彼女は苦悩していた。

「何でボクがこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ………」

 ぶつぶつと文句を呟きながら、服を脱ぎ捨てた。

 そして少しの躊躇の後、彼女は下着も脱ぎ全裸になる。

「……………」

 ………彼女は自分の身体を黙ったまま見下ろし―――――嘆息した。

「やっぱり………上も下も女になってる………」

 自分の人生のあまりの不条理さに、シオリはもう一度深い溜息を吐いた。

 

 


 

『ボク』達二人の協奏曲
                        CONCERTO

 

第1,5話   女なんてイヤだ

 


 

「………はあああ〜〜」

 バスルームに備え付けてある鏡の中に映った全裸の女の子を見て、シオリは今日何度目になるか分からない溜息をつく。

 もうかれこれ30分は鏡の前でにらめっこをしていた。

 

 

 シオリとシンジはネルフから出た後、ここ第三新東京市内にあるニュートーキョーホテルに来ていた。

 なんだかんだで第三新東京市に住む事になってしまったので、住む所が見つかるまで一旦ホテルに宿泊する事にしたのだ。

 生活費はネルフから頂いてはいるが、シンジは(シオリの方はともかく)住む所まで世話になるつもりはなかった。

 

 

「綾波………実はボクになんか恨みでもあったのかなぁ?」

 昔(と言ってもここでは未来にあたるが)、レイを押し倒したり胸を揉んだりしたのを思い出す。

「も、もしかして、女の子の苦労を知って反省しろって事なのかな? けど、押し倒したのは悪かったけど、こんなのはあんまりだよ………」

 シオリは涙ぐみながら、自分の柔らかい胸を下から持ち上げるように掴む。

 

ふにふにっ

 

「あんっ ………って、ボク何してるんだよっ!」

 真っ赤になりながら、ぽかぽかと自分の頭を殴るシオリ。

「………はあ〜……バカな事やってないでお風呂入ろ……」

 シオリは肩を落としながら、バスルームの中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 一方、シンジは―――――

 ホテルのベットルームで落ち着かず右往左往していた。

 

シャー

 

 バスルームのドアの向こうから、微かな水音がシンジの耳に届いている。

(はあ…はあ……、い、いくらなんでも同じ部屋だなんて………マズイ! 不味過ぎる!)

「うわあああああ〜〜〜!!」

 

ゴロゴロゴロゴロ〜〜

 

 叫びながら頭を抱え、高速で床を転がるシンジ。

 その姿は壱話のゲンドウを彷彿とさせるかのようだ。

 

ゴスンッ

 

 ひとしきり転がった後、ベットの足に頭を強打して止まるシンジ。

「はあ…はあ…はあ………」

 ホテルの一室で、身悶えしながら息を荒げる中学生……………変態以外の何者でもない。

「落ち着け………落ち着くんだ、僕。相手は妹だ。どんなに綺麗でも可愛くても妹なんだ」

 頭からドクドクと血を流しながら自己暗示を施しつつ、むくっと身体を起こす。

「そうだ、シオリは妹なんだ。だから同じ部屋に泊まろうが、同じベットで寝ようが、一緒にお風呂に入ろうが良いんだ……………って、ちっが〜〜〜〜〜う!!

 ガンガンと床に頭を叩きつけて、危うい方向に逝ってしまった思考を無理矢理引き戻す。

 ………シンジの本音かもしれないが。

 その時、盛大に血を頭からぴゅーぴゅー飛ばしているシンジに悪魔(欲望)が語りかける。

 

 

悪魔『おい、シンジ! シオリの風呂覗きに行こうぜ』

シンジ「そ、そんな、出来ないよ!」

悪魔『………鼻から血を流しながら言っても説得力ないぞ?』

シンジ「こ、これは今ぶつけたから!」

悪魔『お前がぶつけたのは頭だろ?』

 悪魔とシンジが漫才をしているとお約束通り天使(良心)が現れる。

天使『シンジ、そんな事しちゃダメだ! 相手は君の妹だろ!」

悪魔『何言ってんだよ、妹だから良いんじゃねえか!』

シンジ「妹だからこそ、マズイと思うんだけど………」

悪魔『バカヤロウ! 妹の方が萌えるだろ!!』

天使『確かに

シンジ「天使(良心)の癖に納得しないでよ!!」

悪魔『だったら、お前はシオリの裸を見たくないのか?』

シンジ「そ、そりゃあ……………見たいけどさ

天使『今そーっと覗けば、ばれませんよ』

シンジ「あ、あの………」

天使・悪魔『チャンスは今しか無いぞ!!』

 

 

「そ、そうだね………ちょっとだけなら良いよね………」

 遂に悪魔(&天使)の誘いに乗ったシンジは忍び足でバスルームに足を運んでいく。

 ドアノブに手を伸ばし、慎重に音を立てないように回す。

 

ガチャ

シャー

 

「ごくっ…」

 ドアを開けると水音が先ほどよりはっきりと聞こえ、シンジは唾を飲み込んだ。

『はう〜………』

 中から悩ましげな(?)シオリの声が聞こえてくる。

 ぼかしが入ったスリガラスの向こうには確かに肌色の人が見える………。

(ちょっとだけ……ちょっとみるだけ………)

 壁に張り付きながら(どうやら壁と一体化を測っているらしい)忍び足で脱衣所を進んでいくシンジ。

「ん?」

 ふと、脱衣カゴに目を落とす。

 そこにあったのはシンジ自身が貸したTシャツとレオタードらしき物(プラグスーツ)―――だけ(笑)

(ま、まさか、シオリのーぶらのーぱん!?!?)

 シンジは鼻血が噴出しそうになるのを指で必死に止める。

(お、落ち着け………べ、別にシオリがノーブラノーパン主義だって良いじゃないか………)

 落ち着けと言っている割には全然落ち着いていないシンジ。

 むしろ、その思考は混乱の極地にある。

『あっ!』

 

ビクンッ

ズササササササッ

 

 突然上がったシオリの短い声に、一瞬で脱衣所の入り口まで後退するシンジ。

 その速度たるや、残像の一つや二つ見えそうだ。

(バ、バレた!?)

『シンジ〜! 聞こえる〜?』

 どうやら気付いたわけではなく、部屋にいるシンジを呼んでいるらしい。

 そう判断したシンジはドアをガチャリと開け(こういう所は芸が細かい)、今入ってきましたと言う風に声を掛ける。

「な、なに、シオリ?」

『あのさ〜、着替えってあるかな? ボク、身の着のまま来たからなんにもないんだよね〜』

「え、あ、ごめん。ちょっと探してくるよ」

 シンジは部屋に戻ると、自分の鞄を漁ろうとして………気がついた。

(しまった………僕の鞄、父さんに投げつけてあの変なロボットがいたプールの下だ(※第壱話参照)………)

 叔父達から巻き上げた教育費が入った銀行の通帳やカードは肌身離さずポケットに入れていたから良いような物の、着替えや軽い暇つぶし用の読書本は全てあの鞄の中だ。

(いくら頭に血が上っていたからとはいえ、に鞄を投げつけるなんて………着替えの入った鞄とあの髭じゃ、釣り合う訳無いじゃないか)

 ぶつぶつと非常に勿体無い事をしたと嘆きながら、脱衣所に戻る。

「ごめん、シオリ。さっき鞄投げちゃったから……」

『あ、そっか………。はう〜、どうしよう………』

(き、着るものが無い? ってことは………今日は裸で? ……うぐっ、妄想しちゃダメだ! 妄想しちゃダメだ妄想しちゃダメだ妄想しちゃダメだぁっ!!)

『う〜ん、本当にどうしよう………いくらなんでも裸じゃ寒いし………脱いだプラグスーツをもう一回着るのもなぁ』

(シオリは妹だシオリは妹だシオリは妹なんだ! だから、同じ部屋で裸のシオリと過ごそうが、………ってこれじゃあさっきと同じループだよっ!」

『え、何が同じループなの?』

 途中から考えが口に出ていた事に気がついたシンジは慌てて弁解をし始める。

「な、なんでもないよっ! ちょっと願望が………じゃなくてっ! そうだ! こんな高級ホテルなんだからバスローブがきっとあるよ!」

『あっ、なるほど。バスローブがあったね』

 シンジの動揺していますと言わんばかりの口調の言葉をまるで気にせず、シオリはぽむっと手を打つ。

 これで『シンジって頭いいなぁ……あっ、元は同じ自分なんだから、もしかしてボクってナルシスト?』などと考えているのだから、大概シオリも天然だ。

「じゃ、じゃあ、バスローブ、持ってくるね!」

『うん、お願い』

 

タッタッタッ、ガッガスッドサッ

 

 最初の『ガッ』がベットに足を引っ掛けた音、次の『ガスッ』がもんどりうって壁に頭をぶつけた音、最後の『ドサッ』が絨毯に倒れこんだ音だ。



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