校門まで100mの直線を駆けていく人影が二つ。

 一つ、いささかヘロヘロになりながら、それでももたつく足を懸命に動かして走る黒髪の少年。

 もう一つ、その一生懸命走っている少年に怒鳴り散らしながら、少年よりしっかりした足取りで走る赤毛の少女。

 

「ち、遅刻だ〜〜〜!」

「バカシンジ!! アンタが後五分後五分って粘るからよ! 責任取りなさいっ!」

「そ、そんなぁ……それは寝ぼけてたから……」

「寝ぼけてたら何やってもいいワケ!?」

 

 額に幾つもの怒りマークを付けながらも、少年の走る速度よりは決してスピードを上げない少女。

 そんな甲斐甲斐しくも……苛立たしい光景に、違うもう一つの人影が近づいていく。

 スススーッと二人の背後に足音も立てず―――全力疾走している二人と同じ速度で走っているのにも関わらず―――近づき、ぴょんと少年の背中に飛び乗った。

 

「おっはよー、シンちゃん♪」

「わ、わわっ、マナ!?」

「またアンタ!? なんでいっつもいっつもアタシ達が登校してくるタイミングで現れて……!」

「不思議ね〜♪ ……これも恋人同士の運命の絆かしら? ね、シンジ♪」

「思いっきり故意でしょがっっ!!」

「そ、そんなことより、早く行かないと遅刻………」

 

 そんな三人のやり取りの間にも、校門はどんどん近づいていく(もちろん、三人が走って近づいているのだが、相対的に見て)

 ―――そして、もう一つ。校門の脇に佇む、水色の髪をした人影。

 それを確認した少年はスピードを落とし(栗色の髪の少女を背中に乗せたまま)、その人影の前に止まって微笑んだ。

 

 

「……碇君」

「あ、おはよう、綾波」

「………お、おはよう(ぽぽっ)」

「レ〜イ〜! アンタもなんで毎朝毎朝待ち伏せてるのよっ!」

「ほんとよね〜」

「マナ! アンタもよ!」

「碇君、遅刻」

「そ、そうだね……早くしないと……(ぜーはー)」

 

 

 

 

 

 

 

 ………最後に、そんな朝のデッドヒートなやりとりを校舎の窓から双眼鏡で見守る私

「………毒虫が……まとわりつくな!」

 まるで危ない人のようですが、言ってる事は真実なので気にしちゃ駄目です。

 何故かそれを聞いていた周りのクラスメートが、半径3m以内から離れていきます。

 きっと、私の邪魔をしないように気を使ってくれたのね。

 なんて優しいクラスメート達。

 

「ね、ねえ……あれ、どう思う?」

「しっ、言うな。触らぬ神に祟り無しだ」 

「視線を合わせなきゃ大丈夫だから、そんなに怯えないで……」

「だ、だってぇ……」

 

カッ

 一喝しただけで、心優しいクラスメート達はさらに半径5mへと円を広げていく。

 まあ、そんなどうでもいいことはともかく

 あの毒虫を……遠ざけなければ。

 いえ、どっちかというと退治した方が安全確実ハッピー

 そして十字を切り、愛しい存在へ誓う。

 私はあの害虫を退治殲滅消去する事をここに誓います。

 だから、少しだけでもいいのでお傍にいさせて下さい。

 

「待っててください

お姉様方

 

 必ずあのにっくき毒虫、碇シンジを処分して見せますわッ。

 

 


 

いわゆるひとつの愛の形

 


 

 

 というわけで、私の教室である1−Bをその足で後にし、早速お姉さま方のクラス2−Aに向かう。

 一年の教室は一階にあり、二年の教室は三階にあるという許されざる校舎の作りを呪いながら、私は足取りも軽く階段を登っていく。

 HR? そんなもの、お父様の権力でポイッです。

 本当ならあのお姉様方にたかる毒虫も社会的にポイッとしたかったのですが、残念ながら相手は世界を牛耳る碇グループの御曹司。

 さすがの某議員のお父様の権力も敵いません………まったく、ああいう輩に権力を持たせるとロクな事にならないと何故判らないのでしょうか?

 私は日本の将来が心配です。

 

カラ

 

 いつものように教室の後ろの扉を少し開くと、いますいますお姉さま方が。

 ついでに害虫も生きてます。バルサンの常備を義務化しておかないといけませんね。

 私から見て一番手前―――つまり、廊下側の一番後ろの席ですが、そこにはある方が机に伏せっています。

 ちょっと外ハネした柔らかそうな栗毛、むしゃぶりつきたくなる様なうなじ。

 そして、とっても気持ち良さそうに眠るその可愛らしいお顔―――マナお姉様です♪

 毎朝毎朝毒虫にまとわり憑かれて大変なのか、マナお姉様はこの時間帯いつもお休み中なのです。

 おかげで、寝顔もばっちり録画………こほん、鑑賞できるのですけどね。

「それではみんな、今日も頑張っていきましょうねー♪」

 いつものようにじっくりねっぷりその寝顔を拝見していると、いつのまにかHRが終わってしまいました。

 あのイケイケ三十路担任、もうちょっと長くHRをやればいいものを………後で首を飛ばしましょう

 次は長話をする先生がいいですね、セカンドインパクトの昔話か何かを長々とやってくれるような人

 

「……アンタ、なにやってんの?」

 ―――色々考え事をしていたのがいけなかったんでしょうね。

 いきなり目の前に来た人物に、私は中腰の姿勢のまま固まってしまいました。

「ア、ア、ア、アスカおねぇ……さん」

「誰がお姉さんよ。ちょっと、ヒメ。大丈夫? 頭の中なんか沸いてるんじゃないの?」

 心温まるお言葉をかけてくださったのは、アスカお姉様。

 腰に手を当てて仁王立ちするその姿はどこまでも美しく、いつでもどこでも見ている私でさえ惚れ直してしまいます。

「はい、すみませんアスカさん。大丈夫です」

「まったくアンタって、妙に抜けてるとこあんのよねぇ………」

「………ヒメはちょっとおかしい」

 私をいつものように叱ってくださるのは、ひょいとアスカお姉様の肩越しに見つめてくるレイお姉様

 この通り、私の至らない所をお二方は指摘してくれるのです。

 ああ、なんて慈愛に満ちた方々。

「それで、ヒメ。なんか生徒会の用事?」

「あ、は、はい。生徒会長であるアスカさんと副生徒会長であるレイさんに折り入ってお願いが……」

 そうなのだ。このお二方はなんと二年にして生徒会長と副生徒会長を勤めているのだ。

 ……本当なら、私が就任することも出来たのですが、お姉様方を押しのけるなんて恐れ多いことは出来ません。

 なので、生徒会就任の後押しをさせて頂きました。

 もちろん、お姉様方にはそんな必要ないのですが、お二人とも恥ずかしがり屋で立候補をされなかったので私の権力で当選させました。

 いえ、お姉様を慕う一人の乙女として当然の事をしたまでです。

 これぐらいの事で感謝されるのは照れくさいので、言ってませんけどね。

「ふにゃー、なにー、ヒメちゃんー? 昼ごはんー?」

 そう言いながら起き上がったのはマナお姉様。

 そんなマナお姉様にアスカお姉様は呆れながら、マナお姉様の頭をゴツンと叩く。

「い、いたー! アスカ、何するのよ!」

「寝ぼけるからでしょ」

「いつわたしが寝ぼけたのよー。ヒメちゃんがいるってことはお昼ご飯でしょー」

 ………いえ、確かにお昼ご飯を持っていつも来ますけど。

 いくらマナお姉様の言葉でもあんまりです……それではまるで私が弁当屋のようではないですか(涙)

 

「マナ……それはあんまりだよ。キコちゃんが可哀想じゃないか」

 

ピクンッ

 その声に自然と私の眉が跳ね上がる。

 このぼけーっとして下賎極まりない声は………

 毒虫碇シンジ!!

 私がブンと首を振ってそちらに視線を向けると、いつも通りぽけーっとした締まらない間抜け面で毒虫が立っていた。

「キコちゃん、早く用件言って帰った方がいいよ。アスカ達、揉めるとややこしいしさ」

「どういう意味よ!!」

「い、いや、悪口とかそういう意味で言ったんじゃなくて……」

 ポロリと出た信じられない言葉の暴力をアスカお姉様に追求され、慌てる毒虫シンジ。

 お姉様方にそんな口を聞いた上、私を早く追い払おうとするなんて………この毒虫っ!

 第一、あなたに『キコ』と呼ばせる許可を与えたつもりはありません!

 

 キコとは、私の本名。

 漢字で書くと『姫子』となり、お姉様方には『ヒメ』と呼ばれて可愛がってもらっています。

 それなのにこの毒虫ときたら、お姉様方でさえ呼ばない本名で呼ぶなんて………私の名前が穢れますッ!

 いずれは、『キコ』『お姉様』と呼び合う仲になる神聖なものなのに……!

 

 ギリギリと歯軋りする私を嘲笑うように、毒虫は曖昧な笑みを浮かべている。

 くぅぅぅ!!

「……結局、何?」

 はっ! レイお姉様に掛けられた声でようやく私は正気を取り戻す。

 毒虫如きに精神を惑わされるなんて……不覚!

 それにお姉様方を待たせるなんて悪行をしてしまう私。

 全部毒虫が悪いのよ!

 ………コホン。

 すぐにでも懐に入っているスタンガンで血祭りに上げたくなる気持ちを抑え、私はアスカお姉様とレイお姉様に向き直る。

「……生徒会の仕事がいくつか滞ってます。今日の放課後にでも処理して頂きたいのですが」

「えー、ヒメそれぐらいやっといてよ〜。書記でしょ〜」

「で、ですけど……アスカさんとレイさんにしか決められない内容で……」

「今日はシンジを荷物持ちに、ショッピングに行く予定なのよ。ね、いいでしょ? レイは連れて行ってもいいからさぁ」

「………私、嫌」

「アンタねー! ヒメが可哀想だと思わないの!?」

 なんだか言い争いになってしまうお姉様二人。

 これはきっとあれね。仕事が終わった後の私とのお茶会にどちらが参加するかと言う暗黙の論争。

 ああ、私ってなんて罪なんでしょう……。

「アスカ、綾波………いくら、知らない間に生徒会に入っちゃったからって一年のキコちゃんに全部押し付けちゃ駄目だよ」

 お姉様方を諭すように言う毒虫。

 くっ……一見優しそうに見えるが、その実アスカお姉様がこの毒虫の言う事を聞きたくないという心情を利用したアクドイ手法。

 私が議会で良く使う手法だからよくわか………こほん。

 とにかく、これでアスカお姉様は毒虫の手に……させませんッ!

「判ったわよ……行きゃあいいんでしょ、行きゃあ」

「……碇君がそう言うのなら」

 あ・・・れ・・・?

 そうか! 良く考えたらお姉様方が毒虫如きの浅知恵に引っかかる筈もない。

 策が裏目に出ることは良くある事……まったくいい気味だ。

 ふふんと勝利の笑みを毒虫に向けると―――愕然とした。

「じゃ、わたしがシンジと一緒に買い物いこーっと」

「うわ……だから、抱きつかないでよ、マナ。付き合うからさ……」

「やったー♪」

 な、な、な…………なにやってるだ、この毒虫ーーーーー!!

 あろうことかマナお姉様の身体に触れた所か、二人きりで買い物なんて約束を取り付けるとはッ!!

「何勝手に約束してんのよっ、このバカシンジ! 今日はアタシと行く約束でしょ!」

「え、だ、だって、生徒会に行くんじゃ……」

「それとマナと行くのは話が別でしょ! ……いいわ! アタシも行くっ!」

「ええっ!? だって、仕事するってさっき……」

「………碇君、私も行く」

「あ、綾波までぇ!?」

 

キーンコーンカーンコーン

 

「あ、チャイム……」

「放課後までに話きっちりつけるからね! マナ!」

「ふふーん。幼馴染ってだけでシンジを占領できる時代は終わったのよー」

「……碇君」

「き、キコちゃん、ごめ―――」

ピシャッ

 目の前で扉が閉められる。

 ブルブルと血が滲み出るほど拳を握り締め、にっくき毒虫への怒りで打ち震える私。

 一旦諦めたと見せかけて、その実マナお姉様を餌に他のお姉様までさらっていく………!

「ど、毒虫ーーーー!!」

 私の怒りの咆哮が、誰もいない廊下に響き渡った。

 

 

 

 

 

 いやはや、私としたことが朝は取り乱してしまいました。

 おかげでその恥ずかしい私の姿を見た教職員と生徒数名を、トばさなければいけなくなってしまったぐらいです。

 はい? どこに、なにを、トばしたかですか?

 そんなこと、私の口からはとても………。

 ま、そんなことはどうでもいいんです。

 それより、ついに放課後になりました。

 お姉様方は………生徒会ではなく毒虫の方に着いて行ってます(怒)

 毒虫が口から出任せでお姉様達を騙したんですね………なんて汚い!

 

「ねーねー、シンジはわたしにどんな水着が似合うと思うー?」

「ぼ、僕に女の人の水着なんて判るわけないじゃないかっ!」

「そうよ! バカシンジはアタシの荷物持ちで着いて来ただけでアンタの水着なんて選ぶ暇ないんだから!」

「アスカ……それもちょっと」

「………碇君、アレ美味しそう」

「綾波、あれ観賞用の魚なんだけど……わかってる?」

 

 などと、お姉様方を周りに侍らせ、毒虫はだらしない笑みを浮かべて歩いています。

 思わず私専用直通回線でスナイパーの一人や二人注文したくなりますが、お姉様方が身を呈して毒虫が他の女性に襲い掛からないよう周りを固めているのです。

 これではお姉様方に銃弾が当たってしまう可能性があり、テロに見せかけて殺害する事が出来そうにありません

 お姉様方の心遣いを逆手に取るなんて、毒虫の奴……!(ギリギリ)

 

「なんかお腹空いたわね……シンジ、何か買ってきてよ」

「そんな……荷物こんなに持ってるのに、買ってこれないよ」

「まったくだらしないわね」

「アスカ、無茶苦茶言いすぎよー!」

「……(こくこく)」

「ま、いいわ。荷物持ちに免じてアタシが買ってきてあげる。あそこにある『銀ダコ』でいいわね?」

「いいけど……いいの?」

「いいの! ほら、レイにマナ。行くわよ」

「えー、なんでわたし達までー!」

「……一人で行けば」

「残していったら、アタシを置いてさっさと行こうとするでしょ! ほら行くわよ!」

「ああーん、シンジ〜」

「……碇君」

 

 ……良く判らないけど、毒虫とお姉様方が離れた。チャンス!

 ここは慎重に最善の手を打つべきね……。

 お姉様方を保護するべきか、毒虫を排除するべきか?

 私の感情としては前者を選びたい所ですが、後々の事を考えると後者の方がよりお姉様方の危険が減りますわね。

 と、なれば、すぐにでもヒットマンの一人や二人用意して!

 ……くっ、でも今から呼んだのでは間に合わないし、何より毒虫が持っているアスカお姉様のお荷物を血や臓物で汚してしまう。

 だったら、ここは………。

 

 

 

 

 

「あれ? キコちゃん?」

「は、はい。し、し、し………シンジ、さん?」

 自分でも顔が歪むのを意識しながら、出来るだけ殺意を表に出さないよう笑顔を浮かべる。

 毒虫の名前を呼ぶと今にも口が腐りそうですが、背に腹は代えられません。

「仕事はどうしたの?」

「その……アスカさんやレイさんがいなければ、どうにもなりませんので」

 お前の所為だ、毒虫めッ!と罵倒したいのを我慢して、にっこり答える。

 もちろん私の笑顔にいつ発狂して襲い掛かってくるか判ったもんじゃないので、スタンガンはスカートのポケットの中で握り締めている。

 まあ、襲い掛かってきてくれた方が、正当防衛が成り立つので話が早いのだけれど。

「そっか……ごめんね……僕がアスカ達を止められなかったから……」

「そ、そんなことないですよ。おほほほほ」

 何言ってやがる、この糞野郎ッ!とスタンガンを押し付けたくなるが、我慢我慢。

 一刻も早くこの場から連れ去り、人目の付かない所で処分しなければ。

「そうだ。し、し、し、シンジさんに日頃のお礼がしたいんです。ちょっと向こうの方までずずずいーっと行きませんか?

「は? お礼?」

「日頃のお礼、です♪」

 そう、日頃のお礼をね……クスクス。

 何を勘違いしたか、毒虫は顔を真っ赤に染めてぶんぶんと両手を左右に振って焦る。

「そ、そんな! 僕は何もしてないし、出来てないし……」

「そんなことないですよ…………ムカツクぐらいに色々してくれてるじゃないか

「はい?」

「なんでもないです、さ、行きましょう♪」

 腕を掴んでずるずると引きずっていく。

 手が腐りそうですが、念のため超極薄透明殺菌手袋を着けていた甲斐がありましたね。

 一組数万の代物だったんですが、後で焼却処分です。

「け、けど、アスカ達が……」

「いいから早く来てください!」

 お姉様方に見つかると色々ややこしいですからね。

 毒虫にも哀れをかける優しい方々ですし、少々スプラッタなシーンが出現するでしょうから。

 私と毒虫は、アスカお姉様の荷物を残して路地裏に消えていくのでした。

 ……もちろん、帰ってくるときは私一人ですけどね

 

 

 

 

 

「あ、あのさ……キコちゃん、どこ行くの?」

「イイところです」

「……い、良い所って?」

 その疑問に答えず、にっこり笑顔を返す私。

 これから消えゆく毒虫の事を考えたら、笑顔の一つや二つ冥土の土産として持ってってください

 さて、そろそろいいかもしれませんね。

 路地裏をある程度進んだ所で私は足を止める。毒虫もそれに釣られて、私の背後で足を止めるのが気配で判りました。

 さ、殺りましょう♪ 

 そっとスカートからスタンガンを取り出し、パチパチッと後ろ手に見えない位置で放電させて見ます。

 うーん、数万ボルトの電流が空気を伝わって肌に来て良い感じですね。

「キコ……ちゃん?」

「し、し、し……シンジさん、もうちょっとこっちに来てください」

 具体的にはあと3歩ほど。そこがKILLの殺れる間合いですから。

 ―――と、後もう一歩という位置まで毒虫が近づいたその時でした。

 

「ヒュー……おい、見てみろよ。こんな所で逢引してる奴らがいるぜ」

「お、まだ中学生ぐらいジャン。駄目だねー、良い若いモンがそんな事しちゃー」

「俺らも混ぜてーってか。ぎゃはははは」

 

 いつのまにか下品極まりない連中が周りを囲んでいました。

 毒虫を殺ろうとしているこのタイミングで、我ながら運のない……。

 

 いえ、良く考えたらむしろ好都合です。

 この状況を利用すれば私の手を汚さず毒虫退治が遂行できます。

「し、し、し、シンジさん!」

 私は出来るだけ怯えたフリをしながら、毒虫の背後に回ります。

「だ、大丈夫だよ、キコちゃん……僕から離れないでね」

 毒虫がまた何か勘違いをしていますが、連中に向かってその背中を蹴り飛ばしてあげれば自動的に彼らが処分してくれるでしょう。

 14歳男子の臓器は高く売れますからね。

 全く怖い世の中になったものです。

「僕から離れないでね、だってよ〜。じゃあ、俺達も離れナーイ」

「ぎゃははは、それいいな」

「仲良くしよーぜー、『キコ』ちゃん」

 ………くっ、このような下賎な連中にまで私の名前を呼ばれるなんてっ!

 やめました。この連中は毒虫共々ここで血祭りに上げましょう。

 スタンガンの電圧調整メモリをリミットからオーバーキルへ変更しながら、連中に向かって一歩踏み出します。

 まず毒虫の前にこいつらからです。見てるだけでムカツキますので。

「キコちゃん!」

「へ?」

 いきなりぐいっと思い切り手を引かれ、思わず呆然と流れるままに身を任せてしまいました。

 

 

 

 

 

 気付くといつのまにか、毒虫に左手を引かれ裏路地を走っていました。

 なに? WHY?

「キコちゃん! 辛いだろうけど、もうちょっと頑張って!」

 

「コラ、テメエら待ちやがれ!」

「っざけてんじゃねえぞ、コラァ!!」

 

 走りながらこちらを励ます毒虫に、後方から飛んでくる罵声。

 ………もしかして、これはあれですか?

 毒虫が咄嗟の判断で隙を付いて逃げ出したと。

 しかも、私の手を引いて。

 余計な事をッ!

 初志貫徹、こちらを処分した後にあちらも殺りましょう。

 ええ、今決めました。

 ―――私が毒虫の脇腹にスタンガンを当てようとした、その時です。

「こっち!」

カクン

ガシャンッ

「ふあっ!?」

 突如方向を変えて、路地のさらに入り組んだ場所へ毒虫が走りこみます。

 しかもその際、急な方向転換に耐えられなかった私はスタンガンを取り落としてしまいました。

 ふ、不覚ッ!

 あっと言う間に地面に転がったスタンガンから遠ざかっていきます。

 まさか、毒虫。これを狙って!?

「はぁ、はぁ、はぁ……キコちゃん、頑張って……!」

 ……いえ、これは運が悪かっただけですね。

 この軟弱毒虫にそんな知能があるとは思えません。

 しかし、一撃で処分できる武器を手元から無くしたのは痛かったです。

 どこかで調達しないと……。

「今度はこっち!」

「あふっ!?」

 またですかっ!?

 考え事をしている私を容赦なく振り回しながら走る毒虫。

 前言撤回、絶対わざとです!

 そうこうしているうちに私達は行き止まりに当たってしまいました。

 こんな裏路地です。構造上、行き止まりなんて珍しくないでしょう。

 毒虫はオロオロと情けなく辺りを見回し………隅にこじんまりとあった入り口に目を止めました。

「あ………そうだ、この中に!」

「あうっ!?」

 肩が抜けそうなほど引っ張られ、私は毒虫と行き止まりにあったとある建物に駆け込みました。

 絶対毒虫の嫌がらせです!

 

 

 

 

 

 建物の中は入り口の矮小&汚さに比べ小奇麗にされており、ホールのような広めの空間が広がっていました。

 ここは一体何なんでしょう……?

「ここは一体何なんだろう?」

 くっ、毒虫と同じ思考をするなんて!

 毒虫はきょろきょろと辺りを見回し、カウンターのようなもの(そういうのは、向こうが見えないスリガラスで覆われており、せいぜい手しか出せないような穴しか開いてなかったから)があり、そちらへ私の手を掴んだまま歩いていく。

「あの、すみませーん」

「……一万円だよ」

ズザッ

 毒虫が呼びかけた途端、いきなり不気味な声が返ってきて思わず二人揃って後退り。

 それにしても。何がいきなり一万円? 不法侵入したので口止め料として要求しているのでしょうか?

 私に金を請求するなんて……潰しますよ?

 私は金を貰うのは好きですが、払うのは大嫌いなんです。

「は? え、えっと……」

「金さえ払ってもらえば、うちは客に干渉しないよ。たとえ、子供でも」

「あ、あの……言ってる事がいまいち」

 

「どこ行きやがったあの野郎!」

「くそっ! 絶対見つけてぶっ殺してやる!」

 

「わ、わかりました。払いますから、奥に入れてください」

 外から聞こえてくるそんな声に、毒虫は財布を取り出し中のお札を引っ掴むと(千円札ばかりでしたね。御曹司の癖に)カウンターにそれをまとめて手渡す。

 カウンターの向こうにいる人物は無言でそれを受け取ると私達が入ってきた入り口の反対側、つまり建物の奥を指差し、

「入って手前から二番目の部屋だよ」

「あ、ありがとうございます!」

 金を払ったんですから、礼を言う意味はないと思いますよ?

 まあ、毒虫の金ですから勝手ですが。

 とにかく、指示された通り、私達は手前から二番目の部屋に入っていきました。

 

 

 

 

 

カチャン

 カチャン? こんなオンボロ建物にオートロック?

 私は一瞬それが気になりましたが………目の前に飛び込んできた部屋の光景にそんなものはぶっ飛んでしまいました。

 

くるくるくるくる

 

 回ってます、部屋の中央にあるベットが。

 

キラキラキラキラ

 

 光ってます、部屋の天井についているミラーボールが。

 しかも、部屋の色がドピンクです。

 

「……………」

「……………」

 

 二人揃って押し黙りました。

 当然です、これではまるで……まるで………。

 はっ!

 あることに気が付いた私は、慌てて部屋の扉に縋り付きます。

ガチャガチャガチャ

 が、私の悪い予想の正解を裏付ける用に、扉は開きません。

「………!」

 さぁっと自分の顔から血の気が引くのを実感します。

 まさか、これは………部屋に入り扉を閉めた瞬間、朝まで自動ロックが掛かるという24時間連れ込み宿!?

 そんな犯罪スレスレなホテルがこんな所にあるなんて………。

「あ、あのキコちゃん……もしかして開かないの?」

「ひぅっ!!」

 ビクンッと身体を震わせ、後ろを恐る恐る振り向くとそこには変わらぬ毒虫の姿。

 よくよく考えたら、あのスタンガンを無くすと言う事は殲滅手段を失うことでもありますが、それ以上に毒虫への防衛手段を無くしたということではないでしょうか?

 

 つまり、私は鍵の掛かった狼の檻に閉じ込められたウサギ。

 

「キコちゃん?」

 怪訝そうに私の顔を覗きこんでくる毒虫。

 そこで初めて、私は毒虫に恐怖を感じました。

 このぽけーっとした姿に、いつもは感じないオドロオドロしたオーラが滲み出ているような気がしたのです。

「な、なんですか、シンジさん……」

 心の底から『シンジさん』という呼称が出ました。

 今までのように相手を騙す為の呼び方ではない、それは。

 紛れもなく、私からでた恐怖の感情の固まりでした。

「いや、顔が青くなってるからどうしたのかなって……」

「な、なんでもないです。なんでもないですから……」

 刺激してはいけない。下手をしたら次の瞬間押し倒されて、お姉様方に捧げる筈だった純潔を散らしてしまう羽目になる。

 これでもかというぐらい、私は戦慄した。自分の命運が他人に握られるのが、ここまで恐怖を伴うものだとは思わなかった。

「けど……妙に目が泳いでるし。ほら、こんなに汗まで」

「ほわわっ!!」

 手が額に伸びてきて混乱する私。

 アレですか? 私の貞操、ピコンピコンカラータイマーの如く点滅しちゃってますか?

 そう、こういう時はアレです。ドラマで良く女の人が襲われた時のように灰皿か何かで、頭をぶんなぐって逃げれば。

 ……って、ドアは朝まで閉まってるんだから駄目じゃないですかッ!

 それにドラマじゃ大抵殺されるシチュエーションですしッ!

「………とりあえず、座ろうか」

 どこにですか? あの回転してるベットの上ですか?

 などと今の状況で突っ込めるほど私の立場は強くなく、ビクビクしながら毒虫の言う通り適当に床に腰を下ろす。

「しばらくすればさ、さっきの人達もいなくなるだろうから……それまで我慢してよ、ね?」

 ……もしかして、朝まで開かない事に気付いていない?

 いえ、もしかしたらそういう宿の存在自体知らないのかも。

キュピーン

 これよ、これこそ脱出口だわ!

どくむ……シンジさん!」

「な、何? キコちゃん」

「シャワー入ってきてください!!」

 

 

 

 

 

 そう、毒虫はまだこの状況を理解していない。

 つまり、私が逃げられない・・・・・・抵抗できない・・・・・・状態だと知らないのです。

 だから、こうやって毒虫が油断してる隙に………

プルルルルル、プルルルルル

 いくらこんな犯罪のような宿とはいえ、緊急時の為内線電話ぐらいあるものです。

 だったら、これで連絡して従業員に開けて貰えば良いと言う訳で。完璧ですわ!

『はい、こちらフロント―――』

「キャンセルです! 今すぐ扉を開けてください!」

『………ごめんな、お嬢ちゃん。それは出来ねえ』

「………は?」

『お客は―――金を払ったのはさっきの坊主だ。あんたじゃない』

「だ、だから………なんでもいいから開けなさいッ!」

『まあ、こう言っちゃなんだが………ここまでついてきたのは自分なんだから、覚悟を決めるんだな』

ガチャ、ツー、ツー

 …………………………………。

 ここから逃げ出したら、この宿大陸弾道間ミサイルの実験場に指定してあげます(怒)

 いえ、BC兵器でこの世に出現した無限地獄を見せてあげますッ!(怒怒)

 

 

 

「キコちゃん」

「………え゛っ」

 

 

 

 すぐ、後ろから、声がした―――

 

 

 

「だ、駄目、いや、そんな、ああっ!?」

「ちょ、キコちゃ―――うわっ!」

 私は、すぐ後ろから聞こえた声に混乱し、振り向こうとしてバランスを崩した。

 かくんと力が抜ける膝。当然のように前のめりに倒れこんで、

 

 ―――どうして私が毒虫を押し倒した体勢になってますか?

 

「シンジさん―――」

 私は毒虫の顔の横に手をつき、踏みとどまりました。

 私の長い艶やかな髪が毒虫の頬を撫で、ライトが作り出した私の影が彼を覆い―――って、そうじゃありません! 描写してる場合じゃないです!

 違う、これは私の意志じゃない、大宇宙の偶然にして奇異なる意志が働いて、っていうかむしろ電波です―――!

 混乱する頭を抱え、慌てて弁解し、否定した。

 ………いや、否定しようとした。

 

「キコちゃん!」

ガバァッ!

「ま、マジですか!? 暴走はいけなむぐぅっ

 

 でも、駄目だった。

 

 

 

 

 

 

 そんな―――ああッ―――いけない―――駄目―――!

 キコちゃん―――好きだよ―――。

 だから、そんなこと聞いてな―――ど、どこ触ってんですか―――!

 可愛いね―――綺麗だよ―――。

 違うの私は―――いや―――ふあ――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかさー、最近妙に色っぽくなってない? アンタ」

「そ、そんなことないですよ! 私はいつも通り普通です!」

「ふーん……」

 アスカお姉様の疑惑の視線が痛い。

 ごめんなさい、お姉様―――私は汚されてしまいました。

 あの、あのあの毒虫にッ!

ギランッ

にこっ

 殺気どころか確実に殺意の篭った視線を飛ばす私に、毒虫はにっこり笑う。

 ああッ、なんか勘違いしてるし!

 

「………ヒメ、碇君に熱い視線(ぼそぼそ)」

「怪しいわよねー。っていうか、この際早めに処分しとく?(ぼそぼそ)」

 

 うう、レイお姉様とマナお姉様まで勘違いを―――!

 違うんです、私が愛してるのはお姉様方で―――!

 

 

 

 

 

「キコちゃん、帰りどこか寄ってこうか?」

 な、何を馬鹿なことを……ッ!!

 

 

 殺すには機会が必要ですよね?

 今度こそ確実に殺る為に。

 ………ほんとですよ?

 

 

 

 

終わる


 いつも通りシンジ×オリキャラに見せかけて、変態百合キャラ。

 変態百合キャラと見せておいて、やっぱりシンジ×オリキャラ。

 変則に変則を重ねた変則ネタで。


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