>碇家・リビング
「う、うぅ〜ん………」
その日、サキが目を覚ますとどんよりとした気だるさが襲い掛かってきた。
「ふにゃ……上手く動けない……」
多少寝ぼけていた事もあって、しばらく起き上がれなかったが……数分後、なんとか上半身を起こすと自分がリビングで昼寝をしていた事をサキは思い出した。
ぐしゃぐしゃになった髪の毛にも気付かず、ぐったりとテーブルにうつ伏せになる。
「む〜、気持ち悪いよぉ……おにいちゃ〜ん」
キッチンの方に向かってシンジを呼ぶが、あいにく買い物へ行ってしまったらしく返事は返ってこなかった。
「あーちゃ〜ん、ミユ〜、レイ〜、ペンペ〜ン、ワン吉くぅ〜ん、マナァ……」
頼りになる順に呼んでは見たものの、誰からも返事はなかった。
さりげなくペット二匹よりランクが下なマナだが、普段が普段なので仕方ないだろう。
名前も呼ばれなかったミサトよりはマシである。
「む〜、みんなはくじょーものだよ……いいもん、自分でなんとかするから」
声にいささか元気がないが、サキは気合を入れて立ち上がった。
気持ち悪いのはお腹が空いたからだ。
お菓子でも食べれば、元気百倍○ン○ンマン―――などと思いつつ、重い身体を引きずってキッチンの冷蔵庫を目指す。
ガチャリ
「たこ焼きない……」
そりゃ、冷蔵庫にはないだろう。
ガチャ
「ここにもたこ焼きない……」
床下収納にも無いだろう、普通は。
ガチャ
「あったー♪」
戸棚にもある筈が―――あったらしい。
と、サキの視線の先には自家製たこ焼き器。
「やっぱりこーゆー時はたこ焼きに限るよねっ♪」
体調が悪いのに、えっへんと胸を張るサキ。
………サキにとっては何にも勝る特効薬なのだろう。
そして、サキはすぅーと息を吸い込み、叫んだ。
「おにいちゃ〜ん、たこ焼き作って〜!」
しーん。
当然返答はない。
「む〜、おにいちゃんが居ないの忘れてた……」
作る人がいなければ、天下のたこ焼き器も宝の持ち腐れである。
仕方ないので、サキは他の食べ物を―――
「しょうがないっ、ボクが自分で作ろーっと♪」
探さなかった。というか、明らかに間違った選択肢を選んだ。
サキは不調などものともせず、ニコニコたこ焼き器を引っ張り出そうとして――ー
「あ、あれっ?」
初めてサキの笑顔が歪んだ。
「お、おかしいな………うんしょっ、うんしょっ」
サキは顔を真っ赤にしてたこ焼き器を引っ張り出そうとするが………どんなにサキが頑張ろうと、たこ焼き器はぴくりとも動かなかった。
しばらく引っ張り出そうと頑張っていたが、そのうち体力が尽きて手を離した。
「……どう…なってるのかな……」
自分の小さな両手とたこ焼き器を見比べながら、サキは考えた。
考えに考え―――生まれてからこれ以上ないってくらいに考えて(まだ生まれて半年程度だが)―――サキは、真っ赤な顔を今度は真っ青にした。
「もしかして………そ、そんな筈無いよねっ! うんっ! これきっと、マナが意地悪してくっつけちゃったんだよっ!」
あははと空笑いしながら、サキはキッチンにあった長椅子に近づいて背もたれを掴んだ。
「ほら、そのしょーこにこっちの椅子はもちあが………あれ?」
泣き笑いの表情で『あれ? あれ?』と椅子に必死にしがみつくが……まったく動く気配はなかった。
「……マ、マナ、こっちもくっつけちゃうなんて……おにいちゃんに後で叱ってもらおうっと」
そう言って、隣の椅子へ移る。
青ざめたサキの顔はもはや蒼白へと変わっていた。
「うんしょっ……うんしょっ………や、やだよっ……なんで……なんで持ち上がらないのっ!?」
そんなサキの脳裏を過ぎるのはいつか見たドラマ。
だんだんと衰弱し、弱っていくヒロイン。
最初は気分が悪くなる程度だったが、手に震えが来て物が持てなくなり、そのうち自分の足で立つ事もかなわなくなり―――
ヒロインの遺体の前で泣き崩れる主人公。完。
救いの無い最悪のドラマだった。一緒に見ていたミユウもマナも怒っていた。
その主人公とヒロインが、自分とシンジに置き換えられる。
「サ、サキーーー! なんでこんなことにーーー!」
白いハンカチを顔に被せられ、ベットに横たわっているサキ。
そのベットの横で号泣するシンジ。
「……………や、やだああああああああ!! おにいちゃぁぁぁぁん!!」
体調が悪く、起きた時から一人ぼっち。
呼んでも誰も来てくれず、まるで世界に自分一人しかいないような寂しさにサキはついに耐え切れなくなり、爆発した。
「おにいちゃぁぁぁぁぁん!! 死にたくないよぉぉぉぉ!! 助けておにいちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
狂乱、そんな文字がぴったり似合うほどサキは取り乱した。
混乱したサキは家から飛び出そうと玄関に走っていき、その途中にあったスリッパを踏んづけて床に転がった。
「ふぐっ、ふえっ、痛いよぉ……あ……」
サキは廊下に擦った膝を抱えようとして―――ぬるっとした感触に気が付き、手のひらを開き―――血で真っ赤に染まった自分の両手があった。
「○×□×○□っ!!」
サキは声にならない悲鳴を上げ、ついに意識を手放した。
>サキ
今日はほんとーに怖い一日だった。
あの後、血まみれで倒れてるボクを帰ってきたミユが発見してきゅーきゅー車を呼んだみたい。
呼び出されたおにいちゃんも慌てて、ボクの所に飛んできてくれた……目が覚めた時におにいちゃんとミユがいてくれて、泣いちゃったのはちょっと子供っぽかったかも。てへへ。
それで、結局ボクの調子がおかしかったのは病気じゃなかったんだって。
む〜、その事についてミユが色々説明してくれたんだけど、良くわからなかった。
いつもボクが判らない事があると、判りやすく丁寧に教えてくれるおにいちゃんは何故か真っ赤になって教えてくれなかった。む〜……。
でも、その後、おにいちゃんがお赤飯炊いてくれて、ミユがボクの『おめでたい日』だって言ってたから、きっと悪いことじゃなかったんだよねっ♪
気分の悪さもボクのぱわーも、一晩ぐっすり寝たら治ってたんだ。
でも、これから一ヶ月に一回はこうなるんだって……またなったら、すぐにミユかマナ、もしくはあーちゃんかミサトさんを呼ぶように言われた。
レイやペンペンはまだだから駄目なんだって。
『おにいちゃんは?』って聞いたら『絶対に駄目!!』って怒られた。
む〜、やっぱり良くわかんないや。