くるくる回る。
 運命の歯車がくるくる回る。

ガキン

 途中でもう一つの歯車が割り込み、
 耳障りのする嫌な音を立てた。






0−1

「………ふふふ」
「………うー」
「………あ、あの、二人とも? もうちょっと穏やかに」

 僕は睨み合うミユウと僕そっくりの彼女―――シオリちゃんの間で冷や汗を流していた。
 なんで………こうなったんだろうなぁ………。




「へ? 未来から来た?」

 時を遡る事30分前、とりあえずモノレールを降りて駅のベンチに座った僕はシオリちゃんの突然の告白に戸惑った。

「それって………22世紀からきたドラ○もんとかと一緒で?」
「何か違うけど………うん、そう」

 僕の物言いに釈然としないようだったが、シオリちゃんはこくこくとうなずく。

「それでシオリちゃん?」
「な、なに?」
「………君は未来の僕の関係者か何か? その、碇って苗字に同じ顔だし」
「(え、え、えーと………確かこういう場合、同一人物がいるとタイムパラドックスが発生しちゃうんだよね………)そ、そう! ボク、未来でできた君の双子の妹なんだ!!」
「なんで途中から双子の妹ができるの?」

 胡散臭げ―――というか、最初から疑ってかかっているミユウの鋭い突っ込み。

「はうっ!? そ、その………生き別れで今から半年後に会って……」
「双子の妹で未来に来た割には、シンジ君と年齢変わらないし」
「はうっ!」

 ズバズバと決まるミユウの突っ込み。
 このままミユウが畳み掛けて、シオリちゃんが真実を言うと思っていたのだが………思わぬ反撃が待っていた。

「そ、そういうあなたこそ誰!? ボク、未来で君を知らないよ!」
「うっ……」
「えっ……」

 その言葉にミユウは顔を引きつらせ、僕は驚愕に目を見開いた。
 だって、それは―――この子が本当にミユウのいない未来から来た・・・・・・・・・・・・・という事を証明していたのだから。




0−2

「………とにかく君の事はどうでもいい。シンジ!」
「な、何?」
「………シンジにはこれから辛く厳しい事が待ってる。それこそ泣いても泣き足りないぐらいの辛いことが」

 シオリちゃんは僕の手を取るとそっと握り締める。
 その表情は、嘘を付いている顔なんかじゃなかった。
 僕を本気で心配してくれている―――そんな感じだった。

「けど………その辛さからボクは守ってあげる。一緒に苦しんであげるから「ちょっと待ったーーーー!!」 

 キーンと耳鳴りを起こしそうな位の大声。
 当然というか、声の主はミユウだった。

「それは私の役目! 途中から出てきた偽・双子の妹が、割り込まないで!」
「偽ってなんだよ! それをいうなら君だって怪しげな民間人Aじゃないか! それにこれから何が起こるかすら知らない君に何ができるの!?」
「知ってるよ! 私だって「わあーーーー!!」

 絶対に知られちゃいけないネタバレ秘密を素敵に口走るミユウを慌てて大声で遮る。
 が、ミユウもシオリちゃんも対して気にはしなかったようで―――変わらず睨み合っている。

「………ふふふ」
「………うー」
「………あ、あの、二人とも? もうちょっと穏やかに」

 ………誰か、何とかして。いや、マジで(涙)

 

 


 

不協和音

 


 

 

 

ガキン

 嫌な音が鳴り響いた。

 

 

1−1

ブォォォォン

 遠くからのエンジン音に僕達は一斉に道路のほうに振り向いた。
 青い車が走ってくる―――若干フラフラしつつ、スピードを出しまくった危険な運転で。

「………ミサトさん」

 隣でポツリと呟くシオリちゃんの声が聞こえる。
 ミサトさん―――葛城ミサト、写真が送られてきた迎えの人。
 ほんとうに、彼女は未来から来たのかもしれない。

「ね、ねえ、シンジ君?」
「え、何?」
「………あの車、全然止まる気配無くない?」
「え゛?」

 ミユウの引きつったような声に僕は車に視線を戻す。
 確かに止まる気配が無い………しかも一直線にこっちに突っ込んでくるような気が………。
 みるみる内に大きくなっていく青い車の姿。

「ちょ、ちょっと………」
「ミ、ミサトさん?」

 左右から引きつりまくった声が聞こえてくる。
 ああ、確かにこのままじゃ突っ込んでくるな……あれは………。

「って、落ち着いてないで逃げろーーー!」
「「きゃあああーーー!」」

 

ドコーーーーンッ

 

 僕の叫びを切っ掛けに転びそうになりながらも逃げ出した僕達は、危うい所でベンチに突っ込んできた車を避けた。

 ベンチを大破させた車はぷしゅーっと煙を上げて止まっている。




1−2

「………シオリちゃん、あれが迎え?」
「え、えっと………その筈なんだけど………」

バカンッ
ビクッ、ズザザッ

 突如、蹴り開けられた運転席の扉にそろって後ずさる僕達。
 そして、中からのっそりと人影が出てくる………って、あれ?

「ふぅー………ふっふっふ、さすが俺。免許も無いのにナイス運転だ」

 写真の人物とは似ても似つかない………というか、性別すら違うし。

ドバカンッ!!
ガランガラン……

 続いて助手席側のドアが蹴り開けられ………というより、ドアが吹っ飛んだ。蹴りで。
 僕達はさらに3メートル後退した。

「こ、殺す気かーーーーー!!!」

 助手席から飛び出したツインテールの女の人―――例の葛城ミサトさんより全然若い―――は、運転していたと思われる男の人に叫びながら掴み掛かる。

「はっはっは、何を言う七瀬。こうしてちゃんと止まったじゃないか」
「これは止まったじゃなくて、ぶつかったっていうのよっ!!」
「ぬぅ……慣性の法則というのは恐ろしいモノだな」
「思いっきりアクセル踏み込んでたでしょがぁーーーー!!」

 こ、この人たちは一体………?(汗)




1−3

「む?」

 まるで初めて気が付いたという風に男の人が僕達のほうを見てくる。
 続いて男の人に釣られる様にツインテールの女の人も僕達の方を見て―――。

ガズンッ!!

 飛んだ。
 男の人に女の人のアッパー(一回しゃがんでからのジャンピングアッパーって、確かカエル飛びアッパーって言うんだっけ?)が顎に炸裂し、滞空時間を3秒ほど置いて地面に転がった。

「折原………今、このイタイケナ少女3人組を見て何を考えた?」
「う、うぅ、誤解だ七瀬。俺はそんな事考えていない」
「まだ何も言ってないんだけど? ……まあ、折原の考える事なんて手に取るように判るわ」
「3人囲ってウハウハ」
「死ねっっ!!」

 突如出現したバイオレンスシーンに僕達3人は、こそこそと頭を付き合わせて相談を始めた。

「ねえ、シンジ君。私、あの人達に関わり合いには絶対ならない方が良いと思う」
「ボクもそう思う。一刻も早く離れるべきだよ」
「僕としては女に間違われてるのを正してから去りたいんだけど………」

ドカーーーーンッ

 いきなり起こった爆発音に目を向けると、山々の間からのっそりと巨大な怪物が顔を覗かせている。
 あれは………ミユウが言っていた使徒って奴か!?

「ど、どうしよう……走って逃げたんじゃ間に合わないよ……」

 シオリちゃんが僕の服の袖をギュッと握り締めながら、涙声でそう言う。
 この場合の『間に合わない』は、ネルフとやらにあの使徒が着くまでに間に合わないという意味だろうか? それとも、この場から逃げ切れないという意味だろうか?
 どっちにしても、やばい事には変わりない。
 この状況じゃ、タクシー呼ぶってワケにも行かないだろうし。

キラン

 う、しまった。
 例の男の人(血塗れ)と目が合った(汗)。

「やあ、そこの少女達。困っているようだね(きらりん)」

 やだなぁ……この人に頼るの。
 今も現在進行形で隣の凶暴そうな女性に殴られてる事とか、
 さっきの暴走車に乗ることになるのかとか、
 色々気になる事はあったけど、とりあえずこれだけは言っておこう。

「僕、少年です」



1−4

ブォォォォォォン

 車はベンチに突っ込んでバンパーが半壊していたが、良く走った。
 そう、泣きたくなるぐらいに良く走った。

「うわあああああああ!!」
「きゃああああ、いやあああ、シンジくぅぅぅぅん!!」
「やだぁぁぁぁ!! ミサトさんの運転より怖いぃぃぃぃぃ!!」

 僕達三人は後部座席でこれでもかと言う位にシャッフルされていた。
 男性―――折原浩平さんは、そんな僕達を見て笑っていた。

「あっはっは、仲良き事は麗しき事かな」
「そんなことはどうでも良いから、前見て運転してくださいぃぃぃぃ!!」
「そんなことはどうでも良いから、前見て運転しなさぁぁぁぁぁぁい!!」

 バックミラーではなく、ひょいと後部座席を覗き込む折原さんに隣の助手席に座った女性―――七瀬留美さんと僕の絶叫が共鳴する。

かくん

 隣でミユウが目をぐるぐると渦巻き状にして気絶する。
 『あ、ずるい』と今度は僕とシオリちゃんの呟きが共鳴した。
 ああ、なんで僕はこんな暗く引っ込み思案な性格してる癖に、ジェットコースター系には強いんだ。

「ふっ、遅い遅い! もっとだ!! 光となるんだぁぁ!!」

 光になんかなりたくありません。
 洒落にまったくなってない叫びをあげながら、折原さんがギアをトップに切り替え―――って、まだトップじゃなかったのか!?

「こいつはおまけだ!!」

 折原さんは可愛い猫の足跡マークがついた赤いボタンを押すべく、手を振り上げた。

 ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ―――!
 ソノボタンダケハ、ヤバイ―――!

 僕の生存本能が警鐘をガンガンガンガンガンガンと死ヌルほどに鳴らす。
 だが、折原さんは、容赦なく、思いっきり、躊躇いなく、ぶっ叩いた。

バンッ!



瞬間



「「「ーーーーー!!」」」

 僕達は光となった。
 喉が張り裂けんばかりに絶叫しても、声すら聞こえない光速の領域へ。
 あの化け物に………踏み潰された方がマシだった………。



1−5

 僕の見ている前で、青いルノーは走り去った。
 何でもこれから、さらなる世界へ挑戦するらしい。
 折原さんは助手席に口から泡を吹いている七瀬さんを乗せたまま、高笑いと共に消えていった。

「……………はっ!」

 完全にあの青いルノー―――いや、青い悪魔と呼ばせてもらおう―――が視界から消え去ってから、僕はようやく正気を取り戻した。
 隣には完全に意識を失っているミユウとシオリちゃん。
 二人が気絶しているのは当然だ。
 一瞬とはいえ、アンナセカイを垣間見てしまったのだから。
 ―――というか、僕が今こうして無事地面に立っている事が奇跡だ。あんびりーばぼー。

ぷるぷるぷる

 頭を左右に激しく振って、今あった出来事は記憶から消去する。
 つーか、覚えていたら一生モノのトラウマになりかねない。

「ミユウ……ミユウ、起きて」

 とりあえず、先に気絶して傷が浅いだろうミユウから起こす事にする。
 肩を掴んで揺さぶると、ほどなくして目を開けた。

「う、う〜ん………」
「ミユウ、大丈夫?」
「あれ……シンジ君? 私……今なにしてたんだっけ……?」

 どうやら強制的に記憶がシャットダウンしたらしい。
 とりあえずこっちは大丈夫そうだから、落ち着くまで放っておいてシオリちゃんの方も覚醒させる。

「………ボ……あれ……光が……うわああああああああ!!!」
「シ、シオリちゃん!! 落ち着いて落ち着いて!! もう大丈夫だ! 大丈夫なんだよ!」

 こっちは深すぎる傷を負ってしまっているようで、錯乱状態に陥っている。
 必死に押さえつけるが、どうしても落ち着いてくれない。

「あああ………」

 その様子を呆然と見ていたミユウが、揉み合う僕達をプルプル指差す。
 やばい! こっちも吊られてフラッシュバックか!?

「シンジ君が偽妹を襲ってる!?」
「なんでそうなるっ!?」
「うわあああああああ!!」

 即座に襲い掛かってくるミユウに、僕にのしかかられたまま泣き喚くシオリちゃん、言い訳しながら蹴りの餌食になる僕。
 傍から見たら、とっても怪しい集団なんだろうなぁ(現実逃避)



1−6

「あら? あなたは………」
「はい、碇シンジです」

 目の前の白衣を来た女性が僕を―――正確には僕達を胡散臭げにジロジロ見てくる。
 ああ、やっぱり怪しいよな僕達。

「あなたが……葛城ミサトという女性が迎えに行かなかった?」
「いえ……来なかったので自力で来ました」
「そう……(あのバカ、また遅刻したのね……)」

 金髪に染めた髪(眉毛が黒だったので間違いないだろう)が非常に目立つその女性は大きく溜息を付くと姿勢を正して向き直った。

「私の名前は赤木リツコ。あなたのお父さんの部下よ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします、赤木さん」
「リツコでいいわ。………それで」

 僕が意識的に気にしないようにしていた後ろを見やりながら、リツコさんは直で言ってくれた。

「後ろで仲良さそうにしている二人はどなたかしら?」

 ―――いや、仲良さそうなのは表面上だけなんですけど。
 思わずツッコミを入れようとして、慌てて言葉を飲み込む。
 僕の後ろではニコニコと笑いながら、ミユウとシオリちゃんが手を繋いでいた。

ギリギリギリギリ

 何故か万力を閉めるような音が、二人の繋がれた手から漏れていたが。
 時々、『くっ、やるっ』とか『いたた……負けないっ』とか、やけに気合の入った呟きが聞こえてくるのは気のせいだろう。
 うん、気のせい気のせい気のせい気のせい気のせい(自己暗示)

「僕の友達です」
「友達? ………そういえば、そっちの右の子、シンジ君にそっく「気のせいです」
「気のせいって……それに着てる服もプラグスーツにそ「気のせいです」

 赤木さんはすっと目を細めて観察するような視線を向けてくる。
 うっ………。
 逃げちゃだめだにげちゃだめだにげちゃだめだめだめ(再び自己暗示)

「き・の・せ・い・で・す」
「そう、気のせいなのね?」
「そう、気のせいです」

 手の平に汗をかいている事を感じながら、必死にポーカーフェイスを保つ。
 駄目だ、いきなり自分にそっくりの女の子―――ミユウはともかく―――を連れてくるなんてあからさまに怪しすぎる。
 そんなの自分でもはっきり分かるが、押し通すしかない。
 無理を通せば道理は引っ込む。

「……わかったわ。それよりあなたに見せたい物があるの。着いてきて」

 ほふぅ……。
 肩で息をしていると、喧嘩していた時の怖い笑顔が嘘のような泣きそうな顔でシオリちゃんが見上げてきた。
 『ごめんね……ボクの所為で』と言っているのがすぐに分かった。
 安心させるようにシオリちゃんの頭をポンポンと叩き―――横から伸びてきた手にぐきっと首を無理矢理反対方向に曲げさせられた。

「シンジ君、早く行こ♪」

 ―――ああ、こっちはまだ怖い笑顔のままだよ。
 ミユウが僕の左手を取り―――またぐきっと逆方向に首を曲げさせられた。

「シンジ、ボクと行こう♪」

 すっと自然な動作で右腕に腕を絡ませてくるシオリちゃん。
 ミユウはそれを見て唇を引き攣らせ―――

「シンジ君っ、早くしないと赤木さんが行っちゃうよ(ぐいっと左腕を両腕で抱え込み)」
「シンジっ、ここの事ならボクになんでも聞いてね(ぐいいっと右腕を胸に抱き寄せ)」

 ―――母さん、何でこんな事になったのでしょう?
 両腕の上腕二頭筋がビキビキと左右に引き伸ばされる音を聞きながら、僕達は赤木さんの背中をようやく追い始めるのだった。



1−7

 暑い。
 本来なら、こんな薄暗く赤い液体が湖の如くある場所は肌寒いぐらいに涼しいのだろう。
 だけど僕の周囲50cmに限り、真夏並の温度だった。

「ミユウさん、もうちょっと離れたら? シンジ、暑そうだよ」
「シオリちゃんこそ、数十メートルぐらい離れてそこの水溜りの中泳いでたらいいじゃない。涼しいよ」

 何やら闘気というか殺気というか、炎を背景に背負っている人物が二人も僕に引っ付いているのだから、暑いのは当たり前だろう。
 先ほどからボートの前の方に乗って運転しているリツコさんは無言だ。
 こっちはこっちで全身から『ガキの癖に何考えてんじゃ色ボケがっっっ』みたいなオーラを滲み出している。
 到底助けを求められる空気ではない。

「あ、あのさ、二人とも……ちょっと離れて」
「ほら! シンジ君も離れてって言ってるじゃない!!」
「何言ってるの!? シンジはミユウさんに言ったんだよ!!」

 勇気出して言った一言も、火に油を注いだだけだった。
 この二人は僕に何か恨みでもあるのだろうか?
 第一、何で引っ付いてくるんだ?
 ―――などと暑さで朦朧としている意識の中ぼやいていると、ふとある感触に気が付いた。
 気が付いてしまった。

むにゅっ
ふにゅふにゅっ

「ぐはっっっっ!!」
「「どうしたの? シンジ(君)?」」
「な、なんでもない……」

 こ、この……両腕にさっきからしつこいほどに当てられている、左右二つずつ合計四つの膨らみは……(汗)

むにゅむにゅ

 ……や、やけに暑いと思ったらこういう訳かっっ!!
 心の中で大絶叫を上げている最中にもそれは、押し付け―――いや、僕の腕に当たって潰れている。
 ど、どうしよう……嬉しいやら恥ずかしいやら困るようなまったく困らないような………(混乱中)



1−8

 ボクの名前は碇シオリ。
 ほんのちょっと前までは碇シンジだったんだけど、それは誰にも言えない秘密。

「シ、シオリちゃん、もうちょっと離れてくれないかな?」
「……迷惑?」
「め、迷惑ってわけじゃないけど……(汗)」

 この人は碇シンジ。
 過去のボク。でも、ちょっと違うボク。
 シンジはボクが腕をぎゅーっと抱きしめると、面白いように慌てる。
 ちょっとだけ、ボクをからかっていたミサトさんやアスカの気持ちが判った。
 自分でもなんでシンジにこんな事をしてるかわからない。

 でも―――。

「ちょっとミユウさん! くっつきすぎ!」
「それはこっちの台詞!!」

 この人だけには絶対負けたくない。
 生理的、本能的に合わない気がする。





 私の名前は如月ミユウ。
 今、私の血管は切れる寸前だ。

「ちょっとミユウさん! くっつきすぎ!」
「それはこっちの台詞!!」

 シンジ君そっくり―――あくまで似てるのは顔だけで性格最悪―――のこれは碇シオリ(自称)。
 未来から来た双子の妹なんて言ってるけど、絶対嘘。
 まずシンジ君を見る目が妹じゃない。
 これは………敵だ。
 私と同じ目をしているからすぐに分かる。

「もうっ! シンジ君もこの子になんか言ってよっ!」
「え、あ、う、さっきから言ってるんだけど………ミユウにも

 シンジ君ははっきりしないし。
 ………私より、この子の方が大事なのかな?
 他人の私より、血が繋がってる(たぶん)この子の方が。

「シンジ君っ!」
「シンジ!」

 自分の存在を否定された気がして、私はシンジ君にもう必要とされなくなった気がして。
 涙を堪えながら、シンジ君の向かい側にいる女の子を睨んだ。



1−9

「これが、人の造り出した人型汎用決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ」
「シオリちゃん! バランス崩しちゃうからもうちょっと離れてよ!」
「ミユウさんが離れればいいじゃないか!」

 リツコさんの声がケージ(第三ケージと扉の前に書かれていた)に重々しくも誇らしく響き渡る―――が、ろくに聞いてない両隣の二人。
 ピクピクとリツコさんの額の血管が浮くのを目撃した僕は、『へえ〜、凄いなぁ〜』などと間抜けな声を上げるしかなかった。

「あ、で、これが父さんの仕事ですか?」
「そうだ!」

 まるでスピーカー越しに聞こえてくる低い声。
 上を振り仰ぐと、そこにはガラスの壁の向こうに立ったサングラスを掛けた人相の悪い男。
 父さん。

「………久しぶりだね、父さん」

 僕の発した声は、思ったよりも平静だった。
 まだ幼い僕を捨てた父さん。
 憎んでも憎みきれない―――それはミユウに事情を聞いた今でも変わらないと思っていた。
 だけど、今では―――

「出撃」

 威圧感と黒いサングラスで覆い隠した表情。
 それを見ても、もうなんとも思わない。
 憎しみも。
 愛しさも。
 悲しみも。
 ―――ただ、ほんの少し、そんな父さんが哀れに思えた。

「出撃って何の事ですか?」
「碇シンジ君。これにはあなたが乗るのよ。そして、使徒と呼称される巨大生命体を撃退して欲しいの」

 リツコさんが、まるで最初から決まっていた事を告げるかのように話す―――いや、最初から決まっていたんだっけ。
 ―――まあ、いいだろう。
 僕はミユウと出会い、約束を交わしたあの時から、戦う意思を胸に刻んでいるのだから。

「ええ、良いです「「ちょっと待ったーー!」」

 はぐぅっ!?
 突如両隣からステレオ放送で起こった『ちょっと待った』コールに、僕の耳はキーンと機能を一時的に麻痺させるのだった。
 ………両腕を捕られている為、僕は耳を押さえて蹲る事すらできなかったりする。



1−10

「さっきから黙って聞いてれば………この髭ジジイ!!
「シンジを何だと思ってるんだよ! このロリコン親父!!

 素直な娘さん達からの大変ストレートな忌憚のないご意見に、父さんは一歩あとずさった。
 ………ショックだったんだろうか?
 だけど、ふるふると頭を振ると、気を取り直したように声高々に威圧してくる。
 ただし、僕に。
 
「シンジ。それはなんだ?」
「それって何!? 私達はシンジ君の友達よっ!」
「自分の方がよっぽど人間離れした顔してるくせに、ボク達のことそれ扱いなんてしないでよ!」

 一を聞いたら十の罵詈雑言を返された父さんは、押し黙る。
 またショック受けてる?
 ………可愛いかも。

「なんとか言ってよ! この髭ンドウ!」

ひゅーん

 あ、僕の鞄………。
 呆然とシオリちゃんに投げられてしまった自分の鞄を目で追う。

がんっ
ぼちゃーんっ

 父さんの目の前のガラスにぶつかって、オレンジ色の湖に落ちる鞄。
 あああ……あれにはS−DATが入ってたのに……。

「黙ってれば誤魔化せるなんて思わないでよ!」

ひゅーん
がんっ
ぼちゃーんっ

 今度はミユウが自分の鞄を投げつける。
 当然のように僕の鞄と同じ運命を辿った。
 あああああ、そっちにはなけなしのこづかいで買った僕達の着替えが……。

「「「「「………」」」」」

 その場は痛い痛い沈黙に包まれた。
 睨むミユウとシオリちゃん。
 呆然とするリツコさん。
 ショックを受けて固まる僕と父さん。



1−11

「しょ、初号機、第一次接続開始しますっ」
「初期コンタクト、も、問題なしです」
「初号機、起動………シ、シンクロ率、95%!? ハーモニクスのズレ、ほとんどありません!!」

 数々の報告……もとい悲鳴が発令所に飛び交う。
 それを僕は―――『発令所の司令席』で聞いていた。
 ただ、呆然と。

「せ、先輩っ! あの子達・・・・誰ですか!? というか、なんでチルドレンでもない上に二人で乗ってるのにこんなシンクロ率がっ!?」
「知らないわよっ!!」

 オペレーターの助けを求める悲鳴に、赤木博士が無責任に叫び返す。
 二人の気持ちはよーく判る。
 なんでチルドレンの僕がここに座ってて……。

『ミユウさんっ! 操縦の邪魔しないでねっ!! 素人なんだからっ!!』
『シオリちゃんこそ戦闘の機微知らないで、あっさりやられないでよっ!!』

 ―――無関係の筈の二人が、初号機の操縦席に座ってるんだ?
 僕がモニターを見て呆けていると、足元からぶつぶつと陰湿な呟きが聞こえてくる。

「シ、シンジ……私は髭ンドウなのか……私は人間離れしている顔なのか………?」
「父さん……僕にはよく判らないけど、気にしないほうがいいよ」
「否定してくれ……」

 体育座りで僕の横に蹲ってる父さん。
 よっぽど先ほどの罵声が効いたのだろう。
 ―――ちょっとだけ、可愛いかも。などと思ったのは秘密である。

「初号機発信準備完了しました!」

 僕が父さんを気にしている間に準備は全て終わったようだ。
 オペレーターの報告を受け、日向マコトさん―――作戦部長代理が司令席を振り仰ぐ。

「初号機発進、宜しいでしょうか? ………えー、碇シンジ司令代理?」
「えーと……いいの? 父さん」
「私はいらない司令なのか………?(ぶつぶつ)」

 日向さんの言葉に横を向いて確認するけど、父さん駄目っぽい。
 しょうがないので、逆隣に電柱のように突っ立っている老人に話しかける事にする。

「いいんですか? ………偉そうな人」
「おおぅ………若い頃のユイ君そっくりだ……なんと嶺麗しいひでぶっ!?
「いいそうです。発進してください」
「りょ、了解しました」

 モニターに写っているシオリを見て、なにやら発情している。
 とりあえずその横っ面に拳を叩き付けてから、日向さんにGOサインを出した。



1−12

『如月無刀流奥義っ! 砕破ぁぁぁぁ!!』

 先手初号機、地上に上がるなりミユウの叫び声と共に放たれた蹴りに使徒が数kmほど吹き飛ばされる。

キュピンッ

 後手使徒、ビルに体を突っ込んだまま仮面から怪しげな光を発するが、それを読んでいたかのような初号機の動きにあっさり避けられる。

『でりゃあああああ!!』

 先手初号機、シオリちゃんの特攻プログレッシブナイフでコアが全壊。

チュドォォォォンッ

 後手使徒、ほぼ何も出来ずに自爆。



『もうっ! シオリちゃんが邪魔するから一撃で決められなかったじゃない!!』
『人の所為にしないでよっ! ミユウさんが失敗したからボクが決めたんじゃないか!!』

 戦闘結果はともかく、プラグ内の喧嘩は非常に接戦で白熱した物だった……とだけ言っておこう。



「碇司令代理! やりましたねっ!」
「碇司令代理! 委員会から呼び出しが……」
「碇司令代理! 今回の被害状況は……」
「碇司令代理! エヴァの兵装についてご相談が……」

 ほとんど何もしてないのに、この状況………父さん、真面目に働いてたの?
 というか、僕、何しにここに来たんだっけ……?



2−1

 その病室では今、二人の少女が向かい合っていた。
 一人は青銀の髪、白い肌を持ったベットに座る少女―――全身に至る所に包帯がぐるぐると巻きつけられているのが痛々しい。
 もう一人は―――

「………あなた、誰?」
「え、ボク? ボクはサキエルだよ。おかあさんっ♪

 長く艶やかな黒い髪をなびかせながら、ベットの少女よりは幾分幼い少女が微笑みながらそう言った。
 病室は二人が喋らなくなったおかげで静寂が支配していたが―――やがて黒髪の少女(少女の言葉を信じるとすればサキエル)の言葉に黙り込んでいた青銀の少女が、小さく呟く。

「あなた、私の娘?」
「うんっ♪」
「そう、なの?」
「うんっ♪」
「………そう」
「わーいっ♪ おかーさん♪」

 むぎゅっとサキエルが青銀の少女にしがみつく。
 怪我をしている少女は抱きつかれた痛みに眉を潜めたが……サキエルの安心しきった微笑みに、そっと髪を撫でた。

「娘」
「なに、おかあさん?」
「あなたも、使徒?」
「ううん、使徒からリリンになったんだ♪」
「そう……」
「ねーねー、おかあさん」
「何?」
「お腹空いたー」

 サキエルの言葉と同時にぐぐーっと腹の虫の音が鳴いた。
 ………青銀の少女の方の、お腹から。

「あ、おかあさんもお腹空いてるんだねっ」
「………これが、恥ずかしいということ」
「お腹空くの恥ずかしいの?」
「………よく、わからない」
「ふ〜ん………おかあさん、何か食べにいこーよ♪」
「そう、ね」

 サキエルの言葉にぎこちなく青銀の少女は返事を返すと、素早く思考の中で目的と手段を羅列した。

 目標、食料を二人分もしくはそれ以上の入手。
 入手方法、この建物の中から探す―――問題点、ここは病院。食料が存在する可能性はゼロではないが、低い。入手困難と思われる。却下。
 次案、ナースコールを押し、他人に入手を任す―――問題点、娘が元使徒だとばれるとやっかい。却下。
 次案その2、NERVの食堂まで移動、購入する―――問題点、病院内、もしくはNERV内部で職員に発見されると連れ戻される可能性あり。同じく娘が元使徒だとばれる危険性あり。却下。

 解決案、病院から脱出し、民間食料販売店もしくは民間食堂を利用する。
 リスクはそれなりにあるが、他の代案より成功率は高いものと思われる。

「娘」
「なにー?」
「誰にも発見されないように車椅子を入手してきて」
「うん、わかったー♪」

 作戦、開始―――。



2−2

 使徒殲滅から2週間たった。
 今回は綾波を引っ張り出して怪我を悪化させる事もなかったし、使徒もあっさりやっつけたし、たぶん上手くやれてると思う。
 そして何より―――
 母さん………ボク、碇シオリは今現在、幸せに暮らしてます。
 碇シンジと、共に。



「第二新東京中学から転校してきた碇シオリです♪ よろしくお願いします♪」
「「「「「おおおおおおーーーーっ!!!」」」」」

 狭い教室に溢れんばかりの歓声。
 なんで喜んでるんだろう? 前はこんなことなかったのに。
 不思議に思ったボクは隣にいるシンジに視線を向けたけど、シンジも判ってないみたい。
 先に挨拶したシンジの時はここまで騒がれなかったのに、どうしてだろう?

 ―――と。

すいっ

「なっ……」
「第二新東京中学から転校してきた如月ミユウです。よろしくお願いします」
「「「「「おおおおおおおーーーーーーっ!!!」」」」」

 ボクの時と同じくらいの歓声―――ってそれは別にどうでもいいんだけど。
 なんでさり気なくボクとシンジの間に入ってくるの!?
 ミユウさんの横っ面を睨み付けると、すました顔で気付かない振り。
 むぅぅぅぅぅぅ!

「せんせー、質問ー」

 と、一番後ろの列の席に座っていった女生徒が手を上げた。
 扉の傍に控えていた担任の先生(この世界でもやっぱりのほほんとした先生だ)が柔和な顔をそちらに向ける。

「はい、なんでしょう? 綾波さん」
「は、はいっ!?」

 先生の言葉に―――ボクは思わず大声を上げてしまった。
 何事かとシンジやミユウさん、クラス中の皆の視線が集まる。

「な、なんでもないですっ」
「そうですか。はい、綾波さん、質問とはなんでしょうか?

 ボクは慌ててパタパタと両手を振りながら誤魔化した。
 すると大して気にしてなかったのか、先生は『綾波さん』と呼ばれた女生徒に先を促した。

「うんと、みんな知り合いなのかなって。同じがっこーからてんこーして来たみたいだしっ」
「……どうなのでしょう? 碇君、碇さん、如月さん」
「はい、そうですよ」

 質問にはシンジが答えた。
 その質問と答えは前もってボク達三人で考えていた物だったから、気にしないけど………。
 それよりっ。

「むー、そうなんだー」

 あのっ、ポニーテールの女の子! 一体誰!? なんで『綾波』!?



2−3

「よろしくね、綾波さん」
「うん、よろしくっ♪」

 隣の席になった女の子―――綾波さんは人懐っこい子のようで、元気いっぱいと言った感じで話しかけてきた。
 この子なんか可愛いし、シンジ君も私の逆隣の席だし……うん、悪くない席かな。

「………」

 さっきからじーっと何やら怪しげな視線を飛ばしているシオリちゃんが、シンジ君のすぐ向こうにいる以外は。

「む〜、ボクの事はサキって呼んでほしい」
「あ、そうだね。ちょっと堅苦しい感じだし……私はミユウで良いよ」
「うんっ♪ よろしく、ミユ♪」

 ウが抜けてる気がするけど……まあ、いいか。
 綾波さん……じゃなかった、サキちゃんはコロコロと表情を目まぐるしく変えて、見ているだけで面白かった。

「あと、今日は休みだけど、ボクの隣におか……あわわっ、おねえちゃんもいるから仲良くしてねっ♪」
「サキちゃんの……お姉さん?」
「うんっ♪ せーかくには『いとこ』なんだけどねっ♪ 綾波レイっていうんだー♪」
「へえ……」

どんがらがっしゃーん

 と、ここで何故か自分の席を巻き込んでシオリちゃんが地面に転がった。

「……何してるの?」
「は、はうっ、なんでもないよっ!」
「そう……?」

 先ほどから挙動不審のシオリちゃん。
 まあ、シオリちゃんの挙動不審は今に始まったことじゃないけど。
 初めて会ったときからシンジ君の妹だなんて嘘ついたぐらいだし(※まだ信用してない(笑))

「そういえば……そっちの二人、そっくりだねっ」

 サキちゃんが不思議そうな顔をしながら、シンジ君とシオリちゃんを見比べる。
 どうも双子(偽者だけど)を見るのは初めてみたいだ。

「うん、シオリちゃ……シオリとは双子なんだよ。綾波さん」
「む〜、『ふたご』ってなにー?」
「うーん、同時に生まれた兄妹……かな」
「へー、そうなんだー。あ、二人もボクの事、サキって呼んでほしいなっ。おねえちゃんと混ざっちゃうしっ」
「判ったよ、サキちゃん。よろしくね」
「あ……」

 シンジ君が自然な動作でサキちゃんの頭を撫でる―――と、あっという間にサキちゃんが真っ赤になって行き、ぽーっとした表情になる。

「……む〜」
「あ、ごめん。いきなり撫でちゃって」
「う、ううん、いいよっ、別に!」
「そう? まあ、同じクラスメート、仲良くしようね。サキちゃん」
「うん! ………シ、シンジさん」


 こ………このっ、天然ジゴロッ!!(怒)



2−4

「転校生! ちょっと顔貸せや!」
「「「「はい?」」」」

 突如掛けられた声に一斉に振り向く僕、ミユウ、シオリちゃん、サキちゃん。
 転校生というカテゴリーには全員当てはまっていたりする。
 補足するとサキちゃんは一週間ほど前に転校してきたらしい。

「ちゃ、ちゃう。そっちの男に用があるんや!」
「ボク?」

 ジャージを着た暑苦しい男子の言葉に、何故か自分を指差すシオリちゃん。
 なんで君が反応するの。

「男だって言ってるやろが!」
「あ、そ、そうか……ごめん」
「で、そっちの……あー」
「碇シンジ、だよ。君は?」
「わいは鈴原トウジや! ちょう顔貸せ転校生!」
「別にいいけど……」

 一体なんだろう?
 首を捻りながら立ち上がる――-と、

くいくい

 心配そうな表情でシオリちゃんが袖を引っ張ってくる。
 僕はジャージを着た男子生徒を手で制すると、シオリちゃんに声を潜めて問いかけた。

「シオリちゃん、どうしたの?」
「う、その……なんかその人不良っぽいし気をつけて欲しいなぁ……って」
「大丈夫だよ。例え不良だっていきなり殴りかかってくるわけじゃないし」
「……殴りかかってくるから言ってるんだけど(ぶつぶつ)」
「え? 何か言った?」
「う、ううん! 別に! ……それより気をつけてね」
「……うん、まあ、気をつけるよ」

 何か納得できないものを感じたが、せっかくシオリちゃんが心配してくれてるんだ。
 注意するに越したことはない。

「じゃ、鈴原君。行こうか」
「おお」





 はうぅ……トウジがシンジに殴りかかるの知ってるのに、防げなかったよ。
 去っていくシンジとトウジの後姿を見ながらボクはうろたえる事しか出来なかった。

「さてと……行くよ、シオリちゃん」
「は、はう? ミユウさんどこに行くの?」

 ボクが首を傾げると、席から立ち上がったミユウさんは呆れた表情になって言った。

「どこって……決まってるじゃない。シンジ君の後追いかけるの」
「で、でも、二人だけで話があったみたいだし……」
「何言ってるの。シンジ君の安全が第一」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ミユウさん!」

 スタスタと歩き出すミユウさんに、ボクは慌てて追いかけた。
 はうぅ、ミユウさん……シンジの事、本当に大事に思ってるんだな。
 ボクは未来を知ってたのに、自力で防ぎに行くなんて思いつきもしなかった……。
 なんかちょっとだけ………ううん、凄く悔しい。

「………?」

 ボクがミユウさんの顔をじーっと見ていると、ミユウさんは一瞬不思議そうな顔をして立ち止まったけどすぐに足を速めて歩き出した。
 ……ミユウさんに、負けたくない。
 今までのいがみあいとは違う気持ちで……そう思った。



2−5

 シンジ君とジャージを着た不良(推定)は屋上で対峙していた。
 私とシオリちゃんはそれを扉の影から見守っている―――もちろん、不良がシンジ君を襲おうとしたら瞬殺するつもりで。
 『縮』で一気に間合いを詰めてから、『砕破』で屋上から蹴り落とす……いえ、それよりいっそのこと最初から『飛燕』で蹴り殺せば……。
 具体的に頭の中でシミュレートしていると、不良が動いた。

「転校生、お前があのロボットのパイロットか?」

 不良の言葉に、私達は固まった。

「………そうだよ」

バキィ!

 その返答を聞いた不良が、シンジ君の顔を殴り飛ばした。
 シンジ君は2・3歩たたらを踏むと、口の中が切れたのか唇から垂れる血を手の甲で拭いながら聞いた。

「殴る理由を教えてもらえるかな?」
「じゃかあしい!! お前が散々暴れた所為で妹が大怪我したんじゃ!!」
「………」

 不良は激昂した様子でシンジ君に喚き散らした。
 シンジ君は一瞬俯き唇を噛むと、キッと顔を上げ毅然と言い返した。

「それで?」
「それで……やとぉぉぉ!?」

 シンジ君の言葉に不良は再び殴りかかろうとし―――

バキィッ

 逆にシンジ君のカウンターを受け、地面に転がった。

「確かに暴れたのは悪かったさ……でもなっ!」

 シンジ君はいつもの優しい表情を消し、眉を吊り上げてダンッと地面を踏み鳴らし怒鳴った。

「パイロットだって命を掛けて戦ったんだ! それこそ一瞬後には死体も残らないような危険な戦いをしてたんだ!!」
「それがお前の仕事やろがっ! 守る人間傷つけてどないすんねんっ!!」
「仕事!? 命を掛けるのに仕事もボランティアもあるかっ! パイロットは……パイロットは自分の命と天秤に掛けてまで、この街を守ったんだぞ! 礼を言われこそすれ、文句を言われる筋合いはない!!」
「なんやとぉー!!」

 不良は立ち上がり、再びシンジ君に向かっていった………。



「はあはあ……」
「はあ……はあ……」

 コンクリートの地面に倒れるシンジ君に、膝を付いている不良。
 お互い殴り合って……ボロボロだ。

「はあ……はあ……そうやな……お前が悪いんやない」
「はあはあ……判って貰えれば……いいよ……」
「わいが悪かったんや……カナから……目を離してしもうて……」
「八つ当たり……だね……」
「はっきり言うやっちゃな……」
「……まあ、いいよ。僕を殴りたいならいつでも殴ればいい………殴り返すけどね……」
「………もう、ごめんや」

 お互い視線も合わせずに、吐き捨てるように呟いていた。
 ただ、さきほどまでの険悪な雰囲気はもうない。

「………う、うぅ、ミユウさん。シンジ……」
「判ってるから……言わないで」

 横にいるシオリちゃんはもう顔中涙だらけでぐちゃぐちゃだった。
 そう言う私の顔も、きっと見られた物じゃなかっただろう。
 シンジ君が言った言葉、行った行動は……全て私たちの為だったから。

ガタンッ

「「え?」」

 後ろから聞こえてきた物音に、私とシオリちゃんは振り返った。
 そこには……目を見開き、真っ青な顔をしたサキちゃんが立ち尽くしていた。



2−6

 僕は扉の方から聞こえてきた物音に、痛む身体を引きずって扉を開いた。
 そこにいたのはミユウとシオリちゃん。
 聞いて……いたのか……。

 ―――と、二人の肩越しに今にも泣き出しそう、いや、倒れそうなほどに真っ青な顔をしたサキちゃんが立ち尽していた。

「ごめ……ごめ……ごめんなさいっっ!!」

 サキちゃんは僕達の顔を確認すると、踵を返して階段を駆け下りていった。
 ………一体、何がどうなってるんだ?
 ミユウやシオリちゃんも泣いてたみたいだし………でも、こちらは聞いてた事を考えると、判らないでもないか。

「ミユウ、シオリちゃん」
「シンジ君……」
「シンジ……」
「………ごめん、ちょっと屋上に倒れてるあいつの事、お願い」

 僕はそれだけ言うと、階段を駆け下り始めた。
 本当はミユウやシオリちゃんを放っていくのはまずいって思う………。
 でも、

「サキちゃん……なんであんな……」

 あの時のサキちゃんは、今にも消えてしまいそうなほど弱く感じた。
 さっきまではあんなに元気だったのに。
 僕にはどうしても……放って置く事は出来なかった。



「ミユウさん……お願いされちゃったけど……」
「……どうしようか?」

 サキちゃんを追いかけていったシンジ(君)が気になる。
 シンジ(君)を殴った不良を治療するのはちょっと。
 でも、一応彼の妹を怪我させちゃったのは私(ボク達)だし。
 二人の心情は複雑すぎた。

 そして、

ウゥゥゥゥゥゥン

 そんなタイミングで、非常警報が鳴り響いた。



2−7

「碇司令(代理)のいない間に第4の使徒襲来……意外と早かったわね」
「前は15年のブランク。今回はたった2週間ですからね」

 技術部長兼作戦参謀のリツコの台詞に、オペレーター兼作戦部長代理の日向が肩を竦めた。
 今のNERVは人材が不足しているので兼業なんて珍しくもなんともない。
 ………蛇足だが最近立場が急接近しているリツコと日向に、マヤは横の席で歯噛みしていた。本当に蛇足だが。

「使徒依然として本部に向かって接近中! 戦略自衛隊の火力攻撃もまったく効果ありません!」

 オペレーター兼作戦部長補佐代理を務める青葉が高々と報告する。
 やっと俺の時代(出番)が来たぜ、やっほー! などと考えているが、出番はこれ以降ない。

「ミユウちゃん、シオリちゃん。準備はいいかい?」
「「……はい」」

 日向の言葉に、エントリープラグ内の二人は力なく頷いた。
 便座上、フォースチルドレンDUAL(デュアル)と名付けられた二人―――しかし、前回よりもシンクロ率は落ちている。
 理由は発令所の皆から見てもはっきりしていた。
 碇司令(代理)の不在である。

「私はいらない司令なのか……私はいらない司令なのか……」

 代理の文字はないのに何故かハブにされている司令はいたが、何の足しにもならなかった。
 ちなみに副指令は碇司令(代理)に前回殴られた傷がまだ癒えずに病院である。

「今、碇司令代理は保安部、諜報部が全力で探してる。司令代理もきっとどこかのシェルターに避難している筈だから、安心して戦ってくれ」

 日向の言葉に、曖昧に頷くミユウとシオリ。
 日向自身、碇司令代理が無事かどうか自信がない……だが、作戦部長代理として、それを表に出すわけにはいかず、パイロットの二人をどうにか勇気付けようとしていた。
 葛城さん……あなたはどこに行ってしまったのですか……?
 心の中で弱音を吐きながらも、二人の女子中学生にそれを悟られ不安にならないよう、さらに励まそうと努力するのだった。



「サキちゃん……サキちゃん!!」
「やだっ、着いてこないで!」

 一方その頃、当のシンジはひたすらサキを追っていた。



2−8

「サキちゃん、このままじゃ危ないよ! シェルターに避難しよう!!」
「やああ!! ボクなんて、ボクなんて……」

 手を掴む事に成功した僕は、混乱して叫ぶサキちゃんをなんとか落ち着かせようと必死だった。
 なぜサキちゃんがこんな状態に陥っているのかは判らない……しかし、使徒はすぐそこまで迫っている筈なのだ。
 こんな所にいたら、危険すぎる。

「サキちゃん! 使徒が……この前襲ってきた、街を壊した化け物が来てるんだよっ!」
「っ……」

 僕の言葉に、サキちゃんは僕の顔を見て固まった。
 よし、聞いてくれたか。
 なんとか落ち着かせてシェルターに連れて行かないと……。

「だから早く避難しないと……」
「………」
「サキちゃん!」
「………あは」
「……サ、サキ……ちゃん?」
「あはは……あはは……」

 力なく笑う―――どこか捨て鉢になったようなそんな乾いた笑い―――サキちゃんに、僕はようやく様子がおかしいと気づいた。

「ねえ、シンジさん……」
「な、何……?」
「ボク………ばけもの、なんだ」

 ―――は?
 何を―――言ってるんだ―――?

「ボク、ばけものなんだよっ!! みんなを傷つけて、街を壊して……それなのに今までそんな事にも気付かなかった……ばけものなんだ!!」
「……」
「おかあさんと一緒になれたと思ったのに……やっぱりボク……は……」

 判らない。
 何を言っているか、まったく理解出来ない。
 サキちゃんが傷つき、自分のココロを壊していっているというのに―――僕は―――



 経験があった。
 僕にも、そんな時があった。
 人殺しの子供。

 そう小さな頃から、罵られていた。
 幼い時、僕は自分が生まれついての犯罪者―――罪人なんだと、思っていた。
 人殺しの子供。
 それは僕のもう一つの名、だった。
 その名を呼ばれる度に、ココロが引き裂かれていく。
 痛みに、ココロが壊れていく。

 そんな時、僕が言って貰いたかった事。
 して貰いたかった事。
 それは―――



2−9

「サキちゃん」
「あ……」

 サキちゃんの小さな背中に手を回し、優しく抱きしめた。

「……じゃないんだ」

 否定して欲しかった。

「………え?」
「僕は、サキちゃんが何をしたか、どんなことがあったのかは知らない」

 自分の罪を、否定して欲しかったんじゃない。
 ぬくもりが欲しかった。
 一人じゃないと、自分が孤独だと言う事を否定して欲しかったんだ。
 泣いている時、傷ついている時、傍に居てくれる人が欲しかったんだ。

「けど、君は僕の前にいる。触れている」
「ボクは……」
「悩みがあるなら、言って欲しい」
「ボク……」
「君は、一人じゃないんだ」
「あ、ああ……うわあああああ!!」

 人は一人じゃ生きていけない。
 だけど、二人なら―――きっと生きていける。
 どんな傷も乗り越えていける。
 それは……僕がミユウ達に教わったことなんだ。



「シンジさん」
「ん?」
「どうして、そんなにボクに優しくしてくれるの?」
「そうだな………」

 言うべき言葉を捜す。

 あの時の表情が気に掛かったから。
 新しい学校で出来た初めての友達だから。

 様々な理由が浮かんでは消える。
 けど、すぐに言うべき言葉は見つかった。
 それが、一番の理由なんだ。

「サキちゃんが好きになったから、かな」
「………(ボンッ)」
「元気で、可愛くて……僕の大事な……」
「シンジさん!」
「ともだ、ってうわっ!」

 サキちゃんに全体重でしがみつかれて、バランスを崩して尻餅を付く。
 サキちゃんは笑顔で、元気良く―――大声で言った。

「ボクも、シンジさんのこと大好きだよっ♪」
「はは、ありがと」

 僕は抱きついてくるサキちゃんの頭を、くしゃくしゃっと少し乱暴に撫でた。
 ―――と。

「………娘に何をしてるの?」

 背後から聞こえてきた絶対零度の声に、僕は身を震わせた。



2−10

 真っ青な髪、真っ白な肌に真っ赤な瞳。
 一瞬、彼女が雪女に見えた。
 彼女から流れてくる冷たい空気が、それを助長しているのだろう。
 そして、とにかく怖かった―――。

「あ、おか……」
「涙の跡………泣いてたのね?」
「う、うん、でも、あのね……」
「涙……悲しい時に流す物」

 彼女が、サキちゃんから再びこちらに視線を向けた。
 まるで全てを凍りつかせそうな、そんな瞳。

「娘を……あなたが悲しませたのね」

 ゾクリと背筋を走り抜ける冷たい物。
 そう、これはなんて言ったっけ。
 混乱する頭から一つの単語を引っ張り出す。
 ああ、そうだ……。

「あなた、許さないわ」

 これは『殺気』だ。



「なっ!? パターン『青』! 使徒です!」

 やっほぃ! 再び出番だぜ! と密かに喜んでいる青葉。
 しかし、『パターン青』しか出番はない。

「なんだって!? 使徒がもう一体!?」

 モニターには既に交戦状態に入っている初号機と使徒―――第四使徒シャムシエルが映っている。
 作戦部長代理である日向は、リツコの方を振り返った。
 意見を―――もう一体使徒が現れるという異常事態を否定する意見を思わず求めてしまったのだ。
 だが、現実は無情だった。

「確かにパターン青が検出されているわ……それも初号機の背後の山の辺りから。でも使徒はカメラに映っていない」
「まさか、透明化している使徒!?」
「いえ、違うわ……これは……」

 リツコの言葉と共に、山の頂上を拡大した映像がメインモニターに表示される。
 マヤがリツコの言葉を汲んで勝手にやったのだ。

ひくくっ

 リツコが、日向が、発令所の皆が………そして、初号機の二人の口元が引き攣った。
 理由はそれぞれ違うが………原因は一致していた。

「確認! 碇シンジ司令代理! ファーストチルドレン・綾波レイ! そして二人のクラスメートの綾波サキです!」

 ひゃっほうと青葉の弾んだ報告が発令所に響いた。
 全員の殺気が青葉に向いたのは、まあ仕方のないことだろう。



2−11

「あああああああああああああーーー!!」

 僕はドップラー効果という物を実践しながら走り回っていた。
 追ってくる物は3つ。
 サキちゃんを『娘』と呼び、万有重力の法則を無視して低空飛行する雪女の人(仮)。
 アンビリカブルケーブルを一瞬で引き千切って向かってくるエヴァンゲリオン初号機。
 そして、なにやら両手(?)の触手をぶんぶん振り回しながらその後を追ってくる使徒。
 いやーんな感じ。

「ってんな馬鹿なこと考えてる場合かぁぁぁぁぁ!!」
「わーい! シンジさんに抱っこー♪」
「サキちゃん、のん気だねー! ちょっとだけむかっと来るよー!」
「む〜、ボクの事嫌い?」

 サキちゃんが一瞬涙ぐむ。
 それと同時に雪女の人(仮)から凄まじい殺気が襲い掛かってくる(同時に怪しげな赤い光が襲い掛かってきたが、斜面を滑り落ちて回避成功)。

「そ、そんなことないよ。サキちゃんの事は好きだから!」
「わーい♪」

 僕の言葉と同時に、今度は初号機から凄まじい殺気が襲ってくる(同時に初号機の拳が振ってきたが、木々を盾にしてなんとか回避成功)。

「し、死ぬー! マジで死ぬー!!」
「シンジさん、かっこいいー♪」

「娘を返さないと、殲滅するわ」
『シンジ君の馬鹿ぁぁぁぁ!!』
『屋上での言葉に感激してたのにーー!!』

 その時、すぐ後ろを追ってくる雪女の人(仮)&初号機に使徒が触手を振り上げ―――

「『『邪魔!!』』」

 初号機の後ろ回し蹴り、雪女の人(仮)の赤い光に、一撃で撃沈した。
 その間に、僕はサキちゃんを抱えたまま近くのシェルターに逃げ込むのだった。
 ……いま、シェルターを出ようとしていた人を二人ほど踏んだ気がしたけど、うん、気のせいだな。




3−1

 ………僕は嫌われたんだろうか?



「……そう、あなたが碇司令の息子」

 ギロッとこちらを睨みつけながら、敵対心むき出しにそう呟いてくれるのは雪女(仮)の人。
 なんと、サキちゃんのお姉さん(と言っても、実際は従姉妹だそうだけれど)らしい。
 何故ここまで睨まれなくてはいけないのか、判らないが……もっと判らないのは、

「すりすり〜♪」
「あ、あの……サキちゃん? ちょっと離れてくれないかな?」
「え……シンジさん、ボクの事嫌い?(うるうる)」
「……あなた、娘を泣かすと」
「は、はいっ!! 好きなだけそうしてて下さいっ!」
「わーい♪」

 なんでサキちゃんにここまで懐かれてるかな?(汗)
 しかも、少しでもサキちゃんが悲しそうにすると、サキちゃんのお姉さんは物凄い目で見てくる。
 きっと、サキちゃんを泣かせたら胸に包丁でも突き立てられるだろう。
 そして、僕の精神を著しく消耗させてくれるモノがもう1つ……いや、2人。

「………へぇ。ずいぶん、仲良くなったね……私達が戦闘してる間に。ねえ、シオリちゃん?」
「ホントだね、ミユウさん。ベタベタベタベタベタベタベタ引っ付いて……」

 ……素手でジュースの缶(スチール)を握り潰しながら発言するのは、怖いので止めてください(激汗)



 ……そう、いくら人の気持ちに鈍い僕でも二人の……ミユウとシオリちゃんの気持ちは判る。
 この二人は命を掛けた戦闘をしていたのだ。
 それなのに、その間僕は職務も果たさず(司令代理)サキちゃんと仲良くなっていたのだから(慰めてたんだけど)二人が怒るのは当たり前だ。
 しかも、シェルターへの避難も遅れ、戦闘の邪魔までしまって………僕は二人にどれだけ謝っても許されないだろう。

 でも………僕は、サキちゃんを放って置けなかったんだ。
 まるで、昔の自分を見ている気がして。
 一人ぼっちで周りの反応に怯え、蹲って震える事しか出来なかったあの頃の自分を。

 後悔がないといえば嘘になる。
 でも、それでも、僕はサキちゃんを見捨てられなかったんだ。
 たとえ、ミユウ達に恨まれ……嫌われたとしても。



「シンジさーんっ♪」
「……碇司令の息子。遺伝子を受け継いでいる。つまり、手が早いのね」
「「ほんと、仲のいいですこと。オホホホホホ」」

 ………けど、嫌われたんだとしても、どうしてサキちゃんが抱きつく度にプレッシャーが強くなるんだろう?(鈍い)



3−2

「碇司令代理、こちらが使徒のサンプルです」
「へえ……大きいですね」
「第四使徒の全長はおよそ200m。生物の中で最大級のクジラでさえ、50m足らずですからね」

 何も判らない僕に逐一説明してくれるこの人は、NERVの技術部長兼副司令代理赤木リツコさん。 本来なら僕とこうやって話をする類の人じゃないんだろうけれど、何の因果か現在上司と部下の関係になっている。



 あれから―――この使徒が襲来してから2週間。
 僕は、一度も家に帰っていない。
 司令の仕事は、息を付く間もないほど多忙だった。
 誰にでも出来る仕事だとは思うのだが、司令の判が必要な書類や作業が多すぎる。
 司令自体は誰でも出来るが、司令は一人しかいないのだ。

 ―――判っている。
 これが、仕事に逃げているだけの逃避だと言う事は。
 でも僕は、あの二人に会うのが怖くて……がむしゃらに仕事をこなしていた。


 怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い―――!
 もし、あの二人に、嫌われてしまったら。
 もし、あの二人に、拒否されてしまったら。
 また僕は―――1人だ―――。

 ……別れを切り出されるのが、怖くて。
 僕は―――ここにいる。



「……ねえ、ミユウさん」
「……何?」
「……もう2週間だね」
「……シンジ君が帰ってこなくなってから?」
「……シンジと最後に会ってから」
「………」
「………」

 はぁ、と重い重い溜息を二人同時に付く。
 今日も隣のシンジの席は、空席だ。
 その席の主がどこにいるかは判っている。
 けど、どうして帰ってこないのかが判らない………。

 どうして。
 どうして。
 どうして。

 ここ最近の考える事は全てそれだ。
 どうしようもない不安がボクを襲っていた。
 たぶん、それはミユウさんも一緒だろう。

「……どうして、なのかな?」
「……判らない」

 主語はない。
 でも、二人の間では、それで充分。
 おかしいな……この前までは一緒にいるだけでムカムカしていたのに。
 今では………

「……どうして、連絡もくれないんだろ?」
「……判らない」


 悲しいくらいに、お互いの気持ちがわかる。
 ……寂しいよ、シンジ。



3−3

「ねーねー。シンジさん、どうして来ないのっ?」

 私達の暗く淀んだ空気を物ともせず―――クラスメートは雰囲気に負けて話しかけてこなかった―――元気に質問してきたのは、サキちゃんだった。
 思わず、私の視線に剣呑な物が混じる。
 どうして、シンジ君が帰ってこなくなったのかは判らないが―――おかしくなったのは、このサキちゃんと『何か』あってからなのだから。

「「知らない」」

 異口同音に私とシオリちゃんが答えを返す。
 はっきり言って、今の私達にサキちゃんの相手は苦痛だった。

「む〜、隠さないで教えてよ〜」

 サキちゃんは口を尖らすが、そんな事言われても知らないものは知らないのだ。
 むしろ、私達の方が教えてもらいたいぐらい―――


ガラッ


 戸を引く音に、私達の視線が注がれる。
 そこにいたのは―――綾波、レイ。

ガタンッ!

 私とシオリちゃんは、ほぼ同時に立ち上がった。
 お互いの顔を見合わせ―――頷く。
 そうだ、なんで気付かなかったんだ。
 この人なら、綾波レイなら―――何か知ってるかもしれない!!

「「あ、綾波(さん)!」」
「なにー?」
「「いや、サキちゃんじゃなくて」」

 お間抜けなやりとりをしていると、スススッと音も立てずに綾波さんが近づいてくる。

「……娘。元気にしていた?」
「うんっ♪ おか……おねえちゃんっ♪」

 彼女はサキちゃんの頭をひとしきり撫でると、席に着く……それにしても、娘って呼び方変わってる。
 そりゃ女の子なんだから娘だろうけど。
 ……って、私達無視されてる?

「あ……綾波さん?」
「……………」

 私が声を掛けると、何故かじーーーっと無言で視線を向けてくる綾波さん。
 うっ……サキちゃんの事、苛めてるとでも思ったのかな?
 この前のやりとりからして、ずいぶん過保護だったみたいだし。
 綾波さんはしばらく―――数十秒ほど私達二人の顔を見ていると、やがてパチクリと瞬きした。

「………ああ。碇司令の息子のオマケ」
「「オマケ!?」」

 ―――忘れられてただけみたいです。



3−4

「碇司令の息子? 興味ないわ」

 ようやく事情を説明できたと思ったら、そんな綾波の台詞。
 はぁ、綾波らしいとはいえ、ちょっと冷たすぎる態度。
 ……良く考えたら、ボクの知っている綾波は今から約1年後の綾波なんだ。
 人付き合いの悪い綾波もアレで成長してたんだなぁ、となんだか感慨深くなってしまった。

「………(ヒクヒク)」

 隣のミユウさんは頬を引き攣らせている。
 ボクは慣れているけど、ミユウさんにはずいぶん頭に来る一言だったようだ。
 ……まあ、さすがのボクもちょっとピキンとは来たけれど。
 綾波はそんなミユウさんの様子に気付くわけもなく、いつもの無表情。
 ―――と、サキちゃんが横から割り込んだ。

「ねえねえ、おねえちゃん♪ シンジさん、今何してるのっ?」
「碇司令代理は司令室で執務中の筈よ。○○××−□□△△−×○△□に掛ければ、直通電話に繋がるわ」
「わーいっ♪ かけてみよっ♪」
「「ちょっと待てぇっ!?」」

 ボク達の絶叫に、眉を寄せて『何?』と迷惑そうな綾波。

 ―――これが綾波なんだ。これが綾波なんだ。これが綾波なんだ。

 ふぅ、マインドセットしなかったら、暴れる所だった……。
 っていうか、本当に綾波? 『前』は従姉妹なんていなかったし、ましてやこんなシスコン―――

「あ〜や〜な〜み〜さ〜ん〜?」

 あ、ミユウさんが切れた。

「なにー?」
「サキちゃんじゃないっ! 同じボケはしないのっ!!」

 ミユウさんに怒鳴られ、サキちゃんはむぅぅぅと泣いて(鳴いて?)綾波の後ろに隠れてしまった。
 ああ、またそんな綾波を怒らせるようなことを……。

ヒュッ
ズゴンッ

「へ?」

 ミユウさんの後ろにあった机が、真ん中から真っ二つになって崩れ落ちた。
 綾波は振り下ろした手をそのままに、剣呑な……というより、殺気むんむんな瞳をこちらに向けている。

「……娘を泣かしたら、許さないわ」

 お、怒ったからってATフィールド使わないでよ、綾波ぃ〜〜!(滝汗)



3−5

『い、碇司令代理! 赤木副司令代理! パターン青、使徒の反応がっ!』
「な、なんですって!?」

 司令室でようやく一息付いていた僕達は、突如入った連絡に腰を浮かせた。
 まずい……エヴァンゲリオン初号機は、現在総合メンテ中。
 さすがに唯一稼動可能なエヴァを行動不能にするわけもないが、それでも完全に起動させる為には時間が掛かる。

「リツコさん! 初号機はどれくらいで!?」
「……申し訳ありません、起動までに最低30分は掛かります」
「だったら急いで起動を!」
「はい!」

 僕の足りない言葉を理解して司令室から走り去っていく赤木さん。
 くっ……僕の所為だ。
 僕が、総合メンテの許可を出さなければ……!

「それで、使徒の反応はどこに!?」

 通信機に向かって声を荒げる僕。
 遠くにいれば……いや、せめてN2を使える場所にでもいてくれれば、エヴァ起動までの時間を稼げる。

『そ、それが………司令の学校の中から……』

 ―――背筋が凍りついた。



「お、落ち着いて、綾波っ! ほ、ほら、こんな場所でそんなこと……」
「駄目、絶対に許さない」
「ミユウさんも悪気があってやったんじゃないんだよっ! そ、そう思うよね、サキちゃんも?」
「うぅ……ひっく……」
「な、泣き止んでぇぇぇ!!」
「うぇぇぇ、ふぇぇぇぇぇんっ」
「………あなたも泣かせた」
「わわああああっ!?」
「………えーと?」

 綾波の腕が真っ赤に輝きだし、サキちゃんが泣き、ボクが慌てて制止し、ミユウさんが展開に付いていけず呆然としている。
 二進も三進もいかない、そんな時だった。


がしゃぁぁぁんっ
どんっ、ごろごろごろっ


動くなっ!フリーズ!



3−6

 ………クラスメートにボクやミユウさんは言うに及ばず、泣いていたサキちゃんや激怒していた綾波まで、黙り込んだ。
 何故なら突如窓ガラスを割って、教室に黒尽くめの特殊スーツを身に纏った人物が転がり込んできた上に、その手に持った銃をかかげたからだ。

「………」
「………」
「………(しゅこー)」

 誰も彼もがどう反応したらいいのか判らず、ただ呆然と成り行きを見守っていた。
 動けなかったのはいきなり窓から人が降ってきたから……だけではない。
 飛び込んできた人物はマスク―――しゅこーしゅこー息してるので、ガスマスクだと思う―――を着用し、さらには全身に予備の弾丸やら、肩にバズーカやら、腰に手榴弾やら………詳しくないので良く判らないけれど、とにかく全身重武装だったからだ。

「………」
「………」
「………(しゅこー)」

 痛いほどの沈黙。
 みんな、思考が凍りついているのだろう。
 誰も声すらあげようとしない―――と、張本人が声を上げた。

「……使徒はどこだっ!?(しゅこー)」

 ………はい?

「ミユウ、シオリちゃん! 使徒はどこっ!?(しゅこー)」

 は? ……え、えーと………???


「……娘を狙ってきたのね」


 ボク達が何か反応する前に、綾波が一歩前に出た。

「君が………使徒?(しゅこー)」
「その通りよ。でも、娘は殺させない」
「僕は、ミユウ達を守る。例え、嫌われていても―――それが、僕やらなくちゃいけないことなんだ(しゅこー)」
「そう、でも私も譲れない」
「僕も、譲るわけにはいかないっ!(しゅこー)」

 覆面の人物が叫ぶのと同時に、綾波が何かを切り裂くように手を振り払う。
 赤い光がその手の動きを追うように、横一直線に覆面の人物に向かう―――が、彼は咄嗟に身を伏せて避けるとその手に持った銃を向け、即座に発砲する。

カンカンッ

 が、銃弾は綾波の前に立ちふさがる赤い光に全て跳ね返され、地面に転がった。
 その隙に、覆面の人物は横に転がりながら、肩に担いでいたバズーカで狙いを付け―――!

「って、はうぅぅぅぅぅぅ!?」



3−7

「二人とも、反省しなさいっ!!」

 赤木さんの怒声が、司令室に響き渡る。
 その前には綾波さんと覆面の男―――シンジ君が正座していた。

「「……リツコさん(赤木博士)、だって」」
「だってじゃありませんっ!! 司令代理とチルドレンが争うなんて、言語道断ですっ!」

 ガミガミガミガミと既に小一時間、二人はその体勢で赤木さんの説教を受けている。
 ―――今回の事件は、両方の誤解から生じた事だったそうだ。

「だいたい、レイ! 孤児を引き取るなら引き取るでちゃんと連絡しなさいっ!」
「………娘は、私の娘(抱き)」
「おかあさーん!(抱き)」

 綾波さんの方は、つまり……そう言う事だ。
 勝手に孤児だったサキちゃんを引き取って、育てていた。
 無茶苦茶だけど、二人の仲は見ての通り………赤木さんも呆れ果てている。
 そして、シンジ君の方は……

「それで、司令代理?」
「………ミユウやシオリちゃんを、守らなくちゃいけないと思ったんだ」
「だからって、NERVの武器保管庫からあれだけの銃火器を持ち出さないでくださいっ!」

 とまあ、悪意があってやったことじゃない訳で………。
 不可抗力と言えば、不可抗力なのだろうが………今回の事件で2−Aの教室所か、第壱中学は半壊。
 しばらくは青空教室だそうだ。
 使徒の襲来を予期している第三新東京市―――この街なら、まあ早く直るだろうけど。

「シンジ君………」
「シンジ………」
「っ!」

 私とシオリちゃんが声を掛けると、シンジ君は一瞬泣きそうな顔をして、俯いた。

「……ごめん。二人に、迷惑を掛けるつもりはなかったんだ。二人が僕を嫌ってるのは判ってる……でも、僕は……」
「だから、どうしてそうなるのっ!?」

 本当に、どうしてそういう事になったのか判らない。
 私が―――私達が、シンジ君の事を嫌いになるなんて、ありえないのに。

「でもっ、僕は二人を怒らせるだけでっ……二人だけに戦わせてっ……僕は自分の役目も果たせなくてっ………だから、せめて二人の負担を少しでも減らしたくてっ……!」

 ふわりと、私達は慟哭するシンジ君の頭を抱きしめた。

「違うよ……シンジ君」
「ボク達は、そんな風に思ってなんて欲しくない」
「ただ……」
「ただ……」



 一緒に、居て欲しかっただけなんだよ。



3−8

 ………やっぱり、嫌われてるんだろうか?



「たこやき〜、たこやき〜♪ ぱりぱり美味しいたこやき〜♪」
「……娘。嬉しい?」
「うんっ♪」
「そう、良かったわね」
「シンジさん、買ってくれてありがとー♪」
「………いや、迷惑掛けちゃったせめてものお詫びだから」

 本当に、色んな人に迷惑掛けた―――。
 この綾波姉妹にも、NERVの人達にも、学校の人達にも。

「早く帰ろ♪ シンジ君♪」
「うん、帰ったらいーっぱいボクがご飯作ってあげる♪」

 この、二人にも。

「ミユウ、シオリちゃん」
「え?」
「どうしたの?」
「……ごめんね」

 僕が謝ると、そっと僕の唇を二本の人差し指が押さえた。
 二人はクスクスと笑みを交し合うと、耳元で囁くように言った。

「違うでしょ、シンジ君」
「ボク達が聞きたいのはそんな言葉じゃないよ」
「え? ………あー、えー?」

 聞きたい言葉?
 僕は二人に口を塞がれたまま、考えた。
 考えに考えて………やっと思いついた。
 というか、他に言う言葉が見つからなかっただけなんだけど。

「………ただいま……?」
「「おかえり♪」」

 一度は逃げ出そうとした僕だけれど、二人とならきっと。
 きっと、やっていける。
 そんな………気がしたんだ。



「おかーさん、お腹すいたー」
「……たこ焼き、今食べた」
「でも、これだけじゃ足りないよぉ……(うるうる)」
「碇司令代理、食料の要求をします(きっぱり)」

 と、たこ焼きをあっと言う間に食い尽くしたのか、サキちゃんと綾波さんのそんな台詞。
 でも、綾波さん?
 『食料の要求をします』じゃ立て籠もり犯か何かの要求に聞こえるよ……(苦笑)
 まあ、迷惑掛けちゃったし………

「あーっと………じゃあ、うちで食べる?」
「わーいっ、シンジさん大好き♪」
「……感謝します」
「は、ははは……じゃあ、ミユウ、シオリちゃん。二人も一緒にいいよ……ね……」

 振り返ると、般若が居た。

「「馬鹿ーーーーっ!!!」」



 ………難しいなぁ。

 


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