前だけを…

 

特別編 その1   碇家の日常


 

>シンジ

ピピピピピピピピッ

カチッ

「んっ………起きなきゃ………」

 僕は少し布団の中でボーっとしてから体を起こそうとした。

「ぐえっ!」

 首に何故か重量がかかっていて起きあがる事はできなかった。

 頭がやっと動き出し、僕は自分の体にへばりついてる物に気付いた。

「……………またか」

 はあっと溜め息を付きながら、僕の首に両手を回してがっしり固めているサキを見た。

 実はもう慣れっこになるぐらいサキには、ほぼ毎日に及ぶ『前科』があった。

 そのおかげでこっちも慌てなくなったけど。

「おに〜ちゃ〜ん……………もう、食べられないよ〜♪……むにゃ」

 お約束な寝言を呟きつつ本能的にか、顔を首筋にすりすりと擦り付けてくる。

(何回見てもこういうサキの仕草、可愛いな………)

ぎゅぅ

 思わずサキの体を両手で抱きしめる。

 サキはちっちゃくて柔らかくて温かいので、抱き枕にすると物凄く気持ちいい。

 僕がこれを毎朝の楽しみにしてるのはミユウや綾波はもちろん、サキ本人にも内緒だ。

(……………とにかく、起きて朝食を作らないと)

 サキを抱いたまま眠りにつきたい誘惑にかられるが、何とか振り払う。

「サキ、起きて………サキ」

 肩に手をかけ軽く揺するが、目覚める気配は毎朝の事ながら無い。

(ふう、しょうがないか………)

 僕はあっさり起こすのを諦めた。

 無理に起こそうとしたり、引き剥がしたりしようとすればサキはぎゅっと力強く抱きついてくる。

 そう、『サキのパワー』で力強く。

(首と胴体が生き別れは嫌だし………)

「よっこいしょっと!」

 体にぐっと力を入れて体を起こし立ちあがる―――サキをくっつけたまま。

 サキは首にしっかりしがみ付いて離れずにぶら下がっている。

 ………この体勢でも幸せそうに熟睡していられるのは、いつもながら凄いと思う。

 

 

 

>レイ

トントントントントン

 部屋から出た私の耳に軽快なリズムに乗った、包丁で何かを切る音が聞えてくる。

 私はその音を出している人を知っている。

「碇君……………、おはよう」

「あ、おはよう、綾波」

 キッチンで朝食の準備をしていた碇君が一旦手を止めて、こちらを向いてにっこり笑顔で挨拶する。

 ………碇君に引っ付いているのは無視する。

「もう少しで出来るからもうちょっと待っててね」

 碇君の言葉にコクンと頷く私。

 碇君はぱたぱたと忙しそうに動き回っている。(その動きの度にサキも振りまわされている。)

(何か………手伝いたい………)

 私はそう思うのだけど、何をしたらいいのか分からない。

 これでは、手伝うどころか邪魔するのが関の山。

「綾波、食器出しといて」

「分かったわ」

 結局いつも通り私は食器を出すだけ。

ガチャッ

 床下収納庫から碇君は漬物を出す。

 碇君特製のピクルスの漬物。

 それはとても美味しい………

「ふあぁぁ……………」

 サキが大きな欠伸をしながら目を開ける(でも、しがみ付いたまま)。

(………せっかく、碇君と二人きりだったのに)

「あ、おにいちゃん。おはよ〜♪」

「おはよ、サキ。………それはいいとして、僕の布団にもぐりこんじゃダメって何回も言ってるだろ?」

「おにいちゃん、ボクの事嫌い?」

 サキは悲しそうな表情をして碇君を見つめる。

「き、嫌いじゃないけど………」

「じゃ、問題な〜し♪」

ごつんっ

「いった〜〜いっ!」

 私は調子に乗ったサキの頭に拳骨を振り下ろし、 痛みで抱きつく力が緩んだ所を碇君から引き剥がす。

「レイ、なにするんだよ〜?」

 サキは座りこみぶたれた頭を抱え、目の端に涙を溜めて私を恨めしそうに睨んでくる。

「碇君が迷惑そうだったから。」

「おにいちゃんはボクの事、迷惑なんて思ってないもん!」

「………サキがそう思ってるだけ」

「違うも〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」

 サキが両手をぶんぶん振りまわしながら抗議の声を上げる。

 子供ね。

「まあまあ、二人とも、ケンカしないで。サキ、迷惑だなんて思ってないから ミユウ起こしてきて」

「は〜い♪」

 碇君の言葉に、即座に機嫌を治してサキはぱたぱたと走っていった。

 

 

 

>ミユウ・サキの部屋

 大きめのベットに寝ているのはショートカットの美少女ミユウ。

 ミユウは軽い寝息を立てながら完全に熟睡している。

タッタッタッタッタッタ

ガラッ

「ミユ、起きて〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

 サキはドアを開けると同時に元気な声を響かせた。が、ミユウは起きる気配すら見せない。

 いつもの事なのでサキはたいして気にせず、いつもの通りの方法で起こすことにした。

 部屋の入り口から、助走を付けてベットに体全体で飛び乗る。

ドスゥ

「ぐふぅっ!?」

 さすがにミユウは目を開け、その目を白黒させる。

 寝起きという事もあり、しばらく自分の身に何が起こったのか理解できなかったが、 サキが自分の上に乗っているのに気付きやっと理解した。

「………………サキちゃん、フライングボディアタックで起こすのやめてって何回言ったら分かるのよっ!!」

「ミユが起きないのが悪いんだもん。それより、朝ご飯出来たから早く来てね♪」

 ミユウが叫ぶのと同時にベットからひらりと降り、用件を言い残してサキはさっさと部屋を出て行った。

 

 

 

>ミユウ

「シンジ君おはよ………」

「おはよう、ミユウ」

 シンジ君がサンマの塩焼きを食卓に並べながら、にっこり笑って私に返事を返してくる。

「もう出来るから、座ってて」

「うん………」

 低血圧の私は、朝はテンションが低め。

 おまけにさっきのサキちゃんのフライングボディアタックによる強制覚醒の後遺症で私はフラフラだった。

「そう言えば、ミサトさんは?」

 何時も私より先に食卓に着いているミサトさんがいない。

「ああ、昨日なんか仕事で徹夜だったらしいから………」

ピンポーン

 インターホンの音が鳴る。

「あれ?来た?」

トコトコ

ガチャ

 私が玄関まで行ってドアを開けると、そこにいたのは―――

「クワ」

 ペンペンだった。

 ペンペンは片手に金属バットを持っている。どうやら、それでインターホンを押したみたい。

「ペンペン、ご飯食べに来たの?」

「クワッ!」

 サキちゃんがペンペンにそう問いかけると、ペンペンはそうだといわんばかりに首を縦に振る。

「ペンペン、結構逞しいね」

「………まあ、あのミサトさんと暮らしてるんだしね」

 私の呟きに苦笑しながら答えるシンジ君。

「ねえ、おにいちゃん。そろそろペンペン抱いてもいい?」

「あ、そうだね。最近、力加減も出来るようになってきたし良いよ」

「わ〜〜〜〜〜い♪」

 サキちゃんは許可を得て、嬉々としてペンペンを抱き上げた。

「ペンペ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン♪」

ギュウゥゥゥゥゥ

「グ、グワァァァァァァァァァッ!?」

 喜びのあまり手加減を忘れたサキちゃんの抱擁に、ペンペンは断末魔の叫びを上げた。

 

 

 

>シンジ

 僕達は遅刻ぎりぎりで教室に着いた。

「なんや、シンジ。今日はえろう遅かったやないか?」

「あはは、ちょっといろいろあってね………」

 教室に入るとトウジが話しかけてくる。僕は曖昧な答えを返して席に着いた。

 朝、ペンペンの介抱をした後、サキに『やっぱ、ペンペンに触れるのまだダメ』と言ったら 泣き出してしまい、なだめるのに時間がかかってしまったのだ。

 そのおかげで食べる時間がなくなり、朝食は牛乳一杯だけになってしまった。

 ………僕がサキをなだめている横で我関せずとばかりに朝食を食べていた ミユウと綾波がかなり憎たらしかった。

「うう、おにいちゃ〜ん………お腹空いたよ〜〜」

 サキが僕の隣の席に座ってへばっている。サキも朝食を食べていない。

「お昼まで我慢」

「う〜〜〜」

 サキは耐えきれなくなったのか唸って机に突っ伏した。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

「お昼だよっ!ご飯だよっ!!」

 午前中の授業の終了を告げるチャイムの音と同時にサキが叫びながら立ちあがる。

「さ、おにいちゃん、行こうっ!!」

がしっ

 サキはまだ座っている僕の腕をがっしり掴む。

「ちょ、ちょっと、サキ。そんなに慌てなくても………」

「れっつらご〜〜♪」

「わ、わっ、わああああっ!?」

ダダダダダダダダッ

ズリリリリリリリリ

 僕を引きずりながらサキは教室の外へ走り出した。ふんばって止めようとするが、 サキの力には抵抗するだけ無駄だった。

「サ、サキ、ストップストップッ!!」

「ご飯♪ご飯♪ご飯♪ご飯♪」

(だ、だめだ………まったく聞こえてない)

 そのまま、サキは廊下を疾走する。後ろからミユウの叫び声が聞えたような気がしたがサキは止まらない。

(それにしても、サキ。お腹空いてても教室で食べないで、一応いつもの場所で 食べようとするんだな……はっ!)

 僕の頭に浮かんだ悪い予想を裏付けるように、ある場所にサキは僕を 引きずったまま、ダッシュで近づいていく。

「って、ちょっと待った〜〜〜〜っ!!サキ止まれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 そう、サキはいつも昼食を食べている屋上に行くために『階段』に向かっていた。

「ご飯♪ご飯♪ご飯♪ご飯♪」

「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

ドガンガンガガガガンッ

 

 

 

>シンジ

「だ〜はっはっはっはっ!二股の報いやのう、シンジ!」

 トウジがいい気味だとばかりに笑い声を上げる。

 僕達はいつものメンバー(僕、ミユウ、サキ、綾波、トウジ、ケンスケ、洞木さん) 、いつもの場所(屋上)で昼食を食べていた。

 僕は頭に包帯を巻き、体のそこら中にバンソーコーを貼っている。

「ミユウとサキとはそんなんじゃないって言ってるのに………」

 でもどうせ聞いてもらえないんだろうな。

 いつもの事だし。

パクッ

 自分で作った卵焼きを頬張る。

 出来は悪くないのだが、ちっとも美味しく感じない。

「あの………おにいちゃん………」

 サキが目に涙をためて僕を見ている。

 さっきの事を気にしているのか、全く弁当に手をつけていない。

「いいよ。気にしなくても」

「でも………………」

「もうっ!!サキちゃん、もうちょっと物事を考えてから行動してよねっ!」

 ミユウが不機嫌そうに、サキに文句を言う。

(ミユウ、なんでこんなに機嫌悪いんだ?)

 不機嫌な理由は、サキが僕に怪我をさせたっていうだけじゃないような気がする。 (一番の理由は今朝のフライングボディアタック)

「とにかく、僕は大丈夫だから。それより、お弁当食べなよ。お腹空いてたんだろ?」

「………うん♪」

 やっと納得したのか、サキは箸をタコさんウインナーに伸ばす。

「碇君。このお弁当、碇君が作ってるんだよね?」

 洞木さんが僕とサキの弁当を覗きこみながら聞いてくる。

「うん、そうだけど?」

 と、気楽そうに答えを返している様に見えるが内心はかなり焦っていた。

 何故なら、ミユウと綾波も多少のメニューの違いはあるが同じ僕が作った弁当だからだ。

 幸い、洞木さんは気付いていない様だ。

「ほんと、上手よね〜。碇君、家でもご飯とか作ったりするの?」

「そうだよ♪おにいちゃんが作るご飯と〜〜〜っても美味しいよっ♪」

 僕が答える前にサキが嬉しそうに言う。

(そう言ってもらえると、本当に作った甲斐があるよな〜………)

 叔父さんの所にいた時も結構作ったりしたのだけど、反応はほとんど無かった。

「へえ〜、じゃあ、お母さんと一緒に作ったり?」

「………母さんはいないんだ。」

「え………あ、ご、ごめんなさい!」

 僕の言った言葉の意味をすばやく理解した洞木さんは慌てて謝った。

 セカンドインパクト以降、親がいない子供は珍しくも何とも無い。

 それにうちのクラスは全員、確実に片親は欠けているはずだし。

「それじゃ、お父さんとサキさんの家族と暮してるの?」

「え!?……………え、え〜と、サキの両親は外国に行っちゃてるし、 父さんとは仕事の関係上、一緒に住めないんだ。」

「「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」

 トウジとケンスケが同時に叫ぶ。

「まさか、シンジ!!おまえ、碇さんと二人暮しかぁっ!?」

「シンジィ!!こん裏切りモンがあぁぁぁぁ!!」

 二人は今にも掴みかかってきそうな勢いで詰め寄ってくる。

「ち、違うって………」

「不潔よぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 洞木さんがいきなり立ちあがって雄叫び(?)を放つ。

「ほ、洞木さん、落ちついて!」

「私達まだ中学生なのよ!!それなのに、同棲だなんて、不潔よぉ!!」

「二人暮しじゃなくて………その………そう!父さんの部下の人が保護者を してくれてるんだよ!!」

 洞木さんはその言葉を聞くと叫ぶのをやめ、きょとんと僕を見る。

「え、そうなの?やだ、わたしったら………」

「な、納得してくれた………?」

「え、ええ。………お父さんの部下の人?」

「うん。結構その人ズボラでさ、僕が家事全部やってるんだよ」

 何とか、話を逸らそうとズボラな部下の人(ミサトさん)の話を持ち出す。

「そう、碇君一人で大変ね〜。………そういえば、サキさんは家事やらないの?」

 洞木さんの質問にサキは珍しく言葉をつまらす。

「まあ………サキはこの通りだしね……………」

「うう〜〜、おにいちゃん酷いよ〜〜」

「サキさん。女の子なんだからお料理の一つぐらいは覚えた方がいいわよ?」

 洞木さんにそう言われ、サキはうなだれる。

 ―――サキの後ろでミユウと綾波もうなだれていたりする。

キーンコーンカーンコーン

 ちょうどその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 

 

>ミユウ

 学校が終わり、私達は『三人』で下校していた。

 いないのはシンジ君だ。

 今、シンジ君の初号機は、この前の使徒(変な青い八面体のやつ)との戦いで大破してしまっていて、 シンジ君はレイよりも多くの実験に出る必要があった。

 もちろん私達も付き合おうとしたのだけど、丁重に断られてしまった。

 そんなわけで今日もシンジ君だけ、ネルフだった。

「ねえ、ミユ、レイ」

 さっきからずっと黙っていたサキちゃんがぽつりと呟く。

「「何?」」

 言葉少なに答える私とレイ。

 私達はシンジ君がいないせいでかなりローテンションだ。

「ご飯作ろうよっ!」

「「?」」

「だ〜か〜らぁ!ボク達で今日のご飯作るの!!」

 叫ぶサキちゃんを呆然と見つめる私。

「もしかして、今日ヒカリさんに言われた事、気にしてるの?」

「それもあるけど………おにいちゃん大変だもん。ネルフでエヴァに乗って、 家に帰ってきたらボク達にご飯作ってくれて………」

 サキちゃんが一瞬泣きそうな顔をする。

 だけど、すぐ笑顔にして言った。

「だからさ、今日おにいちゃんが帰ってきた時にご飯が出来てたらきっと 喜ぶもん!」

「サキちゃん……………」

 私は少し感動してサキちゃんを見つめる。

「……………どうやって?」

ギシッ

 レイの冷静な一言に音を立てて固まるサキちゃん。

「……………う〜、ミユ、どうしよ〜?」

「ふう、所詮はサキちゃんね……………。ちょっと感動した私が馬鹿だった」

「う〜」

 サキちゃんは無視してレイの方を向く。

「サキちゃんは頼りにならないから私達で何とかしましょ」

「ええ」

「酷いよ、二人ともっ!!」

 サキちゃんは非難の声を上げるけど、やっぱり無視。

「確か、シンジ君の料理の本がキッチンに置いてあったから、それを使って………」

「そうね。材料はこれから買いに行けば問題無いわ」

「よしっ!そうとなれば、スーパーに行きましょう!」

「二人とも無視しないでよ〜………」

 盛りあがる私達二人にサキちゃんは悲しそうに呟いた。

 

 

 

 十分後、私達はスーパーに着いていた。

 下校途中の寄り道なので三人とも制服姿だけど、シンジ君のためだから何も問題はない。

「で………ご飯、何にする?」

 私はそう言いながらレイの顔を見る。

「………テレビで料理初心者にはカレーが一番と言っていたわ」

「カレー………」

 ふと、ミサトさんが作った物体を思い出すが、即座に頭の中から消す。

(あれはカレーじゃない………というか食物ですらないから、記憶の中から 消去するのよ私!!)

「と、とにかく、カレーね。え〜と、カレーの材料は………」

「ジャガイモ、たまねぎ、にんじん………」

「それにカレー粉ね」

 ちなみにレイの言った材料の中にお肉が入ってなかったのは、前にシンジ君が作った カレーがレイの為に肉抜きだったからだ。

「じゃあ、時間も無い事だし別れて集めよ。私とサキちゃんはジャガイモとか 具を買ってくるから、レイはカレー粉買ってきて」

「ええ、分かったわ」

「じゃ、『おにいちゃんにご飯を作って喜ばせちゃおう』作戦開始だねっ♪」

 サキちゃんの嬉しそうな声がスーパーに響いた。

 

 

 

「ジャガイモってこれだよね、ミユ」

「うん、そうだけど………どのジャガイモがいいのかな?」

 私達の目線の先には、ジャガイモが山積みにされている。

「あ、ボク、おにいちゃんに聞いた事あるよっ♪たしか、『目』が出てちゃダメって言ってたよっ♪」

「『目』?……………ああ、『芽』の事ね」

(そっか………そういえば、小学校の時の調理実習で習ったような気がする………)

「でも、ミユ。このジャガイモ達、ドコにも『目』なんて付いてないよ〜?」

 サキちゃんがジャガイモを一つ手に取って不思議そうに見ている。

「えっと、ほら、ここになんか緑色の出っ張ってるのがあるでしょ? これが『芽』………だったはずよ。確か」

「へえ〜、ジャガイモここから物見てるんだ〜♪」

「いや、その『目』じゃなくて……………まあ、いいや。とにかく、『芽』が 出てないの探して」

 そう言いながら私もジャガイモを手に取る。

 ん、これ出てない♪

「ねえ、ミユ〜。何個ぐらいあればいいの?」

「……………十個ぐらいあれば足りるでしょ」

 この後、私達はにんじんとタマネギも十個買った。

 

 

 

>レイ

 私の役目―――――カレー粉を買う事。

 そう考えて、ふと気付く。

 カレー粉って、何………?

 多分、カレー粉というのだから、きっとカレーを粉末状にした物だろう。

 探す。

 探す。

 だけど、見つからない………。

『欲しい物が見つからなかったら、店員さんに聞くと良いよ』

 その時、前に碇君と買い物に来た時に言っていた事を思い出した。

 辺りを見廻すと、陳列棚の品物を整理している女性の店員がいる。

 あの人に聞いてみよう………。

「カレー粉………何処?」

「はっ?……ああ、カレー粉ですね。あちらの棚に置いてありますよ」

 女性の店員は整理していた棚の反対側の棚を指差す。

「そう………」

 私はその棚に向かって歩き出そうとして、ふと立ち止まる。

『綾波、誰かに何かをしてもらったらお礼を言うものだよ。ありがとうってね。 それだけで言った人も言われた人も幸せになれる物だからさ』

 また、碇君の言葉が頭の中に蘇る。

「………ありがとう」

「いえ、仕事ですから」

 店員はそう言ったが、顔には笑みが浮かんでいる。

 碇君の言った通り………私も気分が良い。

 言って良かった。

 私は満足した気分になりながら、カレー粉が置いてある棚を覗きこむ。

 これね。

 でも、何種類もあるわ……………。

 仕方がない、全部買って行こう。

 きっと、ミユウなら何か知っているだろう。

 

 

 

>碇家・キッチン

 碇家のキッチンテーブルに、山盛りの食料が置かれていた。

「さあ、材料も揃った事だし!始めましょうか!」

 エプロンを着たミユウが気合を入れるように、声を張り上げる。

「うんっ♪」

「ええ」

 サキとレイもエプロンを着けている。

 ちなみに三人の着けているエプロンは全てシンジの物だ。

「で、ミユ。さっき言ってたおにいちゃんの料理の本って何処?」

「え〜と、ほらあった、これよっ!」

 ミユウはキッチンの収容棚から、一冊の本を取り出す。

「あ、確かにそれ、おにいちゃん前に読んでたね。ね、早くカレーの作り方調べよっ♪」

「うん、ちょっと待っててね………」

 そう言って、本のページをめくるミユウだが幾らもしない内に顔が青ざめていく。

「どうしたの、ミユ?」

「……………これ、カレーの作り方載ってない」

「「えっ!?」」

 サキとレイも青ざめて本を覗きこむが、確かに載っていない。

「な、なんでぇ〜?」

「あ、これ和食の本だ。」

 やっと気付くミユウ。

「ミユ〜〜〜〜〜!!どうする気ぃ〜〜!?」」

 サキがかなりキツイ目でミユウを睨みつける。

「あ、でも、まだ料理の本何冊かあるし、きっとそっちに載ってるわよ。 レイ、カレーって何料理だっけ?」

「インド料理よ」

「ミユ………インド料理の本なんかないよ」

「あは、あは、あははは……………どうしよう?」

 もちろん、日本のカレーなんて普通の家庭料理が載っている本で十分なのだが、 料理知識が致命的なまでに欠けている三人がそれに気付くのは不可能だった。

「ミユウ、サキ、これ!」

 珍しく大声出して、レイが二人を呼ぶ。

 レイが手に持っていたのはカレー粉(バーモ○トカレー)の箱だった。

「箱の裏に、作り方が書いてあるわ」

「やったぁ!ナイス、レイ!」

「じゃあさ、早く作ろうよ。おにいちゃんが帰ってきちゃうし」

 

 

 

>ミユウ

「レイ、まずどうするの?」

「『@厚手の鍋にサラダ油を熱し、一口大に切った肉、野菜をよくいためます』と書かれているわ」

 レイはバーモ○トカレーの箱の裏に書いてある作り方を読み上げる。

「肉は使わないから良いとして、野菜を炒めるのね」

「野菜を痛めつけるの?」

「サキちゃん。痛めつけるんじゃなくて『炒める』、つまり鍋で焼くのよ」

 相変わらず、勘違いをしているサキちゃんに簡単で短絡的な説明をする私。

 シンジ君ならもうちょっと上手い説明をするんだろうけど。

「へえ〜♪じゃあ、ボクやる〜♪」

「レイ、まず野菜を一口大に切らなきゃね」

「ええ。まず、ジャガイモから………」

「うう、また無視する〜………」

 サキちゃんの泣きそうな声を無視しつつ、私達(私とレイ)はジャガイモをまな板の上に乗せる。

「一口大………四つぐらいに割れば良いのかな?」

「碇君はまず皮を剥いていたわ」

「そ、それぐらい解ってるっ!こう見えても小学校の時、作ったことあるんだから!!」

 ちなみにそれは小学校の調理実習で、私の班は見事に失敗したけれど。

 私は包丁を手に取り、ジャガイモと相対する。

サクッサクッ

「ねえ、ミユ。皮じゃないとこまで剥けてるけど?」

「うっ!………集中できないから黙っててっ!」

サクッサクッ

「で、出来た………」

「………二回りほど小さくなっているわ」

ぐさぁっ

 レイの冷たい一言が胸に突き刺さる。

「た、確かにさあ、小さいけど食べれるでしょっ!!」

「おにいちゃん、食べ物を粗末にしちゃいけないって言ってたよ」

ぐさぐさぁっ

「………私がやってみるわ」

 レイは痛恨の一撃を受けて倒れている私を無視して包丁とジャガイモを手に取った。

シャッ、シャッ

シャッ、シャッ

「レイ………」

「何?」

「レイはもう包丁持っちゃダメ」

「どうして、そんな事言うの?」

「危ないから!!」

 レイは少し―――いや、かなり私より上手く剥けている。

 しかし、凄いスピードで包丁を『振って』、皮を剥いていた。

 これではジャガイモの皮が剥ける前にレイの指が切れる。

「次はボクがやる〜〜♪」

 サキちゃんはレイが離した包丁を掴む。

「あ、サキちゃんはダメ!」

 慌てて止めようとするがその前にサキちゃんは皮を剥き始める。

シュルルルッ

 サキちゃんは危なっかしい手つきで―――――

シュルルルッ

 危なっかしい手つきでって、あれ?

シュルルルッ

「で〜きたっ♪」

「う、うそ………」

 完璧だった。

 その手つきはまるで毎日やっていたかの様に無駄なくかつ素早く動き、綺麗にジャガイモを剥いていた。

「な、なんで………?」

「おにいちゃんのやってるの毎日見てたもん」

「だからって………」

 恐るべき器用さに私は戦慄した。

 レイよりサキちゃんの方が強力なライバルかもしれない。

シュルルルッ

 私が呆然としている間にサキちゃんは全てのジャガイモを剥き終えてしまった。

「サキ、次はジャガイモを四つに切るのよ」

 レイがサキに指示を出す。

 どうやら、私より頼りになると踏んだらしい。

(ぐっ、立場逆転っ!?)

「うんっ♪」

 またもやサキちゃんは華麗な手つきでジャガイモを四つに切って………って、

「縦に四つ切ってどうするのっ!!」

 思わず突っ込む。

 どうやらその器用さに、知識がついていってない様だ。

「これで互角ね!サキちゃん!私だって負けないわよ!!」

「ボクだって負けないもん!!」

 私とサキちゃんは張り合いながら、ジャガイモ、にんじん、タマネギをぶった切っていった。

 

 

(注 野菜は洗ってから切りましょう)

 

 

 野菜を一口大に切って炒める。

 これだけの作業の内に食材の約3分の1が廃棄処分になっていた。

「レイッ!次はっ!?」

「『A水を加え、沸騰したらあくを取り、材料が柔らかくなるまで弱火〜中火で 煮込みます』」

「まず水ねっ!」

ドボボボボボボッ

 水道の蛇口を全開にして鍋に水を入れる。

「ああっ!ミユ勝手にやるなんてずる〜いっ!いいもんっ、だったらボクは火をつけるもん!」

カチッ、カチッ

 ガスコンロのスイッチを何度もサキちゃんは押すけど、火は何故かつかない。

「ううっ、なんで火がつかないの〜?」

「ふふ〜ん、サキちゃんできないの?」

「で、出来るよっ!」

 サキちゃんは拳を振り上げ―――

「はいぱーサキぱ〜んちぃ!!」

ガンッ

ボゥッ

「「「うきゃぁぁぁぁぁっ!?」」」

 ガスコンロはサキちゃんの拳を受け、盛大に火を吹いた。

 

 

 

>シンジ

(ふぅ、すっかり遅くなっちゃったな)

 時計を見ると、PM8:06と表示されている。

ピッ

がちゃっ

 IDカードを使って、家の鍵を開ける。

「ただいま〜」

 ……………。

 あれ?

 いつもなら、すぐに誰かが出てきてくれるのに………。

トコトコ

 不信に思いながらも、リビングまで歩いていく。

「えっ!?」

 一瞬、僕は自分の目を疑った。

 何故なら、リビングの床にみんなが倒れていたからだ。

「ミユウ、サキ、綾波っ!!」

 さっと顔から血の気が引き、慌てて駆け寄る。

「「「す〜………」」」

 ―――三人は軽い寝息を立てて眠っていた。

「ね、寝てるだけ………?」

 足から力が抜け、へなへなと僕は座りこんだ。

 ふと、顔を上げるとテーブルの上にほかほかと湯気を上げるカレーが置いてあった。

(もしかしてこのカレー、三人が作ったのか………?)

 カレーの横に紙が置いてある。

 それにはこう書いてあった。

『ご苦労様、シンジ君』

『おにいちゃん、おつかれさまー!』

『碇君、ありがとう』

(そっか………、みんなで僕の為にご飯作ってくれたんだ………)

 僕は自分の部屋から毛布を持ってきて寄り添うように眠っている三人に掛けた。

「ありがとう、みんな………」

 三人は疲れているのか、まったく僕の声に反応はなかったが顔は満足そうな笑みを浮かべている。

 僕はテーブルの前に座ると、カレーと一緒に置かれているスプーンを手に取った。

「じゃ、食べさせてもらおうかな」

パクッ

 一口、カレーを頬張る。

「美味しいっ!」

 僕はかなりのスピードでカレーを食べ始める。

 多少具の形が変なこのカレーは、僕が今まで食べた物の中で一番美味しかった。

 

 

 

 そういえば、なんでこの三人―――

 焦げてるんだろう?

 そう、三人は何故か黒く煤けていた。

 その疑問はキッチンを覗くと後悔と共にすぐに解けた。

 

 

 


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