突然ではあるが―――海である。

 正直、僕は海が嫌いだ。

 わざわざ暑い中、暑い外で遊ばなくてもいいじゃないかとか、

 大きいだけの水溜りで泳いで何が楽しいんだろうかとか、

 マイナス方向の思考しか頭に思い浮かばなくなる。

 自分がカナヅチだ………というのは関係ない。そう、関係ないったらない!

 ……こほん。それはともかく、そんな僕が海まで来たのには理由がある。

 理由は海に来てから非常に元気だ。

 即座に荷物をまとめて帰りたくなるほどに。

 

「うーーんっ! 白い浜、青い海、照りつける太陽! 最高ねっ! シンジッ! このアタシが誘ってやったんだからぼさーっとしてないでとっとと来なさい!」

「ほらほら、シンジも来て来てーー♪」

「い、碇君、行きましょう」

「………ダメ、碇君は私と行くの」

 

 前の方で僕を呼ぶアスカとマナ、左右でさり気なく火花を散らしている山岸さんと綾波を見て、そっと溜息をついた。

 

 ………この四人と一緒でなければ、まだマシなんだけどね。

 はぁ………今頃どうしてるかなぁ。

 

 ついこの間、自分の彼女になった少女を思い浮かべて―――二度目の溜息を付いた。

 

 


 

サクラサク

 

〜〜 遠かりし街の青空の下で 〜〜

 


 

 二週間ほど前だろうか………僕はある一人の少女と出会い、あっという間に恋に落ちた。

 それには一本の不思議な樹が関わっていて、話せば長くなるので省略するが、とにもかくにも色々あって僕は彼女―――さくらちゃんと正式なお付き合いをする事になった。

 が、今だにさくらちゃんの事を自分の彼女というのは気恥ずかしくて、まだ誰にも言ってなかったりする。

 

 さくらちゃんの本名は椎名サクラ。

 僕と同い年で、学校には行かないで家庭教師で済ましているらしい。

 さくらちゃんの名前の由来は、例の樹―――桜だそうだ。

 4月に生まれたさくらちゃんは、近くに咲いていた(さくらちゃんの家は第三新東京市では珍しく、昔からある家らしい)桜にちなんでつけられたそうだ。

 でも、その生まれたすぐ後のセカンドインパクトでこの木は枯れてしまって、切り倒されたそうだけど。

 

 ちなみにこの話はさくらちゃんにではなく………さくらちゃんのご両親に聞いた話だ。

 つまり、その……………僕達は既に親公認の仲という訳なのだ。

 で、さくらちゃんの両親に会った印象は………『この人たちの育て方が間違いなく、天然さくらちゃんを生み出したのだろう』と思わせるものだった。

 お父さんは溺愛し過ぎ、さくらちゃんの為なら銀行強盗だろうがテロだろうがやってのけるだろう。

 お母さんは目茶苦茶過保護、おまけに子供っぽい

 思わず、その事を僕が怒ってしまったのは仕方がないことだろう。

 ………それを感心されて、両親公認の仲になってしまったのだが。

 

『君にならサクラを任せられる。頼んだぞ、息子よ』

『あらあら、サクラちゃんもいい子を見つけてきたわねぇ。お母さん、嬉しいわ♪』

 

 何故にそこまで話が飛ぶぅっ!?

 

 結局、ガッシリ手を掴んでくるお父さんと目をキラキラ輝かせてるお母さんの前では、頷くしかなかった僕だったりする。

 

 

 

 

 

「シーンージー?」

「わわっ!?」

 

 いきなりのアスカのドアップに思わず仰け反って、尻餅を付く。

 まあ………憤怒の表情のアスカの顔をアップで見せられたら、いきなりじゃなくても腰が抜けそうだけど。

 

「アンタ何ぼーーーーーっとしてんのよ、さっきから!」

 

 びしっと効果音が付きそうな勢いで僕を指差してくるアスカ。

 

「え、ええと……説明考え事してて……」

「ほほぉ? こんな絶世の美女と二人っきりで海に来てるって言うのに、アンタは考え事のほうが大事な訳ね?」

「誰が二人っきりよーー! シンジはわたしと海に遊びに来たの!! ね? シンジ」

「ち、違います! い、碇君は私と……」

「………おサルとスパイと眼鏡は自意識過剰」

「「「ファースト(綾波さん)!?」」」

 

 はあ………なんでこの四人は仲良くできないかな。

 一人一人と会ってる時はあんなに良い子達なのに。

 複数でいるといつもこの調子だ。

 

「その………折角遊びに来たんだから、みんなで仲良く………」

「「「「シンジ(碇君)は黙っててっ!!」」」」

「………はい」

 

 自分がちょっと情けないよ(涙)

 ………とりあえず、喧嘩が収まるまでレジャーシートでも敷いとくか。

 

 

 

 一応この四人についても紹介しておこうかな。

 まず、赤みが掛かった金髪を振り回しながら暴れまわっているのが惣流・アスカ・ラングレー。

 僕の同居人兼同僚兼クラスメート。

 普段から結構我侭で自分の思い道理に行かないと気がすまない性格だ。

 でも、たまに―――本当に極たまにだが―――優しかったりする。

 二人きりになると気を許してくれているらしく、唯の同居人に過ぎない僕に甘えてきたりする。

 うん、まあそれはちょっと嬉しいかな。仲の良い友達として見てくれてるって訳だし。

 

 そのアスカと掴み合い、揉み合いをしてる栗色のショートカットの髪型をした垂れ目の女の子が霧島マナ。

 数ヶ月前にうちのクラスに転校してきて、それ以来結構仲の良い友達だ。

 最初は僕達の仕事―――エヴァンゲリオンというロボット―――について色々探りに来たスパイだったらしいのだが、僕友達の為にあっさり所属していた組織から寝返ったのだ。

 うん、友情っていいよね。

 

 そして、二人の後ろで不意打ちの機会を狙って目を光らせている黒髪で長髪の眼鏡の子が山岸マユミさん。

 えーと……………クラスメート。

 それだけしか、説明がないや。

 あ、そうだ。図書委員で僕と仲良くなったのは本がきっかけ。

 おとなし目の子で性格が割と僕に似てるから、気があったんだ。

 で、今は友達。

 

 最後は、争う三人を尻目にジリジリと僕に寄って来てる蒼髪紅眼の真っ白な肌のアルビノの子が綾波レイ。

 同僚兼クラスメートで、実はこの中でも一番古い付き合い。

 うーん……それでも半年とちょっとなんだけどね。

 同僚なのに最初は口も聞かなかったのだけれど、今ではこうして一緒に遊びに行く程度には親しい友達だ。

 綺麗な子ではあるんだけど………ちょっと性格が変わっている。

 あの父さんと仲良いし。ある意味尊敬ものだ。

 いや、真似したくないけど。

 

 でもなんだかんだいって皆良い友達だ。こんな僕と一緒にいてくれるし。

 ………退屈とは無縁だしね。

 で、他の数少ない友達のトウジとケンスケには良く『裏切り者ーーー!』と言われている。

 まあ、この四人、トウジとケンスケには冷たいから。

 四人とは唯の友達なんだから、そこまで言われる筋合いは無い様な気もするけど。

 あ、さくらちゃんの事がばれたら殺されるような気がするな………気をつけよう。

 

 

 

「んっんっんー♪ 死にたいらしいわね、アンタら………」

「それはこっちの台詞よ。アスカさん………」

「あ、綾波さんが抜け駆けしようとしてますっ!」

「………!(ビクッ)」

「ファーストの分際でアタシを出し抜こうとは良い度胸してるじゃない!」

「………お猿さんと引っかき合いする趣味は無いわ」

「なんですってーーー!」

 

ドガスッ、バカッ、ドバキィ

 

 喧嘩が戦闘に移行しつつあるな………いつもの事だけど。

 レジャーシートもパラソルも設置し終わっていた僕は、巻き込まれないうちに一時退散することにした。

 

 

 

 

 

 さくら’sView

 ………今日は家族で海に旅行。

 車に乗ってゆらゆら。

 たのしみ。

 

「サクラ、もうすぐ着くからな」

「サクラちゃん、車に酔ってない?」

 

 お父さんとお母さんが話しかけてくる。

 こくっと頷くと二人ともにっこり笑う。

 

「しかし、シンジ君が来れないのは残念だったな」

「そうですね。でも、友達との先約があるんじゃ仕方ないわよね。私もシンジ君と泳ぎたかったんだけど」

 

 本当に残念そうにお父さんとお母さんが呟く。

 ………しんじ。

 わたしの……大事な……大事な人。

 一緒にこれなかったのは………すこし寂しい。

 

「あ、あなた! あなたがシンジ君の事を言うからサクラちゃんが涙ぐんでるじゃない!」

「なにっ!? す、すまない、サクラ!」

 

 ………お父さんとお母さんがちょっと煩い。

 しんじのこと、考えてるのに邪魔してほしくない。

 

「ほら眉を寄せて、落ち込んじゃったじゃないですか!」

「お、俺の責任か!?」

「そうです!!」

 

 しんじの顔を思い出すと頭がぽーっとする。

 

 優しい笑顔………。

 わたしの好きな綺麗な声………。

 さわさわと髪の毛に触れてくる暖かい手………。

 

 そこまで考えて頭をぷるぷると振る。

 ちょっと恥ずかしい。

 

「見て下さい! 赤くなって頭まで振り出しちゃったじゃないですかっ!」

「うむ………可愛いぞ」

「あなた! 見るところが違います! 確かに目に入れても痛くないほど可愛いですけど!」

 

 ………やっぱり煩い。

 

 

 

 シンジ’sView

 なんでああ、リアルバウトジェノサイドな喧嘩に移行するんだろうか?

 まったくもって謎である。

 

 はぁ、と今日三度目の溜息を付きながら海岸沿いを歩く。

 

「やっぱりさくらちゃんの所のお誘い、受ければ良かったかな〜」

 

 実を言うと昨日、さくらちゃんに会った時に一緒に旅行に行かないかと誘われた。

 しかし、かなり前からアスカ達と海に行く約束をしていて―――もとい、させられていたのでそれを蹴るわけにもいかなかったのだ。

 ううう………僕がもうちょっとNOとハッキリ言える人間だったら………。

 ……………アスカに殺されてたかな?

 

「はぁぁぁ………」

 

 四度目にして、今日最大の溜息。

 別にアスカ達と遊びに来るのが楽しくないわけじゃない。

 さくらちゃんが特別なだけだ。

 さくらちゃんとだったら一緒にいるだけで楽しいし、嬉しい。

 一緒に寝転がっててもいいし、例の桜の木の下で談笑してるだけでもいい。

 

「ま、友情より愛情だよなぁ。愛だよ、愛」

 

 海を眺めながら意味不明な台詞を吐く僕。

 ………みんながさくらちゃんとの事知ったらどういう反応するかな。

 アスカ辺りは馬鹿シンジの癖に生意気よ! と、罵倒しつつも祝福してくれるよな。

 マナや山岸さんは素直に応援してくれるだろうし………綾波だって無関心かもしれないけど認めてくれるだろう。

 

「問題はトウジとケンスケ……それにミサトさんか……」

 

 前者はタコ殴り、後者は死ぬほどからかわれるだろう。

 間違いない。

 

「でも結局は………みんな良い人ばっかりだから………喜んでくれるよね………」

 

 よし! 帰ったらみんなに言おう!

 そうすれば、みんなと遊びに行く時もさくらちゃんと一緒にいられるし!

 

 と、決心して拳を振り上げていると。

 

「シンジーーー! どこに隠れてるのよーーー! 出てきなさいーーーっ!」

 

 ひぃぃっ!?

 遠くから聞こえてきたアスカの怒声に慌てて岩陰に身を隠そうとして―――

 

「うわっ!?」

 

ツルッ

ドボォォォォンッ

 

「がぼがぼがぼっ!?」

 

 足を滑らせて岩場から海へ転落した。

 中学三年の少年、同学年の友人の少女に追われ海に転落

 天性のカナヅチ少年、海で足を滑らし溺死

 うわあ、明日の朝刊は嫌な見出しだな………なんて間抜けな事を考えながら僕の意識は急速に薄れていった。

 

 

 

 さくら’sView

 海は広くて青くて、とっても綺麗だった。

 でも………。

 

「………暑苦しい」

 

 日差しが―――ではなく、人ごみがである。

 早く水着になって海に入ろう。

 そうすれば少しはマシ………になるかもしれない。

 水着は服の下に着ているので、お母さんに預かってもらって………。

 

「…………?」

 

 おかしい。

 さっきまでいた筈のお父さんとお母さんが見当たらない。

 

「…………(ぽん)」

 

 あ、と思い当たって手のひらを叩く。

 ………迷子だ。

 きっとお父さんとお母さんは迷子になってしまったのだろう。

 まったくお父さんたちは仕方ないなぁと辺りを見回す。

 

「…………(キョロキョロ)」

 

 いない………。

 しょうがない、探そう。

 

「…………(さくさく)」

 

 暑いので、波打ち際を歩く。

 サンダルなので、濡れても大丈夫………ときおり足首までに掛かる波が気持ちいい。

 人人人人人人人人人。

 ………多すぎ。

 これじゃあお父さんたちが見つからない。

 

「ねー、彼女。お一人?」

「………?」

 

 急に掛けられた声に振り向くと、男の人の二人組が笑いながら近づいてくる。

 

「暇なら一緒に遊ばない?」

 

「おい、中学生のガキナンパするのか?」

「いいじゃねえかよ。ガキだってこと差っ引いても十分お釣り来るぐらい可愛いじゃねえか」

「………そうだな」

 

「………暇じゃない」

 

 お父さん達を探して早く泳ぎたいから。

 

「そう言わないでさぁ。マジで楽しいから」

「………(ふるふる)」

 

 首を横に振る。

 しかし男の人たちは諦める様子は無い。

 ………しつこい。

 

「俺達、車で来てるからなんだったらどこか涼しい所でも………」

 

 と、そんな時だった。

 

ざっぱあん

 

 一際大きい波が押し寄せ、私はびしょ濡れになってしまった。

 

「………けほっ」

 

 うぅ、塩辛い………。

 

「「うわっ、うわわわわっ!」」

「………?」

 

 男の人の悲鳴に視線を戻すと、二人組は何か黒い物・・・に圧し掛かられて恐怖で暴れている。

 

「どざっ、どざっ、土佐衛門っ!?」

「ぎゃあああ!」

 

 二人組はパニックのあまり走り去ってしまった。

 ちょっと助かった。

 ………そういえば、土佐衛門って何?

 砂浜に転がってる黒い物をごろんとひっくり返して見る。

 

「………しんじ?」

 

 黒い物をひっくり返すとしんじになった………じゃなくて、どうやら黒い物の正体はしんじだったらしい。びっくり。

 というかどうして、しんじが海から流れてきたんだろう?

 ………海からの贈り物?

 

ぺちぺち

 

 とりあえずしんじは寝てるようなので頬を叩く。

 しんじって、会うたびいつも寝てる気がする。

 

「お、おい、あの子、あれが土座衛門だって理解してないんじゃないか?」

「知り合いだったのかしら……気の毒に………」

「おにいちゃん、水死体だよっ水死体っ」

「サ、サキ、見ちゃ駄目だってば………」

 

ぺちぺち

 

 ………今日は一段と手強い。

 仕方ない。

 

「………起きないとジャ

 

がばあっ!!

 

「や、止めてさくらちゃん! あれだけはあれだけは! ………って、あれ?」

「おはよう、しんじ」

「え、えーと………さくらちゃん? あれ? どうして……なんで?」

 

 しんじは状況が理解できていないようで混乱している様子だ。

 ふぅ………しんじが寝ぼけるのはいつもの事だから説明してあげなくちゃ。

 うーんと………。

 

「………しんじは………海からの贈り物だから(にこっ)」

「……………」

 

 あ、まだ考えてる。

 でもとりあえず、しんじに会えた事は嬉しいから海に感謝。

 ぺこっと海にお辞儀する。

 

「さくらちゃん、なにしてるの?」

「………しんじも海におじぎ」

「????? う、うん」

 

 しんじも混乱したまま、海に向かってぺこり。

 

「いったい何をしているんだ………?」

「きっと、怪しい宗教にハマっているのよ。まだ子供なのにねぇ………」

「わーいっ、ボクもおじぎおじぎ〜♪」

「こらっ、真似しない!」

 

「………しんじ♪」

 

 ぽふっとしんじの胸に抱きつく。

 うん、いつものしんじの匂い………♪

 

「え、あ、う………」

 

 しんじは未だに戸惑いながらも、私の肩に手を回して抱きしめる。

 ………暑いのに、暖かく感じる。

 変なの。

 

 

 

 

 

「―――ん?」

 急にいなくなったシンジを探していたアスカは泣きそうな顔でオロオロしている中年の男女の二人組に目を止めた。

 その男女は時折、口喧嘩を交わし………というか、女性の方が一方的に男性に怒鳴りながらも何かを探しているようだ。

(まったく痴話喧嘩なんて……周りの迷惑も考えなさいよ)

 そんな事を考えながら、その脇を通り過ぎようとして―――

 

ガツッガシッ

 

 右肩を男性に、左肩を女性に捕まれた。

「君と同年代の女の子を見なかったかいっ!?」

「可愛い可愛い私達の子供なんですーーー!」

「し、知らないわよっ!」

 滝のように涙を流す二人にぐぐぐっと顔を近づけられて、アスカは顔を引きつらせながら叫ぶ。

「ああ、可哀相なサクラちゃん………少し目を放した隙に誘拐されるなんてっ………」

「だ、大丈夫だ、まだ誘拐されたと決まったわけじゃ……」

「何が大丈夫なんですかーーーっ!! 今ごろ悪い人にサクラちゃんが捕まってるかと思うと………ああ〜〜〜!」

「すまない! すまない、サクラ〜〜〜!」

 目の前で大泣きする男女にアスカは呆然とし………おずおずと話し掛ける。

「あ、あの、良かったら探すの手伝いましょうか?」

 

しゅばっ

 

「「本当ですかっ!?」」

 目にも止まらぬ(戦闘訓練を受けているアスカの目にも映らない様な)スピードで両手をガシッと捕まれ、アスカはこくこくと頷くしかなかった。

 

 

 

 ―――で。

 人探しは人数が多いほうが良いと思ったのと、自分だけ被害を受けてたまるかというアスカの考えで、めでたくレイ、マナ、マユミの三名も『サクラちゃん』捜索隊に加えられることになった。

 レイは関係ないと立ち去ろうとしたが、両腕を中年夫婦に捕まれ大泣きされてはさすがに逆らえなかったようだ。

「それで………その『サクラ』さんってどんな方なんですか?」

 さくさくと浜辺を歩きながらマユミがアスカに問う。

 ―――『サクラちゃん』の両親である中年夫婦に聞かなかったのは懸命である。

 それを聞いたアスカは30分に渡り、『サクラちゃん』の可愛らしさを語られたのだから。

「えーと、そうね………」

 アスカは後方で辺りに向かって泣き叫びながら歩く中年夫婦を見て、言葉を選んで口を開く。

「アタシ達と同年代で、ロングの可愛い娘らしいわよ」

「なんか、すっごい漠然としてない? 見つかるの?」

 マナが眉をひそめて言うが、答えるものは誰もいない。

「………服装や背格好は?」

「ああ、ピンクのパーカーとミニスカートを着ていて、背は随分小さいって」

 レイの質問にそう答えながらアスカは、『これだけの情報を聞くのになんで30分も掛かるのよ』とこの中年夫婦に関わってしまった運の悪い自分を呪った。

(シンジはどっかに行っちゃうし、変な夫婦には絡まれるし最悪………)

 まあ、それはアスカだけではなく他の三人も思っていることだろう。

「ねえねえ、アスカ〜。あれじゃない?」

 と、マナが指差した先には、そこまで多くないものの人だかりが出来ていた。

 そして、確かにその中心にそれらしき女の子がいた―――が。

「って、変な男に肩を抱きつかれてるじゃないっ!?」

「あ、あの………抱きつかれてるというより、あれは抱きついてるんじゃ………」

「ナンパ男に捕まってる訳ね! 助けるわよっ!」

「だ、だから……あれって知り合いかなんかじゃ………」

「いくよ! 綾波さん!」

「………私も行くの?」

「「行くの!!」」

 ダッシュで砂浜を走り出すアスカ、マナ、レイの三人。

 もちろん小さな声で喋るマユミの声など聞こえているわけがない。

 ………ちなみにその時、中年夫婦はその事に気が付かず、いまだに(泣き喚きながら)探していたりする。

 

 

 

 

 

 シンジ’sView

 何がなんだか、さっぱりなんですけど。

 僕は呆然とさくらちゃんの肩を抱きながら、立ち尽くしていた。

 周りの人間は僕達の様子を物珍しそうに眺めてるし………。

 

「………♪」

 

 さくらちゃんはひたすらご機嫌そうに顔を僕の胸にスリスリと擦りつけている。

 ………………………ま、いっか。

 さくらちゃんは僕の腕の中にいるわけだし、ここには二人きり。

 何の問題も無し。

 

(※相変わらず、野次馬連中はいます)

 

 僕が笑みを浮かべながら、なでなでと頭を撫でるとさくらちゃんはふにゃっと表情を崩す。

 さくらちゃんの髪って柔らかいよな………。

 

なでなで

 

 ほんのりと頬を染めたさくらちゃんと視線が合う。

 自分でも知らない内に顔が近づいていたようだ。

 

「しんじ………」

 

 さくらちゃんは小さくそう呟くと、スッと目を閉じた。

 …………こ、これって、OKって事?

 うわっ、顔を少し上に向けて角度を調節してる!?

 さくらちゃんのちょっぴり濡れた唇がぁぁ………。

 ああっ! 勝手に体が!?

 とか理由を創作してみたりしつつ(笑)、さくらちゃんの肩に手を置き、顔をさらに近づけていく。

 5cm、4cm、3cm………

 

ダッダッダッダッダッ

 

 ―――ん?

 

「ちぇすとぉぉぉぉぉ!」

「うわっ!?」

 

 突如飛んできた蹴りに、さくらちゃんを抱きかかえて地面に伏せる。

 

「追撃あたーっくっ!」

「目標、ナンパ男を確認。殲滅します」

 

 さらに続けて飛んできた飛び蹴りと、赤い五角形の光を地面を転がって避ける。

 咄嗟に反応できたのは、いつもの嫌な予感が背筋を走り抜けたからだ。

 ………別に使徒との戦闘経験とか、エヴァの訓練とかはまったく関係ない

 

「さ、さくらちゃん、大丈夫!?」

「………?」

 

 ほっ………大丈夫みたいだな………。

 僕は腕の中のさくらちゃんの様子を確かめてから、襲撃者を睨みつける。

 

「誰だ!」

「ふっふーん、ナンパ野郎の分際でアタシ達の攻撃を避けるとはやるじゃ……な……い………?」

「ア、アスカ? それにマナや綾波まで………」

「「「シンジ(碇君)!?」」」

 

 襲撃者の顔を見てビックリ。

 なんと僕の連れだったのだ………もしかして、逃げたのを恨んでの犯行?

 

「あの……もしかして、逃げた事怒ってる?」

「そ、そ、そ、そ、そ………」

 

 恐る恐る聞くが、パクパクと口を開け閉めしながら、アスカは僕を指差し『そ』を繰り返すだけ。

 ただ、マナも綾波も睨んでいるからやっぱり怒ってるんだろうなぁ。

 

タッタッタッタッ

 

「はあ、はあ、皆さん待ってくださいよ〜」

 

 息を切らしながらやって来たのは山岸さんだ。

 山岸さんは息を整えてから僕の顔を見て………。

 

「碇君が女の子をナンパ!?」

「違うっっっ!」

 

 自分がとんでもない濡れ衣を被せられそうになっているのに気づいた僕は慌てて否定する。

 ゴゴゴと漫画の様に物騒な音を立てて殺気が渦巻く中、さくらちゃんがくいくいと僕の服の袖を引く。

 

「………しんじ、この人達誰?」

 

 さくらちゃんの言葉と共に『はっ?』と四人から放出されていた殺気が止まる。

 誤解が解けたのか?

 た、助かった………。

 

「シンジ、アンタその子と知り合い?」

「そ、そうだよ。結構前から知り合いで同じ第三に住んでる子だよ!」

 

 再び殺気が再燃しないように一気に捲くし立てる。

 ほっ………これでひとまず安心。

 と思ったのだが、

 

ズゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 母さん、魔王でも復活しそうな擬音です。

 

「つーことはそいつもって事ね………」

「い、いや………なんでいきなり殲滅対象に?(汗)」

 

 さくらちゃんを後ろ手で庇いながら、ジリジリと後ずさる。

 僕が死んでもさくらちゃんだけは守る!

 

グアアアアアア

 

 母さん、魔王が復活してしまいました。

 どうして、何故にホワイ!?

 どのような理由があってアスカ達はこんなに殺気立っている!?

 

「ねえ、シンジ。アタシ達にその子を紹介してくださらない? 冥土の土産に

 

 ごめんなさい、訂正します。

 神様。できるなら、さくらちゃんだけじゃなくて僕の命も助けて貰えるとありがたいです、心の底から。

 まだピーピピーもさくらちゃんとしてないのに死ぬのは嫌です。

 

「………しんじ」

 

 さくらちゃんは相変わらず殺気にも気付かず僕を見上げてくる。

 その目は『この人達誰?』と純真に問いかけてきている。

 こんな時でも天然なんだねさくらちゃん。

 そんな君が今は心底羨ましいよ。

 

「ま、まず、アスカ達の事を先に紹介させて貰っていいかな?」

「ええ、どんな言い訳が出てくるか楽しみだわ」

 

 言い訳ってなんですか、言い訳って。

 

「さくらちゃん、その先頭にいる怖いお姉じゃなくて! 赤毛の綺麗な女の人は惣流・アスカ・ラングレーさん」

「………?」

「ああ、同僚兼同居人兼クラスメート。あ、同居って言っても仕事関係の所為で何の関係もないからね」

 

ビキッ

 

 なぜかどこかでヒビの入る音。

 ?

 

「そして、その隣の青白い女の子が綾波レイさん」

「………(こく)」

「同僚兼クラスメートで見た目も性格もちょっと変わってるけど、良い人なんだ」

 

ビキシッ

 

 またもやヒビの入る音。

 何だろう?

 

「で、その逆隣にいる普段は垂れ目なのに今は釣り目な栗色の髪した女の子が霧島マナさん」

「………(こくこく)」

「とっても明るい女の子でね。僕の仲の良いクラスメートだよ、唯の

 

ビキビキッ

 

 またまたヒビの入る音。

 一体何なんだ?

 

「そして最後に一番後ろの今にも人を刺しそうな目げふんげふん、長い黒髪の女の子が山岸マユミさん」

「………(こくこくこく……がくっ)」

「さくらちゃん、頭の振りすぎは良くないよ? ほらちゃんと少しは喋らなきゃ」

「………わかった」

「で、えーとなんだっけ……ああ、そうそうクラスメートなんだ。で以下同文

 

ビキビキビキィ!

 

「お待たせ皆、それでこの子はさくらちゃんって言って………どうしたの?」

 

 みんなは石像のように固まっていた。

 

 

 

ダダダダダダダダッ

 

 向こうの方から地響きが鳴り響き、砂塵が撒き散らされている。

 よーく目を凝らしてみると………あ。

 

「サクラーーーーーーーー!」

「サクラちゃ〜〜〜〜〜ん!」

 

ガシィ

 

「サクラサクラサクラーーー!」

「サクラちゃんサクラちゃんサクラちゃ〜〜〜ん!」

「おと……おか………けほっ……」

 

 いきなり現れてさくらちゃんにダブルラリアット&ダブルスリーパーホールドに移行している中年夫婦。

 それは……って、説明してないで止めなきゃ!

 

「お義父さん、お義母さん! 首極まってます! 首!」

「「「「お義父さん!? お義母さん!?」」」」

 

 石像化を解いて一斉に叫ぶアスカ達。

 あ、やば。ついいつもの癖で。

 

「どどどどどどどういうことよ! シンジ!」

「そそそそそうだよ! シンジは私を貰ってくれるんじゃなかったの!?」

「いかいかいかいかいか碇君! 間違いよね!? ね!?」

「ひ、貧血が……(ふらっ、ばたん)」

 

 一気に詰め寄ってくる四人(もとい一人は倒れたけど)。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 とりあえずさくらちゃんを両親の魔の手から救出し、背中をさすってあげる。

 

「けほっ、けほっ………」

「大丈夫? さくらちゃん」

「……………(こく)」

「ああーー! サクラすまん! 苦しかったか!?」

「ごめんね! サクラちゃん、私達心配で心配で………」

 

 さくらちゃんのご両親のそんな様子に頭痛を覚えつつ、僕はさくらちゃんの頭にぽんと手を置いて半ば呆然としているアスカ達に振り返る。

 

「その………紹介するよ。この子は僕の彼女の椎名サクラちゃん」

「………よろしくお願いします(ぺこり)」

 

 あ、さくらちゃんがちゃんと喋った。

 うんうん、僕の言うこと聞いてくれたんだなぁ。

 さわさわと優しく髪を撫でると、さくらちゃんは気持ち良さそうに目を細めて体を預けてくる。

 さくらちゃんの頭を抱き寄せながらアスカ達の方を見ると―――

 灰になっていた。

 石になったり灰になったり器用だな〜。

 目の前でヒラヒラと手を振っても無反応。

 どうしよう………。

 僕が腕組をして悩んでいると、さくらちゃんが笑顔で僕の腕に縋り付く。

 

「しんじ………遊ぼ♪」

 

ふにょん

 さくらちゃんのあるんだかないんだか良く分からない膨らみが僕の二の腕に当てられる。

 

「よし、遊ぼう!」

 

 即断即決即答。

 ごめんね、みんな。

 僕は友情より愛を選ぶよ。

 

 

 

「さくらちゃん、ほ〜ら砂の城〜」

「………♪」

 

 波打ち際でさくらちゃんと一緒にペタペタと砂遊び。

 お義父さんとお義母さんはそれを笑顔で眺めて―――あ、お義父さんがこっちに混ざろうとして、笑顔のお義母さんに耳を引っ張られてる(汗)。

 ………まあ、それはともかく。

 

「今年は………いや、今年から良い年になりそうだ」

「………?」

「あ、なんでもないよ」

 

 首を傾げるさくらちゃんの頬にそっと口付けして―――

 僕は空を仰ぐ。

 とても良い青空だ―――。

 

 

 

 

 

 さらさらさら。

 四つの灰は日が沈み、人がまったくいなくなっても………いつまでも浜辺に佇んでいた。

 

 

 

終われ

 


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