この世に生まれてきてからはや16年。

 俺もいろいろと理不尽な目にあってきたが、今回のはとびっきりだ。

 

「あなたは勇者様です!」

「……………」

 

 ………勘弁してくれよ。

 いや、マジで。

 

 

 


 

勇者様と魔王様

 


 

 

「ふああ〜〜」

 大きな欠伸を隠しもせずに、ボリボリ頭を掻きながら制服に着替える。

 黒い学生服は大した手も加えられず、入学当初に買ったまま相変わらず俺の身体には一回り大きかった。

 ………まあ、入学時から成長してないっつー、証なんだが。

 

ガララッ

 窓を開けて、新鮮な空気を吸い込む。

 あー………学校たりぃな〜。

 教科書をろくに確認もせずに、適当に鞄の中に詰め込む。

 忘れたら、『アイツ』から強奪すればいいだけの話だしな。

 鞄片手にドアノブに手をかけ―――――

 

「て〜や〜、か〜く〜ご〜」

ゴスッ

 

 なんとも気の抜ける声を出しながら、重そうな棒を振り下ろそうとしている『ソレ』を殴り倒す。

「さあ、今日の朝飯は何かな〜?」

「ひ、ひどいよ、ゼンちゃん〜。何事もなかった様にいかないで〜」

 とっとと一階に行って飯を食いたかったのだが、足元に倒れている『ソレ』に足を掴まれて立ち止まる。

「………なあ、ユウ? 幼馴染に毎朝強襲かけてくるような極悪な奴を、正当防衛で殴り倒すのは酷いと思うか?」

「うぅ、痛いよ〜。ゼンちゃん本気で殴った〜」

「人の話を………聞けっっ!!」

ガンッ

 とりあえず、転がってる『ソレ』の額にもう一度拳を叩き込んだ。

「うにゃーーーーー!」

 

 

 

 俺の名前は如月ゼン。

 ごくごく平凡………になりたい男子高校生だ。

 それで床に転がってる腰まで届きそうな黒髪の―――認めたくはないが、見た目だけは美人の『コレ』は俺の幼馴染、大和ユウ。

 共に16歳で、高校一年。

 何の因果か、小さな頃―――自分でも覚えてないくらい―――から幼馴染をやっている。

 で、なんで『コイツ』………ユウが俺を襲うのかというと………。

 

 

 

 

 

「うにゃ〜………また負けちゃった………」

 額を両手で押さえながら、涙目で呟くユウ。

 贔屓目に見ても同年代の中では大人っぽい容姿を持っているユウだが―――雰囲気が相殺しまくって、それどころか逆に幼くさえ見せている。

 恐らく察するに、容姿とは裏腹に薄い胸もそれを助長しているのだろうが。

「いい加減に諦めろ」

 朝飯のトーストを齧りながら、にべもなくそう言い放つ。

 が、ユウはまったく挫ける様子はなく握り拳を作ってそーっと俺の後ろに近づいて………。

ガンッ

「うにゃっ!?」

 後ろも見ずに放った俺の裏拳をくらって、額を押さえてうずくまる。

「うぅ……もうちょっと優しくしてくれてもいいと思うよ………」

「知るか」

「だって………勝たないとゼンちゃんのお嫁さんになれないんだもん」

「う゛」

 ユウのセリフにかぁーっと自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。

 ………とりあえず、黙らす事にした。

ガスッ

「ふにゃにゃーー!」

 今度は蹴りを喰らって、ゴロゴロと廊下に転がっていく。

 ふう、やっと落ち着いて飯が食える。

「うにゃ〜、ゼンちゃ〜ん」

 ドアを閉めて朝食を食べ始めてしばらくすると、カリカリと爪でドアを引っかく音と悲しげな声が聞こえるが無視だ。

 二枚目のトーストを齧りながら、居間の柱に掛かっている時計を確認する。

 時間は6:30。まだまだ余裕だ。

 ……時間もある事だし、食い終わったら道場に顔を出すかな。

 

 

 

 ユウが俺を襲う理由。

 ユウと初めて会った時の事は覚えていないが、こちらならはっきりと覚えている。

 一言で言ってしまえば………先ほど本人が言ったように俺のお嫁さんとやらになりたいから襲うのだが………。

 

 

 

「クソジジイーーー! 来てやったぞーーー!」

 俺は居間の奥の方にあるドアから外に出て、庭にある大きな道場に踏み込むなりそう叫んだ。

 ………ユウ? そんなものは置いてきた。

 はっきり言って邪魔だから。

「ほっほっほ、来たかぇ」

「『かぇ』じゃねえっ! 今日こそ息の根を止めてやるから覚悟しろっ!」

 道場の真ん中で座禅を組んでいた俺の背丈の半分ほどしかないジジイは、優雅に(むかつくほど優雅に)笑うだけだ。

 俺は道場の壁に掛かっている刀―――もちろん真剣―――を手に取り、鞘から引き抜いて構える。

 真剣を向けても座禅を組んだまま、微動だにしない。

 いつもの事ながら―――なめてやがるっ!

「死ね! クソジジイ!」

シャッ

ガッ!

 常人には光の糸としか捉えられないだろう俺の斬撃を、ジジイは横においてあった竹刀で受け止める。

「………既に何度も何度も口が腐るほど聞いたが、何故竹っきれで出来たそれで真剣が受け止められるんだ?」

「ゼンよ。お前が弱いだけじゃ」

「それ以前に物理法則ってもんがあるだろが!」

「駄目じゃ駄目じゃ。そんなものに頼っている内は強くなれんぞ」

「………いや、物理法則に頼るも頼られるもないだろ」

 ギリギリと振り下ろした体勢で刀に体重をかけて力いっぱい斬り捨ててやろうとしているにも関わらず、ジジイは竹刀一本(それも片手)でそれを受け止めて座ったままのんびりとしている。

 ジジイはそんな俺に向かってニヤリと邪悪に笑うとこうのたまった。

「そんな事ではそのうちお嬢ちゃんにも追いつかれて、お婿さん・・・・にされてしまうぞぇ?」

「このクソジジイ………全部てめえの所為だろがぁっ!」

 

 

 

 

 

 俺の家は代々古臭い刀術を教えている。

 刀だけではなく、素手での戦い方、それに人の効率的な殺し方(はっきり言って洒落になってないが)などまで伝わっている物騒な流派だ。

 ………冷静に考えると刀術の名を借りた暗殺拳のような気がしないでもないが、幼い頃から仕込まれている為、今更足を洗うのは不可能である。

 とにかく、道場で師範をしているこのクソジジイ―――俺の祖父の如月ゼンジロウが事の原因である。

 化け物が可愛く見えるほど強いクソジジイは後継者に生まれたばかりの俺に目を付け、英才教育………といえば聞こえは良いが、地獄の修練にぶち込んでくれた。

 まだそれは許せるが―――許したくはないが―――ユウが小さい頃に言ったアレだけは許せねえ。

 当時、まだクソジジイの事を敵として認識してなかったほど幼かった俺が修練していた時、ユウは暇そうに俺の素振りを見ていた。

 それを見ていたジジイがユウを修羅の道に引きずり込もうと誘ったのだが、『女の子は暴力振るわない』と言うユウのおばさんの正しい教えを守ってユウは拒否した。

『乱暴するとゼンちゃんに嫌われちゃうもん』

『僕、ユウちゃんの事好きだよ』

 ………このセリフは忘れてくれ。

 このやり取りを聞いたクソジジイはこうのたまりやがったのだ。

『ゼンが欲しかったら力尽くで奪う事じゃな。それ以外は認めん。ほっほっほ』

 そう―――あの馬鹿はこのセリフをまともに受けた。

 それからしばらくして俺はユウに付け狙われることとなり―――ジジイはまんまとユウを弟子に迎え入れた。

 そして………今でもそれは続いているのだ。

 

 

 

 

 

「てめえだけはぶち殺す! 斬り殺す! 焼き殺す!」

「それは殺人予告かぇ? 物騒じゃなぁ、近頃流行の『切れる若者』という奴かのぅ」

「うるせぇ!」

 何度も刀を振り下ろすが、平然と全てを受け止められてしまう。

 くっ……この妖怪ジジイがっ!

「このっ………」

「今日の『れっすん』は終わりじゃ。学校に遅刻するぞぇ」

ドゴンッ

 ジジイの竹刀が俺の視界から消えうせ、気付いた時には俺は宙を舞って……いた………。

 つーか……なんで竹刀でこんな音が……出るんだ……?

 俺の思考は………暗転した………。

 

 

 

 

 

「ふにゃぁ……ゼンちゃん大丈夫〜?」

 ユウの声が聞こえる……。

 身体は……動かない………。

「早く行かないと遅刻しちゃうよ〜」

 だから……動けないんだっつーの……。

「ゼンちゃんもいい加減諦めれば良いのに……おじーちゃんには勝てないもん」

 ……お前にだけは言われたくないぞ、そのセリフ。

「あっ、そうだ。今ならゼンちゃんに勝てるよね。うにゃ〜、ユウちゃん天才♪」

 よいっしょっと重い物を持ち上げる声。

「痛いだろうけど、我慢してね。ゼンちゃん」

「誰が我慢するかーーー!」

バキィッッ!

「うにゃーーー!」

 俺の捻り込むように突き上げた右のつま先を顎に喰らって、ユウが軽やかに空を飛ぶ。

べちゃ

 ……と、ここは庭か?

 ああ、そうか………今日もジジイの『砕破サイファ』に吹き飛ばされたのか………。

「顎が痛い〜、頭がくらくらする〜」

「ったく、あのクソジジイ………どうやったらあんな人外になれるんだ?」

「うにゃぁ……無視………」

 庭に転がっているユウの首根っこを掴み、ひょいと持ち上げる。

「こんな所に転がってると汚れるぞ」

「酷いよ、ゼンちゃん………」

「お前が人の寝込みを襲おうとするからだ」

 恨みがましい視線をユウは向けてくるが、気にせずに家の玄関に向かって歩く(持ったまま)。

 玄関先にほっぽり出されている二つの鞄を持って、時間を確認する。

「げ……もう八時前」

「ゼンちゃんが寝すぎなんだよ〜。私なんかゼンちゃんにどう殴られても5分で立ち上がれるよ」

「お前と比べるな不死身超人」

「うにゃ〜」

 ユウはすこぶる身体が丈夫である。

 どの程度丈夫かと言うと、ジジイの化け物染みた強さとタメを張るほどにだ。

 まあ、おかげで安心して殴れるんだけどな。

「ゼンちゃん、このまま学校まで運んでね」

「却下」

 ドサッと地面に降ろすと、恨めしそうに見上げてくる。

「………ゼンちゃんがいっぱい暴力振るったせいで立てなくなったのに」

「どう殴られても5分で立ち上がれるんじゃなかったのか?」

「うにゃぁ……」

 言い負かされたユウはいじけて地面の上で丸くなる。

 ……ネコか?

「………もうかなり手遅れだと思うが、制服汚れるぞ?」

「うにゃっ!?」

 ユウは慌てて立ち上がるが、やはり手遅れでスカートに致命的な泥がこびりついている。

「うにゃぁ〜、うにゃぁ〜」

 泣きながら(鳴きながら?)、必死にハンカチで擦るがどうも取れそうにないと判断したユウは、俺の方を向いた。

「責任とって」

「………どうやって?」

 今から洗うと到底間に合わなくなると思うが。

 俺が聞くとユウはにっこり笑いかけてくる。

「今日は一緒にさぼろうね〜」

「却下」

「えー、なんでー?」

「馬鹿。スカートが汚れたぐらいで学校ふける奴がどこにいる」

 俺の言葉にユウは自分と俺を交互に指差し、

「ここに二人いるよー♪」

 と嬉しそうにのたまった。

「アホかっ!」

ゴンッ

「さっさと行くぞ!」

「うにゃーん、私何にもしてないのに〜」

 ユウの首根っこを再び掴んで、ずるずると引きずって登校する俺だった。

 なんで朝っぱらからこんなに疲れにゃいかんのだ。

 

 

 

「見つけた………」

「見つけた………」

「勇者様を………」

「魔王様を………」

「「………ん?」」

 

 

 

 

 

きーんこーんかーんこーん………

ダダダダダダダッ!

「だああああああ〜〜〜!」

「うにゃーーーー!」

バンッ

「ユウ、タイムは?」

「10分フラットだよ〜」

「よし、自己新だ。次は10分を切るからな」

「うん〜」

 教室に飛び込むなり、漫才をしている俺達にかなりタッパがある男子が話しかけてくる。

「相変わらず仲良いよな、お前ら」

 こいつの名前は酒井シュン。

 中学からの付き合いで、一応俺の悪友だ。

 それと同時にユウとのゴタゴタを知っている数少ない理解者でもある。

「何を言う。知ってるだろ、こいつが俺の命狙ってるの」

 俺が肩をすくめてそう言うと、ユウは不満そうに口を尖らせる。

「命は狙ってないよ〜」

「あっはっは、ある意味正解だな。如月のハートを狙ってるんだから………うぐっ」

「黙れ」

 アホな事を口走る酒井の喉元に人差し指を突きつける。

 もちろん脅しではなく、後数センチ指を突き込めばあっけなく昇天させられるような体勢だ。

「じ、冗談だよな? マイフレンド」

「………冗談だと思うか?」

「スマン。二度と言わないから、その指を遠ざけてくれ」

 俺はゆっくりと指を離すと、酒井に朗らかに笑いかける。

「はっはっは、冗談だ。分かってるくれるよな、酒井」

「おま……やめろよな……洒落で人の生命線握るの……」

 疲れたように呟く酒井の隣を通り過ぎ、席に着く。

 そんなやり取りを見ていたユウはスッと酒井の首元に手を伸ばす。

「えーと……今ここら辺押さえてたよね〜」

「そこ、復習するな。というか復習した技を誰に使うつもりだ」

「ゼンちゃん」

「即答かい………」

 酒井に続いて俺までぐったりする。

 俺はちらりと友人に視線を送り、問うた。

「なあ、酒井………冗談で友人に殺されかけるのと、幼馴染に常に付け狙われるの……どっちの方が不幸だと思う?」

「………何言ってやがる、この幸せ者」

 数少ない理解者である友人の答えは冷たかった。

 

 

 

 

 

 ―――昼休み、屋上。

「大体だな………もぐもぐ………如月が大和さんの事撃退するから………もぐもぐ………悪いんじゃないか?」

「………飲み込んでから話せよ」

 俺の忠告に酒井は口に含んでいたアンパンを飲み込み、牛乳をすすって改めて俺のほうを向いた。

「一度負けてやれば、大和さんも満足するだろ? お前が一回痛い思いすればあとは丸く収まるじゃないか」

「あのなぁ………負けると俺はアレのお婿さんにされるんだぞ?」

「いいじゃないか。お前と大和さん、お似合いだぞ?」

ガンッ

バタッ

「ふぅ………」

「『ふぅ……』じゃないっ! おいこら! いきなり裏拳かますな!」

 屋上の固いコンクリートの床に這い蹲りながら、酒井が訴えてくる。

 割と手加減抜きで、しかも顎を撫でるように殴ってやったのに元気そうだ。

 ………こいつも大概丈夫だな。

「大丈夫だ、後遺症は多分残らない」

「た、多分ってなんだ!?」

「気にするな、大した事じゃない」

「充分大したことだろおい!」

バタン

「うにゃー! ゼンちゃ〜ん! 昼ごはん買ってきたよ〜♪」

 屋上の扉から、市販の弁当と缶ジュースを二つずつ抱えてユウが姿を現す。

 ユウはフェンスにもたれかかって座っている俺と、その隣で地面と熱い抱擁を交わしている酒井に交互に視線を向け、立ち止まっていたが………。

「はい、ゼンちゃん。お弁当♪」

「サンキュ」

「………や、大和さん、オレは無視なのかい?」

 ユウの態度に涙で床を濡らしている酒井は放って俺は弁当を受け取り、ユウは俺の隣に腰を下ろした。

 地面に腰を据えると、ユウは嬉々として弁当の蓋を開けて割り箸を取り出す。

「じゃーん♪ 今日はコロッケ弁当を買ってきましたー♪」

「………お前、いつもコロッケ弁当だろが」

「そうともいうね〜」

「そうとしか言わねえよ」

 軽いトークを交わしながら、俺も弁当の蓋を開けて食べ始める。

 ちなみにユウを毎回パシリに使ってるわけじゃない。

 今日はたまたまジャンケンに勝っただけだ。

「何事もなかったかのようにオレのことは無視なのか………」

「酒井もパン派から弁当派に鞍替えすれば、少なくともジャンケンには混ざれるぞ?」

「………そこまでしてかまって欲しいわけじゃないやい」

「はむはむ………美味しいね〜、ゼンちゃん」

「………(滝涙)」

 ………そこまで態度を徹底すると感心するぞ、ユウ。

 

蒼き蒼き勇者様―――

あなた様のお力を―――

 

「………ん?」

「どーしひゃの、ゼンひゃん?」

 コロッケを口にくわえたまま、ユウが不思議そうに首を傾げる。

「いや、なんか耳鳴りが………」

 ん〜、なんか変な声が聞こえたような気がしたんだが………帰りに耳鼻科でも寄っていくかな。

 

 この時、俺は気付かなかった。

 この声が気のせいでも何でも無いことを。

 そして、コロッケを口いっぱいに頬張っているユウの耳にも違う声が響いていた事を―――。

 

紅き紅き魔王様―――

あなた様のお力を―――

 

「ほんとにコロッケ美味しいね〜」

「あ……てめっ、ユウ! 俺のコロッケいつの間に盗りやがった!」

 本人自身、完全無欠にまったく気付いていなかったが。

 

 

 

 

 

カーーンッ

コロコロ………。

 蹴飛ばした空缶が道路を転がる。

「ふああ〜……」

 大きな欠伸を放ちつつ、のんべんだらりと道路の脇を歩く。

 うーむ、授業の間にしっかり寝ておいたんだが、まだ寝足りないな。

 ………こんなんで進級大丈夫か、俺?

 

 登校時と違って、下校時はほとんど一人で帰るのが常だ。

 あの不死身超人ほえほえは部活である。

 しかも非常に物騒な事に剣道、柔道、空手、合気道、ナギナタ……とにかく格闘の名のつく部を襲撃する『格闘技同好会』―――別名『道場破り同好会』会長だ。

 もちろんそんなアホな同好会に入っているのはユウ一人―――と言いたい所なのだが、ユウ曰く「歴史のある同好会で入部は後を絶たない」……らしい。

 一度覗きに行ったが、同好会の連中に襲われてから行っていない。

 別にユウが人海戦術を取ったのではなく、アレで意外と(本当に意外だが)人気のあるユウと仲が良い俺に対する男連中のやっかみである。もちろんそんな連中は端から端まで殴り倒したが。

 で、言わなくても判るだろうが、その部活はユウの予行練習場だ。

 ―――俺に対する襲撃の。

 

 

 

 

 

 思い出す。

 昔の事、父さんと母さんがいなくなった時の事。

 それからしばらくして―――襲撃を掛けに来るようになったユウの事。

 

『…う……ひっぐ………』

 

 それは不慮の事故だった。

 両親の乗った飛行機が墜落すると言うありがちな………でも、確かにそこに存在する現実だった。

 当時まだ10にも満たなかった俺は両親がいなくなった事を理解すると、日がな一日泣き続けた。

 家から一歩も出ず、ただ両親の思い出にしがみ付いて泣いていた。

 唯一の肉親のジジイは何も言わず、今まで強制していた修練すらやらせずに黙って食事を与えてくれた。

 そんな事が一週間も続いた頃だっただろうか―――。

 ユウが俺の部屋に入ってきたのは。

 

『ゼンちゃん………』

『………なんだよ、ほっといてよ』

『えいっ』

 

ぺちっ

 ユウは蹲ってる俺の前に来て、力の抜ける様な声を上げながら―――俺の頬を叩いた。

 だが、力も体格も技術もないユウの手は、叩くというより触れると言った感じで痛くなかったが。

 

『何するんだよ……』

 

 俺はてっきり情けなく酷く醜い自分を……ユウが怒りにきたのだと思った。

 だけどあいつはぺちぺちと何度も叩きながら、笑ってこういいやがった。

 

『ゼンちゃんのおじーちゃん前に言ってたもん。

 ゼンちゃんを倒せばお嫁さんになれるって。

 そしたらゼンちゃんのお父さんとお母さんにはなれないけど、家族にはなれるもんね』

 

 そう言った次の日から……蹲る俺の所にユウはぽこぽこと叩きに来た。

 学校を休む俺に付き合って、朝から晩までずっとずっとずっと―――。

 

 

 

 

 

ぶみっ

 変な物を踏んづけた感触で思考を止めて正気に帰る。

 なんだ? この弾力は犬の○ンじゃないし………。

 何故か嫌な予感が走りまくった俺は、下を向かずに何度もぶみぶみと踏みつけて感触を確認する。

「うわぁ〜ん、踏まないで下さいよ〜」

 なにやら幻聴が聞こえる。

 嫌な予感は高まるばかりだったが、こうしていても状況は変わらないので視線を下に向けることにした。

「重いぃ……足が〜、足が〜」

 何かが足の下で蠢いている。

 きっとろくな物ではないだろう。

 ………このまま踏み潰すか?

「やぁぁんっ、早く退いて下さい〜」

 俺の考えを読み取ったのではないだろうが、何かがさらに激しく暴れる。

 仕方ない、足を退かしてみるか。

「ふぃぃ………もうっ、酷いですよっ。次からはちゃんと下を見て歩いてくださいねっ」

 別段普通の女の子だった。

 ―――リカちゃん人形サイズである事を除けば。

「ああっ!? なんで無言で立ち去ります!?」

「幻聴だ、耳鳴りだ、俺は喋る人形なんて見ていない」

「人形じゃないですよっ、ほらっ」

 キラキラッと光りながら、人形が俺の顔の前に飛んで・・・くる。

 背中にトンボの羽のような物が見えた気がする。

「この通り、正真正銘の本物の妖精………って、なんで無言で歩き出しますか!?」

「うるさい黙れ幻聴。俺はこれから家に帰って、ドアの前にバリケードなんぞ張りつつゆっくりと惰眠を貪るんだ。幻聴などに構ってる暇はない」

「ええーっ!? 私はあなたを連れて行かなきゃいけないんですから帰らないで下さいよーーーっ!」

 俺はそんな幻聴なぞ聞き流し、歩を進め………って。

「ちょっと待て幻聴」

「あの……幻聴って」

「今、何か非常に聞き捨てのならない言葉を吐かなかったか? 連れて行くとかなんとか」

「はいっ! 私の仲間の所に連れて行きます♪」

がすっ、べちんっ

 飛んでるソレを速攻で地面に叩き落とす。

「な、なにするんですかぁ………」

「妖精の国なんぞに連れて行かれてたまるかっ!」

「そんな訳のわからないとこに連れて行きませんよぉ」

 へろへろと幾分弱りながら、喋る飛ぶ人形(仮)は再び顔の前に来た。

 こうなったら引っ掴んでゴムで縛り上げて、野犬の餌にしてやろうかと考えていた時、

 

 背筋に悪寒が走った。

 

 ほとんど反射的に飛んでる人形を引っ掴み、横に跳躍した。

ガズンッ!

 やたら物騒な音を立てて、数瞬前まで俺達がいた道路に何かが突き刺さった。

「なっ………」

「驚きの余り声も出ないようだな………勇者よ……」

 ゆらりと建物の影から現れた人影。

 二人……いや、三人だ。

 男二人に女一人の三人組………。

「我らの攻撃を避けたのは褒めてやろう」

「だけど、幸運は二度も続かないよ」

「そう、お前はここで死ぬのだ」

 俺の本能が、理性が、俺を構成する全ての物が警鐘を鳴らしている。

「じゃ、頑張れよ」

「なんでさわやかに去るんですかーーー!?」

「うるさい! 明らかにシャブか薬で逝ってんじゃねえか、あいつら!」

 カカワルナ、アイツラハアホダと高らかに俺の中の何かが叫んでいた。

「誰がシャブ漬けだ!」

 そう怒鳴ったのは最初に声を出した男、グラサンに鋲打ちの革ジャンが自分はチンピラだと全身から主張しているかのようだ。

「この平和な日本であんなもん投げつけて来る奴の何処が逝ってねえつーんだ!」

 あんなもん=現在道路に突き刺さっているトゲ付き鉄球………通称モーニングスターと呼ばれるものだ。

 こんな物を今時の日本で通行人に投げつけたら―――というか、所持しているだけであっさりブタ箱行きだろう。

「はん。武器を見た程度で怯えるなんて………とんだ勇者だねぇ」

 そう言ったのは三人組の中で唯一の女。やはりグラサンを付けて鋲打ちの革ジャンを身に付けているが、一番目を引くのはこれでもかと言うぐらい自己主張している大きな胸だろう。

 ………92のEと見た。

「って、誰が勇者だ! 俺はそんな恥ずかしい存在になったつもりはない!」

「誤魔化しても意味はない。どちらにしてもお前はここで死ぬのだから」

 そしてラスト。服装は他の二人と一緒だが………なんつーガタイだ。俺は170をちょい過ぎた辺りだけど、奴との差は30p以上の開きを感じる。

 つまり2mを越す熊みたいな巨人という事だ。

 よし、これからチンピラ、巨乳、デクノボウと呼称しよう。

「な、なんてこと………もう既に勇者だと言う事がばれてるなんて………」

「ふ、語るに落ちたな。自分達からばらすとは……馬鹿が」

「いや、俺は何も語ってないんだが」

 それ以前にお前らに馬鹿にされるの、凄いむかつくんだが。

「おい、アレらはお前の知り合いか?」

「そんな! 知り合いなんかじゃないです! あれは私達の敵です!」

 私『達』って、勝手に俺を巻き込むな。

 むかついたので喋る人形を掴んでる手をぶんぶんと振ってやる。

「あうあうあうー! なにするんですかぁ……?」

「うるせぇ! 遊ぶんなら俺に関わらないように遊べ!」

「漫才はそこまでにしてもらおうか」

 デクノボウが道路からモーニングスターを引き抜きながら、そう言って来た。

 チンピラと巨乳もそれぞれ懐から小刀と鞭を取り出す。

 おまわりさーん。ここにあからさまな犯罪者がいますよー!

「さあ、早速で悪いが死んでもらおうか」

「………てめえら、人が我慢してれば好きかって抜かしやがって」

 俺が拳をフルフルと震わせていると、人形が慌てて指(掴まれているのでそこしか触れない)を揺さぶる。

「だ、駄目ですよ! 勇者といえど覚醒前に勝てるわけないです!」

「ほう………覚醒前か。良い事を聞いた」

「ああーーー! しまったーーー!」

 人形とチンピラーズのやりとりはまったくもって訳が分からんが、非常にアホな会話をしていると言う事だけは痛いほどに分かった。

 そうこうしているうちに三人組が、逃走できないように周りを囲んでくる。

「お前も運がないな……だが、馬鹿なパートナーを選んだ自分を恨むんだな」

「………」

 既に文句を言う気力も失せていた。

「「「死ねーーーー!」」」

 三人組は一斉に武器を振りかざして襲い掛かり―――。

 

ガッ、ドゴスッ、バキィ

 

「さて、アホ共の漫才も終わったみたいだし帰るか」

 今日は確か9時からずっと見てるドラマがあったな。

 看護婦が好きという訳ではないが、あの主役のドジっぷりが面白いのだ。

「なななな、なんでっ!? なんで勇者の力使ってないのにそんなに強いんですむぎゅっ

 なにやら騒いでる人形をゴミ捨て場に突っ込む。

「今日も平和な一日だった、まる」

 なんとなくそう呟いて帰宅した。

 

 

 

 

 

「………で、なんでお前がここにいるんだ?」

「だから私はあなたを連れて行かなきゃいけないんですってば〜!」

 帰宅すると俺の部屋に人形が居座っていた。

 しかもご丁寧に俺の帰りを待つように部屋の中央でちょこんと。

 気づかない振りをして踏み潰したい衝動に駆られたが、なんとか我慢する。

「なんで俺なんだ………? 出来ればもっとそういうのを喜びそうな奴の所に行ってくれ」

 例えば勇者という響きが好きそうな虚構と現実の区別もつかないゲーマーとか。

「他の人じゃ意味ないんですよ! 勇者はあなたなんですから〜!」

「はあ………ちょっと待て」

 大きくため息を付き、一時人形の訴えを手で遮る。

「うざいほどにしつこいとか、俺はお前みたいな非現実的な存在と付き合う気はないとか、人の部屋に勝手に入ってるのが気に食わんとか、いろいろ言いたいことはあるが………とりあえず」

「は、はい、なんですか?」

「臭いぞ」

「うぅ、あなたがゴミ置き場なんかに突っ込むからじゃないですかーーーー!」

 ………確かに正論だな。

「仕方ない。風呂貸してやるから入って来い」

「え? ほんとですか!?」

「ほんとだからさっさと行って来い」

「行きたいんですけど………私じゃ扉とか開けないんです」

「………まあ、そのサイズじゃな」

タッタッタ、ガチャ、ぽいっ

 仕方がないので、風呂場まで連れて行き湯船に放り込む。

「は、はわわ!」

「ゆっくり堪能してくれ」

「いきなり放り込まないでください! 溺れますよぉ!」

 出来ればそちらの方がありがたいが。

「それに服だって着てるのにぃ………」

ばたむ

 なにやらぶつぶつ言っている人形を尻目に自分の部屋に引き換えす。

 ………そういや、あいつドアの一つも自力で開けられないのに、どうやって部屋に入ったんだ?

 

 

 

 

 

ポリポリ

むしゃむしゃ

「今日も張り切ってドジしてるなぁ………」

 リビングで横になりながら、ポテチを齧る。

 TVではドジな看護婦がワゴンを病室に突っ込んだ所だ。

 ここまでドジを連発できるのは、ある意味才能だよな。

どたばたどたばた

「ん?」

 廊下で何かが走っている音がする。

 ユウか? でも、あいつはこんな時間に来ないし………。

 まあ、どうでもいいだろう。泥棒だったとしてもこの家には何も盗る物はないしな。

 リビングに踏み込んできたら殴って外に捨てれば良いだけの話だ。

 ………何か、忘れてる気がするが。

どたばたどたばた

ガチャ

「あーーー! こんなとこにいましたね!」

「………」

「黙らないでください! 私をお風呂場にずっと閉じ込めておいて一体何してたんですか!?」

「………いやさ」

「なんですか!? 言い訳なら聞きませんからね! くしゅんっ………ほら、風引いちゃったじゃないですかっ!」

「アンタ……誰?」

 少なくとも俺の知り合いにワイシャツ一枚で突入してくる女はいないんだが。

 しかも、髪の毛緑色だし。

「へ? 何言ってるんですか、私ですよ私」

「ワタシさんか。初めまして」

「違います! あなたのパートナーの妖精さんです!」

 パートナー? 妖精?

「………悪い、やっぱり分からん。第一、俺の知り合いにパートナーも妖精もいない」

「なんでですかーーー!? つい、さっき3時間ぐらい前まで話してたのにぃ!」

 3時間前?

「……………おお」

「お、思い出しましたか?」

「さっき注文したラーメン屋の盆回収か。それなら台所にあるから、取って行ってくれ。悪いな」

「違いますーーーーー!!」

 まあ、ラーメン屋の人間がワイシャツ一枚の姿で現れるわけないな。

「かなり認めたくないんだが………もしかして、お前さっきの人形か?」

「人形じゃなくて、妖精ですけど……そうです」

「そうか。お前乾燥シイタケか何かの一種だったんだな? だから水につけたら膨らんで」

「そんなわけないですっ!」

 ………からかうのはこれぐらいにするか。

 さっきまでならともかく、ちゃんとした人間の女に見えるのでちゃんとした対応を取るべきだろう。

「で、なんでお前そんなに大きくなってるんだ?」

「い、いつまで経ってもあなたがお風呂場に迎えに来てくれなかったから、根性で大きくなるしかなかったんじゃないですかぁ……」

 いや、根性で大きくなれるものなのか?

 思わずマジマジと見てしまう。

 ………こいつよくよく観察すると………美人だな。

「えっと、どうしたんですか? 顔真っ赤ですよ?」

「う、うるさい。それはともかく、そのワイシャツなんだよ?」

「あ、今まで着てた服、サイズが合わなくなっちゃったんであなたの借りました」

「それはいいが………下も着てくれ。頼むから」

「え? 下ちゃんと着てますよ? ほら」

 ぴらっとワイシャツの裾を捲る人形……いや、妖精? まあなんでもいいけど、女。

「………やめろよな、俺のトランクス履くの」

「トランクス? ああ、この下履きのことですね。他に履けるのなかったんです」

「ズボン履け、ズボン」

 ぼやきながら、視線をそらす。

 実は俺、こういう無防備な女に免疫ないのだ………。

 ユウはあれでしっかりしてる所あるし。

「履いたら話聞いてくれます?」

「聞く、聞くから履いてくれ」

「今すぐ履いてきますね〜♪」

 どたばたと廊下に消えていくそいつの後姿を見ながらぼやいた。

「………もしかして、分かっててやったんじゃないだろうな」

 

 

 

 

 

「じゃ、お話します!」

「………なるべく手短にしてくれ」

 帰ってきた妖精女は、ワイシャツも着替え、セーターにジーンズと言うちゃんとした格好で戻ってきた。

 嵌められたとも思ったが、目の保養にはなったので許しておく。

「あなたは勇者様です!」

「……………」

 びしっと指を指してくる妖精女に俺は『もうそれはいいから』と手を横に振る。

「ごほん。えーと、私達光の者は―――あ、えっと勇者側の人間をそう言うんですけど―――長年勇者の力を持っている人間を探してきました」

「………それが俺ってか?」

「はい、その通りです!」

 即座に『帰れ』と言いたい所だが、最後まで聞かないと五月蝿そうなのでとりあえず黙っておく。

「それで探していた訳なんですが、闇の者っていう悪役をやっつける為なんです」

「悪役っておい」

「いいじゃないですか、分かりやすくて」

「………まあいい、続けてくれ」

「はい。そいつらが悪いことをするので、勇者様にビシッッとやっつけて欲しくて」

 『つまりは他力本願かい………』と口には出さず、頭の中でうめく。

「あ、もちろん、私達光の者だけでも充分闇の者には対抗できるんですよ?」

「………じゃあ、なんで?」

 『聞いて聞いて♪』と尻尾を振りそうな(あったらの話だが)表情で待つので、それを渋々聞いてやる。

「相手側も勇者と対を成す存在―――魔王を探しているからです!」

「………『それに対抗できるのは勇者だけ』と言いたいのか?」

「はいっ!」

「それで………話は終わりか?」

「え? はい、そうですけど?」

「帰れ」

「にゃ、にゃんですとっ!?」

 いや、舌噛んでる舌噛んでる。

「な、なぜですか!? 理由を教えてくださいっ!」

「面倒だから」

「そ、そんな理由でっ!? 世界を征服されちゃうんですよ!?」

「………されないだろ。『勇者』の俺が人間なんだから、どうせその―――俺と同じく巻き込まれるだろう不幸な『魔王』も人間だろ? そいつは銃より強いのか? 戦車より強いのか? 核ミサイルより強いのか?」

「え、えーと………たぶん」

「適当抜かすなっ、ボケ!」

「だ、だってぇ、勇者と魔王なんて今まで伝説上の存在だったんですよ? 実力なんて知りませんよぉ………」

 しおしおと小さくなる妖精女。

「……言っていることはもっともだが、だったら何で俺が勇者だと分かる?」

「直感?」

「殺すぞゴラァ!」

「ひゃあっ!?」

 決めた。こいつは後で庭に埋めよう。

 いや、後でなんて言わず、今すぐ………。

「ほ、ほんとなんですよぉ。光の者には勇者が、闇の者には魔王が分かる能力が備わってるんですってば〜」

 身の危険を察したのか、慌てて捲くし立てる妖精女。

「………で、さっきのクソ弱い連中が闇の者って訳か」

「充分強かったはずなんですけど………そうです」

「はあ……しゃあないな。あんな連中がこれからも周りをうろつくんじゃ落ちつかねえし」

「じゃ、じゃあ、勇者様として目覚めてくれるんですね!?」

 勢い込んでテーブルから身を乗り出して顔を近づけてくる妖精女。

 や、やっぱりこれも分かっててやってるんだろうか………。

「んなわけないだろ。つまりは俺が勇者をやる原因を消去すればいいんだろ」

「え?」

「つまりは魔王とやらを説得するなり、拳で納得させるなりして戦わせなきゃいいんだろ?」

「う、うぅ……あってるような、激しく間違ってるような………」

 女が頭を抱えて悩んでいるが、そんなのは無視だ。

「で、でも、どうやって魔王を見つけるんですか? 闇の者じゃなきゃ見つけるのは無理ですよ」

「そのことなら大丈夫だ。どうせさっきのヘッポコ三人組が黙ってても来るだろ。一発ずつしか蹴ってないし」

ドカンッッ

 と、その言葉の直後に外から何故か激突音。

 俺と妖精女は顔を見合わせて……ベランダから外を見た。

 音はどうやら道場の方から音がしたようだ。

「ま、まさか勇者様のご家族を!?」

「………人質にしようとしたのか、間違えてそっちに行ったのかは知らんが馬鹿な奴ら」

「え?」

 初めて俺はあいつらに同情した。

 予想通り、数秒後二回ほど激突音が響いた後、辺りは完全に静寂を取り戻した。

 

 

 

 

 

「クソジジイいるか〜?」

「ほっほっほ、なんじゃゼン。お前の相手ならワシが美味しく頂いてしまったぞぇ」

「あー、んな雑魚戦う気しねえよ。それよりこいつら貰ってくぞ」

「なんじゃ、起きたらもう一度戦ろうと思っていたのにのぅ」

「アホ、弱いもの苛めして何が楽しいんだ。じゃあな」

 ズルズルと道場からアホ三人組を引き取る。

 見事に三人とも顔が陥没していた。

「あ、あの勇者様………? あのお爺様は………」

「魔王なんぞよりよっぽど現実的で恐ろしい存在だ」

 というか、あのジジイに勇者をやってもらった方が早いんじゃないか?

 喜んで闇の者とやらを搾取しそうだし。

 そう考えながら、庭に出て転がっていたロープで3人組を木に逆さ吊りにする。

 ちなみに三人の真下は池になっている。

「懐かしいな………小さい頃は良くここにぶら下げられたもんだ」

「そ、そうなんですか………?」

「ああ。それでその状態のまま、攻撃を避けろなんて言われたもんだ。今となっちゃ笑い話だけどな」

 あんまりにもヌルすぎて。

「じゃ、こいつら起こしてさっさと聞き出すか。最低でも明日には終わらせたいし」

 先ほどから掴んでいた三本のロープ―――何故か3人組の足に繋がっている―――をパッと離す。

ぼちゃーんっ

 3人組は見事自由落下の法則を見せて池に沈没した。

「1…2…3、起きたかな?」

 片手だけで三本のロープを引き上げる。

「げほっごほっがほっ……こ、ここは!? なぜ地上が上にあって空が下にある!?」

「空……空が落ちてくる………」

「………(ぶくぶく)」

 さり気なく混乱している3人組に(一人は背が高いために引っ張り上げても、池に頭が沈んだままだが)俺はにこやかに話しかける。

「ご機嫌はいかがかな? チンピラーズ」

「き、貴様は勇者!? おのれ、あんな怪物を飼いおって! それでも勇者か! 退治しろ退治!」

 唯一正気に戻ったチンピラが俺の姿を見て喚きたてる。

 その気持ちは死ぬほど良く分かるが、俺にはまだ無理だ。

「さあ、お前らにはこれからご機嫌よく歌ってもらう。拒否権はない」

「馬鹿が! 勇者などに教える事はな」

ひゅーんっ、ぼちゃーんっ、ぶくぶくぶく………ざばーっ。

「何か言うことは?」

「なんでも聞いてください勇者様!」

「お、鬼………」

 ちょっぴり後ろで呟く声が痛かった気がしないでもないが、無視して質問を続ける。

「魔王の居場所は?」

「なっ……そんなこと言える訳が………」

「さて、違う奴に聞くことにするか。なんたって三人いるからな」

「あなた様の学校で発見しましたーーーー!!」

 ………俺の学校?

 ってことは知ってる奴かもしれないな。

 それなら説得がし易くて助かる。

「外見、特徴、名前、なんでもいいから知っていることを全部吐け」

「そ、それは………」

 

 その時だった。

 先ほど襲われた時以上の嫌な予感。

 そして、何故かいつもの慣れた感覚。

 

 俺は咄嗟に妖精女を抱きかかえ、地面を転がった。

 本能が横に避けるな、しゃがめと言っていた。

カッ

 真っ赤な閃光。

 視界は紅に染まって、俺は知らずの内に絶叫していた。

「ーーーー!?」

 声にならない叫び。

 圧倒的な熱量が頭の上を通り過ぎて言ったのを感じる。

 視界が開けた時、三人組を吊るしていた木とその向こうにあった塀が跡形もなく消えていた。

「あ、ごめん。塀壊しちゃった〜」

 俺の後ろから悪びれもなく聞こえてくる声。

 俺は振り向きながら叫んだ。

「何しやがるんだっ―――ユウッ!!」

 

 

 

 

 

 振り向いた先にはいつもと変わらぬ制服姿のユウがいた。

 ただし、その手に怪しげな銃を持っている以外は。

 その銃は不自然なほど大きく、ユウの頭ほどのサイズがあるのに―――ユウは片手で扱っていた。

「ま、魔王………」

 呆然と、後ろから妖精女の呟く声が聞こえる。

「魔王………ユウがかっ!?」

 良く見れば………ユウの肩には小さな人形……つまり妖精が乗っていた。

 こっちの妖精女とは違って羽が蝙蝠の羽で男だったが。

 その妖精男は俺達を見て笑っていた。

「くすくす。そっちの勇者はまだ目覚めてないみたいだね……ミッシー?」

「ミッシー言わないで! 私の名前はミシリア・オシオン! あなたこそマコピーの癖にっ!」

「なんだと!? 僕の名はマコニウム・ピリオンだ! お前と一緒にしないでほしいね!」

 …………。

「で、そのマコピーとやら」

「お前までマコピー言うな!」

「お前が………ユウをおかしくしたのか?」

「おかしくとは心外だね。本来あるべき姿にしてあげたのさ。君だって勇者に目覚めれば分かる筈さ………ま、その機会は永遠にないけどね」

 くっ………。

 俺は妖精女に瞳だけ向け、なるべく冷静に口を開いた。

「ミッシー」

「勇者様までミッシー言わないでください!」

「魔王の力とやらを……封印することはできるのか?」

「わ、わかりません………」

 ミッシーが済まなそうに俯く。

「さあ! 魔王様! 今こそ、未覚醒の勇者と光の者を血祭りに!」

 その言葉にユウが……口を開く。

「え、なんで?」

 いつもとまったく同じ、緊張感がまったく感じられない口調で―――。

 

 

 

 

 

「な、なんでって………魔王様は魔王様としての力に目覚めたわけで、だったら勇者を血祭りに上げるのは当然なわけで………」

「そんなことしないよー。ゼンちゃんに怒られちゃうもん」

 焦るマコピーに、プンプンといった感じで膨れるユウ。

 限りなく笑える図だ。

「あ、あはははは! マコピー! 勝負あったようね! 魔王は魔王として復活しなかったのよ!」

「だ、黙れ! ミッシー! 魔王様! しっかりして下さい! 第一、だったらなんでさっき撃って……」

「だって〜………」

 クネクネと何故か身体をくねらして頬を染めるユウ。

 

 ―――――――――今までで最大級の嫌な予感を感じた。

 

「これあったら、ゼンちゃんに勝てそうなんだもん」

「だっしゃーーーーー!!」

 俺は即座に転進してダッシュした。

 冗談じゃない。魔王として力を振るわれた方が万倍もマシだ。

「あ、ゼンちゃん逃げたー! ずるーい!」

「ま、待ってください勇者様ー!」

「魔王様ーーーー!? 我らが闇の者の希望はっ!?」

 色々後ろから聞こえてくるが無視だ。

 一刻も早くあの銃の射程から逃げなければならない。

 

ブォォォォォォォン

 何か―――後ろから―――鈍い音が聞こえた。

 

 正直、嫌だったが………俺は走りながら後ろを振り向いた。

「逃がさないよー♪」

 ユウの銃に紅い光が集まっていた。

 どうやら響く鈍いこの音は光を溜める音らしい。

「発射ー♪」

 紅い光が発射された。

 

 如月流奥義!

 縮!

 

 全身のありとあらゆる筋肉を引き絞り、解き放つ。

 いままで使ったどの『縮』より上手く行き、横方向に7mほど跳躍することに成功した。

 

 その瞬間、俺のいた一体を紅い光が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 う……体が動かない………。

「やったー♪ ついに……ついにゼンちゃんに勝ったーーーーーーー♪」

 地面を転がっている俺の視界の隅ではユウが両手を挙げて大喜びしていた。

 ―――まだ、意識があることに気がついてないな。

「や、やっぱ、結婚式は洋式かなっ! ううん、お爺ちゃんの事もあるし和式もいいかもっ♪」

 ユウは早速意識を妄想の彼方に飛ばしている様だ。

 ―――その脇で『るーるーるー』と黄昏ているマコピーが哀れと言えば、哀れだ。

(ミッシー……気付け! ……来いっ!)

 ユウに気付かれないうちに妖精女ミッシーを手招きする。

 ミッシーは『私?』と自分を指差している。

(いいから早くしろ……ボケッ!)

 意思が伝わったのか、トタトタと駆け寄ってくる。

「どうかしたんですか? 魔王が復活しなかったんで私としてはもう満足なんですけど」

「な……なんでもいいから……俺を勇者として……覚醒させろ………」

「え? いきなりどうしたんですか?」

「い………からっ……早くしろ………婿……に……されるっ」

 もう今の心境は藁にでもすがれだ。

「え……でも、勇者として覚醒する為には色々と儀式が必要で……一時間ぐらい」

「省略しろっ……」

「む、無理ですよ〜」

 ミッシーは泣きそうになりながらそう言い……『あ』と呟いた。

「一つ方法ありますけど……一瞬で覚醒する方法」

「それでいいから………」

 そろそろ意識が遠のき始めている。

「で、でも、勇者様なんか怒りそうですし」

「怒らないっ……てめえらにも少しは協力してやるっ……早くしろっ……」

「で、では………」

 スッとミッシーは右手を俺の頬に沿え―――

 

チュッ

 

「っ!!!」

「ゼッ!!!???」

「し、しまったーーーー!」

 

くちゅくちゅ

 何故、口の中で何かが蠢いているのでしょう?

 何故、妖精女の顔が目の前にあるのでしょう?

 どうして、ユウとマコピーは目を見開いているのでしょう?

 

「ぷはぁ……これで覚醒です!」

 

 ヌメリと口と舌が離れた。

 

どくんっ

どくんどくんどくんどくんどくんどくんっ

 

「がっはぁ……」

 俺の右手から光が溢れる。

 ユウの紅い光と違う、蒼い光だ。

 それはやがて剣の形を取った―――2m近い両刃の剣。

「ゼ、ゼン………ゼンちゃんの馬鹿ーーーーー!!」

 視界の片隅で紅い光が向かってくる。

「………はあっ!」

 

斬ッ!

 

 ろくに収束されてない紅い光が蒼い光に切り裂かれた。

 ユウは自分に向かってくる蒼い光に目を見開き―――

「うにゃーーーーーーー!!」

「ユウッ……お前が俺に勝つのは……まだ早いっ!」

 せめて高校卒業まで待てとは声に出なかった。

 

 

 

 

 

「てめえ! そこになおれ! 斬ってやる!」

「ゆ、勇者様の嘘つきーーー! 怒らないって言ったくせにーーー!」

 精神的な傷を負った俺はミッシーを剣片手に追い掛け回していた。

「なんであれが覚醒する方法なんだっ! は、初めてだったんだぞ!!」

「光の者が勇者と接吻を交わす、それが一瞬で覚醒する唯一の方法だったんですよー! それに、わ、私だって初めてでした!」

「知らんわ! てめえを消して事実を抹消してやるっ!」

「酷いーーーー!」

「うにゃあ……ゼンちゃんの馬鹿………」

 モロに蒼い光に吹っ飛ばされた癖に傷一つ付いていなかったユウの、その呟きが非常に痛かった。

 

 

 

 

 

 続く

 

 

 

 

追記

 俺の剣とユウの銃を使って二対一で戦ったのにも関わらず、ジジイには勝てなかった。

 マジで勇者と魔王より上かよ………。


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