「如月ゼン! 剣道部の助っ人として働けー!」
「嫌だ」
教室に飛び込んでくるなり、訳の分からない事を抜かすミニーマウスに視線すら向けず即答する。
数秒、絶句したような沈黙が漂うが、すぐに気を取り直したのか再び叫んでくる。
「な、なんでだー!?」
「めんどい」
「4文字!?」
がびーんと固まるミニーマウスを無視して、俺は目の前のブツに意識を集中する。
集中とは、行動に使わない感覚・神経・思考を一切排除する事によって、極限まで無駄を無くす手段の事だ。
まあ、普通の奴はそこまで出来ないだろうが、少なくとも俺には―――如月流を学び、『集中』という技法を取得している俺には―――出来る。
聴覚・嗅覚・味覚をシャットダウン、必要なのはそれを握る触覚、目標を見る視覚だけだ。
「はっ!!」
ヒュッ………スカンッ
俺の手から放たれたそれは、教室の後方から一番前にある教壇までの数メートルの空間を疾走し、その上にあった目標を一撃で貫通する。
ガン、カラカラ
円筒状の目標はそのボディを貫かれ、中に入っていたジュースを撒き散らし―――つまり、缶ジュースは俺の投げた棒手裏剣に貫かれて床に無様に転がった。
「ふっ、グッジョブ」
「ぐああああ!! 如月てめえーーー!」
「よっしゃーーー!!」
「ちくしょーー! なんであんな距離で当たるんだーー!」
「愚か者どもめ。俺があの程度外すか」
俺の勝利宣言に教室中から悲鳴や罵声、歓声が上がる
喜色満面の笑みを浮かべて、胴元である酒井がティッシュの空箱を持って男どもから徴収して回り―――
「って、なにやってんだーーー!!」
「む、葉月。まだいたのか?」
「な、なんだとーー! ……って、そうじゃなくて! い、今お金賭けて……」
「一口100円だ。まだ数回やる予定だから、お前もやるならそこの箱を抱えてる脇役っぽい馬鹿に言え」
「誰がやるかーーー!!」
勇者様と魔王様すぺしゃる2
〜 乱暴者とミニーマウスと 〜
「………まったく、あの程度で騒ぐとは。これだから小学生は困る」
「小学生じゃないっ!!」
わーわーと喚く葉月の頭を手で押さえ、俺は嘆息した。
ったく、一週間の昼飯代を稼ぐつもりだったのにとんだ邪魔が入ったものだ。
しばらく押さえていると、両手を振り回すのに疲れたのかぐったりと動かなくなる。
「で、屋上にまで呼び出して何の用だ? 葉月」
「屋上に連れてきたのはお前だー!」
「あー、うるせえ。話聞いてやるから、静かに話せ」
「な、なんだとーー!」
「帰るぞ」
「う………わかった」
口をモゴモゴとさせた後、葉月は意外にあっさりと大人しくなった。
こいつが『襲撃』以外でわざわざ俺を訪ねてきたのだから、それなりの理由があるのだろう。
「あ、あのね……さっきも言った通り、剣道部の助っ人に」
「めんどい」
「………………」
「わかった。ちゃんと聞いてやるから、今にも包丁で人を刺しそうな目をするな」
「ちゃ、ちゃんと聞けよっ……」
いつもなら即座に噛み付いてくるだろうに、怒りを噛み殺しながら葉月が言葉を吐く。
あー……なんか面倒な予感がしてきたな……。
―――案の定、葉月の話は面倒そうだった。
「今、剣道部……ピンチなんだ……」
そう切り出した葉月の話によると、なんでも所属する剣道部が廃部の危機らしい。
葉月は女子剣道部のエースだが、はっきり言って剣道部に葉月以外に大した奴はいない。
ほとんどが一回戦負け、葉月自身も都大会予選で良い所までは行っていたが結局敗退。
男子剣道部も―――似たような物だったらしい。
「なんだ、お前負けたのか」
「3ヶ月も前の事だ! ………今ならもっと行く、もん」
ちょっとだけ、口調を弱らせて葉月が顔を伏せる。
ま……これに関しては、事実だろうな。
3ヶ月前―――つまり、葉月が『道場破り同好会』に入る前の事だ。
葉月は道場破り同好会に入り、腕を急激に伸ばした………まあ、色々な奴と戦ったおかげもあるが、一番の理由は俺とユウの如月流だ。
俺はそんなつもりなかったんだが、何度も戦い、地面に這い蹲らせてるうちに葉月は如月流を取り込んでいった。
正確には如月流と呼べるものでも無いだろうが、いわゆる『門前の小僧』という奴で、知らず知らずにその技法を真似ていったのだ。
今の葉月と、初めて会った頃の葉月では、まるで別人のように強さに開きがある。
前の葉月で良い所までいけたのだから、今度出れば都大会ぐらい出場できるだろう。
「ふーん………で、俺に助っ人を頼むのと何の関連性があるんだ?」
「………この前、教頭がうちの剣道場に来て」
葉月はそこまで言うと、言葉を途切らせた。
口を『へ』の字に結び、拳をぎゅっと握って―――ふるふると身体を震わせた。
「学校の宣伝にもならないような、部活が存在しててもしょうがないって………」
「………ほー」
学校側としてはある意味真理だが……気に入るわけは無い。
葉月は目を伏せたまま、話を続けた。
「だから、次の大会で、男女ともに良い成績残せなかったら……廃部にして、道場取り壊すって………」
そこまで言うと、葉月の瞑った目からポタポタと雫が滴り落ちた。
「そんなのないよっ……弱い人は、剣道しちゃ駄目だって言うの……!」
自分の心情を吐き捨てるように、葉月が慟哭の声を上げる。
いつものむやみやたらにでかい態度は鳴りを潜め、今は外見通り小さな身体を抱えて震えている。
「あたしだけじゃ、無理なの! だからっ」
「………お断りだ」
「えっ……」
期待しない俺の返答に、葉月が顔を歪ませる。
「なんで……なんで!? あ、あたしが嫌いだから!?」
「なんでそうなる……お前の事は別に嫌いじゃない。でもな」
「だったら!」
「でもな………剣道部じゃない人間助っ人に入れて、それで廃部免れたとしてもお前はそれでいいのか?」
「あっ……」
……そういう事だ。
正直、今回ばっかりは力を貸してやってもいいと思った。
如月流で相手を蹴散らして優勝するのは簡単だ……だけど。
こいつは、葉月は、こんな事で俺なんかに頼ってくるほど―――弱い奴じゃ無い、筈だ。
短い付き合いだが、それぐらいの事は分かるつもりだ。
「部外者に助けられて、廃部もなしハッピー万歳。………お前はそんなんでいいのかよっ!」
「だって、しょうがないじゃない! 今、あたし以外はみんな諦めちゃって、来ないんだもん! 試合にだってならないのよ!」
「ざけんな! そんぐらい殴ってでも集めろ、チビ!」
「それこそ、そんな事して廃部免れたって何になるのよっ!!」
「俺が知るかっ! 自分で考えろ!」
「もういい! あんたなんかに頼ったあたしが馬鹿だった!」
葉月はそう叫んで俺を睨みつけ―――涙で濡れた目で睨みつけ、踵を返して屋上を飛び出していった。
俺は、地面に残った葉月の涙のシミを眺め……息を大きくついた。
「………あー、めんどくせえな。ったく」
俺がやる事、出来る事なんて限られている。
だったら……するっきゃねえだろうな。
「………あ、あなた、一体誰ですか?」
『道場破り同好会所属、副会長の山田だ』
「………な、なんで覆面なんか被ってるんですか?」
『趣味だ。そんなことより、剣道部二年の武田ケンジだな? これから闇討ちしてやるから、覚悟しやがれ』
「そ、そんな! 言ってること無茶苦茶ですって!」
『行くぞ!』
『うおりゃーー! 死ねっ!』
「な、なんだ、お前!?」
『貴様が剣道部の宮城タケルという事は分かっている! 戦わず死ぬか、戦って死ぬか選べっ!』
「やめろっ! うわっ……げはあっ!?」
『飛燕! 旋風! 双刃変形、二速!!』
「オ、オレはもう剣道部止め……ごげほっ!?」
『俺は道場破り同好会の山田だ! リターンマッチされたくなかったら、止めたなんて戯言抜かしてないで道場で真面目に竹刀振ってるんだな!』
『女子剣道部、三年の湊ヨシエだな?』
「え、私は桜井カナですけど……」
『すまん、間違えた』
「ゼーンちゃん♪」
「………んあ?」
机に突っ伏して至福の時を(居眠りして)過ごしていると、馬鹿に上機嫌な声が飛んできた。
顔を上げると、妙にニコニコした……というかニヤニヤした表情のユウが佇んでいた。
「セールスはお断りだ。帰れ」
「セールスじゃないよ〜……」
「だったら、押し売りか?」
「押し売りでもない〜」
「おやすみ」
「ね、寝ないでよ〜」
再び机に戻ろうとすると、慌ててユウが押しとどめてくる。
ったく、運動の後は寝るのが一番なんだぞ。
「ゼンちゃん、格闘技同好会じゃない人が剣道部の人を連続で闇討ちしてるんだって……知ってる?」
「……知らん。つーか、なんで格闘技同好会じゃないんだ? どうせ、またお前らだろ?」
「違うよ〜。だってその人自分のこと『道場破り同好会』って名乗ってるんだもん。うちのみんな、自分の部活をそんな風に呼ばないよ」
「………あっそ」
「それで、何故か必ず最後に『真面目に竹刀でも振ってろ!』って言葉残すんだってー♪」
「……………それで?」
「実は私”も”ミニーちゃんに相談受けてたんだけど、何故か剣道部の皆が戻ってきたんだってー♪」
「………ユウ、ちょっとこっち来い」
「何、ゼンちゃん?」
グダグダとくだらない事を喋るユウに笑顔で手招きしてやると、ひょこひょこ近づいてくる。
俺は近づいてきたユウの頭をわしっと掴むと、ギリギリ力をかるーくいれてやる。
「いたっ、いたいよゼンちゃん! にゃああ! やめてーー!」
「うるさい! いっぺん死にやがれ!」
「あいたっ、今頭蓋骨がミシッて言ったよ!? ねえ? ねえ?」
「うるあああああ!!」
「うにゃああああ!!」
「如月ゼン、覚悟ーー!!」
ひょい
ズベシャーー
「よお、今日も足の運びが甘いな。ミニーマウス」
「ミニーマウス言うなーー!」
勢い良く地面に顔を擦った割には、瞬時に復活するミニーマウス。
なんで俺の周りはこう丈夫な奴ばっかりなんだか。
「この間覚えたばっかりの三段突きー!!」
「覚えたばっかりの技が効くかっ!」
「くのくのっ!」
「甘い、甘すぎる!」
葉月のクセにそれなりに鋭い三連突きを避けながら、俺は高らかに笑ってやる。
まだまだ、俺に一撃食らわせるには程遠い!
ピタッ
俺に向かって木刀を突き出しながら、急に葉月が動きを止める。
フェイントか?
「………大会、優勝した」
「あっそ。俺には関係ない」
「男子も、頑張って2位になった」
「関係ないっつーに」
「……うん、でも」
葉月はスッと木刀を引き、
俺は構えを解き、
「ありがとっっっ!!」
ブンッ!
「んなフェイントに掛かるかっ!」
今日も葉月が俺の足払いを喰らって、地面を滑っていく。