ある晴れた日の昼下がり。
土曜の午後と言うものは、全ての学生にとって有意義な時間である。
ある者は日々溜まったストレスを遊びで解消し、ある者は部活動に勤しみ、ある者はバイトで金を稼ぐ。
中には読書や勉強なんて物に費やす者もいるだろう………まあ、本人の勝手だ。
全ての者が土曜の午後と言う時間を有意義に消費する―――が。
何をしたらいいか判らず、時間を持て余してしまう不器用な輩というのも存在するのだ。
例えばこの俺のように。
〜 幻のような午後 〜
暇だった。
とことん、正真正銘、冗談抜き、1%のまじりっけも無く、完全無欠に暇だった。
こうして暇を持て余すのも、独りだというのが原因だ。
いつもなら幼馴染のユウが『こんな所でごろごろしてるとナマケモノさんになっちゃうよっ』とあちこちに引っ張りまわしたり、最近メイド(使用人)になったミッシーが『買い物に付き合って下さい』と申し立てたり、クソジジイが『修行じゃ』と地獄の業火に焼かれる方がまだヌルイ訓練を課したり―――
つまりはまあ、ここ最近一人で何かをした記憶が無いわけで。
今日は三人とも何か用事があるらしく、どこかへ出かけていった。
「ぬぅ……いつの間にかあいつらに依存しているとは……不覚だった」
これは一念発起して、何か趣味でも作るしかないか?
読書―――活字を見ていると頭が痛くなる。
パソコン―――使い方判らん。というか、買う金無いし。
散歩―――道を歩く事で何かメリットが生じるのか?
スポーツ―――1人で出来るスポーツなどたかが知れている。
「………ゲーセンでも行くか」
財布の中身も考えると、妥当な線だろう。
酒井でも誘えば良いだろうし。
俺は手早く着替えると、酒井の携帯に電話を掛けた―――
ゲームセンターの中はそれなりに人で混んでいた。
「ったく、あの酒井まで用事があるとは………」
なんでも、絶対に逃せないイベントがあるらしい。
一緒に行くという選択肢も有ったが、後ろで『萌えー!』とか『貧乳マンセー!』などという怪しげな声がしたのでその案は却下した。
「……げっ、引っかからなかったか」
俺が今やってるのはUFOキャッチャー。
一昔前、流行った奴だが………さり気なく、こいつにはハマッている。
ゲーセンに来たら必ずやるが、中々に難しい。
俺は財布からもう百円出すと、コイン投入口へ放り込んだ。
ちゃ〜ちゃっちゃっちゃ〜♪
軽快な(もしくは軽薄な)音楽を鳴らしながら、クレーンを操作していく。
狙いは………某アニメでお子様に大人気の電気ネズミだ!
クレーンはがばっと広がると、人形の丸々とした胴体を掴んで空中に持ち上げ……。
「もう少し……もう少し……」
なんとか人形を掴んだクレーンが持ち上がり、穴に向かって移動していく。
ボトリ
「「ああ……」」
思わず落胆の声を上げる。
「だが、次は取れるな」
「ピ○チュウ、ゲットだぜ?」
「ああ、ゲットだ……と、100円が尽きたな。両替して来ないと」
「はい、これ」
すっと100円玉が横から手渡される。
それを受け取り、コイン投入口に放り込む。
「サンキュ、幻―――って幻!?」
「やっほー」
ブンッと音を立てて振り向くと、そこには見慣れた無表情な幻が。
いつもの制服姿で、相変わらずの髪お化けっぷり。
「お前、こんな所もテリトリーに入ってるのか……」
「まぼろーちゃんは無敵です」
「ワケわかんねえよ……」
「クレーン」
「おっと、いけねえ」
UFOキャッチャーには時間制限があって、一定時間たつと勝手にクレーンが降りてしまうのだ。
初心者泣かせの罠である。
俺はクレーンを操って電気ネズミに再トライしながら、幻を横目で見た。
「それで。幻、こんな所でなにやってんだ?」
「ゲームセンターはゲームする所」
「そりゃそうだが……」
「だけど、まぼろーちゃんはゲームしない」
「しないんかいっ!!」
「しない。わーお」
「わーおじゃねえよ……」
ボトン
そうこう言っている内に、クレーンは見事電気ネズミをGET。
俺は機械から電気ネズミを取り出すと、ポンと幻に投げた。
電気ネズミを受け取った幻は不思議そうにそれを見て―――俺に視線を向けた。
「ほれ、お前のだ」
「私の違う」
「お前の100円で取ったんだから、お前のだろ」
「さっきそこのおつり入れから盗った奴だから違う」
「盗ったのか!?」
「冗談」
ダメだ、こいつの冗談にいちいち突っ込んでたら日が暮れる。
俺はしっかりと幻にぬいぐるみを抱きかかえさせると、グリグリ頭を乱暴に撫でながら言った。
「受け取れよ。俺いらないし」
「……いらないの?」
「おう。ぬいぐるみの使い道なんて試し斬りしかないしな」
「食べてもいい?」
「駄目だ。しっかり部屋に飾れ。先祖代々の家宝にしろ」
幻の冗談を受け流し、無理矢理そう言ってやるとほんの少しだけ……表情を綻ばせた。
「………ピ○チュウ、ゲットだぜー」
幻はぎゅっと大事そうにそれを抱きしめ―――不覚にも、少し見惚れてしまった。
ユウたちと違い、こいつ相手だったらなんとなくそれもありかな、などと思ってしまった俺は………。
「そんなんで良かったら、いくらでも取ってやるよ」
なんて、ラブコメの主人公のような台詞を吐いてしまっていた。
「次、それ」
「マジかっ!? これもかっ!?」
「うん、マジ」
「いくらでも取ってやると確かに言った! 確かに言ったが……」
「それも家宝にする」
「それもマジかっ!? 冗談だよなっ!」
「ううん、マジ。金ならいくらでもあるから取る」
油断して、幻相手に馬鹿な事を言ってしまった代償は、
俺達の隣に出来たぬいぐるみの山が証明するわけで。
「そっちもゴー。ほら金ならたんまり〜♪」
「無表情で歌うな機嫌良さそうにするなせめて表情変えれーーー!!」
「にんまり」
「口だけっ!?」
まあ………。
最初の電気ネズミ抱いて、嬉しそうにしている幻を見ると、
それも悪くないかななんて―――
「誰が思うかぁぁぁぁぁ!!!」
「そのでっかいのも家宝」
「クレーンより明らかに大きいだろがっ!」
「ゼン君なら出来る」
「物理的に無理だっっ!!」