……ペンちゃんはまだ幼稚園にもいってない歳なんだよ? 分かってる?」

「人を犯罪者みたいに言うなっ! なんとなく被写体として良いと思ったから言って見ただけだ!」

 心外だとばかりに喚くが、犯罪行為(盗撮、違法アクセス)に手を染めているケンスケでは説得力は皆無だ。

「シンジさん、『とる』って私の何を『とる』んですか?」

 シンジの後ろに隠れてズボンを掴んでいたペンペンが、不思議そうに見上げる。

「ケンスケがね、ペンペンの写真撮ってみたいんだって。どうする?」

「わぁ〜……私の写真ですか? 撮って欲しいですー♪」

「よし、決まりだな。ちょっと待ってくれ」

 ペンペンの言葉を聞いたケンスケは両手に持っていた紙袋を下ろし、背負っていたリュックからカメラを取り出す。

 デジカメが主流のご時世に、わざわざフィルムを使う本格的なものだ。

 そんな様子をペンペンがわくわくしながら見ていると―――

 

パシャッ

 

「くえっ!?」

「はい、終わり」

「も、もう終わりなんですかー?」

 いきなり光ったフラッシュにペンペンは目をぱちくりと瞬きさせる。

「こういうのって、普通声掛けて撮るものじゃないの?」

 シンジが質問すると、ケンスケは指を立てて説明し始める。

「ちっちっち、甘いなぁ。こういうのはいきなり撮った方が自然な表情が出るんだよ。子供は特にカメラの前に立つと表情が強張るしな」

「確かにそうかもね」

 ケンスケの説明に『伊達にカメラを趣味にしてないね』と感心するシンジだったが―――

「ほんとは隠し撮りが一番なんだけどな〜」

 という呟きが感心したのを帳消しにした。

「ケンスケさん」

「ん? なんだい?」

 カメラを再び鞄にしまおうとしたケンスケをペンペンが呼び止める。

「もう一枚だけ、撮ってくれませんか?」

「別に良いけど………うぉ!?」

「シンジさんと一緒に撮って欲しいですー♪」

 いつの間にか、シンジの登頂・・・・・・に成功して首根っこにしがみつくペンペンを見たケンスケは、危うくカメラを取り落としそうになる。

「あーーー! ペンペンずるいよぉぉぉ!! ボクもおにいちゃんと撮るーーー!」

「嫌ですーー! 私がシンジさんとツーショットで撮るんですー! サキお姉さんはワン吉さんを持って隅の方に行ってて下さいーー!」

「ふ、二人とも、僕の身体にしがみ付いたまま暴れないで!(汗)」

「ワン!? ワゥ〜〜〜!?」

「………全員で撮ったらどうだ?」

 仲睦ましくじゃれつく(ケンスケ主観)三人と一匹の姿に殺意を覚えつつも、ケンスケはなるべく平静に妥協案を出す。

「む〜………不満だけど、それでいいよ」

「くえぇ………私も不満ですけど、それでいいですー」

 当事者二人は文句タラタラだったが、何とか納得するとペンペンは首に抱きついたまま、サキは左腕を胸に抱きこみ、ワン吉は頭の上をそれぞれ陣取る。

 全身に二人と一匹を装着したシンジは苦笑しながらカメラの方を向く。

「じ、じゃあ撮るぞ………」

 

パシャッ

 

 震える腕をカメラマンの端くれとしてのプライドで押さえ込み、シャッターを切る。

「上手く写ってるかなぁ?」

「きっと、大丈夫ですー。まばたきも我慢しましたしー」

「ワンッ」

「ケンスケの腕は良いから、大丈夫だよ」

「う………うわぁぁぁぁ!! 悔しくなんか無い!! 俺は悔しくなんか無いぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ケ、ケンスケ!?」

 突如泣きながら走りだしたケンスケに吃驚するシンジ。

 大量の紙袋を置いたまま、ケンスケはその後ろ姿が完全に見えなくなるまで走り去ってしまった。

「写真出来上がるのいつかな?」

「現像に少し時間が掛かるってテレビで言ってましたから、明日か明後日くらいじゃないですかー?」

「サ、サキ、ペンペン………(汗)」

 ほとんど気にしていない二人に、自分の教育方法を見つめ直した方がいいのかなと思うシンジだった。

 

 

 

>シンジ

 お腹も空いた事だし、何か食べていこうかという事になった僕達はいつも行っているスーパーがある商店街の方に歩いていた。

「今日はワン吉がいるし、店の中じゃ食べられないから昼食はたこ焼きかな? 二人ともそれでい「いいよっ♪ もっちろんっ♪」………ペンペンもたこ焼きでいい?」

「はいー。私もたこ焼き好きですよー♪」

「ワンワンッ」

「はいはい、ワン吉もね」

 しかし……たこ焼き好きの元使徒、元ペンギン、犬か……(苦笑)

 ………ふと嫌な予測が頭をよぎった。

 僕は胸に抱いていたワン吉を視線の高さまで持ち上げて、ワン吉にだけ聞こえるように呟いた。

「………ワン吉まで人間にならないよね?」

「ワン?」

 はは……んな事が起きるわけ無いか。

 ………起きないよね?

「あれっ?」

「くえー?」

 僕が馬鹿な思考に飲まれていると、左右にいるサキとペンペンが声を上げる。

 ワン吉を自分の腕に抱きなおし、視線を前に戻すと商店街の入り口に人だかりが出来ている。

「あれ、なんでしょうかー?」

「行ってみれば分かるよっ♪」

 

ダダダダッ

 

「あ、サキお姉さん待ってくださいよ〜」

 

テッテッテッ

 

 両者は足のスピードがはっきり判る効果音を背負って走っていく。

 ………と説明(?)してる場合じゃなくて僕も行かなくちゃ。

 僕が人だかりの前まで走っていくと、ピョンピョンと飛び跳ねて中を見ようとしているサキとペンペン。

 いや、二人の身長じゃまず無理だろ。

 僕がそう突っ込む前にサキがペンペンに手を差し伸べた。

「ペンペン、ボクに捕まって。ボクがぴょーんってジャンプして飛び越えるから」

「あ、サキお姉さんのジャンプ力だったら出来ますねー♪ ありがとうございますー♪」

「えっへん♪ お姉さんに任せなさいっ♪」

「やめんかーーー!!」

 サキがペンペンを抱えてぐぐっと膝を折った所でなんとか止める事に成功する。

「む〜、おにいちゃんなんでダメなの〜?」

「こんな所で思いっきりジャンプしたら、サキの力の事がばれちゃうだろっ」

「大丈夫、お姉さんには抜かりは無いよっ♪」

 珍しく僕の注意に素直に謝らず、サキは(無い)胸を張る。

「手加減して5Mしか跳ばないから」

「5M飛んだ時点でダメ!」

「む〜」

 ふて腐れるサキを尻目にペンペンのほうに視線を向ける。

「ペンペンはちっちゃいんだから、人込みに近づいちゃダメだよ? 蹴られたら怪我しちゃうし」

「でも〜………なにやってるか、見てみたいですー」

「う゛っ」

 うるうるとした純真な瞳で見つめられ、たじろぐ僕。

「おにいちゃん、ボクも見てみたいよ〜」

 続いて横に並んでサキが上目遣いで僕に頼み込んでくる。

 はあ………ま、仕方ないか。

 僕は人込みの一番後ろにいる長靴&ビニール製エプロンを着けたおじさんに声を掛ける。

「こんにちは」

「……ん? おお、兄ちゃん。買い物かい?」

「はい。まぁ、その前にどこかで腹ごしらえしてからですけど」

「兄ちゃんがいるってことは、サキお嬢ちゃんも……おお、いたいた」

「お魚屋さんのおじさん、こんにちはっ♪」

「こんにちは。お嬢ちゃんは今日も元気そうで良かった(ニカッ)」

 僕が話し掛けたこのおじさんは、サキが言った通りこの商店街で魚屋を経営している人だ。

 僕は大抵、八百屋→魚屋→肉屋→スーパーと行くのでこの人とは面識が合ったのだ。

 ………と言っても、この商店街の人は毎回この辺りを元気良く闊歩するサキの事を非常に気に入っていて、大半の人達が僕たちのことを覚えているのだが。

「おや、そっちの子は………」

「あ、この子はサキの妹で碇ペンです。ほら、挨拶して」

「碇ペンです。初めまして、こんにちはです」

 ペンペンがぺこりと頭を下げると、魚屋のおじさんは顔を綻ばす。

「おお、サキお嬢ちゃんの妹さんか。小さいのに良く出来た子だなぁ」

「ボクの妹だからねっ♪」

 うーん、サキ今日はこればっかりだな。

 よっぽど妹が出来たのが、嬉しかったのかな?

「あの、それでこの人だかりなんです?」

「ああ、なんでもTVの取材らしい。第三新東京市の名物を特集してるとか何とか……だから、ここで商店街の連中が集まってるってわけよ」

 なるほど………そう言う訳か。

「「てれびーーー!?」」

「わぁっ!?」

「凄い凄いーー! 見てみたーい!」

「凄いですー! TVの取材が来てるなんてー!」

 一斉に騒ぎ出すサキとペンペン。

「おにいちゃーん! TVの取材見てみよーよー!」

「シンジさーん!」

 右手をサキ、左手をペンペンが引っ張って急かしてくる。

「ちょ、ちょっと待った。二人とも。こんな人込みじゃ見れないよ」

「「えぇ〜」」

 ………だから、二人揃って目を潤ませるのはやめてってば(汗)

「サキお嬢ちゃんにペンの嬢ちゃん、そんなに見たいかい?」

「うんっ、見たいっ!」

「見たいですー」

 そんなサキ達を見かねたのか、魚屋のおじさんがそんなことを言ってくる。

 即答するサキ達に、おじさんは鷹揚に頷くと人だかりの方に叫ぶ。

「おーいっ! お前ら横にどけーー!」

 そ、そんな無茶な(汗)

 叫んで退かそうとするおじさんを僕は慌てて止めようとした。

 が―――

「サキお嬢ちゃんと妹さんがTVの取材を見たいそうだーー! 横にどけーー!」

 

『サキお嬢ちゃんって、あのサキお嬢ちゃんか?』

『おまけにサキお嬢ちゃんの妹さんも一緒?』

『おい、横にずれろ!』

 

ザザザザザザッ

 

「……………(汗)」

「わーいっ♪」

「す、凄いですー……」

 まるでモーゼのように人が割れる光景に、僕はたらりと汗を流した。

 いつのまにここまで人気が上がったんだ?(汗)

 ま、まあ、折角のご好意でもある事だし、甘えておこう。

 モーゼのように分かれた人だかりを前に進んでいくと、カメラとそれに向かって喋っているアナウンサー。それに番組のADだろう人達がいた。

「うわぁ………あの人見たことあるよ〜」

「はいー、私も見たことありますー」

 さすがにTVの事は知っているのか、サキもペンペンも小さな声で話す。

 

『首都還元の予定地であるここ第三新東京市の商店街では………』

 

「む〜………難しい事言ってるよぉ。アニメは撮らないのー?」

「サキお姉さん………アニメは実写では撮らないです………」

 見た目3歳児、中身温泉ペンギンに呆れられるサキ………(涙)

 

『仕入れも一括され、非常に低価格で買える様になっていると言う事です………』

 

 ふむふむ、確かに第三の物価は安いよなぁ。

 でもそれは仕入れ云々じゃなくて、NERVが補助金出してる所為なんだけど………。

 

『それでは、商店街の皆様にお話を聞いて見ましょう。えーと………』

 

 アナウンサーのお姉さんはキョロキョロと辺りを見回し―――――僕と目が合った。

 あ、やば。

『そこの犬を抱いてる君。ちょっと良いですか〜?』

 良くない! 全然良くない!

 目でアナウンサーの人に必死に訴えかけても、相手は気にせず僕の前まで来る。

「わっ、わっ、凄いっ。おにいちゃん、こっちに来るよっ」

「く、くえぇ……」

『お年はいくつですか?』

 ずいっと僕の口の前に突き出されるマイク。

『あ、その………14です』

『お名前聞いても宜しいでしょうか?』

『い………』

 ………良く考えたら、エヴァパイロットの僕が名乗る事はもちろん、TVに映る事すらまずいんではないだろうか?

 あ、でも、やばいのだったらNERVが規制掛けてくれるかな?

『ちなみにこれは生放送なので、ちゃっちゃとお願いしますね〜♪』

 え゛っ!? 生放送!?

『………シ、シンジです』

『では、シンジ君。ここの商店街には良く来るんですか? 買い物帰りみたいですけど』

 アナウンサーのお姉さんは目敏く僕が持つ袋(クレヨン&スケッチブックやその他雑貨)を見るとそう質問してきた。

『は、はい、でもまだ夕食の買い物もしなくちゃいけないですし………』

 だから、早く解放してくれ。

『夕食の買い物? 中学生なのに偉いですね〜』

『は、はあ』

『それでは、この商店街でシンジ君のお勧めするお店を教えてください』

『え………お勧め……するお店ですか?』

『はい、そうです!』

 良かった………まだ、答えられる質問だ………。

 お勧めする店ねぇ………。

 ―――――と、首を捻っていると熱い視線が大量に自分に突き刺さっているのを感じた。

 周りを見ると、期待の目で見る人人人………って、普段僕が買い物してる所のご主人ばっか!?

 こ、これは………(汗)

『さあ、どうぞ!』

 そんな僕の状況になどまったく気がつかず、アナウンサーがずずいっとさらにマイクを突きつけてくる。

 あうあうあう〜………(滝汗)

 額から大量に溢れ出す脂汗を拭い、必死に当たり障りのない答えを探す。

 が、そんな都合の良い答えは、四方からの重圧プレッシャーが掛かった今の状態で出て来るわけが無かった。

 

くいくい

 

 そんなアナウンサーのお姉さんのスカートを引っ張る存在がいた。

『え?』

 アナウンサーのお姉さんが視線を下に向けると、そこにはペンギンさんフードの幼児。

 って、ペンペン!?

「シンジさんをいじめないで下さいー!」

『お、お嬢ちゃん、いじめてる訳じゃないのよ? ただ質問してるだけで………』

「でも、シンジさんは困ってますーー!」

 両手をばっと広げて僕を庇うように立つペンペン。

 僕はそんなペンペンをワン吉を抱いてない方の手で慌てて抱きかかえる。

「い、いいんだよ、ペンペン。いじめられてる訳じゃないから」

「そうなんですかー?」

『………あ………えっと、お嬢ちゃんはシンジ君の妹さんかな?』

 僕たちのやり取りを呆然と眺めていたお姉さんだったけど、アナウンサーとしての仕事を思い出したのか、ペンペンにマイクを向けてくる。

 ………こら、サキ。自分にマイクが来ないからって、隅でいじけない。

『妹じゃないです。従妹ですー』

『従妹ですか。従兄妹のお兄ちゃんと一緒にお買い物かな?』

『はいですー………でも、シンジさんとの関係は従兄妹だけじゃないんですー』

 ………は?

 突如ペンペンが言い出した事に、僕が、アナウンサーのお姉さんが、サキが、周りの商店街の人達が、固まる。

 一体何を言う気………。

『シンジさんは私のご主人様なんですー♪(ぽっ)』

 

 

 

 時が凍った―――――

 

 

 

>ミユウ

「ミユウーーー! ちょっと来てみなさいよーーー!」

「どうしたのー?」

 ヒカリのうちのトイレを借りて洗面所で手を洗っていた私は、聞こえて来るアスカの呼び声に駆け足で居間に移動した。

「シンジがTVに出てるのよっ!」

「えっ、嘘!?」

 私が慌ててTVを覗き込むと、そこには確かにシンジ君がマイクを突きつけられていた。

「これ、商店街だよね? シンジ君、どうしたの?」

「………インタビュー受けてる」

 私の質問に答えたのは煎餅を齧りながらTVを見ているレイ。

「シンジ、凄いよねー。生放送だってー。わたしも今から行って来ようかなー♪」

「マナさん。今から行っても間に合わないと思うわよ」

 今にも玄関から飛び出していきそうなマナを止めたのは、委員長ことヒカリ。

「で、どんな質問受けてるの?」

「『第三の商店街でお勧めの店は?』だって。まったくシンジらしいわよ」

 アスカが苦笑しながら、TVを見る。

 まったく、同感。

「「「「「「え?」」」」」」

 と、のんびりほんわかTVを見ていると、出てきたのはペンギンさんフードが愛らしい子供―――それも幼児といっていい年齢だ。

「誰よ、このガキ?」

 アスカの漏らした声は私達全員の考えを代行していただろう。

 私達が呆然としている間にも話がどんどん進んでいく。

 従兄妹? お兄ちゃんとお買い物?

 訳のわからない問答が続き、そして―――――

 

『シンジさんは私のご主人様なんですー♪(ぽっ)』

 

 

 

 時が凍った―――

 

 

 

『くえぇぇ、これが証拠ですー♪』

 

チュッ♪

 

 その女の子がさらにシンジ君の頬に口付けする。

 

 

 

 ―――時は一瞬にして解凍された。

「シ、シンジ君ーーーーーー!!」

「「シンジィィィィィィ!?」」

「不潔よぉぉぉぉぉぉ!!」

「………殺すわ」

 

 

 

 数秒後、ヒカリの家の玄関のドアが蹴り壊され、暴風が商店街へと向かっていった。

 

 

 

>シンジ

 サキちゃんパンチ及びサキちゃんキック1発ずつ。

 9ミリ拳銃から発射された銃弾6発(全て実弾)。

 MAGIに感知されなかったのが不思議なほどの威力のATフィールドアタック2発。

 右レバー打ち、左レバー打ち、足払い、右テンプルへハイキック、とどめに頭の頂点へ浴びせ蹴りと5HITの連続コンボ。

 締めて、計15撃。

 

「………まあ、入院しなかっただけマシか」

「クワ………」

 僕が寝ているベットの隣で、ペンペンが心配そうに鳴く。

 そう、ペンギンの姿で。

「………都合の悪いときだけ、ペンギンに戻るのはやめようね。ペンペン」

 

ピカッ

 

「くえぇ……ごめんなさいです………」

 器用に光って変身する・・・・・・・ペンペンの頭を包帯でグルグル巻きの手で撫でる。

「別にペンペンが悪いんじゃないんだけどさ………といってもミユウ達が悪いわけでもないし………」

 僕は大きく溜息をつくと、天井をぼんやり見ながら呟いた。

「なんでかは知らないけど………僕が悪いのかなぁ?」

「くえぇ………」

 

 

 


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