カチリ

 重なる筈の無いまったく別の歯車が
 音を立ててはまった時
 全ての者の物語シナリオを越える
 新たな物語ストーリーが始まる。





 

不協和音

 

プロローグ

 





ガタンゴトン……ガタンゴトン……

 窓の外を景色が流れていく。
 電車に乗った経験は、実はほとんど無い。
 初めて乗ったのは父さんに捨てられた時。
 次に乗った時は、母さんの墓参りに行った3年前。
 そして、3回目が―――父さんに呼び出されて第三新東京市に向かっている今だ。




「シンジ君、大丈夫?」

 隣に座っていた黒髪の少女が、僕の顔を覗き込みながら言ってくる。
 その整った顔立ちの―――いわゆる美人と呼ばれる類の少女の顔は、僕への心配の気持ちで埋まっていた。
 だから、僕は安心させるように微笑んだ。

「………大丈夫だよ、ミユウ」

 あの・・父さんと会うというのに、僕の心は静まっている。
 ―――いや、不安が無いといえば嘘になるが………生まれてこの方、ここまで落ち着いていられる事はなかっただろう。
 全て………この子のおかげだと思う。
 僕の事を本気で心配してくれる、唯一のこの子の。

「さあ、もうすぐ………第三だ」

 僕は目を瞑り、心の中で唱える。
 大丈夫、大丈夫だ。
 ミユウがいれば………僕はなんにだって耐えられる。




カチリ

 その時、僕は―――確かにその音を聞いた―――




フッ
ドスンッ




「えっ?」

 僕は、上から降ってきた何かに押しつぶされるように倒れこんだ。

チュッ
むにゅっ

 自分の唇と手の平に、なにか暖かく柔らかいものを感じながら。




「シ、シンジ君、大丈夫………○×△っ!?

 少女―――如月ミユウは、いきなり何かに押しつぶされて倒れこんだ少年に駆け寄り、意味にならない悲鳴を上げた。
 何故なら、少年と同じ顔をした少女が重なり合って倒れている上、がっちりと唇を重ねていたからだ。
 悲鳴をあげたのは、おそらく………いや、確実に後者が原因だろう。

「シンジ君から、離れてっっ!」

 

ガスッッ

 

 即座にミユウは少年の上に乗っていた少女をまったくの手加減抜きで蹴り飛ばした。

「はうっっ!?」

 レオタードらしき物を着た少女は、ごろんごろんと床を転がっていき椅子に頭をぶつけて短い悲鳴を上げる。

「え、えーと………?」

 一瞬の事で何が起きたか分からなかった少年―――碇シンジは、とりあえず手の平に感じた膨らみを彷彿とさせているかのように、わきわきと握ったり開いたりを繰り返す。
 その様子を見たミユウが激怒する前に、転がっていた少女が呻き声をあげながら起き上がる。

「いたたた………あれ? ここは?」
「ここは? じゃなぁいっ!!」

 ミユウはシンジと同じ顔の少女の胸元を掴み―――非常に掴みづらい生地で出来た服だったのにも関わらず―――無理矢理吊り上げる・・・・・

「はうっ!? はうっ!? はうぅぅぅ!?」

 足が地面に付かない高さまで吊り上げられた少女はパニックを起こす。
 さらに憤怒の表情のミユウに掴まれているのだから、恐怖のあまりパニックを起こすのは至極当然だろう。

「ミ、ミユウ! 落ち着いてっ!」
「なんで落ち着かなきゃいけないのっ!? シンジ君、この子に強姦されたんだよっ!?」
「いや、強姦って(汗)」

 ミユウの語気の激しさと言葉の内容に冷や汗を流しながら、シンジはなんとか落ち着かせようと四苦八苦する。
 そんなシンジの様子を見て、ミユウはさらに眉の角度(と少女の体)を吊り上げていく。

「なに、シンジ君………もしかして、嬉しかったとか言わないよね?」
「言わない言わない!!」
「はうぅぅぅ………」

 シンジとミユウが言い争っている間に、どんどん少女の顔から血の気が引いていく。
 首元を掴まれている所為で息が出来ないのだ。

「と、とにかくその子を降ろしてあげてよ。死んじゃうよ!」
「う………わかった」
「げほっ! げほっげほっ……うぅ………」

 シンジに言われて、渋々少女を降ろすミユウ。
 ミユウの思わぬ腕力に、背筋を凍らせながらシンジは咳き込む少女を覗き込む。

「「………あれ、僕(ボク)?」」

 と、まるで初めて気付いたかのように―――初めて気付いたのだろうが―――シンジと少女が揃って間抜けな声を発する。
 じーっと見詰め合う二人に、ミユウは痺れを切らせて間に割り込んだ。

「ちょっと! あなた、シンジ君と同じ顔して何者っ!?」
「ボ、ボク?」

 あからさまな敵意を向けられ、少女は怯えながら自分を指差す。
 ちなみにこの時のミユウの心境は



 酷いっ! ずるいっ! 私だってシンジ君とキスしたこと無いのにっ!!



 ………まあ、深くは問うまい。

「ボクは………」

 少女は一旦言葉を切ると、ちらりとシンジに視線を向ける。
 そして一呼吸置き、少女は言った。

「ボクは……碇………碇シオリです」




 二つの異なる歯車は、物語シナリオをまったく違う物語ストーリーへと変えていく。

 

 




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