季節は秋

 

 

ただこんな時期でも

 

 

元気に咲く桜はあったんだ

 

 

 

 

 

 シンジ’sView

 11月、そろそろ二学期も中間を過ぎた頃、僕達の学校では突発的な出来事が起こっていた。

 

「えー、突然ですが、諸君らの担任の先生が入院なされた」

 

ざわざわざわ

 

 朝のHR。

 何故か教室に来た教頭先生の一言で、クラスに衝撃が走った。

 あの先生随分な年だったから………大丈夫かな?

 

「アルツハイマーか? それとも寿命か?」

「いや、ついにボケが始まったのかも………」

「最初からボケてた気がするけど」

 

 ………クラスのみんなは薄情だった。

 前の席に座ってるマナに至っては、ぐーぐーイビキかいて寝てるし。

 

「みんな!! 先生がご病気で入院されたのに不謹慎よっ! そうですよね! 教頭先生!」

 

 クラスの良心、委員長が立ち上がって注意する。

 その通りだ、まったくもう。

 だが、教頭先生は肯定せず、視線を逸らしてポツリと呟いた。

 

「えー………ちなみに病名は痔だ」

 

 委員長は真っ赤になって席に着いた。

 

「それはともかく」

 

 ごほんと誤魔化すように咳払いをして、教頭先生は話を続ける。

 

「入院されてる間、臨時の先生が皆の担任をしてくれる。粗相がないように」

 

 臨時の先生?

 一旦は収まる様子を見せていたクラスが再び騒がしくなる。

 暇を持て余してる中学生にとっては、またとない刺激的な話だった。

 もちろん、僕の友人達も例外ではない。

 

「ねえ、シンジ。新しく来る教師ってどんな奴だと思う?」

 

 アスカが隣の席からそんな事を聞いてくる。

 

「うーん……僕としては厳しくない先生ならいいけど……」

「つまんない答えね〜」

 

 自分から聞いておいてそれは酷いと思うよ、アスカ。

 

「わ、私も碇君と同意見です……」

 

 後ろの席の山岸さんが小さな声でそう言って来る。

 確かに山岸さんはそういう先生に授業中当てられても答えられそうにないしね。

 ………僕も決して人の事は言えないけど。

 

「………別にどうでもいい」

 

 誰も聞いていないのに綾波がそう呟いた。

 って、なんで一番後ろの席の綾波が僕の隣(アスカと逆隣)にいるんだ?

 あ、床に安藤君(クラスメートA)が無残な姿で転がってるし。

 驚愕している僕に、綾波は小さくニヤリと笑うと、

 

「問題ないわ」

 

 とのたまってくれた。

 いえ、大有りだと思うんですけど(汗)

 

「………という訳で、入ってきてください」

 

 僕達が話している間に教頭先生の話は終わったらしく、教室の扉―――廊下に向かって呼びかけた。

 

ガラッ

 

 クラスメート達は中に入ってきた人を見て固まった。

 そして、僕やアスカ達も固まった。クラスメート達とは違う理由で。

 その人物はテクテクと歩いて来ると教卓にちょこんと立った。

 

 クラス中が固まっている中、委員長が手を上げる。

 

「あ、あのー………教頭先生?」

「なんだね?」

「い、いえ、その先生が私達と同じぐらいの年代に見えるんですけど」

 

 委員長の言う事はもっともだ。

 何故ならその人物は教卓から顔が辛うじて出るほどの身長しかなかったのだから。

 

「気の所為だ」

 

 委員長の質問に教頭先生はきっぱりと言い放った。

 

「で、でも……」

「気の所為だ!」

 

 何故か血の涙を流す教頭先生。

 その迫力に委員長は大人しく黙り込んだ。

 

「では、自己紹介をお願いする………椎名先生」

「………椎名サクラ」

 

 にこにことその人物は口数も少なにそう言うのであった。

 

「「「ちょっと待てーーーーーーー!!!!」」」

 

 アスカ達の絶叫を耳にしながら、僕はこれからの騒動を考えて頭を抱えた。

 

 


 

サクラサク

〜 秋にも咲く桜 〜

 


 

「ちょっと待ちなさい! アンタが何でここにいるのよ!? っていうか教師!? 同い年でしょがっ!」

 

 席を蹴飛ばして立ち上がりながら、叫ぶ……というより吼えるアスカ。

 常人ならズボンを何かで濡らしたくなる様な迫力を受けても、臨時教師―――さくらちゃんはにこにこと平然としたものだ。

 いや、良く分かってないのかもしれないけど。

 

「………席に着いて(にこにこ)」

「アンタずるいわよ! ただでさえシンジを独り占めしてるってのに、唯一フリーな学校の時間まで奪う気!?」

「………席に着いて(にこにこ)」

「う……わ、分かったわよ!」

 

 凄い、あのアスカを訳の分からない迫力で黙らした。

 今度教えてもらおう………じゃなくて。

 

「さくらちゃん、なんでここに!?」

「「「遅っ!」」」

 

 うるさいな、混乱してたんだよ。

 僕がアスカと入れ替わるようにして立ち上がると、さくらちゃんはぱあっと頬を赤らめて、さらに笑顔を満開に咲かせる。

 

「………しんじ♪」

 

とてててて

ぽすっ

すりすり

 

 抱き付き→頬をすりすりの連続コンボを炸裂させる。

 周りの視線が非常に痛い。凄く痛い。『またお前かオラ』っていう男子の視線が痛い。

 殺気が周囲の空気の温度を上昇させている左右後方三人の羅刹の視線はもっと痛い。

 ちなみに教頭先生は見て見ぬ振りをして、誰にも気付かれること無く(僕は気づいていたけど)教室を去っていった。

 慌てた僕は胸にすりすりしているさくらちゃんを剥がして声を掛ける。

 

「さ、さくらちゃん! どうしてここに!?」

「………しんじ」

 

 僕の質問に答えず、不満げに見詰めてくるさくらちゃん。

 どうやら、すりすりの途中でひっぺがしたのがまずかったらしい。

 あー、えーと………。

 

ぽすん

すりすり

 

 僕が黙り込んだのを良い事に、再び僕の胸に顔を沈めるさくらちゃん。

 

じぃぃぃぃーーーー×40

 

 周りから暑いほどに浴びせられる視線に、僕はさくらちゃんを完全に抱きかかえ、

 

「それじゃ、みなさん。また来週」

「「「「「逃がすかぁぁぁぁーーーー!!」」」」」

 

 逃げようとして、あっと言う間に取り押さえられた。

 

 

 

 さくら’sView

 昨日、お父さんとお母さんに愚痴を零した。

 『しんじと同じ学校に行きたい』と。

 そうしたらお父さんが何処かに電話を掛けた。

 すると、何故か今日しんじの学校の先生になっていた………どうして?

 お母さんに聞いたら、お父さんは教育委員会という所の偉い人と知り合いらしい。

 すごいんだ、と感心した。

 でも職権乱用とも思った。

 けど、しんじの学校に行けるのは嬉しいからそれは言わないお約束。

 

 

 

 ぷらぷらぷら。

 ぷらぷらぷら。

 右に左に揺れている。

 

「しんじ………楽しい?」

「………さくらちゃん、楽しいように見える?」

「(こくり)」

「そ、そう……楽しそうに見えるか……あはははは………」

 

 しんじは他の生徒からミノムシさんにされて天井からぷらぷら。

 楽しそうだけど、逆さまなのはちょっと頭に血が上りそう。

 

「アスカァ……そろそろ降ろしてくれないかな〜?」

「ダメよ! 馬鹿シンジの癖に場所もわきまえず………ら、らぶらぶするなんて………っっ!!」

 

 しんじの友達は顔を真っ赤にしている。

 良く分からないけど、しんじはこの人の言う事なら良く聞く。

 なんだか、ちょっといや。

 

「椎名先生はお幾つなんですか?」

「………?」

 

 おさげ髪のそばかすの女の子が話しかけてくる。

 おいくつ……?

 

「145」

「え゛」

「さ、さくらちゃん……身長じゃなくて年齢だよ……」

「惜しい?」

「惜しくない惜しくない」

 

 ぷらーんぷらーんしながら、しんじが説明してくれる。

 年齢の事だったんだ、勘違いしちゃった。

 

「13……?」

「さくらちゃん……自分の年齢ぐらい自信持って答えてよ……」

 

 しんじがちょっと呆れた表情になる。

 だって数え間違えてるかもしれないのに。

 5歳くらいからしか、記憶無いし。

 

「13? じゃあ、やっぱり先生じゃない……」

「………教員免許」

 

 びしっと女の子に免許を突きつける。

 こう見えても私はれっきとした教師なのだ、えっへん。

 ………なんちゃって。

 

「「「「「ええええええーーーーー!?」」」」」

 

 皆が一斉に大声を上げる。

 あ、しんじまで大きな口を開けて固まってる。

 先生なんだから、免許持ってるのは当然なのに変なの。

 

「さ、さ、さくらちゃん、教員免許なんて何時の間に!?」

「………三年前」

 

 三年前は暇で暇で暇で(数十回繰り返し)しょうがなかったので、お父さんとお母さんが雇った家庭教師の先生の薦めで免許を暇つぶしに取った。

 あの暇つぶしのおかげで今こうしてしんじといられる。

 家庭教師の先生、そして三年前の私、ありがとう。

 

「そ、それより! 椎名先生とシンジの関係は何なんだ!? さっきから妙に親しいけど………」

 

 メガネを掛けた男の子が詰め寄って来て、腕を掴んで揺さぶってくる。

 あう……痛い。

 

「ケンス……ケッ!! 触るな!」

 

ゴスンッ!

 

 ぷらーんぷらーんしてたしんじがメガネの男の子に向かって頭突き。

 しんじ、痛そう。

 

「何するんだよ、シンジ!? お前ばっかりずるいぞ! この子ぐらい寄越せ!」

「そうだそうだ!!」

「碇ばっかり独占しやがって!!」

「第一、椎名先生とはどういう関係だ!?」

 

 男の子達が一斉にしんじに喚き始める。

 でも、しんじは睨み返して、叫んだ。

 

「さくらちゃんは僕の恋人だ! 手を出したら許さないからなっ!!」

 

しーん

 

 あれほど騒がしかった教室が一瞬で静まり返る。

 

「………しんじ」

「さくらちゃん?」

「それ、違う」

 

 私はしんじの言葉を否定する。

 だって違うから。

 

「え?」

「な、なんだ……おい、碇! 適当な事抜かすなよ!」

「そうだそうだ! お前には惣流達が……」

「………恋人じゃなくてお嫁さん」

 

しーん

 

 再び沈黙。

 お母さんがそう言ってたから。

 『ああ、さくらちゃんはもうお嫁に行ってしまうのね、およよ』って。

 

「あ」

 

 ぽむと手を叩く。

 もうHR終わりの時間だから、職員室行かなきゃ。

 皆が固まってる間をすり抜け、教壇に置いてあった私の鞄を持って廊下に出る。

 急がないと次の時間が始まっちゃう。

 

「さ、さくらちゃ〜〜〜〜〜んっっっっっ!」

「テメェーーーーー!」

「死にやがれーーー! この人類の敵がーーーー!」

「くぉの、馬鹿シンジーーーーー!!」

「うわぁーーーーーっ!!」

 

 いっそげいそげ。

 

 

 

 シンジ’sView

 私刑リンチから逃れられたのは二時間目の半ばだった。

 一時間目の数学の先生は見て見ぬ振りしてたし、二時間目の保健の先生に至っては窓の外を見ながら『人生って何だろう』と神に祈っていた。

 一瞬の隙を付いて(アスカが僕をぶら下げる場所を天井から、窓に変更しようとして縄を解いた所で)脱出しなかったら殺されていただろう。

 ううう………僕は彼女を作っただけなのに、なんで『女タラシ』や『人類の敵』になるんだ?

 なんとか屋上に逃げてきて倒れこんだ時には、顔は腫れ上がり足腰もガクガクいってる状態だ。

 

「あー……痛………アスカやケンスケ達もちょっとは手加減しろよな………」

 

 口元が腫れている為、喋るのも一苦労だ。

 さくらちゃんが来たのは嬉しいけど………煽るだけ煽って去ってほしく無かったな(涙)

 

スッ

 

 唐突に視界が暗くなる。

 ゴロンと転がって見上げると、委員長が倒れている僕を見下ろしていた。

 

「碇君、大丈夫?」

「あ、うん………」

 

 委員長の差し出してきたハンカチを受け取りながら、僕は起き上がって座り直した。

 ハンカチは水で湿らせており、ひんやりと気持ちよかった。

 ちょっと傷に染みるけど。

 

「委員長、ありがとう」

「うん、いいのよ。皆もちょっとやり過ぎだと思ったしね」

「ははは……でも、委員長まで授業サボっていいの? もう3時間目始まるよ?」

 

 僕が疑問をぶつけると『私もたまには息抜きしたくなるのよ』と苦笑して委員長は言った。

 僕が顔の傷の一つ一つをハンカチで拭っていると、委員長が口を開いた。

 

「それで……碇君、恋人…いたんだ?」

「え、うん、まあ………」

 

 僕の隣に腰を下ろして気まずげに聞いてくる委員長に、僕は曖昧な返事を返す。

 委員長がこんな事聞いてくるなんて、ちょっと意外だな。

 委員長は顔を少し赤くして……ポツリと小さな声でさらに聞いてきた。

 

「………椎名先生とどうやって付き合いだしたの?」

「へ?」

 

 今度は『ちょっと意外』で済まされなかった。

 『不潔よぉぉぉ!』と叫ぶイメージでクラス中に認知されていただけあって、無闇に他人の恋愛事に首を突っ込んでくるタイプには思えなかったから。

 

「あ、別に話したくなければ話さなくて良いのよ! 少し興味があっただけだから!」

 

 わたわたと普段では見られない取り乱しようで、そんな言い訳をする委員長。

 なんとなくそんな委員長は珍しくて、僕はさくらちゃんとの事を話しても良いかななんて思った。

 

「別に話しても良いけど………」

「そ、そう?」

 

 言葉上こそ遠慮しているようだけど、表情はキラキラと期待と好奇心で埋め尽くされていた。

 ………本当に珍しいな、こんな委員長。

 

「さくらちゃんと会ったのはね、うちの近くにある公園でだったんだ―――」

 

 

 

 さくら’sView

 3時間目はしんじのクラスの授業だった。

 喜んで行くと、しんじの席は空席。

 ………さぼり?

 

「むっきゃーーーー! 馬鹿シンジは一体どこに行ったのよーーー!」

「………お猿さん、うるさい」

「なんですってぇ!? ファースト!」

「ああ、碇君どこに行ってしまったのですか………」

 

 教室は荒れ放題になっていて、その中央ではしんじの友達達が暴れまわっていた。

 HRの時にしんじがぶら下がっていたロープは教壇の前に転がっていた。

 どこに行ったんだろう?

 

かきかき

 

 チョークを掴んで、黒板の下に小さく『自習』と書き込む。

 誰も見てないけど、一応これで良し。

 さ、しんじを探しに行かなくちゃ。

 

 

 

 シンジ’sView

「―――という訳で、僕とさくらちゃんは付き合う事になったんだ」

「はぁぁ……桜の木の下のラブロマンス……素敵ねぇ………」

 

 説明し終わって委員長を見ると、頬を真っ赤に染め、瞳は焦点が定まっておらずトリップ中。

 そ、そこまで他人を喜ばせる話じゃなかったと思うんだけどね。

 

「………委員長さ、この話を聞きにわざわざ授業サボってここに来たの?」

「えっ!? そ、そんな事無いわよ!」

 

 そんな事はないと言っている割には動揺しすぎな委員長。

 お堅いと思ってたけど、意外と恋愛には興味津々なようだ。

 ………もしかして。

 

「あのさ、委員長」

「な、なに?」

「もしかして、誰か好きな人とかいるの?」

「な、なななななななっ!? 何で!?」

「いや、だって………こんな恋愛話でそこまで恍惚としてたら、普通自分と誰かをその話に当てはめてるとしか考えられないよ」

「そ、そんな事………」

 

 委員長は真っ赤になって俯いてしまう。

 ありゃ、カマを掛けてみただけなのに、当たってしまった。

 

「もし良かったら話してみてよ。協力できるかもしれないし」

「え、え………ほんと?」

「ほんとほんと」

 

 正直、委員長みたいな真面目な子が好きになるのって誰だか想像も出来ない。

 こっちもさくらちゃんの事を話したんだし、少しぐらい興味本位に聞いたってバチは当たらないと思う。

 それに出来る限り協力したいって気持ちはほんとだしね。

 

「で、誰なの? 佐藤君? 田中君?」

 

 佐藤君や田中君なんて人、知らないけどさ(笑)

 

「………す、鈴原

「え、なに? 小さすぎて聞こえないんだけど」

「………鈴原!」

「え………………ええええええーーーーーっっ!? トウジ!? あのトウジ!? 年中真っ黒なジャージ着て、がははと笑いながら似非関西弁を操るあのトウジ!?」

「そ、その鈴原トウジ………」

 

 別にトウジに殴られた事を今でも根に持ってるわけじゃない、たぶん。

 それにしてもトウジか………あんなに喧嘩ばっかりしてたのに、心底意外だな………。

 

「……す、鈴原好きになっちゃ、変かな?」

「変ではないと思うけど………トウジのどこが好きになったの?」

 

 そう聞くと、委員長は赤くなった頬を両手で押さえて蚊の鳴くような小さな声で言った。

 

「………優しいところ」

「………そっか、トウジ優しいもんね」

 

 初めて会ったあの時だって、トウジは妹の為に動いていた。

 そして、自分が悪かったと思った時はすっぱり謝って僕を友達に迎え入れてくれた。

 外見は確かにちょっとアレかもしれないけど………委員長がトウジの内面に惹かれるのはなんとなくだけど分かった。

 

「よし、トウジと上手くいくように協力するよ。一応僕もトウジの親友だからね」

「あ………ありがとう、碇君!」

 

 委員長が瞳を潤ませながら、僕の両手を握ってぶんぶんと上下に振る。

 

ガタン

 

 え?

 物音を耳にし、僕は屋上の扉がある方に目を向けた。

 そこにいたのは何故か驚愕の表情で、両手で口元抑えながらプルプルと震えるさくらちゃんだった。

 

「あ、さくらちゃ……」

 

バンッ

タッタッタッタッタッ

 

「へ………?」

 

 さくらちゃんは僕の声に返答せず、扉を乱暴に閉めて去って行ってしまった。

 訳も判らず僕が呆然と佇んでいると、委員長がすぐ隣で吼えた。

 

「碇君! 追いかけてっ!!」

「え、え、なんで?」

「いいから早く!」

 

 状況が理解できないまま、委員長の剣幕に押される様に僕は立ち上がった。

 委員長のゴッドボイスでやられた耳を抑えながら。

 

 

 

 さくら’sView

 どうして?

 どうしてどうしてどうして?

 どうしてしんじと女の子が見つめ合って手を繋いでたの?

 どうしてしんじが私以外と………。

 やだ。

 やだよ。

 しんじを取っちゃやだ。

 なんで、なんでなんでなんで―――――。

 

ガッ

 

「あっ……」

 

ズザザッ

 

 階段の段差に足をぶつけて地面に転がる。

 グラウンドの土と小さな石が手のひらに食い込んで、真っ赤な血が滲み出てくる。

 

「………痛い」

 

 ぽた、ぽた。

 涙が手の上に零れ落ちる。

 着慣れないスーツが鬱陶しい。

 学校なんて………来るんじゃなかった。

 

「おーい、さくらちゃ〜ん」

 

びくっ

 

 しんじの声が遠くから聞こえる。

 隠れなくちゃ。

 今は………会いたくない………。

 

がさがさ

 

「………さくらちゃん、そんな所で何してるの?」

「………隠れてる」

「隠れてるって……藪から顔出てるけど」

「………顔出さなきゃしんじの顔が見えない」

「いやまあ、そうだけど………」

 

 ………何かが間違ってる?

 あ………しんじに会っちゃった。

 会いたくないけど、顔は見たい。

 顔は見たいけど、会いたくない。

 

「うぅ………」

「うわっ、さくらちゃんなんで泣いてるの!?」

 

 私が混乱して泣いていると、しんじが目に見えて慌て始める。

 

「もしかして僕の所為!? っていうか、隠れてるのを見つけちゃったから!? じゃなくて、ああっさくらちゃん怪我してるし!? 救急車ー! あああ、……保健室に連れて行った方が早いよな!」

 

 その場であたふたと手を振りながら、私の周りを回る。

 そんなしんじを見ていたら………なんだか胸が温かくなって、涙が何処かへ消えた。

 

「………しんじ」

「あわわ! 担架を持ってきて……いや一人で担架は無理だから誰かクラスの奴を引っ張ってくれば! それに保険の先生も連れてきて!」

「………しんじ、落ち着く。大丈夫だから」

「大丈夫じゃないよ! 血が出てるじゃないか!」

 

 しんじは私の怪我してる手を持って、真剣な瞳で見つめてくる。

 …………………ぽっ。

 しんじは私の手にハンカチを巻きつけると立ち上がった。

 

「応急処置はこれでいいとして、早く保健室に………って、そうだ! 僕が運んで行けばいいんじゃないか」

「……!」

 

 うんうんと納得したように頷くと、しんじは私の膝裏に手を回し、抱きかかえた。

 しんじの手が暖かかったから、私は抵抗せずにしんじの首に手を回した。

 

 

 

 シンジ’sView

 保健室は………っと、こっちだな。

 まだ授業中の為、誰もいない廊下を僕と抱えられてるさくらちゃんは歩いていく。

 ………今日来たばかりの教師を、お姫様抱っこで運ぶ生徒。

 もしかして、今かなり拙い光景なんだろうか?

 

「………しんじ」

 

 ぎゅっとさくらちゃんが僕の名前を呼んで首に縋り付いてくる。

 うん、そうだよな………今はそんな細かい事を考えてる場合じゃない。

 早くさくらちゃんを保健室に連れて行かなくちゃ。

 

「シンジーーーー!」

「碇君、どこですかーーー?」

「碇ー!」

 

 遠くから聞こえてきたアスカその他多数の声にクルッと転進する。

 アスカ達だけではなく、うちのクラスの男子連中も捜索に加わっているようだ。

 無視して突っ切ってもいいけど、それをした場合回り道をするより時間を食いそうだ。

 などと考えて一つ上の階に上っていると(※保健室は一階にある)、腕の中でじっとしていたさくらちゃんが何やら尖った視線を向けてくる。

 そんな視線をさくらちゃんから初めて受けた僕は、うろたえた。

 

「さ、さくらちゃん?」

「………(じー)」

「ど、どうしたの? そんなに睨んで………」

 

 僕がそう言うと、さくらちゃんはついっと視線を逸らす。

 さくらちゃんにしたらかなり珍しい動作だ。

 目を逸らすという動作は、人間何か気まずい事や後ろめたい事を考えている時にしかしないものだ。

 なので、いつも純真無垢なさくらちゃんはいつでも僕の瞳を覗き込んでくれていたんだけど………。

 僕が………何かしたのか?

 さくらちゃんを怒らせるような事を………。

 

「………さくらちゃん」

「………(ぷいっ)」

「さくらちゃん、聞いて。僕は馬鹿だから………さくらちゃんが悲しんだり怒ったりするような事をしても、まったく気付けないかもしれない……」

「………」

 

 その場に立ち尽くしたまま、ぎゅっとさくらちゃんの頭を抱きしめる。

 さくらちゃんは横を向いたまま………だけど、身動きせずにじっとしてくれていた。

 

「だけど、これだけは信じて欲しい」

「………」

「さくらちゃんを泣かせたくない。どんなに馬鹿でもそれだけはしたくないんだ。僕はさくらちゃんが……大好きだから」

「………あ」

「だから、なんで怒ってるか聞かせてくれないかな………もう二度とさくらちゃんを悲しませたりしない………約束する………」

「………ひぐっ……ぐすっ……しんじ……」

 

 さくらちゃんは瞳からポロポロと涙を零しながら、その小さな両手で僕のワイシャツを握り締める。

 僕はそんなさくらちゃんが愛しくて、泣かせてしまった事が悔しくて、ただ強く抱きしめた。

 やがて、ゆっくりと搾り出す様に霞んだ声でさくらちゃんが語り始めた。

 

「………しんじが」

「うん」

「………他の子と仲良くするの、や」

「仲良くするのって………」

 

 今日の僕のどこら辺に他の子と仲良くする場面があったのだろう?

 教室では皆からリンチ受けてたし。

 屋上では………はっ。

 もしかして………。

 

「屋上で委員長と一緒に居た事?」

「……それだけじゃない。しんじ、赤い髪の子のいうこと何でも聞くから………ぐすっ」

 

 赤い髪の子………アスカの事か。

 そんなつもりはなかったんだけど、傍からみたらそうかもしれない。

 実際逆らうの怖いし。

 

「あのね、さくらちゃん。屋上で委員長と一緒にいたのは相談受けてたんだよ」

「………相談?」

「そう。委員長、好きな人がいるんだって………その好きな人が僕の親友だから、協力するって約束してたんだ」

「………ふぃ」

 

 自分の勘違いが恥ずかしかったのか、さくらちゃんは耳まで真っ赤に染まって僕の胸に顔を埋めて隠した。

 僕はさくらちゃんの髪を優しく撫でながら続ける。

 

「アスカの方も何でも言うこと聞いてるって事はないよ」

「………うそ」

「嘘じゃないよ。………僕が何でも言うことを聞くのは、さくらちゃんだけだよ」

「し、しんじ………」

 

 さくらちゃんは潤んだ眼で僕を見上げ―――。

 自然と僕はさくらちゃんの顎に指を掛けてくいっと上を向かせ―――。

 瞳を閉じ、唇と唇の距離が近づき―――。

 

「いい加減にしろぉぉぉぉ!!」

「うわぁ!?」

 

 突如割り込んで来たのは、すぐ近くにあった職員室から出てきた前髪が寂しい教頭先生。

 良く見ると近くの教室で授業をしていたと思われる下級生の女の子達が、瞳を輝かせて扉の影から見守っている。

 

「貴様ぁぁぁぁ!!」

「は、はい!」

「神聖なる学校で椎名先生とラブラブとは、独身34年の私へのあてつけか!? そうだな!? そうなんだな!?」

「ち、違いますよ! そんな訳ないじゃないですか!」

「あいつにぃ、あいつにぃ! あの人を取られなきゃ私だって今頃なぁぁぁぁ! それなのにあいつめ、教育委員会を通してこの私を脅しおってぇぇぇぇ!!」

 

 教頭先生の意味不明な迫力に、僕はタジタジと後ずさる。

 良く見ると教室の扉からこちらを見ている男子生徒の視線は、程度の差こそあるが教頭先生と同質―――殺意の篭った物だった。

 どう言い逃れようかと頭を悩ましていると、くいくいと服の袖を引っ張られた。

 視線をそちらに向けると―――。

 

「………んっ」

 

 さくらちゃんが、目を瞑ったまま唇を突き出した。

 唇と唇が合わさる。

 目を白黒させる僕。

 唖然と口を大開きにする教頭先生。

 『きゃああー!』と歓声を上げる女子。

 『うおおおお!』と絶叫を放つ男子。

 『シンジィーーー!』と遠くから咆哮するアスカの声。

 そして………てへっと照れ笑いするさくらちゃん。

 

 とりあえずは、だ。

 

「逃げるっ!!」

「………ん〜♪」

 

 もう一回キスを要求するさくらちゃんを再び抱きかかえて。

 僕は色々な絶叫を背に、廊下を疾走するのだった。

 

 

 

 

 

秋の学校に咲いた桜は

 

 

騒がしいほどに満開だった

 

 

 

 

 

「…でも」

「どうしたの?」

「屋上の子と、どうして手を繋いでたの?」

「え、あ、い、勢いで……つい……」

「………(ぷいっ)」

「ああああ! さくらちゃん、ごめん〜〜〜〜!」

 

 

 

 

 

「ふああぁ………あれ? なんでみんないないの?」

 

 2−Aの教室では今の今まで眠りこけて出番を逃した、栗色の髪をした少女が目を覚ましていたりした。

 

終わる


後書き

 とどのつまり、サクラが嫉妬するだけの話だったり(笑)

 そして、裏の主役は一体何があったサクラの両親&教頭先生(爆)


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