暖かな日常

 

 

泣きたくなる位に幸せな日々

 

 

皆と笑い合い

 

 

僕は流れる季節を過ごしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな幸せなんて

 

 

一つの理不尽であっさり壊れてしまうことを

 

 

僕は知っていたはずなのに

 

 


 

サクラサク

 

〜〜 再びサクラが咲く頃に 〜〜

 


 

 

 爆発。閃光。

 

「綾波ぃーーーー!!」

 

 零号機がその手に抱えていたN2地雷の爆発で、僕の視界は真っ白に埋め尽くされた。

 だけど、

 

「ちくしょうっ……ちくしょうちくしょうちくしょうっ………」

 

 使徒は何の傷も残さず、そこに立っていた。

 

 

 

「アスカッ!!」

 

 僕の目の前でアスカの弐号機の頭が、使徒の腕によって切り飛ばされた。

ドズンッ……ゴロゴロ……

 弐号機の頭が、地面を転がる。

 通信機からはまるで断末魔のようなアスカの絶叫。

 

 

 

「貴様ぁぁぁぁぁ!!」

 

 初号機の腕が使徒の放った光線で吹き飛ばされる。

 激しい痛みが僕を襲った……が、僕は構わず憎しみに任せて使徒へ飛び掛った。

 

「貴様っ、貴様っ、貴様ぁぁぁ!! よくもっ、綾波をっ、アスカをっ!!」

 

 殴る。殴る。殴る。

 片腕になってしまった初号機で、使徒に馬乗りになりながら相手を『壊す』為に。

 僕の『破壊』を受けて、使徒の仮面は歪み、血飛沫が上がる。

 『壊す』『消す』『殺す』

 『お前なんていらない―――!』

 

「死ねっ!!」

 

 そして使徒に『死』を振り下ろす為に、高々と手を上げ―――

 

 

ドクンッ

 

 なんで―――

 なんで、こんな時に―――

 

 

 フラッシュバック。

 僕の目の前には、ある光景が鮮やかに浮かび上がった。

 いつまでも色褪せぬ記憶。

 たとえ、僕が今まで生きていた記憶を忘れたとしても、鮮明に残っているだろう風景。

 ピンク色の、花吹雪。

 

 

ピーーーーー

 

 突如鳴った電子音に、僕ははっと意識を覚醒させた。

 内部電源『0:00』。

 そして、使徒の仮面の目が、眩しく光った。

 

「し、しまっ」

 

 その自分の声を最後に、僕は全てを失った。

 そう、全てを―――。

 

 

 

 さくら’sView

「サードチルドレン、碇シンジは本日午後3時に―――死亡しました」

 

 耳から入ってきた『音』を、わたしは理解できなかった。

 しんじが……どうしたの?

 

「それは……どういうことですか……?」

 

 お母さんの口から出た震える『音』。

 なんでお母さん……そんなに震えてるの?

 怖いことでも、あったの……?

 

「先日襲来した使徒―――未確認巨大生命体の襲撃によって、サードチルドレンは死亡しました」

「なんでっ……どうして彼がっ……」

「あれを撃退することはあなたも知っているように彼の、パイロットの使命です。いえ、使命でした・・・

「っっ!」

「彼はその使命を立派に果たして―――死亡しました。彼は、英雄で」

 

パンッ!

 

 乾いた『音』。

 それはお母さんの右手が、訪ねて来た女の人の頬を打ち鳴らした『音』だった。

 

「なんなんですかっ……あなたは一体何の権利があって彼を……シンジ君を『殺した』んですかっっ!!」

 

 しんじが『殺』された?

 

「私は……彼の、家族でした」

「家族? 家族だったら、なんでっ……なんで彼を……」

「彼の死は、私の責任です。それは事実以外の何物でもない………だけど、彼はこの街を、人々を守ったんです」

「だから必要な『死』だったとでも言うんですか!?」

 

 『死』。

 しんじの……『死』……。

 

「言いません。そんな事は絶対に………でも、彼の『死』を意味のない物にするのだけは、許されない」

「………」

「彼の守りたかった物は……いえ、彼の守りたかった『人』は……間違いなく、彼女なんです。それだけは……知ってください。そうしないと、シンジ君が……報われない……」

「……帰ってください」

「彼の残した意思は、私が、私達が必ず守ります」

「帰ってください!!」

「椎名サクラさん……」

「やめて下さい!! 早く帰って!!」

「お願いだから……シンジ君のこと忘れないであげて……」

 

 しんじが『死』んだ。

 しんじはもう『思い出す』事しか出来ない。

 もう、会えない。

 もう、『声』を聞けない。

 もう、あのしんじの暖かい体に………触れられない。

 しんじ。

 

 

 

「サクラ」

 

 『音』。

 わたしが振り向くと、そこには赤い髪の彼女がいた。

 目元は泣き濡らした様に腫れ上がり、前の彼女の元気はどこにも、『無』い。

 しんじに我侭を言っていたあの『声』は、どこにも『無』い。

 

「アンタ、シンジの事……聞いた、わよね……」

「………」

「………ごめん……なさい」

「………」

「アタシは……シンジを守れなかった……何が……栄光のエヴァンゲリオンパイロットよっっ!!」

 

 悲しい『音』。

 自分を傷つけても、貶しても、癒されない、誤魔化せない、『痛み』。

 

「なんで……怒らないのよ?」

「………」

「なんで、言わないのよっ! アンタが死ねばよかったのにって言わないのよっ!!」

「………」

「言ってよ……お願いだから……アンタ、あいつの恋人だったんでしょ……」

 

 その場に蹲っている彼女を置いて、わたしは歩き出した。

 『恨み』も『憎しみ』も、感じなかった。

 彼女のように『涙』は、出ない……。

 

 

 

「椎名サクラさん、ね?」

 

 学校からの帰り道、再び『音』に呼び止められた。

 道路に黄色の車を止め、タバコを吸っている白衣の女性。

 見覚えはなかった。

 

「話があるの。着いてきて貰えないかしら?」

「………」

「碇シンジ君に付いての事よ」

「!」

 

 初めて『音』に、意味を感じた。

 わたしが女性の目を素早く仰ぎ見ると、彼女は口元を歪める様に『笑』った。

 

「着いてきて、貰えるわね?」

 

 わたしは、首を縦に振った。

 

 

 

「ここ、よ」

 

カシャンッ

 

 彼女の発した『音』共に、その部屋に光が灯された。

 わたしの目の前には、煙突のような丸い金属の柱。

 そこに書かれている文字は『3rd Children』。

 

「ふふ……そう怪訝そうな顔しないで。すぐに見せてあげるから」

 

 女性はわたしの視線を受け、不敵に笑うと手元のスイッチを操作した。

 ガコンッと鈍い音が響き、目の前にあった金属の柱が開いていく。

 中はオレンジ色の液体に包まれ、そこに浮いていた人物は―――

 

「しん……じ……」

「そうよ。驚いたかしら?」

 

 わたしの様子を、女性は何故か楽しそうに見ていた。

 彼女はわたしがしんじの姿を確認したのを見ると、口を開き『音』を発し始めた。

 

「そう、私達にもう後はない。だからこんな事までしなくてはならないのよ―――」

「………なに?」

「何? それは死んだと聞かされたのにシンジ君がいる事を言ってるのかしら? それとも、このシンジ君の扱いの事を聞いてるのかしら?」

 

 楽しそうに―――本当に楽しそうに女性は『笑』った。

 でも、わたしは『笑』いも『泣』きもしなかった。

 ただ、疑問に思っただけ。

 

「なに? ……しんじにそっくりな、『これ』は、なに?」

 

 わたしの言葉に女性は初めて表情を崩し、目を見開いた。

 ずっと吸っていた煙草をポロリと落とし、動揺を隠すためなのか、両目を手で抑えながら聞いてきた。

 

「どうして……わかったの?」

「………しんじじゃ、ないから」

「ふ、ふふふ………あははは、あははははははっ!!」

 

 目を手で隠したまま、女性は弾けたように笑い出した。

 そのまま天井を仰ぐようにしばし笑い……彼女は再び話し出した。

 

「そうよ……『これ』はシンジ君じゃない。ただの材料。ダミープラグという無骨な道具の部品。所詮、オリジナルのコピー……」

「………」

「『これ』に魂は宿らなかった……理屈の上では『これ』の肉体を使ってシンジ君は『生き返る』筈だった……失敗したけどね……」

「………しんじが、『生き返る』?」

 

 女性の言う事は、わたしにはほとんど理解できなかった。

 でも、決して聞き流す事は出来ない単語が、そこには混ざっていた。

 彼女は新しい煙草を取り出すと、火も付けずに口にくわえて話を続ける。

 

「シンジ君は使徒にやられそうになったあの瞬間、自分の、そして初号機のATフィールドを開放した……結果、それを近距離で受けた使徒は消滅。そして、シンジ君と初号機は………」

「……どうなったの?」

「LCL化。生命のスープとも言える液体へと変わった……いえ、『還った』わ。当たり前ね。ヒトは、ATフィールドなしでその形を保てない……」

「………」

「そして、LCLは第三新東京市全域へ散らばってしまった……」

「………しんじは、『生』きてる」

「ええ、『死』んではいないわ。ただ、ヒトとしては『死』んでいるのと変わらないけどね」

「しんじが、『生』きてる……『生』きて…る……」

 

 もう、我慢できなかった。

 『涙』が、『感情』が、『溢れ』出す……。

 

「あ、あぁぁ………しんじ、しんじ………しんじぃ……」

「………可能性があるとしたら」

「……え?」

「限りなく不可能に近いけど………シンジ君が、自力でATフィールドを再び身に纏い、ヒトとしての形を構成するとしたら―――」

 

 

 

 other’sView

 リツコは駆けていく小さな人影が扉の向こうに消えたのを確認し、よろよろと壁に縋り付いた。

 

「ふふ……シンジ君の『人形』を一目で見破り、ありえない可能性を心の底から信じ………人形に振り回される私、初号機が消えた事によって絶望したあの人……」

 

 目を押さえていた手の下から、すぅーっと頬を『涙』が伝った。

 

「彼女に比べたら………ほんと、無様ね」

 

 

 

 さくら’sView

「はあっ……はあっ……はあっ……」

 

 わたしの『身体』が悲鳴を上げる。

 わたしの『意志』に応えようと必死に動くけど、運動不足のこの身体ではそれを受け切れなかった。

 アスファルトの道路を踏み込む足が、何度も鈍痛を伝えてくる。

 肺が酸素を欲し、脇腹が酷く痛む―――。

 でも、わたしは走るのを止めなかった。

 

『可能性があるとしたら―――』

 

 もう少し―――もう少しだから―――。

 わたしの『身体』、頑張って―――。

 そして、わたしは―――。

 

『可能性があるとしたら、彼が一番強い想いを抱いた場所―――ヒトとしての形を保てる、現世との繋がりが一番濃い場所に―――おそらく―――』

 

 辿り、着いた―――。

 

 

 

 

 

 other’sView

「あれ………?」

 

 学校の屋上で蹲っていた惣流・アスカ・ラングレーは、頭に何かが掛かった感触に涙で濡れた顔を膝から上げた。

 

ひらひら

 

「何、これ……?」

 

 アスカが頭を軽く払うと、そこにあったのは数枚のピンクの花びら。

 花びらを一枚指で摘み上げると、その感触は儚く薄かったが―――幻などではなく、確かにそこにあった。

 

「なんで……こんな所に花びらが……えっ」

 

ひらひら

ひらひら

ひらひら

 

 アスカの目の前に一枚、また一枚と花びらが降り立ち―――。

 気がつくとまるで雨のように―――否、吹雪のようにピンクの花びらが舞っていた。

 アスカは慌てて屋上の手すりに捕まって立ち上がり、辺りを見回して驚愕した。

 

「な、何よ、これ―――!」

 

 

 

 

 

桜の花びらが、舞っていた。

 

 

まるでピンク色の吹雪が降り注ぐように

 

 

この街を、第三新東京市を包むように

 

 

舞っていた。

 

 

 

 

 

 シンジ’sView

「しんじ!!」

 

 背後から、僕を呼ぶ声が響く。

 愛しい『声』、歓喜に満ち溢れたその『声』に、

 僕は木を見上げるのを止め、振り向いた。

 

「………また、一緒に桜見れたね」

「しんじっ!!」

 

 さくらちゃんは僕を見て、はちきれんばかりの笑顔で走って来る。

 だけど―――。

 

「さくらちゃん、来ちゃ駄目だ」

「えっ」

 

 僕の制止に、さくらちゃんは足を止めた。

 その顔は『どうして?』と今にも泣き出しそうだ。

 けど、僕にはもう………さくらちゃんを抱きとめる事は、出来ない。

 

「ごめん、さくらちゃん」

「………なんで?」

「ごめん」

「………しんじ、どうして」

 

 案の定、さくらちゃんは泣き出してしまった。

 ボロボロと、見ているこちらが悲しさで胸が裂けそうな―――そんな泣き方だった。

 

「さくらちゃん、今の僕は幻のような存在なんだよ」

「ちがう……しんじ、幻じゃない……ここにいる……」

「うん、ここにいるよ。でも、すぐに消える」

 

 僕も、良くは分からない。

 けれど、自分のATフィールドを解き放ったあの時、初号機の中から僕の中に流れ込んできた知識がそれを教えていた。

 今の僕には、自分の形を保つほどのATフィールドを作れない。

 今、こうして『僕』でいられるのも奇跡に近いって事を。

 

「しんじ……抱きしめて……わたしを置いていかないで……」

「駄目だよ、さくらちゃん。今の僕に触ったら、さくらちゃんのATフィールドまで解放……消えちゃうんだ」

「やだ……」

「お願いだから、わがまま言わないで………」

 

 そうしたいのは、僕も同じだから。

 我慢できなくなる。

 でも、さくらちゃんを消す訳にはいかないんだ。絶対に。

 

「さくらちゃん……今まで、さくらちゃんと会ってからの一年……本当に楽しかった……」

「……そんなこと、なんで言うの?」

「お別れ、だから」

「いやっ!!」

 

 僕の言葉にさくらちゃんは頭を振って、僕に抱きつこうと一歩踏み出し―――。

 

「駄目だ!! さくらちゃん!」

 

 僕の怒声に、さくらちゃんはびくっと身体を震わせて立ち止まった。

 僕は優しく―――零れそうになる涙を懸命に堪えて―――さくらちゃんに話しかけた。

 

「僕の事はもう忘れて……って言っても、さくらちゃんは納得しないよね」

「……(こくり)」

「だったら、一つだけ言わせて……これは僕のわがままだから、無視しても忘れてくれてもいい。でも、今だけは聞いて」

 

 僕は、卑怯者だ。

 優しく純粋なさくらちゃんには絶対に無視も忘れる事もできないと知っていて、この言葉を言おうとしている。

 でも、言わずにはいられない―――。

 どうしても言いたい―――この言葉だけは。

 

「必ず、帰ってくる。何年かかるか分からないけど、絶対にさくらちゃんの元に帰ってくる」

「………しんじ」

「だから、だから………それまで、待っていて欲しい………」

 

 なんて無責任で、身勝手で、残酷な言葉だ。

 帰ってくるかどうかも分からない奴を待て………そんな酷い台詞。

 でも、言わずにはいられなかった。

 これが―――今の僕の正直な気持ちだから。

 

 が

 

「いや」

「………へ?」

「待つの、いや」

 

 頭の中が真っ白になった。

 ゴーンッ! と遠慮なく思いっきり金槌で殴られたような衝撃を受けた気分だ。

 

「待つの、嫌い」

「あ……そ、そっか……忘れてくれるならそれで……」

「だから………」

 

すっ

 

 止める暇も、避ける余裕も、なかった。

 気が付けば、さくらちゃんは僕の腕の中にいた。

 

「さ、さくらちゃんっ!?」

「だから、わたしも着いていく」

「な、何を言って……戻ってこられる保障なんてないんだよっ!?」

「もう………遅いもん」

 

 にこっと僕の腕の中のさくらちゃんは天使のように―――あるいは小悪魔のように悪戯っぽく笑った。

 いつもするように、さくらちゃんは嬉しそうに僕の胸に頬擦りして―――。

 

「馬鹿、だよ……さくらちゃん……」

「待つの、嫌い。だから着いてく……おかしい?」

「おかしいよ……」

「……おかしくても、いい」

 

 そのさくらちゃんの表情は本当に満ち足りた物で。

 僕は………。

 

「わかった。一緒に行こう」

「うん……」

 

 

 

 僕はさくらちゃんの小さな身体を抱きしめた。

 もう、離さない為に―――離れない為に―――強く、強く。

 

 

 

「さくらちゃん。大好きだよ」

「うん……わたしも、しんじが大好き」

 

 

 

 桜吹雪の中、唇を合わせた二人が

 軽い水音を響かせて、弾けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだなぁ……絶対にお義父さんに殺される気がするよ」

「……だいじょうぶ」

「えぇ? 無理だよ……だって、可愛い一人娘を一年間も行方不明にしてたんだよ?」

「………お父さん、優しいからだいじょうぶ」

「それに、さすがのお義母さんも怒ってるだろうなぁ……いきなり別れなさいとか言われたりして」

「………(うるうる)」

「ああ!? ご、ごめん! 冗談だってば!」

「………酷い」

「うん、まあ、例え怒ってたとしても、誠心誠意謝って許して貰うから、ね?」

「………(こくり)」

「それじゃあ、覚悟を決めて行こうか……はぁ、やっぱりちょっと憂鬱だなぁ」

「………だいじょうぶ、わたしがついてる」

「そうだね……行きますか!」

「(こくり)」

 

 

 

「「ただいま!」」

 

 

END


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