前だけを…

 

特別編 その2   碇家の日常2


 

>シンジ

コトコトコト……

 鍋で煮ている味噌汁をお玉で掬い、口に含む。

「ん〜、もうちょっと濃い方がいいかな?」

 味噌を少しだけ鍋に入れ、味を調節する。

「これぐらいでいいかな?」

 お玉で鍋の中の味噌を良く混ぜた後、もう一度味見をする。

「う〜ん………ちょっと、ダシが弱かったな………明日はもうちょっと多めにとろう」

 ちなみにうちはいつも鰹節(かつおぶし)でダシをとっている。

 

とことことこ

 

「おはよう………碇君」

 かすかな足音と共に綾波がキッチン(うちでは朝はキッチン、お昼と夜はリビングで食事を取っている)に顔を出す。

 やっぱり綾波は今日もいつも通りの時間に起きてきたな。

「おはよ、綾波。………あれ、マナは?」

 しかし―――――

「起こした………でも、起きないの」

「はあ………まったくしょうがないなぁ………」

 最近家族に加わったマナは、同室の綾波がいくら起こしても絶対に起きなかった。

「サキ、今日も頼めるかな?」

「くー………」

 ………って、サキもまだ寝てるか。

 サキは僕の首に抱きつく体勢でぶら下がっている。

 これについては言うまでもないだろう(※特別編 その1を参照のこと)。

 寝たままなのに既に制服姿なのは………まあ、深く考えちゃダメだ。

「サキ、ほら起きて」

「ほへ? ………あ、お兄ちゃんおはよっ♪」

「お、おはよ、サキ………」

 今日も覚醒直後にも関わらず、元気だね………。

「サキ、ミユウとマナ起こしてきてくれる?」

「むっ!?」

 元気一杯に目を輝かせていたサキの顔が変わる。

 『マナを起こしてくれる?』の台詞を聞いた途端にだ。

 実は無理もない理由があるのだけれど。

「わかったよっ! 今日こそ勝ってみせるからっ!」

 

ピョン スタッ

ドタタタタタ

 

 サキは僕から飛び降りると、ダッシュで行ってしまった。

「綾波………今日こそちゃんと起こせると思う?」

「………無理」

「だよなぁ………」

 

 

 

 

 

>サキ

ドタタタタタタ

 今日は絶対に勝たせてもらうよっ、マナッ!

 と、その前に―――――

 ボクはマナの部屋(レイの部屋でもあるけど)に行く前に、 ミユの部屋(ボクの部屋でもある)のドアを力いっぱい開ける。

 

ガラッ

 

「ミユーーー!! 起き……てえいっ!」

 

ゲシィッ

「ぐぇっ!?」

ドシィィィィン

 

 『てえいっ!』の掛け声と共に『はいぱーさきちゃんきっく(唯の飛び蹴り)』をかます。

 よしっ、これでミユは『さわやかなめざめ』だよっ♪

 ………ベットから落ちて悶えてるようにも見えるけど、気にしちゃ負けだねっ♪

 はっ、そんなことよりマナとの対決の方が重要だよっ!

 

ドタタタタタ、ピタッ

 

 マナの部屋の前まで来て立ち止まるボク。

 戦績は12戦零勝………つまり全敗。

 でもっ、今日こそボクが勝つんだよっ!

 

ガラッ

 

「マナ、起き―――はっ!?」

 足元に細い線の様な物が見え、反射的にボクはジャンプしてかわす。

 空中で体勢を整えて―――――このまま、『はいぱーさきちゃんきっく』だよっ!

「うりゃあーっ! はいぱーさきちゃ………」

 

ドンッ バコォッ

 

「うにゃあっ!?」

 ボクは発射された何かに撃墜されて、地面に頭から落ちた。

 そこに追い討ちをかける様に網がバサァッとかぶさって来る。

「う〜、また負けた………」

 

 

 

 

 

>シンジ

「うにゃあっ!?」

 向こう(たぶん、マナの部屋)から、サキの悲鳴が聞こえてくる。

「………ちょっと行ってくるね」

「………私も行く」

 僕と綾波はため息をつくと席から立ち上がった。

 

 

 

>ミユウ

 うう………こ、腰が痛い………。

 朝、衝撃と共に目が覚めるとベットの下に落ちていた。

 多分………っていうか絶対にサキちゃんが私をベットから落したんだろう。

「こらーーー!! サキちゃん!! いつもまともに起こせって……………また?」

 怒鳴りながらレイ・マナの部屋に行くといつもの通りサキちゃんがトラップに引っかかって無様に部屋の床に転がっていた。

「ミユ………助けて〜〜」

 サキちゃんの懇願を無視して部屋にザッと視線を走らせる。

「あー………今日はワイヤートラップに………」

 部屋の入り口付近に落ちていたティッシュ箱を拾い、ひょいと部屋の中に放る。

 

ドンッ バフゥッ

 

 何かの発射音と同時にティッシュ箱は無残に砕け散った。

「赤外線探知………」

 部屋の隅に視線を向けると、一見しただけでは分からない様にカモフラージュした『銃』が見えた。

「そして、それに連動して発射されるエアガン………」

「毎回毎回、そんな物騒な物何処から持って来るんだろう?」

 いつの間に来ていたのか、シンジ君とレイが呆れた顔で部屋を覗き込んでいる。

「………さあ? それにあのエアガン異様に破壊力があったんだけど」

 本物並に。

「そんなのマナちゃんにかかれば楽勝よ〜♪」

「「って、マナ起きたの?」」

 やっぱり何時の間に起きたのか、制服姿のマナがいきなり会話に加わってくる。

「市販のエアガンにちょちょいと手を加えれば、バッチグー♪」

 それは違法改造っていう犯罪だと思う。

「……………そういえば、さっき私がいた時は仕掛けてなかった」

 ポツリとレイが思い出したように言う。

「それはレイさんが出て行った後に仕掛けたからね」

「………それって、トラップ仕掛けるために一旦起きたって事?」

 私がジト目で突っ込んでもマナはまったく気にしてないようだった。

「ふふふ………惰眠を貪る為にはいかなる労力も惜しまないのよー♪」

 ………頭痛くなってきた。

「う〜、おにいちゃ〜〜ん………」

「あ、ごめん、サキ。すっかり忘れてた」

 根性で這いずり出てきたのか、網に絡まれながらサキちゃんがシンジ君の足を掴んで呻き声を出していた。

「………碇君、時間」

「え? ………あーーーーっ!? ち、遅刻する!?」

「う、嘘っ!? まだ私着替えてないぃ!!」

 パジャマ姿の私は慌てて自分の部屋に駆け戻る。

 時計の針は既に8時を越していた。

 

 

 

 

 

>シンジ

 リビングに戻ると勝手にうちに入ってきていたアスカが朝食をぱくついていた。

「アスカ、時間無いからもうそろそろ行くよ!」

「は? ………ってもう8時過ぎてるじゃない!?」

「そうだよ。ミユウが来たらすぐに行くからね」

 そう言いながら僕は席に付き、味噌汁を口に流し込み、ご飯をかきこむ。

 以前(特別編 その1参照の事)の様に朝食抜きは辛いからね。

 

ぱくぱく、ずずー

 

 他の面子(ミユウを除く四人)も同じ考えなのか、無言で朝食を食べている。

 ………うむ、やっぱり朝食は和食が一番だな。

 さんまを齧りながら時計をちらりと見ると、8時10分を指している。

 始業時間は8時30分、そしてうちから学校まで歩いて25分。

 ………やりたくは無いけど全力疾走したら15分だ。

「お、おまたせー!」

 ミユウが鞄を持ってリビングに現れる。

 

ガタタンッ

 

 ミユウが来たのと同時に皆が無言で立ち上がる。

「へ?」

 がしっと綾波とアスカがミユウの両腕を掴み、後ろ向きのまま引きずっていく。

「ちょ、ちょっとぉ! 私まだご飯食べてない………」

「悪いわね! アタシ達にはそんな時間無いのよ!」

「ずるいぃぃぃぃ!! みんなは食べてたでしょぉぉぉぉ!!」

 ドナドナの子羊よろしく、ミユウは外に連れていかれた。

「おにいちゃん、ボク達も早く行こっ!」

「あ、うん。そうだね」

 僕は弁当箱を鞄に詰め、玄関に向かった。

 

 

 

 

 

タッタッタッ………

「ひーんっ………お腹すいたよ〜」

「泣き言いってんじゃないわよ!」

「………ミユウ、女々しい」

「女々しいって私は女の子よぉ〜〜!!」

 前を走る3人(ミユウ、アスカ、綾波)が漫才を繰り広げるのを、僕は他人事の様に見ていた。

「う〜ん………朝からげんきねぇ」

「ホントホント」

 ………否。

 僕に並走しながら勝手な事を言うマナと、それに頷くサキも他人事の様に言っている。

 何でもいいけど、前の三人もこの二人にだけは言われたくないだろうな。

「はあ………まったく、マナが来てから全力疾走での登校ばっかりだね………」

「いやー、そんなに褒められると照れちゃうなー♪」

「「褒めてない、褒めてない」」

 パタパタと左右に手を振りながら、ユニゾンする僕とサキ。

 とぼけた表情のマナを半眼で見ていた僕だったけど、ふと頭に何かが引っかかった。

「………そういえば、この前あげたお小遣いモデルガンとかに全部使ってるわけじゃないよね?」

「ぎく」

 見るからに表情を引き攣らせるマナ。

「……………」

「だってー………わたし、サキみたいに怪力じゃないし、ミユウみたいに怪しげな ケンポーも使えないし………自衛の手段ぐらい確保しておきたかったからねー」

「誰が怪力だよっ!!」

「怪しげなケンポーって何!?」

 マナの言動に、サキとミユウが声を荒げる。

 ………って、ミユウ? 地獄耳だね。

 前を走ってたんじゃないのか?

「んー、いい天気ねー」

 マナは何処吹く風で二人の怒りの視線を無視している。

「……………自衛の手段? マナさん、碇君の護衛だから拳銃を支給されていたはず」

 綾波の台詞にマナは………

「先に行ってるよーー♪」

 笑いながら、ギアをトップにシフトしたかの如くスピードをあげて去っていた。

「マ、マナ………もしかして、あのモデルガンとか一式は……趣味?」

「「「「………」」」」

 僕のもらした疑問に答えてくれる人は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

>第壱中学2−A・教室

「もうすぐ奴が来るな………」

「ああ………」

 2−Aの教室では一部の男子生徒(一部というより大半)がモップやら、箒で武装している。

 ご丁寧にバケツまで被って防御を強化していた。

「いいな………奴の犠牲者をこれ以上出すわけにはいかん!」

「うう………俺の綾波さんがぁ………」

「泣くな………俺だって………うう、如月さん………」

「お、俺なんか、奴のせいで彼女に振られたんだぞ。 くそう……何が『私、碇君のファンになっちゃった♪』だ!!」

 次々と犠牲者(?)が名乗りを挙げる。

 クラスの男子連中がそんな逆恨みをしていると―――

「来たぞ! 奴だ!」

 窓から校門を見ていた男子が叫ぶ。

 校門からダッシュしてくる数人の男女が見える。

 ………といっても、男は一人だけだが。

「くうっ、奴め! ハーレムを気取ってられるのも今のうちだぞ! 今日こそは成敗してくれる!」

「成敗って誰を?」

「決まっているじゃないか、奴、碇シンジだ! ………へ?」

 ふと、男子生徒Aは突如割って入った声が聞こえた方向に振り向く。

「あはっ♪ このスイカも一撃で吹き飛ばせる『マナちゃんかすたむ・ざ・です』を、バケツ程度で何処まで防げるか楽しみねー♪」

 

改造エアガン装備の修羅がいた。

 

 

 

 

 

>シンジ

 ………一体ここでなにがあったのだろうか?

 教室に駆け込んだ僕達を待っていたのは、見渡す限りの死屍累々の光景。

「シンジ〜、早く席に着かないと先生来ちゃうよー?」

 廊下側の一番後ろの席に座っているマナが、さっぱりとした笑顔で僕を呼ぶ。

 ちなみに、一番後ろの列は僕達(窓側から綾波、サキ、僕、ミユウ、アスカ、マナ)が占拠していたりする。

「あの屍達、何なのよ?」

 アスカがマナの隣の席に腰を下ろしながら、倒れている人達を一瞥する。

「さあ、知らない♪」

 ニコニコと笑顔できっぱりと断言するマナ。

「………ま、いいけどね」

 考えるだけ無駄なような気がしたので、気にしないことにした。

 

 

 

 ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まる頃には倒れていた男子達もきれいさっぱりいなくなり(保健室に運ばれていった)、やや閑散とした教室で担任の老教師の社会の授業を僕はぼーっと聞いていた。

 左右の席を見ると寝ているサキとマナ、本を読んでいる綾波、僕と同じくぼーっとしているミユウ。それと暇そうにペンを指で回しているアスカ。

 まあ………サキ達が寝たくなる気持ちも分かるけどね。

「……と、いうわけでセカンドインパクト以降、私達は非常に厳しい食料困難に陥ったわけで………」

 実はこの担任の老教師、ことあるごとにセカンドインパクト時の昔話を話すのだ。それも何度も同じ話を繰り返し。

 これじゃあ、サキじゃなくても飽きる。

 ………何でもいいけど期末テストが迫ったこの時期、授業を進めなくていいのだろうか?

 

ピコーン

 

 物思いに耽っていると、僕の端末から小さな電子音が響く。

 端末に目を通すとトウジからのメールだった。

『今日はネルフも無いんやろ? ゲーセン行かへんか?』

 驚いた。

 この退屈な授業でトウジが眠っていないことが(笑)

『OK』

 僕は返答を簡潔に返すと、先生の話に意識を戻した。

「そして、私達は復興に着手し、新たな都市の再建を図り………」

 ………まだ、セカンドインパクトの話だった。

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 チャイムの音が鳴り、4時間目の授業が終了する。

「うーん………昼休みか………」

「おにいちゃん、屋上行こっ♪」

「………碇君、早く」

「シンジー、行こー♪」

 さっそくいつものメンバーが声をかけて来る。

 みんな、食いしん坊だからなあ………。

 ちなみにアスカは洞木さんの所にお昼を一緒にしようと誘いに行っている。

 いちいち誘いに行かなくても、いつも一緒に食べてるし大丈夫ではあるんだけどね。

 『親しき仲にも礼儀あり』………つまり、挨拶はやっぱり大事って事で。

「シンジ、何ボケッとしとんのや? 行くぞ?」

 僕が説明(誰に?)しているのに夢中になっている間に、トウジとケンスケも来た様だ。

「うん、それじゃあ行こうか」

 椅子から立ち上がって―――――

 そこでようやく、気付いた。

「………ミユウ(汗)」

 お腹の減りすぎで机に伏したまま、ぴくりとも動いていなかった。

 

 

 

もぐもぐもぐもぐむしゃむしゃむしゃむしゃ

「……………ミユウ、お腹空いてるのは分かるけど、もうちょっと落ち着いて食べなよ(汗)」

 なんとかミユウを屋上まで引っ張ってきて、弁当を渡すとものすごい勢いで食べ始めた。

「もぐもぐ………分かってるんだけど………むしゃむしゃ………我慢できなくて………もぐむしゃ」

「………ああ、もうわかったから、食べながら喋るなよ」

 

もぐもぐもぐもぐむしゃむしゃむしゃむしゃ

 

「こら、そこっ! 張り合わないっ!」

 『負けてなるものか』と、言わんばかりに弁当を口の中にかき込むサキとマナ。

「だってー………」

「美味しいんだもんっ♪」

「「ねー♪」」

 マナとサキは、僕の言葉に一旦箸を止め、仲良く声を揃える。

 仲が良い事は大変よろしいんだけどね………。

 その光景を黙って見ていた洞木さんが口を開く。

「ねえ、碇君。前から思ってたんだけど、もしかしてサキさんのお弁当だけじゃなくて、ミユウさんやマナさんとかにもお弁当作ってあげてるの?」

 

ギクゥゥゥゥ

 

「そそそそそ、そんなことある訳ないじゃないか!」

 す、鋭い。

 マナとアスカが来てからは、わざわざメニューに違いを付けてるのに……。

「だって……今のサキさんとマナさんの会話を聞いた限りじゃ………」

「ほほほほらっ! お腹空いてたからいつもより美味しく感じるんだよっ! なっ! そうだろ、サキ、マナ!」

 洞木さんは良いとしても………その横で購買のパンをかじっているトウジとケンスケが『裏切り者ぉ〜』って視線を向けてくるんですけど(汗)

「くくく………そうか、シンジのプレイボーイのテクニックの一つにその餌付けがあったってわけか………」

「誰が餌付けされてるですって!!」

 ケンスケの言葉にいち早く反応したのはアスカだった。

 あ、あう………アスカ〜(泣)

「な、な、な………シンジ、おまえ………惣流の飯まで………」

「シンジ〜……こん裏切りモンがぁ〜〜」

 ケンスケとトウジがじりじりと近づいてくる。

 

くいくい

 

 シャツが引っ張られ、そちらに視線を向けると綾波が僕のシャツの袖を握っていた。

 あ、綾波………もしかして、フォローを………。

「碇君………このホウレン草のソテー美味しかった……明日も作って」

「あ、綾波ぃ〜〜〜〜!!(泣)」

「「シンジーーーーー!!」」

 

 

 

 

 

「ま、おごりは当然やな」

「そうそう、これぐらいで許した寛大な俺達を褒めてほしいぐらいだよ」

 ………結局、口止め料も兼ねて二人にゲーム代を500円ずつ奢る事になった。

 

 午後の授業もつつがなく終わり(トウジとケンスケの視線が痛かったこと以外は)、 僕達は市内のゲームセンターに来ていた。

「で、シンジは何やるんだ?」

「う〜ん………どうしようかな? ゲーム自体詳しくないからからなぁ………」

 ちなみに今回来ているのは僕達三人だけで、ミユウ達は来ていない。

 今日は男だけで遊びに行きたいと断ったからだ。

 ………まあ、サキにゲームをやらせるとかなりの確率で筐体を壊してくれるので、連れてこれないのが実情だが。

「あ、これなら家で少しやった事があるから出来るかも」

 僕の視線の先には、ミユウ達が前に共同で買った格闘ゲームと同じ物があった。

「なんや、シンジ。ウチにゲームあるんか?」

「うん、前にサキが買ってきてね………」

 嘘は言ってない。

 正確にはサキ『達』だけど。

「だと思ったよ。あんまりシンジ、ゲームを買ってまでやる様に見えないしな」

 ケンスケが笑いながら、『1P』と記してある方の席に着く。

「なあ、対戦しようぜ」

「うん、いいよ」

「俺の反対側の筐体が2P側だから、そっちに座れよ」

 僕は言われたとおり、ケンスケとは反対側に位置する筐体の前に座る。

「センセは初心者なんやから手加減せぇよ、ケンスケ」

「分かってるって」

 

チャリン

 

 100円玉を入れ、『START』と書かれたボタンを押すとキャラを選ぶ画面に変わる。

「確か………サキが使ってたのってこれだっけ」

「じゃあ、俺はこれで………。よし、行くぞシンジ」

 

『レディ、ファイト!』

 

 

『K.O! パーフェクト!』

「………マ、マジかよ!?」

 筐体の向こうから、ケンスケの呆然とした声が聞こえる。

「トウジ、これって勝ったんだよね?」

「そ、そやけど………シンジ、ホンマに初心者か?」

「うん、そうだけど?」

「それにしては、上手すぎるっ! 実は3日連続ぐらい徹夜してやってただろっ!」

 ケンスケがわざわざ僕の横に来て、頭を抱えながら喚く。

「だってこれやったの、家でサキと一回対戦しただけだよ?」

「「い、一回………」」

 トウジとケンスケが声を揃えて絶句する。

 なんでそんなに驚いてるんだろう?

 たった一回勝っただけなんだから、まぐれだと思うけど。

「あ、そうか。僕、ゲームについてた説明書を良く読んだからだよ。 ここには詳しい説明書ないみたいだし」

「「……………」」

 僕の説明にもまったく納得してくれない二人だった。

 

 

 

 

 

>アスカ

「……って訳で同居してるミサトっていうのがズボラなわけよ〜。まったく保護者失格よね〜」

「………ねえ、アスカ?」

「何よ、ヒカリ?」

 今日、アタシはヒカリをウチに招待するために連れ立って帰宅していた。

 ひたすらミサトの事を話すアタシに、ヒカリはまるで勇気を振り絞るかのごとく重い口調で口を開いた。

「前にね………碇君に聞いたことあるの」

「何を?」

「………一緒に同居してるって言う上司のズボラな女の人の話」

「はぁ?」

 ヒカリの言っている事がよく理解できなかったアタシは、怪訝そうな声を上げる。

「さっきからアスカが言ってる『ミサト』さんの話を聞けば聞くほど、碇君の言ってた人と同じに聞こえるのよ………」

「同じなんじゃないの? ミサトみたいな人間が二人もいたら、とっくにNERVなんて潰れてるわよ」

「………それじゃあ………アスカ、もしかして碇君と同棲してるの?」

 

ズシャァァァァァ

 

 ………思わず、地面にヘッドスライディングしちゃったじゃない。

「そんなワケないでしょっ!! あいつが同棲してるのは………」

「え? 同棲してるのは?」

「………」

 そういえばシンジの奴、ミユウ達と同居してる事秘密にしてるんだったわね………。

「サ、サキだけに決まってるじゃない!」

 これぐらいは庇ってやらないとね………決してシンジに、『ばらしたら夕ご飯抜き!』なんて脅されてるわけじゃない………信じて、ぷりーず。

「シンジの奴は隣に住んでるのよ、と・な・り!」

「隣? アスカ、碇君の家の隣に住んでるの?」

「マンションだから、正確には隣の部屋ね。チルドレンは、まとまった場所にいた方が保安上都合がいいのよ。だから、ミサトはアタシ達の保護者ってワケ。分かった?」

 一息に言い訳を言い切り、ぜーはーと息をつくアタシ。

 何だってこのアタシがこんなに苦労しなくちゃいけないのよ………。

 これは明日の晩飯をハンバーグにでもしてもらわないと割に合わないわね………レイには悪いけど。

「なんだ、そうだったの。 ………でも、それじゃあレイさんも近くに住んでるの?」

「ああ、レイはシンジの………と、隣の部屋よ」

 あ、あぶなく餓死するところだったわ………。

 

(※ 一食抜いたくらいじゃ、人間は死にません)

 

「あれ?」

「ヒカリ、どうしたのよ?」

「あそこにいるの、ミユウさん達じゃない?」

「え?」

 アタシがそちらに視線を向けると、そこにいたのは確かにコンフォートマンションに入って行くミユウとサキだった。

 

 

 

>コンフォートマンション

 ミユウとサキがエレベーターに乗り込み、七階のボタンを押すのと同時にアスカ達が駆け込んでくる。

「ヒカリさん?」

「やっほー、ひかりー♪」

「は、はは………サキさん、こんにちは」

 サキはヒカリの手を取って、ぶんぶんと上下に振っている。

『ちょっと、アスカ! マンションにヒカリさんを連れて来るなんてどういうつもり?』

『べ、別にいいじゃない』

 サキとヒカリが和んでいる(?)間に、影でミユウとアスカが怪しげなブロックサインを使って会話をしていたりする。

『いいじゃないって………もしもばれたらご飯抜きなんだよ!?』

『………ば、ばれなきゃ大丈夫よ』

 ………どうやら、シンジはアスカだけではなくミユウも脅しているらしい。

 

チーン

ガラッ

 

 エレベーターが七階に着き、扉が開かれる。

「へえ〜、アスカ達の部屋って七階なのね」

「まあね」

「アスカの部屋は何号室なの?」

「アタシは………」

 部屋番号を言おうとして、アスカはやっと気がついた。

 ヒカリを自分の部屋に呼ぶと言う事は、あの夢の島の様な葛城邸を見せると言う事に。

「70………2号室よ」

「「はい?」」

 その言葉にミユウとサキが不可解な顔をして振り向く。

『なにいってるのよ、アスカ?』

『しょうがないじゃない! ヒカリにあんな掃き溜めを見せろって言うワケ!?』

『む〜、でも702はボク達の家だよっ!』

『だから、今日だけ誤魔化してくれって頼んでんのよ!』

『頼む態度じゃないと思うけど………』

 アスカ、ミユウ、サキの三人が踊るような動きでブロックサインを交し合う。

 このブロックサインは、碇邸で使われているもののようだ。

「あの………みんな、何踊ってるの?」

 ヒカリがおずおずと切り出すと、アスカ達は苦笑いしながら『何でもない』と言う様に、手を振って誤魔化す。

「さ、さっさと入りましょ!」

 冷や汗を流して焦りながら、アスカは702号室の前に立ち―――――

 表札の『碇』の文字を発見した。

「ちぇいっ!!」

 

ガスッ

 

 アスカはミユウ張りの踵落としを披露し、表札の文字を一瞬にして判別不可能の物へと変えた。

「ア、アスカ?」

「なんでもないのよ、ヒカリ♪」

 ヒカリの方に振り向いたアスカは、なんの邪気も感じられない笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「はー………アスカ、部屋綺麗にしてるのね………」

 ヒカリは綺麗に整理整頓されたリビングを見て、そうコメントする。

「そりゃそうだよっ♪ おにいちゃんが毎日うぐっ………むーむー!!」

「そうでしょ! ほら、アタシって結構綺麗好きなのよね!」

 余計な事を口走るサキの口を塞ぐアスカ。

「あはは………」

 ミユウはそんな光景に苦笑するしかなかった。

「ミユウさんはサキさんの所に遊びに来たの?」

 ふと、思い出したようにヒカリがミユウに聞いてきた。

「え、うん、まあ………」

 ミユウは言葉を濁すしかない。

「あ、サキさんの家、アスカの部屋の隣だったのよね?」

「うん、そうだよっ♪」

「それじゃあ、サキさんの部屋も見せてくれる?」

「うん、いいよ♪ あそこだから」

 アスカやミユウが止める暇なく―――――

 サキはリビングから見える自分の部屋のドアを指差した。それはもう、遠慮なく。

「え…………………どういうこと?」

「「ヒ、ヒカリ(さん)………ち、違うのよ……」」

 呆然とするヒカリに、アスカとミユウが言い訳をしようとした次の瞬間、サキがさらなる爆弾を投下する。

ミユも一緒の部屋だけど………見せてもいいよね、ミユ?」

「あ、あ、あ……………」

 もちろん、ミユウにその問いを答える余裕は無い。

「アスカの家にサキさんの部屋があってそのサキさんとミユウさんが一緒の部屋でそしてサキさんは碇君と一緒に住んでて………」

「あ゛あ゛っ、ヒカリ、落ち着いてっ!」

 ぶつぶつといきなり俯いて呟き始めるヒカリに、アスカは慌てて駆け寄るが既に時遅し。

 ―――――ミユウはもう諦めて、耳を塞いでいる。

「と、言う事は………アスカとミユウさんは………碇君と同棲………ふ、不潔よぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

「うにゃああああ!」

 ヒカリのシャウトに全く警戒していなかった(状況を理解していなかったとも言う)サキがもろに受け、昏倒する。

「ヒカリ! 落ち着いてぇ!」

「違うのよ! ヒカリさん!」

「不潔よ不潔よぉ! 私達まだ中学生なのに同棲だなんて不潔よぉぉぉぉ!!」

 ぎりぎりで耳を塞ぐ事に成功したアスカと最初から塞いでいたミユウが、ヒカリを落ちつかせようとするが『馬の耳に念仏』まったく効果は無い。

 ―――――そして、悪い時には悪い事が重なるものである。

「ただいまー」

「ここがシンジの家か………結構普通だな………」

「ケンスケ、どんなん想像しとったんや?」

 シンジ、トウジとケンスケを引き連れ帰宅。

 

 

 

 このあとの事は断片的に記しておこう。

 ヒカリのシャウトとトウジ&ケンスケの八つ当たりで、シンジ沈黙せり。

 1時間後、やっと落ち着いたヒカリにアスカは本当の家は隣と説明。

 理由は自分の家がひたすら汚れていたため偽ったと話し、説得に成功する。

 その際、ミユウの方はサキの冗談だと説明し、こちらもなんとか成功する。

 そして―――

 和やかなフインキになった所でレイ&マナが『ただいま』との声と共に帰宅

 

 

 嵐が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 結局、次の日のアスカの食事はカップラーメンオンリーとなった。

 もちろん、文句を言ったが………

『明日もカップラーメンが良いみたいだね?』

 と、額に青筋を走らせながらにっこりと笑うシンジにアスカは涙しながらカップラーメンをすするしかなかった。

 

 

 

「アタシが何したって言うのよ〜〜!(涙)」

 

 

 


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