訓練。

 訓練。

 わたしの毎日はその繰り返しだった。

 そして、そんな毎日をわたしは受け入れていた。

 ………いえ、諦めていたと言った方が正しいかもしれない。

 でも………

 そんな日々を塗り替えてくれたのは、ある一つの出会いだった。

 

 


 

マナの初恋

 


 

 

 

(いったあ〜………)

 わたしはその日、足の怪我をおして訓練に出ていた。

 別に訓練が好きで無理をして出てきたわけじゃない。

 

 訓練でいい成績が出せなければ、待っているのは鉄砲玉、スパイといった『捨て駒』になるしかなかった。

 だが、逆にトップクラスの成績を出せれば、もしかしたら重要な役割を与えられるかもしれない。

 表の人間として―――かりそめだとしても―――暮らせるかもしれない。

 

 ここでの訓練はわたし達非合法の少年兵にとって、たった一つの生きる術であり、 同時にたった一つの希望でもあった。

 

 

 

 

 

ドガアッ

 

「霧島ぁ! どうした! 立てぇい!」

 わたしを打ちのめし、得意げな教官が吠える。

 普段だったら、この程度の格闘訓練では倒れない。

 でも、怪我をしているわたしには十分以上にきついものだった。

 

「ぐっ………うっ………」

 

 痛みで震える膝を手で押さえ、わたしは何とか立ち上がる。

 が―――――

 

ボフッ

 

「がっ!」

 

 わたしが起き上がるのを待っていた教官の蹴りが、みぞおちに食い込む。

 また倒れこんだわたしに教官の必要以上の蹴りが飛ぶ。

 

ドゴッ、ドゴッ、ガスッ

 

 何故か、教官は執拗に腹を狙ってきた。

 わたしに出来る事は体を丸めて、痛みに耐える事だけだった。

 

ドゴッ、ガスッ………

 

 

 さすがにここまでやられると意識が飛ぶ。

 もう、この蹴りの嵐を30発は喰らっただろうか―――

 

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

バシッ

 

 

 教官の振り上げた足を誰かが受け止めた。

 

「鹿島少尉! 何をするんだ!?」

「………高嶋中尉、少しやりすぎじゃないですか? これでは、大事な兵士を潰しているだけです」

「な、なんだと!?」

 

 そんなやり取りを聞きながら―――――

 わたしの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 最初に目に入ったのは白い天井。

 そして、次に目に入ったのは知らない男の人だった。

 

「よう、目が覚めたのか?」

「………ぐっ」

 

 答えようとした途端、嘔吐感。

 どうやら、教官の蹴りで胃をやられたらしい。

 

「おい、だいじょぶか? ほれ、これ使え」

 

 男の人がわたしに差し出したのは、タライだった。

 わたしは嘔吐感に耐えきれず、胃の中のものを全部吐いた。

 

 

 

「………気分はどうだ?」

 ひとしきり吐いた後、わたしの背をさすっていた男の人が声を掛けてくる。

 気分?

 そんなもの言われるまでも無い。

 ―――――最悪だ。

 まだ、込み上げて来る嘔吐感も。

 そして、知らない男の人の前で嘔吐するなんてみっとも無い真似を見せてしまったのも。

 

 

「どうした? まだダメか?」

 

 優しい声―――というより、猫撫で声―――でわたしを心配する男の人。

 

「最悪………」

 

 その単語だけをなんとか喉から搾り出す。

 

「そりゃ、悪かったな。まあ、あの教官なら今ごろお昼寝中だ。気分が良くなるまでゆっくり眠ってくれ」

 

 あっ、そう。

 意味はわからなかったがまだ寝ていて良い、ということだけ理解してベットに再び倒れこむ。

 

「………」

「………なんだよ?」

 

 わたしの険悪な視線に気付いたのか、男の人が怪訝そうな表情で聞いてくる。

 

「女の子の寝顔見る気?」

 

 わたしがそう言い放つと、男の人は両手を挙げて黙って部屋から出て行った。

 

 ………よく考えたら、気絶から目覚める前からあの男の人はいたのだから、 今ごろ追い出しても意味が無いかもしれない。

 まあ、面倒な事を考えるのはやめて、今は休む事にしよう―――――

 

 

 目を瞑ると、すぐに眠気が襲い掛かってきた。

 

 

 完全に眠る前に―――わたしは―――

 さっきの男の人―――たぶん、教官を止めてくれた人―――――

 お礼どころか、名前すら聞いていない事に気がついた―――――

 

 

 

 

 

 そして次の日、昨日のわたしが気絶してからの顛末を同僚に聞いた。

 

 

 わたしに蹴りをくれた教官は、ちょうど同じ訓練場で違うグループの教官をしていた 鹿島 タカヒロ少尉に『いいの』を一発貰って訓練場でお昼寝していた事。

 

 上官を殴ったにも関わらず、なんの処罰も下されなかった事。

 

 そして―――

 やっぱり、わたしの傍についていてくれた男の人が鹿島少尉だった事。

 

 

 

 

 

 それからのわたしの生活は、一変―――――しなかった。

 確かに鹿島少尉は気になったが、取り立てて騒ぐ事ではない。

 一つだけ不満に思ったのは

 まだお礼を言ってない事だ―――――

 

 

 

 

 

 が、違うグループの教官と二人っきりに―――周りに人がいたのではとてもじゃないが、 恥ずかしくて礼などいえない―――なれる機会なんてそうそうあるものじゃない。

 わたしに出来たのは、たまに偶然見かける鹿島少尉の姿を目で追うことだけだ。

 そんなこんなで、ろくに話も出来ない内に1ヶ月がたった。

 

 

 

 

 

「か、鹿島教官が異動!?」

「ああ、なんでも昇進して異動になるんだと………っておい、マナ! 何処行くんだよ!?」

 同僚のセリフを皆まで聞かず、わたしは走り出した。

 

 

『教官のところにいってどうするのよ―――――』

 

 わたしの頭の中で、冷静なもう一人のわたしが語りかけてきた。

 

 知らないわよっそんな事!

 

『いまさら一ヶ月も前の事のお礼でも言う気?

向こうはとっくにそんな事忘れてるわよ―――――』

 

 だから、そんなこと知らないっ! わたしはただ………

 

『わたしはただ?』

 

 

 

 教官の部屋まで辿り着く。

 肩で息をしながら、わたしは感情のままドアに拳を叩きつける。

 

ドンッ、ドンッ

 

 乱暴なノックから数瞬―――――

 扉が開かれた。

 

「ああ、なんだぁ? ……………って、おまえ確か霧島………だっけ?」

「あ―――――」

 

 少尉はぼさぼさ髪で立っていた。

 めんどくさそうに、ぼりぼりと頭を掻きながら―――――

 そして、わたしの名前を呼んだ―――――

 

 その瞬間わたしは、冷静なわたしが何か言うよりも、異常なほど興奮しているわたしが何か考えるよりも――――

 早く

 

 

 

「好きです」

 

 

 

 その言葉を口にしていた。

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 少尉は間抜けな顔をして、口をぽかんとあけた。

 

「な、何言ってるんだ、おまえ………」

「好きです―――――わたし、たぶん初めて人を好きになりました」

 

 困惑する少尉を無視して、わたしの口は滑り出した。

 

「何が―――何処が―――って聞かれると困るけど、わたしはあなたに恋したんだと思う」

 

 少尉はぱくぱくと開いていた口を閉じ、黙ってわたしの独白を聞く。

 

「助けてもらったから―――――好きになったんじゃない

 ベットについてて貰ったから―――――好きになったんじゃない

 自分でも良く分からないけど

 わたしはあなただから

 好きになりました」

 

 ただじっとわたしの目を見つめている少尉。

 その視線からは、何の感情も読み取れなかった。

 少なくともわたしには。

 

「あなたに会ったあの日から

 あなたのことを考えてた

 ただ、会って話をしたい

 それだけを考えてた―――――」

 

 あれ―――――

 少尉の顔が見えないよ―――――

 

「ずっとずっと、それだけを

 考えてた―――――」

 

 せっかく話、できてるのに―――――

 

「おまえの気持ちはわかった………だから………」

 

 ああ、そうか―――――

 

「もう………泣くな………」

 

 わたし

 泣いてたんだ―――――

 

 

 

 

 

 結局、鹿島少尉と話が出来たのはその日が最後だった。

 なんでも少尉の事を気に入っている人が上の方にいて、違う部隊に引き抜いたそうだ。

 わたしを庇って上官を殴ったのに何の処罰も受けなかったのはそれが理由らしい。

 

 

 

 鹿島少尉が居なくなってから、わたしの身の回りが変わったわけじゃない。

 だけど、既に何かが違っていた。

 何が変わったのかは、自分でもわからない。

 でも、きっとそれは少尉が最後にくれた言葉が

 わたしに目標をくれたからだ―――――。

 

 

『おまえはここを出ろ。おまえはこの世界にいるべき人間じゃない。

 日のあたる所にいるべき人間だ―――――』

 

 

 

 

 訓練。

 訓練。

 わたしは相変わらず変わらぬ毎日を送っている。

 でも―――――

 わたしはいつか、絶対に

 ここから抜け出してみせる。

 

 

 窓から見える日の光が、ちょっとだけ眩しく見えた―――――

 

 

 

 

 


後書き

 

 

こほん

まず、最初にお願いが……

カミソリメールは勘弁して………いや、マジで(汗)

 

 

ども、みなさん。

ランバードです。

 

えー、このSSはさつまさんのリクエストで書いたものですから、

マナ×オリキャラに対する苦情はそちらに(笑)

 

一応『前だけを・・・』のマナが戦自に居た頃の話……… という設定です(笑)

この後、脱走をしたマナがシンジと会って………という流れで本編に繋がっていきます。

後から唐突に湧いた設定なので、矛盾点を見つけてもあんまり突っつかないで下さいね(笑)

 


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