夢を見ていた。

 流されるがまま生きていく日々を。

 

 夢を見ていた。

 怪物との殺し合いの日々を。

 

 夢を見ていた。

 他人との触れ合いで傷つくだけの日々を。

 

 夢を見ていた。

 彼女が去っていったあの時を。

 

 夢を見ていた。

 ―――――護れなかったあの世界を。

 

 

 

 

 

「………とっとと起きなさい! このぶぁかシンジ!!」

 

 


 

Once again

 


 

「うわあっ!?」

 

ガバッ

 

「きゃっ!」

 

 跳ね起きた僕の眼に最初に飛び込んできたのは、ビックリした表情の女の子。

「やっと、起きたわね」

 赤が掛かった茶髪の女の子は両手を腰にあて、呆れた表情で僕を睨んでくる。

 

 彼女は―――そう、惣流・アスカ・ラングレー。

 僕の幼馴染で、隣の部屋に住んでいる。

 14年の付き合い………つまり、生まれた頃からの付き合いって訳だ。

 そして、毎朝寝坊する僕を起こしに―――――あれ?

 

 毎朝起こしていたのは、僕のほうじゃなかったっけ?

 

「シンジ?」

 

 彼女―――アスカが怪訝そうに僕の顔を覗き込んでくる。

 

「あ、なんでもないよ。起きるから先に行ってて」

「りょーかい。外で待ってるけど、二度寝したらただじゃ置かないからね」

「僕は二度寝した事なんか………」

「ないっていうの?」

 

 物凄い形相でアスカが睨んでくる。

 今のアスカに逆らっちゃダメだ。

 長年の経験が僕にそうささやく。

 

「ごめんなさい」

「よろしい」

 

パタム

 

 アスカが出て行った後、僕は寝ぼけた頭を振って意識を正常に覚醒させた。

 ―――しばらく頭を振った後、ゆっくりと辺りを見回す。

「ここは僕の部屋………14年間過ごして来た僕の部屋だ」

 ベットに座ったまま、なんとなしに呟いてみる。

 

 使い古されたベット。

 ほとんど使われず、ホコリを被っているデスク。

 服やCDなどで適当に散らかっている床。

 そして、唯一の趣味のチェロのケース。

 間違いなく僕の部屋だ。

 

「何言ってるんだろ? まだ寝ぼけてるのかな………」

 

 ………とりあえず着替えよう。

 早くしないと、アスカが怖いし。

 

 

 

 

 

「………え」

 

 リビングに一歩踏み込んだ瞬間、とてつもない違和感に襲われた。

 

「シンジ、早くご飯食べちゃいなさい。あなたもほら、新聞読んでないで早く食べてください」

「ああ………わかってるよ、ユイ」

 

 とう…さん?

 かあ……さん?

 

「何してるのシンジ? アスカちゃんも待ちくたびれてるわよ」

「そんなおばさま……アタシは大丈夫です」

「シンジ、何を突っ立っている。さっさと座れ」

 

ポタ………

 

 父さんと母さん、それにアスカが食卓から僕を呼ぶ光景に………

 

「「「シンジ!?」」」

 

 ワケも分からず僕は涙をこぼしていた。

 

 

 

 

 

「「いってきまーす!」」

「二人とも、いってらっしゃい。車に気をつけるのよ」

「「はーい」」

 

 母さんの言葉を背中に、僕達はいつもの登校ルートを歩き出した。

 今日は珍しく歩いての登校だ………まあ、僕がいつも寝坊してるのが悪いんだけど。

 

「まったくシンジ、何いきなり泣いてんのよ?」

「………僕にも良く分からないって言ってるだろ」

 

 そう。

 ワケが分からなかった。

 なんであんな毎日見ている風景に涙を流したのか。

 

「どーせ、どっかに足の小指でもぶつけて泣いてたんでしょ?」

「違うって」

 

 アスカの言い様に思わず溜息を付く。

 アスカは僕のことなんだと思ってんだか………。

 ふと、自分の腕時計を見る。

 

「あ」

「シンジ、どうしたのよ?」

「時間、あと10分しかない」

「それを早く言いなさいよ!!」

 

 ………やっぱり今日も学校までダッシュか。

 

タッタッタッタ

 

「何チンタラ走ってんのよ! 音速で走りなさい!」

「む、無茶言わないでよ……」

 

 横を走るアスカは怒鳴りながら、僕を追い立てる。

 アスカって体力あるよな……………僕が運動不足なだけか。

 

 でも………僕ってなにかやってなかった?

 そう………訓練……なにかの訓練を………。

 

「バカ! シンジ、前!」

「へ?」

 

ドンッ

ドテッ

 

 アスカの声に気付いた時には曲がり角から飛び出してきた誰かと衝突し、僕はもんどりうって倒れてしまった。

 あーあ、またぶつかっちゃったよ………。

 先週、転校してきた綾波とここでぶつかったばっかりだっていうのに。

 

「いたたた………」

「え?」

 

 その声は僕の下から聞こえてきた。

 ゆっくり視線を下に降ろす。

 

 

 ああ、どうりで転んだ僕が痛くないと思った………。

 下に柔らかいクッションがあったんだな。 おまけに二つも(笑)

 

 って、現実逃避してどうするんだよ、僕!

 

「だ、大丈夫で……す………!?」

「謝るのは良いから早く降り…………!?」

 

 目が合った。

 

 その瞬間

 ―――――もう、僕と彼女は互いの顔から眼を離せなかった。

 栗色の髪、栗色の瞳、たれ気味の目。少し濡れた小さな唇。

 

 

 意識が―――――シンクロする―――――

 

 

 僕と彼女は会った事がある。

 私と彼は会ったことがある。

 一体何時、

 何処で、

 僕達は私達はどんな出会いをしたんだろう――――――

 

 

ドゲシィィィ!!

 

「ぎゃふううう!?」

 

 彼女と折り重なっていた僕は、容赦なくアスカに蹴り飛ばされた。

 

「なあ〜〜〜に、やってんのよ!!! バカシンジ〜〜〜〜〜!!!」

 

ゲシゲシゲシゲシ

 

「ぎゃあああああ〜〜〜〜!!」

「ご、ごめんね、急いでるんだ! じゃあね〜〜!」

 彼女は慌てて立ち上がると、謝りながら走り去ってしまった。

 

ゲシゲシゲシゲシ

 

「あんたは〜〜〜〜〜!! いっぺん死になさい〜〜〜〜!!」

「うぎゃああああ! 許して、アスカ〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

「で、その女を押し倒したっていうのか!?」

「事故だって!」

「センセもスケベやなあ〜。先週は綾波のパンツ覗いとるし」

「だ〜か〜ら! 両方とも事故だよっ!」

 

 学校に着き、アスカの機嫌が悪い理由をトウジとケンスケの二人に問い詰められた僕は、さっきのことを話した。

 ………当然の様に二人はしつこくからかってくる。

 

「ほんと、碇君ってHね」

「な゛っ!? あ、綾波まで!」

「冗談よ、冗談」

 

 僕をからかってケラケラと明るく笑っているのは、綾波 レイ。

 一週間前に転校してきた女の子で凄く明るく活発な子だ。

 こうやって、僕をすぐにからかうのは勘弁してほしいけど。

 

 

 ―――綾波は無表情で感情を全然表に出さなかったけど、僕に優しかったんだ―――

 

 

「え………」

 

ガタン

 

「どないしたんや?」

「碇君、どうしたの?」 

 

 いきなり立ち上がった僕にトウジと綾波が不思議そうに聞いてくる。

 

「い、いや……何でもないよ」

 

 口では何でもないと言って誤魔化すが、何かがおかしい。

 今日の僕は絶対に変だ。

 いきなり変な思考が浮かび上がってきたり、普段通りの生活なのに違和感を感じたり―――――

 

 それに今朝のあの女の子………

 

ブォォォォォォン

 

 僕の思考は遠くから聞こえて来たエンジン音にかき消される。

 

「「おおっ!!」」

 

 その音を聞いたトウジとケンスケが窓枠にしがみつく。

 窓の外を見ると、校門をかなりのスピードで通過しドリフトを決めて停車する一台の青い車。

 そして、その車から降りてくる女の人。

 

「「みっさと先生〜〜〜♪」」

 トウジとケンスケが窓から身を乗り出して声を上げる。

「「ばっかじゃないの!?」」

 そんな二人を見て、アスカと洞木さんが声を揃えてバカにする。

 楽しそうに成り行きを見守っていた綾波が僕の方を振り向いた。

 

「碇君、今日は鈴原君達と同じことしないのね?」

「あ、うん………だって……」

 

 

―――――だって、ミサトさんってそんな憧れの対象にはならないし―――――

 

 

「だって……何?」

 綾波が不思議そうな表情で覗き込んでくる。

「………な…んでもない……」

 

 今の僕には口調を濁すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

「喜べ、男子共〜〜〜!」

 ミサトさ………先生は、教壇に立つなりいつもの―――生徒で遊んでいる時の―――ニヤニヤ顔で出席簿を振り回す。

女子の転校生を紹介するわよ〜〜!!」

「「「「「おお〜」」」」」

 ミサト先生の『女子』を強調した言葉に、クラスの男子が声を漏らす。

「………おまけにレイに引き続き、当たりよ!」

「「「「「おおーーーーー!!!!」」」」

 狂ったように男子たちが大声を張り上げる。

 それにしても、ミサト先生………当たりって表現は教育者としてまずいんじゃ?

「さあ、入ってきなさい!」

 

ガラッ

 

 教室の前の扉が開き―――

 

ズキン

 

「あ―――――」

 

 視界が

 反転する―――――

 

 

 

『皆さん、おはようございます。 ………ホームルームの前にお知らせが一つあります』

 それはここであってここでない場所―――――

 前の教壇に立っていたのはミサト先生ではなく、年のいった男の老教師だった―――――

『転校生を紹介します。入ってきなさい……』

 

ガラッ

 

 

 ―――――そして今と交錯する―――――

 

 

 教室に入ってきたのは、今朝の女の子だった。

 教室に入ってきたのは、結構可愛い女の子だった

 

「霧島マナです。よろしくお願いします」

『霧島マナです。よろしくお願いします』

 

 キリシママナ………。

 

ズキンズキンズキン

 

 なんなんだ………なんなんだよ! これはっ!!

 

「空いてる席は………シンちゃんの隣ね〜♪」

『霧島さんの席は………碇君の隣の席が空いていますね」

 

 ミサト先生が楽しそうに、僕を指差す。

 担任の先生が、ゆっくりと僕の隣を指定する。

 

 彼女と

 彼女と

 目が合った―――――

 目が合った―――――

 

ズキン

 

『本日、わたくし霧島マナはシンジ君のために本日六時に起きてこの制服を着てまいりました♪ どう、似合うかしら?』

 

「マ………」

 ふらふらと僕は席から立ち上がる。

「シンジ?」

 アスカとミサト先生、クラスの皆がいきなり立ち上がった僕に視線を向けるが―――――

 気にする余裕は今の僕には無かった。

 

ズキン

 

『ねぇ、マナって呼んで』

 

 僕は………

 

ズキン

 

『何か、奥に輝きを秘めているっていうか、シンジくんって目が綺麗でしょ?』

 

 僕はっ!

 

 

 

『私はシンジくんのことが好きでした。

 デート楽しかったです。

 ミサトさんちの夕食、みんなで食べる食事は最高です。

 でも、もう終わりにします。あなたを楽にしてあげます、ごめんなさい、さようなら、シンジくん』

 

 

 

「マナ!!」

 駆け出す。

 席の間をすり抜け、教壇の上に上り、

 彼女を―――マナを―――抱きしめた。

 

 

 

 そして、マナも―――

「………シ………シンジ………シンジ!

 

「また………会えたね、マナ」

「うん………」

 マナが僕の胸に顔を沈める………。

 

 

「シ、シンジ、何やってんのよっ!?」

「会っていきなりはまずいわよ、シンちゃん!」

 怒鳴るアスカと何気に混乱しているミサトさん……いや、先生だっけ? ここでは。

 僕達が周りを見回すと、当然の事ながらクラスにいる全員から視線がきている。

 みんながみんな、口をアングリ開けて呆然としてるな………。

 まあ、教室でこんなことしてれば当たり前か。

 

 逃げちゃおうか?

 

 ふと合わせたマナの瞳がそう語っている。

 

 そうだね。

 

「「先生」」

 

「な、なに? シンちゃん、霧島さん」

 

「碇シンジ」

「霧島マナ」

退

 

 そう叫んで、僕達は教室の外に駆け出す。

 

「シ、シンちゃんが駆け落ち〜〜〜!?」

「シンジーーーーーッッッ!!!」

「わあああ〜〜! 惣流が切れたぞーーー!」

「に、逃げろーーー!」

 

 教室から、色々な叫び声が聞こえてきたけど僕達は構わず学校を後にした。

 

 

 

 

 

 学校からかなり遠くまで走ってきた僕達は、道の横に設置されていたベンチに腰掛けて息を整えていた。

 そして息の荒さもほとんど消えた頃、マナが僕の方をゆっくりと向いた。

 

「また………会えたのよね………今度は……さよならしなくても良いのよね………?」

「当たり前………じゃないか………」

 

 僕はそっとマナの頭を抱きかかえる。

 何か言葉をかけようとするけど、うまく口が動かない………。

 二人とも涙ぐんで………

 ただ、会えた事が嬉しくて

 もう一度

 会えた事が嬉しくて

 

「ひっくひっく………シンジィ………」

「……マナ………」

 

 僕達は子供のように

 泣いた。

 

 

 

 

 

「でさ、アスカが幼馴染で綾波が先週クラスに転校してきて………」

 ひとしきり泣いて落ち着いた僕達は、ベンチで今までの事を話し合っていた。

「ふ〜ん………そうなんだ………」

 こっちの世界での僕の立場を話していると、その間ずっとマナは面白く無さそうに横を向いていた。

 一応、僕の話は聞いてたみたいだけど。

「どうしたの、マナ?」

「だって………せっかく、違う世界でシンジと再会できたのに………また、アスカさんやレイさんがわたしよりシンジの近くにいるんだもん………」

 

クスッ

 

 拗ねているマナに思わず僕は笑ってしまった。

「何が可笑しいの?」

 少々憤慨した様子のマナ。

「………僕はマナの事、好きだよ」

「えっ」

 僕の突然の言葉にマナが頬を赤く染める。

「アスカや綾波も確かに好きだけどね。それは幼馴染として、友達として、そして………かつての戦友としてだから」

 僕はそこまで言うと、言葉を一旦区切った。

 マナは僕の言葉を待って、不安な顔をしながらじっと僕を見つめている。

 

ふわっ

 

 そんなマナが愛しくて、僕はマナを抱き寄せる。

 

「でも、女の子として好きなのは………マナだけだよ」

「………シンジ」

 

 マナが今に泣きだしそうな顔をして僕の名前を呼び、そっと目を閉じた。

 僕はそんなマナに引き寄せられるかのように顔を近づけ―――――

 唇を合わせた。

 

チュッ……チュッチュッ

 

 互いに自然と舌を絡ませあう……。

 

 

 ―――マナとの2回目の口付けは、まさにとろける様な甘さを感じた―――

 

 

 僕たちは互いの口の中をたっぷりと感じあった後、ゆっくりと唇を離した。

 相手の瞳に自分が写っているのを見て、僕達は急に気恥ずかしくなって視線を逸らす。

「なんか……恥ずかしいね」

「……うん」

 信じられない………。

 女の子と……それもマナとこんな事をしてるなんて………。

「でも……嬉しいな。シンジとまた、キス出来た事………」

 マナがまだ若干恥ずかしそうに、だけどそれ以上に嬉しそうな表情で呟く。

「そ、それで、マナの方はどうなのっ? こっちの世界っ」

 恥ずかしさが限界まできた僕が話題を無理矢理変えると、マナは少し残念そうだったけど答え始めた。

「うん………ここでのわたしは、普通の女の子だった。両親もちゃんといるし、ましてや戦自になんて関係すらしてなかった………」

 マナは真っ直ぐな視線を僕に送りながら話し続ける。

「まるで……前の世界でわたしが望んだ通りに………。シンジ、一体この世界は何なの? そして、なんでわたし達の記憶にある前の世界はどうなったの?」

「たぶん………前の世界は、滅んだと思う」

 マナは絶句した。

 当たり前だ………自分の住んでいた世界が滅んだなんて言われたら誰でも………。

「ど、どういう事………?」

「………サードインパクトが起こったんだ」

「サ、サードインパクトッ!?」

 

バサササッ………

 

 マナの出した大きな声に驚いた鳩が空に飛んでいくのを眺めながら、僕は自分の知っている事をマナに話した。

 

 マナがいなくなってから―――――

 トウジがフォースチルドレンに選ばれ……起動試験中のエヴァが使徒に乗っ取られ、自分の乗った初号機がダミープラグによって殲滅した事。

 綾波が使徒と共に自爆し……人間ではないと知った事。

 自分の好きだった綾波は死んでしまった事。

 アスカも自分がシンクロ率を抜かしたのをきっかけに、使徒の精神攻撃を喰らって精神崩壊を起こしてしまった事。

 全ての支えを失って………そんな時に現れ慰めてくれた少年、カヲル君が使徒だった事。

 カヲル君を自分のエゴで握りつぶしてしまった事。

 そして―――――戦略自衛隊の進行、ネルフの崩壊、ミサトさんの死、ゼーレのエヴァ量産型によるアスカと弐号機の破壊、サードインパクト―――――

 

 

「そ、そんなことって………」

 僕の話を聞いたマナは口元を押さえ、涙を流していた。

「それで、たぶん………いや、きっとサードインパクトは失敗に終わったんだ」

「……どういう事?」

「いや、失敗っていうのは正しくないかな。父さんとゼーレのサードインパクトが失敗したって事で………サードインパクトは成功したんだ、僕の望む通りのカタチでね」

「シンジの望む形?」

「うん、サードインパクトの寄り代にされた時願ったんだ………みんなと仲良く暮らせる、そしてマナともう一度会う為の世界………それが僕の望んだカタチ」

「それがこの世界………?」

 マナが呆然と空、山、街を見回す。

 あの消えた街、第三新東京市と何一つ変わらない景色。

 でも………僕が望んだ世界。

「ははっ……まったく僕って凄いよね。自分のエゴだけで………好き勝手に世界を弄くっちゃうんだから………」

 僕は俯きながら喋る………。

 マナの軽蔑の視線なんて、見たくなかったから。

「はあ………シンジ、もしかして自分が悪い事したって思ってる?」

「当たり前じゃないかっ!! 僕は……あの世界で逃げだして………遂には世界まで滅ぼしちゃったんだよ!!」

 そこまで怒鳴って―――僕はさらに落ち込んだ。

 何やってるんだ、僕は。 マナに八つ当たりするなんて………。

「わたしは話を聞いただけで、実際に受けたシンジの痛みは分からない………でもね」

 マナが僕の両手をとって、自分の両手で包み込む。

「今、ここで………わたしが両親の元で暮らせて、普通に学校にも行けて、そして今日シンジにもう一度会えたのはシンジがこの世界を作ったからなのよ?」

「あ………」

 僕は顔を上げる。

 マナは僕の顔を見てにっこり微笑んだ。

「だから、少なくともわたしはシンジにこう言うよ………ありがとう」

 僕はもう何も考えられなかった。

 

ギュウゥゥゥ

 

 感情の赴くまま、マナを力いっぱい抱きしめる。

「マナ……ありがと……ありがとうっ………!!」

「もうっ、シンジ。お礼を言ってるのはこっちなのに………」

 マナはちょっと苦しそうにしながらも、僕を受け入れるように僕の後ろ頭を撫でる。

「それに……お礼なら、言葉じゃなくて態度で示して欲しいな♪」

 マナは顔を赤くしながらそう言って目を閉じ、

 僕達は3度目―――今日2度目でもある―――キスを交わした。

 

 

 

 

 

シュォォォォォ

 と、キスをしている僕達の頭上を物凄い轟音が通り過ぎていく。

「「へっ?」」

 僕達は轟音の発生源に目を向け………同時に間抜けな声を出してしまった。

「マナ………あれって、巡航ミサイルだよね?」

「………そうみたいね」

 呆然と巡航ミサイルを見送り―――――今度は、僕達は間抜けな声すら出せなくなった。

 巡航ミサイルが着弾した先には……山に手を掛け、のっしりと姿を表した巨大な人型の生物。

「「し、使徒ぉ!?」」

 お、おまけに第三使徒だし。

 

ブォォォォォォン

 

 戸惑っている僕の耳に聞きなれた音―――こっちの世界でも前の世界でも―――が飛び込んでくる。

 振り向くと青いルノーが一直線に僕達の方に向かってくる。

「こ、このシチュエーションはまさか………」

 

キィィィィィ

 

 僕達の目の前でルノーはスピンターンを決めて止まり、

「シンちゃん! 霧島さん! 乗って!!」

 予想通りの人物、ミサトさんが運転席の窓から顔を出す。

 

 また………エヴァに乗らなくちゃいけないのか………。

 もう一度……戦って、苦しまなきゃいけないのかな………。

 

 僕の脳裏にそんな思考がよぎる。

 けど………

「シンジ………」

 マナの……声―――――

 

 

 ………そうだね、マナ。

 戦うのは苦しいかもしれないけど………

 今度の僕には戦う理由がある。

 戦える気持ちがあるんだ――――――

 

 

「いこっか………マナ」

「うんっ!」

 

 僕達はミサトさんの車に、手を取り合って歩き出した。

 マナの体温が手から伝わってくる。

 

 

 大丈夫。

 もう一人じゃないんだ………。

 今度こそ……頑張れる。

 

 

 僕は車に乗る寸前、歩く使徒に目を止める。

 

 

「逃げちゃ……ダメだ」

 それだけ呟くと、僕はルノーに乗り込んだ。

 

 

―――もう一度、物語は紡がれる―――

 

 

 

 

 END

 


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